夜戦突入!
最終的に、トラ船団と基地航空隊は日没までにさらに一回航空攻撃を実施した。この第二次攻撃では、攻撃目標を上陸部隊を搭載している輸送船を最優先にして攻撃した。
結果は六隻の輸送船全部と巡洋艦と駆逐艦を一隻ずつ撃沈し、他に巡洋艦一隻に損傷を負わせた。
二回目の攻撃では、艦攻も魚雷の不足から軒並み爆装で出撃した。その装備した爆弾も、とにかく用意できる物を手当たりと言った感じで、それこそ八十番なんていう大型爆弾を搭載した機体もあれば、六番を六発搭載した機まで出た。
これら爆弾は機体に装着するための投下器まで違うため、整備兵の苦労は相当なものであったが、しかし敵が空襲で反撃できないと言う点で、空母にしろ基地にしろ精神的な余裕を生み、多少の事故(手を挟むとか腕をぶつけるとか)は起きたものの、重傷者もなく比較的短時間で再出撃の準備が出来たのは不幸中の幸いであった。
「これだけ痛めつければ、さすがに撤退するだろう」
二回目の攻撃の戦果を聞いた寺田は、これで敵艦隊は撤退すると思った。
二回目の攻撃では艦爆隊が敵の動きを読めるようになったため、さらに艦攻も危険を冒して水平爆撃ではなく、機体強度ギリギリまで粘って緩降下爆撃を実施したため、さらに動きの鈍い輸送船に的を絞ったこともあり、第一次攻撃隊より遥かに大きな戦果を得た。
上陸部隊を運んでいたであろう輸送船は全滅し、主力艦も沈没。護衛艦艇も三分の1は沈むか撃破している。これだけの打撃を負った状況で、攻撃を続けるなど自殺行為だ。
これで海戦はトラ船団側の圧勝で終わる。誰もがそう思った。
しかしながら、戦果確認と敵艦隊の動静確認を行っていた水偵から、意外な報告が届けられた。
「敵艦隊は巡洋艦1、駆逐艦3が艦隊より分離。瑞穂島へと急速接近を図っているとのことです」
「まだやる気か!?」
寺田は敵の戦意に舌を巻く。この状況で突っ込んでくるなど、勇敢を通り越した蛮勇としか思えない。
「この状況で突っ込むなど、自殺行為だぞ」
「しかし指揮官、瑞穂島には現在「海棠」と海防艦しか残っておりません。この戦力では、巡洋艦と駆逐艦には太刀打ちできないかと」
大石の言うとおりだった。「海棠」は二等駆逐艦。そして海防艦や駆潜艇はそもそも水上戦闘を考慮した設計にはなっていない。敵艦の戦力は未知数だが、少なくとも対艦戦闘を行うに充分な砲力は備えていると思われた。
「ここは水上戦闘も可能な艦艇を分離して、全速で救援に向かわせるべきです」
水上戦闘可能な艦は重巡「蔵王」、軽巡「石狩」、駆逐艦の「高月」、「山彦」そして「天風」となる。
「「高月」は速度も遅いですし、防空駆逐艦ですから手元に残し、残る四隻を突撃させましょう」
「秋月」型駆逐艦である「高月」は、四連装魚雷発射管を一基装備しており、一応対艦戦闘も可能となっている。しかしながら同艦の主砲は高初速大仰角の一〇cm連装高角砲であり、その真価は本来防空戦闘に発揮するべきものだ。
そもそも「秋月」型は高角砲のみ搭載の防空艦として計画されたが、その後水雷兵装を搭載するよう設計をし直し、駆逐艦とした艦だ。最高速力も、水雷戦用の特型や甲型駆逐艦の三五ノット以上に対して、三三ノットとやや遅めだ。
だから大石は「高月」のみを護衛として手元に残し、他の艦で瑞穂島の救援に向かわせることを具申した。
「そうだな。四隻に分離して瑞穂島救援に向かうよう下令。それから瑞穂島の「海棠」にも緊急電だ」
「まさか本艦にも出番が来るとは思わなかったな」
瑞穂島で留守番となっていた駆逐艦「海棠」の艦橋で、艦長の春日幹夫大佐は感慨深げに呟く。
この世界に飛ばされて四年。全く右も左もわからない世界であり、燃料も食料の宛てもなく、もはや戦闘どころではなかった。ただひたすら、その日を生き延びるだけでも大変であった。
この島に漂着して、先客の「耳成」の乗員と共に、苦労して原住民と交渉するなどして食糧を集めた。さらに島の奥地で見つけた石油を原始的な方法で蒸留し、艦を維持することにも気を配った。そうした努力によって艦を維持してきたが、もちろん戦闘など出来ない。訓練もままならなかった。
乗員の中からは苦労して艦を残すなどせず、放棄してしまえと言う声も上がった。しかし、春日としてはこの艦を捨てたくはなかった。この艦は自分たちにとって日本との繋がりを示す物、極端に言えば日本そのものであった。
多くの乗員たちもそう思ったらしく、その思いがあってこそ、今日まで残してこられた。
そして、トラ船団と合流後は潤沢とは言わないまでも、物資や燃料の提供を受けることが出来た。特に四年間手入れが不十分で腐食が進んでいた艦体に使用する防錆剤や塗料、オイルを手に入れられたおかげで、艦の再整備も施すことが出来た。
何よりも、それまで同胞との会話に飢えていた乗員たちが、新たな仲間を得たと言う安心感は大きかった。
しかしながら、トラ4032船団から補給を得て、編入された「海棠」ではあったが、船団自体が今後の物資不足に備えて積極的な活動を手控えたため、駆逐艦として行動することは当分ないと思っていた。
船団編入後に「海棠」がやったことと言えば、機関の再整備を確認するために試験航行を行ったことと、一回だけ各種兵装の点検を兼ねて島周辺の哨戒・測量任務を行っただけだ。
船団には巡洋艦もいるし、より強力な大型駆逐艦もいる。今回の出撃でも「海棠」は置いてきぼりを喰ってしまった。旧式小型で弱武装なのだから、仕方がないと言えば仕方がない。
その「海棠」が、今や最後の防衛戦を行うべく出撃する。痛快なことこの上ない。
「見張り員、しっかり見張れよ。本艦には電探なんていう贅沢品はないんだからな」
大正時代の建造艦であり、おまけに対米開戦以前にこの世界にやってきた「海棠」には当然ながら電子機器はほとんど搭載されていない。敵を発見する手段は、メインマスト上に設けられた見張り台をはじめとする見張り員の眼だけが頼りであった。
「任せてください艦長。あんな訳のわからん機械には負けはしません」
見張り員の一人は絶対の自信を持って答えた。鍛えに鍛えた自分たちの眼が、無線機のお化けのような機械に負けるわけがないと信じていた。
特に、今まさに陽が沈もうとしている現在の状況では。
「敵艦と会敵する頃には完全に真っ暗だな」
空襲は午前から午後に掛けて行われた。このため、敵艦艇が救助作業などを終えて進撃を開始した頃には既に夕方であった。「海棠」が緊急電を受けて出港したのはその直後である。
そのため、戦闘は完全に夜戦になりそうであった。
電子技術の発達していない時代の海上戦闘は、星や月明かりと肉眼の眼だけが頼りであった。このため、帝国海軍では夜間でも敵艦を早期に発見できる要員の訓練に力を入れた。もちろんそれは「海棠」とて同じである。
湾外に出て速力を上げながら、敵艦を探す。
「若竹」型の小さなブリッジに、心地よい海風が通り抜ける。
灯火管制を敷いているので、艦橋内にはぼんやりと差し込んだ星明りと月明かり、そして夜光塗料が塗られた時計や計器盤の針だけが見える。
出港時点で既に総員戦闘配置が掛かっており、各砲や発射管には担当の乗員が取り付いている。彼らもまだ見ぬ敵を待っている筈だ。
「まもなく島の南端です」
出港から一時間ほどして、航海長の太田中尉が知らせてきた。
春日が双眼鏡で見ると、ぼんやりと黒く見えいていた陸地が確かに途切れ、その先に星空と海面の水平線が辛うじて認識できた。
「艦長、一時方向に艦影らしいもの!」
闇の中、見張りの声が飛ぶ。闇の中、ついに敵艦を右前方に捉えたのだ。
「合戦用意!右舷砲雷撃戦用意!」
空かさず春日は命令した。戦場において一分一秒の差が、勝敗の鍵を握るのだ。
闇の中、艦上の主砲と魚雷発射管は右に旋回している筈だ。
「見張り、報告せよ!」
「艦影、一時の方向。距離8000!巡洋艦らしいもの1!敵速25ノット!」
「まだ少し遠いな」
「海棠」の主砲は四十五口径の12cm砲だ。有効射程は1万m以上あるが、当然ながら距離が遠すぎれば命中率は低くなる。夜間となれば尚更だ。魚雷にしても、「海棠」の搭載魚雷は酸素魚雷ではなく旧式の空気魚雷だ。最高速度は遅く射程も短い。
だからなるべく距離を詰めて撃った方が効果があるわけだ。
とは言え、「海棠」は現在20ノットの速度で走っている。対向している敵艦との速度を合成すれば45ノット。1分間に1200m近くも接近する。だから8000mなどあっと言う間だ。
「一番主砲は星弾を装填して待機。距離6500で撃ち方はじめ!」
星弾は照明弾のことだ。中口径以下の砲に用意されている。
「距離6500!」
その時。「海棠」を眩い光が照らし出した。
「しまった!?面舵一杯!」
敵の探照灯に照らし出されたと察した春日は、空かさず右方向への転舵を命じた。
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