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偵察機発進

 寺田が艦橋に登ってから20分ほどして、ようやく全艦の状況が把握できた。


「全艦船に被害はなく、戦闘ならびに航行に何ら問題ありません。人的被害と致しまして、異常発生時に転倒するなどした者が30名ほど確認されておりますが、いずれも命には別状なしとのことです」


「わかった。全艦に被害なしか。よろしい。では、船団の航行を再開する。全艦、準備出来次第元の航路に復帰し、予定通りサイパンへ向かえ」


 幸いにも停止中に敵襲もなく、船団は一時的な停止にこそ陥ったが航行を再開した。既に朝日は登りきり、船団全てを照らし出している。


「ヨーソロー」


 宜しい候が鈍った、日本軍独特の返答を聞きながら、寺田は安堵の息を漏らす。


「とにかく、船団に何事もなくて何よりだ。しかし、あの轟音は何だったのかね?」


 寺田は傍らに立つ大石に尋ねる。


「全くわかりません。それに乗員全員が一時的に意識不明になったのも奇妙です。奇妙と言えば、通信室からの報告も気になります」


「電波が拾えんと言う奴かね?通信機の異常か、電波の届きが悪いだけじゃないのか?」


 船団の状況確認の中で、通信室から一切の電波の探知が出来ないと言う報告が入っていた。一切と言うのは、帝国海軍で使用する無電用の周波数や、日本本土から流されるラジオ電波などのことだ。


 寺田の言う通信機の以上や電波の届きが悪いと言うのは、別段珍しいことではない。この時代の日本の通信機のレベルはまだまだ低く、さらに飛ばす電波も後の時代に比べれば不安定かつ弱い。


 ましてや、先ほどの奇妙な一件で通信機に何らかの障害が出ている可能性もある。このような状況では、一時的に通信途絶になる可能性は、あり得ないことではない。


「だとは思いますが」


「ふむ」


 大石が不安げな表情をすると、寺田としても何となく不安になってくる。


「だったら、こちらから横鎮なり近くの父島に向けてなり、無電を発信してはどうかね?船団に異常な事態が発生し、航行に遅れが出ているのは間違いないんだ」


「よろしいのですか?敵に位置を暴露することになりますが」


 こちらから電波を発信すれば、当然付近にいる敵潜水艦にも探知され、船団の位置を暴露することになる。


「今さら無電の一本を発信した位で大した違いもあるまい。それに、さっきも言ったが異常事態が起きたのは間違いないんだ。もしあれが海底火山の噴火か何かであれば、他の艦船に警告を与えなければならないしな」


「わかりました。では火山噴火と思われる異常事態ということで、横鎮ならびに軍令部向けに発信してみます」


「そうしてみたまえ」


「は!」


 早速動き出した大石を見て、寺田は思う。


「もしかして、今回俺が初めて自発的に出した命令じゃないか?」


 と。


「無電の発信、終了しました」


 大石が戻ってきて報告する。


「よし、あとは返答を待とう」


 こうして、トラ4032船団から自らの位置を暴露すること覚悟で電文が発信された。


 しかし、それから1時間経っても2時間経っても、通信室からは何らの報告もなかった。この間、寺田はいったん士官食堂に降りて、朝食をとっていた。


 そして艦橋に戻ると、大石が待っていた。


「指揮官、やはり横鎮からも軍令部からも、何も返答がありません。それに加えて・・・」


「それに加えて、何だね?」


「我が軍でも米軍でもない周波数で無電を捉えたのですが、解読不能です」


「解読不能?暗号か何かと言うことか?」


「いえ、そうではなくて。文字として成り立っておらんのです。アルファベットにも日本語にもなりません。まるで、未知の言語のような」


「回復しない通信に、解読不能文か……他の艦も同じ状況かね?」


「近くにいる何隻かに確認をとりましたが、どうやらそのようです」


「むう」


 寺田は考え込む。こんなこと海軍で現役にあった時代でもなかったことである。全艦の通信機が三時間近くに渡って受信不能と言うのは、さすがにありえない。それに加えて、暗号でもないのに解読できない未知の電文というのも気になる。


「参謀としては、どう対処するべきだと思う?」


「自分としては、無電が使えないのですから、航空機で直接連絡を試みるべきかと。ここからなら、小笠原か硫黄島まで楽に飛んで行けます。それから、船団周辺海域に異常がないかも確認するべきです」


「よろしい。ではそれで行こう。「麗鳳」「瑞鷹」「蔵王」に命じて、船団周辺の索敵と、硫黄島ならびに父島への連絡飛行を命令してくれ。詳細は君に任せるよ」


「わかりました」


 大石は早速航空機を搭載する3艦に命令を下すべく動いた。


 30分後、まず「麗鳳」から硫黄島へ向けての連絡機として「彗星」艦上爆撃機1機が発艦した。続いて「瑞鷹」からは父島への連絡機として97式艦上攻撃機1機が発艦した。連絡機の発艦が終わると、2隻からは船団全周へ向けての偵察機が発艦して行った。そして、さらに10分ほど遅れて今度は重巡「蔵王」から4機の水上偵察機がカタパルトから打ち出され、発進した。


 最終的に発進した偵察機は水上機4機を含めた12機で、船団の全周360度を30度ずつに割った線の上を二百海里ずつ進出する予定であった。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 遠く蒼空に消えて行く航空機を眺めながら、寺田は小さく呟いた。


 発進した航空機のスピードは、船などとは比べるべくもない。2時間もあれば父島と硫黄島に到達し、連絡をしてくる筈である。


「航海長、現在の船団の位置は?」


 寺田は現在位置の再確認を、「駿鷹」航海長の江尻少佐にする。


「は。北緯26度2分、東経140度53分であります。父島と硫黄島の中間あたりです」


「間違いないな?」


「天測の結果間違いありません」


「よし!あとは偵察機からの報告待ちか」


 発進が終わってしまえば、後は偵察機に全てを託すしかない。艦隊は偵察機から発信される無電を待ちながら、予定の航路を航行する。


 現在もトラ4032船団は、サイパンへの航行を続けていることになっているのだから、当然対潜警戒は行われており、見張りの兵士たちは双眼鏡を手にして、敵潜水艦の攻撃に備えている。


 また空母「瑞鷹」と「麗鳳」からは、先ほど発進した機体とは別に、通常の対潜哨戒機が対潜爆弾を腹に抱え、眼下の海に潜んでいるであろう潜水艦を探し出すために飛び立っている。


 船団は昨日までと同じように航行している。


 とは言え、では船団内の空気が全く変わってないかと言えば嘘になる。あのような不可解な事態が起きれば当然と言えば当然であるし、また空母や巡洋艦から多数の航空機が発進すれば、気にするなと言う方がおかしかった。


 今の所特に大きな問題は発生していないが、艦長の岩野はその艦内の空気の変化をちゃんと感じ取っていた。


「指揮官。将兵の間に動揺が見受けられます。今の所、特に大きな問題はありませんが」


「あんなことがあったからな。全く気にするなと言うのは無理だろう。もし戦闘や航行に支障を来たすような事態になりそうだったら、また報告してくれ」


 狭い艦内である。噂話などが広がるのも早いだろう。いや、噂話ならいいがデマが飛び交いだすと不味いことになる。


「とにかく、連絡機が父島と硫黄島に着いて、現地と連絡が取れれば乗員も安心するさ」


「そうですね」


 とは言うものの、内心では二人とも漠然とした不安を抱えていた。何か根拠のあることではなかったが、海の男としての勘が何かを訴えていた。


 そして、まず父島に向かった「彗星」艦爆から報告が入った。


「指揮官、父島に向かった連絡機より入電です」


 伝令兵が入電した電文を持ってきた。


「ほう。今の時代の飛行機は速くなったもんだな」


 寺田は「彗星」の俊足振りを褒めた。彼の知る飛行機と言えば、一昔前の複葉機であるから現在の主力機とは速度性能が違いすぎる。


「「彗星」は最高速度が300ノット(約555km)をこえる新型機ですからね」


「大した時代になったもんだよ」


 大石の言葉に感嘆の息を漏らしながら、寺田は伝令兵から電文を貰う。


 電文を一読した寺田はしばし唖然とした。


「指揮官、どうしましたか?」


 寺田は大石の問を無視し、伝令兵に声を荒げて問いただした。


「おい伝令兵!この電文内容は間違いないのか!?」


「はい。自分たちも信じられないので何度も確認しましたが、間違いありません」


 伝令兵側も、相当困惑しているようだ。


「敵の謀略の可能性は!?」


「我が軍の暗号で打たれておりましたので、その可能性は低いかと」


「むう」


「指揮官、一体どのような内容だったのですか?」


 寺田は無言で、電文を大石に差し出した。彼は電文に目を通し、絶句した。


『チチジマニ トウタツスルモ シマカゲミエズ フキンヲ ソウサクチュウナルモ ハッケンセルキザシナシ ワレ ネンリョウノツヅクカギリ ソウサクヲゾッコウス』


―父島に到達するも 島影見えず 付近を捜索中なるも 発見せる兆し無し 我燃料の続く限り 捜索を続行す―


「そんなバカな!」


 大石は人目も憚らず、思わず叫んだ。

 

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