敵艦隊見ユ
瑞穂島を抜錨した艦隊は、島の北東40海里(約74km)地点に達すると、そこで待機に入った。艦隊が出港したのは午後であり、日の入り前にこの海域へと進出していた。あとは敵艦隊の出現を待つだけである。
しかしながら、敵艦隊が本当にいるのかどうかはまだわからない。
「昼の航空偵察では、島の周囲200海里(約370km)に敵艦は確認できませんでした。なので、夜のうちに敵が近海に現れることはないと思われます」
「わからんぞ大石参謀。ここは地球じゃない。我々の常識では計り知れない手段を敵は持っているかもしれん。油断は禁物だ」
指揮官席に腰掛けた寺田は、大石の意見を全否定こそしなかったが、一方で油断を戒めた。
トラ4032船団が持っている敵、つまりマシャナ帝国に関する情報は極めて乏しい。敵が近代的な艦艇や航空機を有していることは判明しているが、では潜水艦はどうか。空母は持っているのか。さらにはこちらにはない未知の艦種の艦艇や兵器を有しているのではないか。謎は余りにも多すぎる。
もし敵がこれまで接触したような快速艦艇中心の艦隊であれば、帝国海軍の常識外の時間で島に接近することもあり得た。
「もちろんです指揮官」
言われるまでもなく、大石は油断などしていなかった。急な出撃であったとは言え、瑞穂島に敵が来襲することを想定した迎撃計画は、限られた時間をやり繰りして策定してある。
計画では、迎撃の核となるのはやはり航空戦力だ。特に「麗鳳」の艦載機と、陸に上げた基地航空隊が中核となる。
「駿鷹」と「瑞鷹」は、それぞれ小型で速力が遅いために重量のある航空機を発艦させるのは難しい。飛行甲板が小さく、なおかつ速力が遅いと、重い飛行機を飛ばすために必要な合成風力を生み出せないからだ。
そのため、今回両艦の搭載機は発艦可能な戦闘機を中心とし、艦爆と艦攻は偵察と対潜哨戒に必要な1個小隊をそれぞれに搭載したのみだ。だからこの2艦は、実質的に艦隊直援用空母と言える。
攻撃の主力を担うのは、艦攻と艦爆を搭載した「麗鳳」で、両機種合計18機を搭載している。また陸上基地には陸揚げした機体や組み立てを完了した補用機が用意されており、最大で60機あまりの編隊を組んで出撃できる準備が整っていた。
「陸攻や大艇があれば、遠距離での索敵や攻撃が可能なんですがね」
陸攻とは陸上攻撃機の略で、海軍の使用する陸上から発進して対艦攻撃も可能な爆撃機を意味する。大艇は読んで字のごとく、大型飛行艇のことだ。
「ないものねだりしても仕方がない。それを言ったら、機雷があれば充分な防御体制を築けるぞ」
「機雷でしたら、手持ちの工作設備でも造れるかもしれませんが」
完全に日本と切り離されているこの世界では、補給は一切望めない。つまり、現在手持ち以外の兵器は持ちようがない。今の所燃料だけは確保する見通しが経っているが、それ以外の兵器は量産しようにもそのために必要な工作機械がないので、叶わない。
船団内部で製造できるのは、せいぜい銃弾や簡便な爆弾や地雷、機雷などだ。それ以上の物は造りようがない。それどころか、手持ちの兵器の修理すらかなり難しい。
瑞穂島には地面に露出するほどの豊富な鉱物資源があるものの、船を直すにはドックが必要であるし、それ以外の兵器も重大な損傷を受ければ、修理を施すための大規模な工廠が必要となる。
もちろん、今のトラ4032船団がそれらを持つのは、夢のまた夢だ。
「そうだな。今は基地作りのことで頭が一杯だが、そのうち造れる兵器があったら、造っていかなきゃならんな・・・・・・まあ、それもこの戦いの後のことだが」
将来のことを考えるのも重要だが、今は目の前に迫る危機を取り除くことだ。
「ですね」
と、先のことよりも目の前のこと。二人は何時現れるかわからない敵に集中することにした。
しかし、結局この日の内に敵が発見されることはなかった。逆に船団や島に敵機や敵艦が現れることもなく、将兵たちは不安で緊張を強いられる一夜を過ごすこととなった。
「結局、夜のうちは来ませんでしたな」
夜が明け、「駿鷹」の艦橋にも朝日の光が差し込んでくる。天候は多少雲があるものの晴れ、波は穏やか。風も微風。普通なら清々しい朝となるはずなのだが、一晩中敵襲を警戒していた将兵たちには、忌々しい日の出となってしまった。
「やはり、来るとすれば昼間かな」
「朝一番から偵察機が出ますので、その情報待ちですな」
予定では、夜明けと共に瑞穂島の飛行場と水上機基地から、第一弾索敵機として計12機が主に島の北部から南東までの海域を偵察するために、発進する予定となっている。既に日が昇っている現状を考えれば、発進済みの筈だ。
「うちの偵察機も発進する予定だな」
「はい。間もなく本艦と「瑞鷹」、「麗鳳」から各1機ずつ。その後、本艦から対潜哨戒の艦爆が2機出ます」
基地航空隊のみならず、艦隊からも索敵機を発進させる。ただし、基地航空隊が夜明けと共に発進するのに対して、こちらは夜が明けてしばし時間を経過してからだ。
飛行場や島からの発進は比較的容易であるが、艦上からの発進は安全を考慮して、より明るくなってからの発進となった。艦隊の運動訓練や、パイロットの発着艦訓練が不十分であるためだ。
3隻の飛行甲板では、大石の言うとおり偵察機の発進準備が進められていた。
「艦首風上へ!」
既に飛行甲板の後端では、偵察のために出撃する九九艦爆が暖機運転も終了し、あとは発艦するだけとなっていた。発艦に必要な合成風力を起こすため、「駿鷹」の艦首が風上へと向けられる。
「発艦始め!」
発艦はじめを知らせる旗が振られる。
「行くぞ三村!」
「ようそろう!」
兵からのたたき上げ士官の多田利吉兵曹長と若手の三村海斗兵長のペアが乗る九九式艦爆がスルスルと走り始めた。索敵であるため爆装はしていない。それでも、燃料タンクは満タンにしての出撃である。
充分に滑走距離をとった上で、同機は空中へと飛び上がった。
「よし、予定海域へ向かうぞ」
「予定海域言っても、そんな所に敵なんておらんでしょう」
「だろうな。まあ、万が一だろ」
多田・三村ペアの担当する海域は艦隊、ひいては瑞穂島から見ても南方の海面だ。敵の艦艇は島の北部にこれまで出現しているから、常識的に考えて出現するのは北方海域だ。南方海域に現れる可能性は恐ろしく低い。
そのため、この海域を担当することになった二人をはじめとする母艦パイロットの面々は、この索敵を遊覧飛行程度に考えていた。
しかし、その遊覧飛行同然の単調な飛行は一時間足らずで終了した。
先に見つけたのは、後席の三村であった。伝声管越しに軽口を多田と叩き合っていた彼は、ふと下方を見たその瞬間、ソレを見つけ、絶叫した。
「機長!11時の方向に艦影!」
「はあ?何言ってるんだ。そんな所に船がいるわけないだろ」
「しかし、間違いありません!」
信じられない思いだったが、三村の声が迫真に満ちていたので、多田は機体を傾けて海面を確認する。主翼に隠れた敵影を見つけるためだ。
すると、確かに紺碧広がる海面に、艦影とその航行によって発生する白い航跡が鮮やかに見えた。しかも、一本や二本ではない。
「おいおい!20隻以上はいるぞ」
「電信入れます!」
「おう!」
三村が電信機に取り付くとともに、多田は機体を上昇旋回させるながら、すぐに周囲に機影がないか確認する。通信中になると、後部の旋回機銃が使用不能となり、後方への警戒が疎かになる。
首を上下左右に振り、所々に雲が浮かぶ空のどこかに、敵の戦闘機がいないか警戒する。
「戦闘機はおらんようだな」
敵とされるマシャナの飛行機はこれまでの所水上機と飛行艇しか確認されていない。だから搭乗員たちに配られた識別表も、その2機種だけで内容も不正確だった。
敵にも戦闘機はいるという警戒心から、用心深く周囲を見回したが、敵機が現れる気配はなかった。
「機長、電信発進完了しました」
無事に電文を艦隊に発信できたようだ。
「よし。どうやら敵の戦闘機もおらんようだし。もっと敵艦隊の情報を集めてやるぞ」
「了解」
敵戦闘機がいないと見た多田は、もっと情報を得るべく再度旋回して、機体を降下させた。高度を下げていくと、再び前方に多数の艦影が見えてきた。
「敵が南方にいるだと!?」
予想外の位置に敵艦隊が出現したことに、寺田を含めてトラ4032船団の首脳陣は驚きを隠せなかった。
「どうやら、敵は大きく迂回して南方から回りこむ戦術に出たようです。おそらく、こちらが北方ないしは西方から来る敵を迎撃すると読んでいたのでしょう」
大石は推測を口にする。
「今はそんなことよりも、敵艦隊を迎撃するぞ!「麗鳳」に攻撃隊を発進命令!瑞穂島の基地航空隊にもだ」
「艦隊はいかがなさいますか?まだ北方の索敵機からの情報が入っていませんが」
北方ならびに西方へ飛んだ索敵機からの入電は今のところない。南方に敵艦隊が現れた以上、入電する可能性は低いが、万が一にも敵の別働隊がいれば、挟み撃ちに遭う。その状況で下手に動けば、各個撃破されかねない。
一方で、早急に南方の敵に対処しなければ、島と輸送船団が危ない。
寺田は一分ほど考えた後、決断を下しだ。
「いや、今は確実に見えている敵を叩こう。艦隊は南方へ転進!航空戦力と合わせて敵艦隊を迎撃する!」
「は!」
寺田の命令の下、艦隊は一斉に南方へと転舵した。
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