戦いに備えて 4
本当は昨日更新するつもりが、寝落ちして日付またいでしまいました。ごめんなさい。
「ようこそシュー村長。緊急の御用と聞きましたが、何事でしょうか?」
シュー村長は見たところ60代前半と言った所だろうか。浅黒い肌に、堀の深い顔。しかしながら、その眼光は鋭く、顔に刻まれた皺も老いというより彼の人生の深みを示しているようだ。
格好もお付の村の男たちが腰巻だけなのに対して、村長は装飾を施したマントに、頭に草木で作った冠を被っている。
寺田は彼と一度だけ会ったことがある。船団への協力を要請しに、彼の村に行った際のことだ。一見すると頑固そうだが、筋を通して話せば話の分かる人間だった。
船団が来てから彼や彼の村との大きなトラブルは今の所起きていない。
「●△□☆!」
席に座ったシュー村長は、通訳を通して問われるなり、まくし立てる様に言う。その様子から見て、かなり緊急の要件のようだ。
「どうしたと言うんだ?おい、何といってるのかね?」
すぐに通訳に問いただす。
「最近村の沖で漁をしていた村人が、見たことのない船を見るのだが、我々の船なのかと聞いています」
「何?我々は、そちらに船なんか出しておらんぞ」
トラ船団の各艦船は、燃料の節約のためにほとんど動いていない。時折漁に出るために船が出るが、これは網を積み込んだ艦載水雷艇やカッター、そして大発や小発の類である。しかも、その出漁海域は原住民とのトラブル防止のために、基本的に集落のない南方海域を選んでいる。
「おい、その不審船はどんな船で、どのあたりで見つけたのか聞いてくれ」
「□□○○?」
通訳が聞くと、シュー村長が答える。
「△○□×!」
「少し沖合いで、主に未明から夜明け近くに現れるそうです。しかも、もの凄いスピードだと」
「もの凄いスピードだと。具体的に・・・・・・と聞いても無駄か」
この島の原住民の文明レベルはそれほど高くない。文字はなく、相手に意思を伝える手段は専ら会話と絵画とジェスチャーだ。だから具体的に何ノットなどと聞いても無駄である。
「村長の話では、その船のせいで漁が出来なくなっていると」
「だろうな」
未明から明け方の暗い時間は漁師たちが出漁する時間だ。そんな時間に謎の船が出てこれば、怖くて仕方がないだろう。
そしてこの島では食料の調達の重要な手段として漁がある。畑作や森の中の採集なども行われているのだが、その内どれか一つでも滞れば、村民たちにとって死活問題だろう。シュー村長の焦りようを、寺田も理解することが出来た。
もちろん、ここで自分たちの無実をしっかりと伝える必要もだ。
「村長に伝えてくれ。その船は我々ではない。しかしながら、どこかの軍隊の物かも知れないから、充分気をつけるようにと」
通訳が寺田の言葉をそのまま伝える。すると。
「○□△?」
意味はわからないが、先ほどとは打って変わって落ち着いた口調で何かを聞いてきた。
「そちらの軍艦で追っ払えないのか、と言ってます」
「簡単に言ってくれるな」
相手が何であるのかわからないのに、ただでさえ貴重な艦船を貴重な燃料を消費して出撃させることなどできない。
「しかし指揮官。もしその不明船がマシャナの軍艦か何かで、この島に対して攻撃を企ててる。と言うようなことであれば、彼らの村だけの問題に留まりません。我々にとっても一大事です」
大石が最悪のケースを指摘してきた。
「だよな」
相手がもし敵意を持つものなら、野放しにするのは危険すぎる。この世界には明らかに敵と言える存在が確実にあるのだから、尚更だ。
「しかし夜間か。そうなると、厄介だな」
敵を発見するのに手っ取り早いのは航空機による偵察だが、夜間偵察はリスクが大きい。もちろん艦艇にしてもロクに海図も出来ていない海域、なかんずく暗礁の多い沿岸部の航行は危険が伴う。
「ですがやらないことには、どうにもなりません」
大石の言葉に、寺田は頷く。
「そうなるな・・・・・・・村長には、こちらで何らかの対処をすると伝えてくれ」
通訳がそのようにシューに伝える。すると、彼は嬉しそうに寺田の手を握ってぶんぶんと振る。もちろん、寺田はとりあえず笑みを浮かべてそれに応えた。
「さてと、ああは言ったが。どうしたものかな?」
シュー村長を見送った後、寺田は大石や長谷川副司令官ら幹部らを集めて会合を持った。無論、次善の策を考えるためだ。
考えられる策は二つある。航空機で上空から偵察を行うか、それとも艦船を出して直接水上から確かめるかだ。
しかし、艦船の出動に関しては長谷川が難色を示した。
「相手の戦力が不明である以上、貴重な艦船を危険にさらすのはどうかと思います。加えて瑞穂島北東の海面はまだ測量が充分に行われていません。戦闘どころか事故で喪うようなことがあれば、それこそ目も当てられません」
長谷川の意見は正しい。艦船こそが、今一番喪失してはならないものであった。そのため、誰も反論しなかった。
「そうなると、やはり航空機か」
「指揮官。水偵ならば、夜間偵察も充分に行えます」
と航空機による索敵を具申するのは、航空参謀の安田大尉だ。パイロット出身で航空が専門である彼の言葉に、大石たち他の幹部も賛成する。
「確かに、水偵を使えば夜間偵察も可能ですね。滞空時間も長いので、同じ海域を見張るのにも好都合です」
水偵とは、この世界に流れ着いた直後から大活躍している零式水上偵察機のことだ。長距離の偵察も可能であるため、航続力と滞空時間が長い。そして三人乗りであるため夜間飛行にも適している。
「本当に大丈夫かね?この世界に来てから、まだ夜間索敵は行っていないと思うが?」
「「蔵王」搭載のパイロットは、皆飛行時間も充分です。行けます!」
船団内にある水上偵察機は、巡洋艦「蔵王」に搭載されていたものと、南方への補充機として分解梱包された数機しかない。だからこれまた貴重な戦力である。
「指揮官。貴重な戦力の喪失を心配するのも理解できますが、出し惜しみした結果、船団自体に危機を招いては本末転倒です。絶対に事故で喪うなどいたしません!」
ここまで熱心に言われては断われない。
「わかった安田大尉。水偵による夜間偵察を認めよう」
「ありがとうございます指揮官。それから、昼間の陸上機による長距離偵察も合わせてお願いしたいのですが」
「いいだろう」
寺田は合わせて許可した。
シュー村長が来訪した翌日の夕方、艦船の停泊地近くに設置された水上機基地では、夜間偵察のために整備された零式水上偵察機5機が、発動機を始動していつでも発進できる体制に入っていた。
「本日の指揮は便宜上、この本郷少尉が執るが、夜間偵察であるため当然編隊飛行はしない。各機はそれぞれ指定された空域の偵察のみに専念せよ。なお、慣れない夜間飛行であるから、厳重に注意すること。わかったな」
「「「了解!」」」
出発する14名の搭乗員を前に、自らも隊長として乗り込む本郷少尉は出撃前の申し渡しをした。
「よし、搭乗!」
14名の搭乗員たちは一斉に砂浜を走り、浅瀬に付けられた愛機に梯子を伝って乗り込んだ。
発進をサポートする整備兵たちは、皆褌一丁の裸かそれに近い格好だ。水に浸かる水上機まわりならではの苦労が窺える光景だ。
搭乗員が乗り込むと、繋止用のワイヤーが外され、離水に入る。艦上からの発進ではカタパルトを使うが、基地からの発進では無限に続く海面が、天然の滑走路となる。
飛行場設営能力の低い日本海軍では、この天然の滑走路を使えるゆえに、世界に類を見ない水上機の充実ぶりが特色と言える。
「発進!」
隊長である本郷が手を振り、彼の機体から順番に離水を開始する。たった5機ではあるが、近頃珍しい水上機の一斉発進の光景だ。
「下駄履き乗りの本領発揮だな」
下駄とは、水上機のフローとのことだ。これがあるために、水上飛行機は海面や水面に離着水出来る。一方でそれはまた、重量物と空気抵抗の障害物を常に腹に抱えているも同じである。
速度も遅く、運動性能の低い水上機は近頃その価値を減じている。しかし、夜間飛行ならばまだまだ充分使える。本郷には水偵を活かす自信があった。
「しかし機長。相手は一体なんでしょうね?」
操縦席の左文字上飛曹が伝声管越しに聞いてくる。
「わからん。だが村人によれば、高速の艦艇らしい」
「魚雷艇でしょうかね?それならこいつの出番です」
と機体後部に搭載されたデカイ機銃を、通信士の風間が叩く。彼が今叩いたのは、20mmの機関銃である。
本来零式水上偵察機に搭載される後部機銃は、帝国海軍では一般的な7,7mmの機銃である。長年使われ、搭乗員も手馴れた兵器であるが、口径が小さいために当然ながら威力も小さい。戦闘機相手でも撃墜は難しく、ほとんど威嚇用に近い。
零式水偵が活躍したソロモン海域では、高速で動き回り魚雷を発射してくる魚雷艇が厄介な敵であり、それを掃討するために、零式水偵は20mm機銃を搭載するなどした。
「蔵王」搭載機も、島に陸揚げした際にそれに倣って20mm機銃を搭載していた。それを使う機会が早々と来るかもしれないことに、風間は興奮を隠さない。
「まだ相手が魚雷艇と決まったわけじゃないぞ。それに、夜は長いんだ。興奮しすぎて、大事な時に寝るなよ」
「わかっています」
そう、夜は長い。これから彼らは夜明けまでのんびりと闇の中を飛ぶのだ。それに備えて昼間のうちに充分寝たつもりだが、単調な飛行は眠気を誘う。
「長いな~」
夜光塗料が塗られた時計の文字盤を見ながら、これから朝までの時間を考えた本郷は誰に聞かれるわけでもなく、呟いた。
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