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第二次攻撃の要あり

「何だって言うんだ!?」


 賢人は衝撃でぐら付き、危うく姿勢を崩しかけた機体をなんとか立て直した所で、素っ頓狂な声を上げつつ振り返った。


 彼は敵艦隊上空に戦闘機の姿が見当たらなかったので、そのまま艦爆と艦攻を援護するために、敵艦隊内でも小型と思える艦に、機銃を乱射しながら爆撃を試みた。


 爆撃訓練などほとんど行っていないし、相手もこちらも高速であるから、ほとんど狙いなどあったものではない山勘爆撃であった。


 しかしその爆弾が当たったのかわからないが、上空を通過した直後にその駆逐艦と思しき艦が大爆発を起こした。


「爆弾が弾薬庫にでも飛び込んだのか?それとも機銃弾が爆雷でも撃ちぬいたのか?」


 普通小型の艦艇と言えど、60kg爆弾で沈むなど余程なことだ。


 ただし、では前例がないかと言えば噓になる。開戦直後のウェーク島攻略戦において、同島を攻撃した第四艦隊の駆逐艦「如月」は、出撃してきたF4F戦闘機の銃爆撃によって撃沈されている。原因は敵機の機銃弾もしくは爆弾が爆雷か魚雷を直撃し、誘爆を起こしたためであった。この時の敵戦闘機の装備は12,7mm機銃弾と50kg程度の爆弾であった。


 当たり所が悪ければなんとやらの典型的な出来事だ。


 賢人が攻撃した敵駆逐艦も同じように、何らかの弾薬に誘爆を起こしたのかもしれない。


 敵艦は派手に炎上しながら、速度を急速に落として傾いている。沈むかはわからないが、明らかに戦闘能力は喪失している。


 その光景を、彼は呆然と見つめるしかなかった。




「戦闘機が駆逐艦一隻撃沈か。こりゃ俺たちもうかうかしてられんな」


「麗鳳」を発進し、遅ればせながら戦場に到達した「麗鳳」攻撃隊隊長の青木中尉は、零戦の銃爆撃を受けて炎上する敵艦を見ると、俄然やる気が出てきた。


「まだ大物が残っています。やりますか?」


 操縦の木場一飛曹もやる気充分だ。彼の言う大物とは、もう一隻の戦艦だ。


「もちろんだ。基地航空隊の連中に俺たちの腕を見せてやれ」


 三倍近い機数で攻撃を仕掛けながら、わずか四隻の撃破しかあげていない基地航空隊の様子に、青木は残念ととともに自分たちの力を見せる絶好の機会が巡ってきた高揚感に包まれた。


「毛利、「麗鳳」攻撃隊全機に発信。攻撃目標無傷の敵戦艦。第一中隊は右舷から、第二中隊は左舷から攻撃を掛けよ!」


「了解!」


 通信担当の毛利二飛曹が各機に無線機で指示を出す。第一中隊は青木の直卒で、今回の出撃では全部で五機となっている。残る四機が第二中隊だ。


 二つの雷撃隊は敵艦を挟み撃ちにするため、それぞれ戦艦を挟んだ逆方向へと展開する。


 一方水平爆撃隊の七機は、高度をそのままに編隊を水平爆撃のための体形に開く。水平爆撃を編隊で行う場合は、通常V字型に開いた編隊の頂点、すなわち先頭を進む機体が先導機となる。この先導機の合図で一斉に編隊の残りの機は投弾する。


 雷撃隊は雷撃位置へ付くために一度降下していくので、攻撃開始までに時間が掛かる。そのため、必然的に水平爆撃隊の方が先に攻撃することとなった。


 対空砲火はほとんどない。わずかに発射されている機銃や主砲の射撃も、水平爆撃隊の所までは飛んでこない。彼らは何ら妨害されることなく、爆撃コースに乗る。


「ヨーイ・・・・・テッ!」


 先導機がまず投下し、続いて先導機の通信手が振る旗を見て、後続機も投弾する。各機に一発ずつ搭載された25番の通常爆弾が、重力に引かれて落ちていく。


 敵艦は高速で動いている。ただでさえ低い命中率の水平爆撃が本当に当たるのか。水平爆撃隊の隊員たちは固唾を飲んで戦果報告を待った。


 爆弾の着弾とともに、敵戦艦周辺で次々と外れ弾が水柱を立てる。その中で、一回だけ爆炎が炸裂した。


「一発命中!」


 水平爆撃による戦果はそれだけであった。敵艦からは命中による爆炎と、火災を起こしたのか火炎と黒煙は確認できたが、もちろん沈む気配は皆無であった。


「やはり水平爆撃だけじゃ無理だな。雷撃でトドメを刺すぞ!」


「ヨーソロ」


 敵戦艦にトドメを刺すべく、九機の雷装した九七艦攻が海面スレスレにまで降下して突撃する。


「隊長、敵艦が心なしか速度を落としたように見えます」


「うん?さっきの水平爆撃が利いたのか?」


 命中は一発だけだったが、至近弾がスクリューや機関部にダメージを与えたり、或いは命中弾が艦橋や煙突などウィークポイントに命中する可能性は、かなり低いがありえないことではない。


「だったら好都合だ。木場、絶対に当てて見せろ!」


 言われるまでもなく、木場は慎重に照準をつける。


「ヨーソロー・・・・・・ヨーソロー・・・・・て!」


 ここぞと判断した所で、彼は魚雷の発射レバーを引く。重い魚雷が機体から離れる。


「どうだ!?」


 ところが、程なくして後席の毛利から期待を裏切られる答えが返ってきた。


「航跡確認できません!」


「何!?」


「何だと!?」


 最悪である。恐らく故障か何かで魚雷が投下後も走らなかったのだ。魚雷はこの時代、後の時代で言えばミサイルに匹敵する精密兵器だ。その調整や整備には細心の注意と、高い技術が求められた。空母上での運用で、しかもこの世界に来たゴタゴタで整備も疎かになっていたかもしれない。


 とにかく、彼らが命がけで投下した魚雷は不発以前に航走しないまま沈没してしまった。


「整備どもめ!」


 操縦の木場が悪態を吐き、風防枠に拳を叩きつける。戦艦という大物を逃がした怒りは尋常ではなかった。


 怒り狂う木場に対して、青木はまだ冷静であった。


「今更終わったことを嘆いても始まらん。毛利、他機の攻撃はどうだ?」


「待ってください・・・・・・命中!四発命中です!」


 敵戦艦に立て続けに上がる水柱を四本まで数えた彼は、上ずった声で報告してきた。四本ならば、戦艦といえど大破、当たり所が良ければ撃沈できる数だ。


「よし。木場、上昇しろ。全体の戦果を確認する」


「了解」


 不満げな声で返してきた木場を無視して機を上昇させると、青木は双眼鏡を使って戦果の確認を行う。


「戦艦二、大破。巡洋艦一、駆逐艦二炎上、駆逐艦一轟沈・・・・・・・だな。毛利、ただちに打電しろ」


「はい!」


 敵機の迎撃も、対空砲火もないために心に余裕を持って戦果確認が出来た。


 青木はさらに確実な物にするため、写真機を取り出してシャッターを切る。

 

「よし、全機帰投せよ!」


 ほとんどの機体が攻撃を終えたと見た青木は、撤退命令を出した。


 瑞穂島の基地航空隊と、「麗鳳」より発進した攻撃隊による敵艦隊攻撃はこうして終了した。




「戦艦一、横転沈没。同一大火災傾斜中。巡洋艦一隻、同じく大火災傾斜中。駆逐艦一転覆。同一炎上中。残存艦は救助作業中の模様」


 その戦果報告に、寺田は頷いた。


 既に攻撃隊の収容は終了し、味方の損害も判明している。その上で、新たに飛ばした戦果確認機からの報告であった。


「おめでとうございます長官。敵主力艦は二隻とも屠りましたよ」


「駿鷹」の岩野艦長が祝いの言葉を述べるが、寺田は嬉しさはある反面、意外と思う気持ちも強かった。


「それはそうなんだがね。八十機以上の攻撃機を飛ばした割には、戦果が小さいないような気がするな。搭乗員たちを責めるわけじゃないが、敵艦隊の巡洋艦や駆逐艦、輸送船はほぼ健在だからね」


 艦隊の主力である二隻の戦艦を喪えば、常識的に考えて撤退するのが筋だ。しかしながら、それでも巡洋艦以下の艦艇の多く、特に上陸部隊を載せていると思われる輸送船が顕在であるため、前進を止めない可能性も充分にあった。


 特に戦時下の場合、多少の犠牲を顧みることなく突撃を行った例は枚挙に暇がない。帝国海軍も、ガダルカナル戦では、艦隊や輸送船団に甚大な被害を受けながらも、突撃を命じたことがあるではないか。


「航空隊は第二撃を掛けられるかね?」


「第二撃は可能です。攻撃隊の被害はほぼ皆無ですから。ただし、雷撃は無理です。魚雷の備蓄がありませんので。全て水平爆撃になります」


 大石が苦虫を潰したような顔で報告する。トラ船団は南方への補給船団であったため、武器弾薬はそれなりの備蓄があった。しかしながら、精密兵器である魚雷に関しては心許ない。その精密魚雷を、「麗鳳」はこの世界に来てから二回も全力で放出している。そのため、既にストックがなくなっていた。


 瑞穂島に一端陸揚げした分があるが、そちらは調整や整備がまだのために使用できない。仮に出来たとしても、基地航空隊で先に使ってしまうだろう。


「やむを得んな。敵艦隊が目の前にいる以上、攻撃を掛けんわけにはいかない。艦長、第二次攻撃隊の準備を急がせてくれ」


「はい、指揮官」


 岩野艦長がすぐに指示を出し始める。


 どこまでの打撃を与えられるか不透明であるが、攻撃手段がある以上やらないわけにはいかない。寺田は再度の全力出撃を命じた。


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