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戦いに備えて 3

「ケント、タケシ。お茶持ってきた」


 待機中の零戦の主翼の下に寝転がっていた平賀賢人と佐々本武の耳に、ルリアの声が飛び込んできた。


「あ、ありがとうルリア」


「いつも悪いね」


 二人が体を起こすと、そこにはルリアが薬缶と盆に載った湯飲みを持って立っていた。


「どういたしまして」


 微笑みながら、二人にお茶を注いだ湯飲みを渡す。


「うん、ありがとう・・・・・・おいしいよ」


「このお茶ルリアが淹れたの?」


「うん。私、淹れた。タカナシさん、教えてくれた」


「あの高梨兵曹がね~」


 高梨兵曹、厳密には高梨二等兵曹は、主計科下士官の炊事係の一人で、料理人としての腕は良いのだが性格はかなり厳しい。兵隊からの叩き上げで、当然年齢も賢人たちより一回り以上年上なのだ。その分プライドもある。とにかく、妥協しないタイプだ。その高梨兵曹がわざわざ教えるなんて、賢人にはちょっと考えづらいことだった。


「きっとルリアが女の子だからやさしくしたんだろ。あの人、確か娘さんがいたはずだから」


「ああ、そうかもな」


「俺たちは独り身だから気が楽だけど、家族がいる人はやっぱ寂しいんだろうな」


 賢人と武の二人は予科練入隊後から女とは縁のない生活を送っていた。戦争がなければ、お見合いでもして嫁を貰っていたかもしれないが、戦争中ではそれどころではなかった。そもそも実家に帰れたことすらない。


 ただそれで寂しく感じるかと言えば、それほどのことでもなかった。何せ戦地や内地にいたころは、戦闘や訓練に忙殺されて故郷を想う暇などなく、そしてそれに慣れてしまっていた。


 一方で、既婚者の場合は日本に家族を置いてきたのだから、その心情は察して余りあるものがある。また例え結婚していなくても、賢人たちにように割り切れていない人間も多かった。


「まあ、独身(ひとりみ)独身(ひとりみ)でそれは虚しいけどなな」


「全くだよ」


 そんな二人の会話を聞いて、ルリアが首を傾げる。


「ヒトリミ?」


独身(どくしん)、つまりお嫁さんがいないってこと」


「?」


 賢人が教えてみるが、ルリアは明らかにわからないという顔をしている。


「お嫁さんのこともわかってないみたいだな」


 武が苦笑いしながら言うと、賢人も苦笑いしてしまう。一方ルリアは二人がどうしてそんな顔をするのかもわからず、相変わらず首を傾げている。


「また川島中尉に聞かなきゃいけないな」


「けど川島中尉も、ラミュの相手で忙しいだろ」


 先日捕虜にしたマシャナ軍の航空兵の少女、ラミュはルリアとも違う言葉を喋っているため、ルリアの時と同じく学生時代に言語学を専攻していた川島中尉が相手をしていた。しかし、彼女の場合はルリア以上に手強かった。と言うのも、ルリアは救出された側。しかしラミュは撃ち落されて、捕まえられた側。捕まえた日本人への心証が悪くなるのは、致し方なかった。


 そのため、川島は辛抱強くラミュから言葉を引き出していたが、今のところ名前と簡単な挨拶くらいで、有益な情報どころか、コミュニケーションをとるのさえ、四苦八苦であった。


 もちろん、彼女の世話を命じられた賢人たちも同じである。


「これで当直終わったら、今度は俺たちが彼女の相手だな」


「たく、これなら空飛んでいる方が気が楽だよ」


「私も、また、空飛びたい」


 ルリアが目を輝かせる。


「それが出来れば苦労しないんだけどね」


 前回ルリアを乗せて飛んだのは、試験飛行で特別な許可が降りたからだ。しかし今は待機中とは言え、戦闘に備えてのもの。彼女を乗せて飛ぶことなど、出来るはずがない。


「むう。ケントのイジワル!」


 頬を膨らませる彼女を見て、賢人と武は微笑ましさしか覚えない。


「イジワルとかそう言うことじゃなくて、規則だから。まあ、ルリアも空飛びたかったら、操縦を習うんだね」


 賢人は彼女が出来るはずもないことを言う。


「私も絶対に空飛ぶもん!」


 どこまでが本気か冗談かわからなかったが、ルリアはそう二人の前で宣言した。


「まあ、せいぜいがんばりな」


 賢人は全然本気にしていなかったが。


「べ~だ」


 ルリアは未練がましく、賢人に舌を出してあかんべーをして帰っていった。


「誰だよ、ルリアにあんなこと教えたの」


「従軍看護婦さんの誰かじゃないか。ルリアと仲良くしているみたいだし」


「女の世界ってわかんね~」


 トラ4032船団には、従軍看護婦が少数だが乗っていた。あたりまえのことだが、多数の男の中に少数の女性を置くことは危険である。そのため、陸地に作られた住居は当然ながら分けられていた。


 その女性居住区には、男性の立ち入りは特別な許可がなければ禁止されている。だから賢人たちは、毎日ルリアとラミュをその入り口まで送っている。


「女だけの空間って一体どんなものなんだろうな?やっぱキャッキャウフフの天国かな?」


 賢人は楽しい光景を想像するが、武は逆であった。


「わかんねえぞ。母さんが言ってたけど、女って意外と嫉妬持ちだから、案外逆に堅苦しい空間かもしれないぞ」


「ああ、ありそうだな。そうなると、ルリアたち大丈夫かな?」


「まあ、何も言わないから大丈夫だろ」


 女の世界に色々と想像をめぐらせる二人であるが、そこに下手に突っ込む度胸などない。あくまで想像して楽しむだけである。


「まあ女の話はこれ位にしといて、敵さん一向にこないよな」


 賢人は話題を変えた。武もさすがに飽きてきたのか、文句も言わず乗ってきた。


「ああ、あれから二週間も経つのに、一向に音沙汰無しだ」


 敵飛行艇の撃墜から二週間あまり。敵の来襲に備えて、迎撃体制の構築や擬装作業など、てんやわんやしたトラ4032船団の将兵たちであったが、敵が現れる気配は一向になかった。


「敵は飛行艇の墜落を、単なる事故って考えたかもしれないな」


「確かにな。けど、それにしたって捜索に来るもんじゃないか?」


「でもさ、うちだって撃墜された搭乗員の捜索なんてそうやってくれないぜ」


「まあ、それはそうだけど」


 日本海軍は行方不明になった搭乗員の捜索に、そう熱心な方ではない。米軍が飛行艇や魚雷艇、潜水艦などを出して熱心に捜索してくれるのとは対照的だ。賢人ならずとも、羨ましいと思わずにはいられない。


 ただ日本海軍だって全くそうした捜索を行わないわけではない。ただそうしたことに割くソースがないのだ。このあたりも、国力の差と言えた。


 マシャナと言う、まだ見ぬ敵国がどんな国かは知らないが、その余裕がなければ捜索には来ないだろう。


「もしかしたら、兵隊の命なんか何とも思わない国だったりして」


「日本以上にか?」


「うん」


「それは嫌だな」


 この時代の日本において、兵隊一人一人の命の価値は低い。一銭五厘の赤紙で集められ、死ねば骨も入ってない白木の箱で故郷に返される。そんな時代である。


 それでも見込みがあれば救出や撤退をさせてもらえる。ガダルカナルやキスカからの撤退成功は、賢人らの耳にも入っていた。それに、上官の中には兵士一人一人に心砕く人徳者たる人もいる。


 また靖国神社に祀られ、神様にしてもらえるのも、ある意味あり難いと言えばあり難い。ただこれは軍人や一部軍属限定なので、最近船員たちと接する機会が増え、彼らの本音を聞かされた賢人にしてみれば、微妙な所だ。


 とにかく、日本の場合は命の価値は低いかもしれないが、それでも全くこころみられないわけではない。それらさえも否定するような本当に冷血な国家であったら、とても付き合っていけるものではない。


「まあ、俺はそんな国じゃないことを祈るけどな」


「全くだな」




 若人たちがのん気に駄弁っているころ、司令部にいた寺田指揮官の元に、駆逐艦「海棠」艦長の春日大佐がやってきた。


「司令官、シュー村長が緊急にお会いしたいそうです」


「シュー村長だと?たしか、一番北にある村の村長だったよね?」


「はい。急ぎとのことです」


 この瑞穂島には原住民が住んでおり、以前から先に流れ着いていた「海棠」や「耳成」の乗員たちと交流を持っていた。そのため、原住民との通訳には主にこの二艦の乗員があたっていた。


 トラ船団がこの島に到着して直ぐ、寺田はこの島の有力者一同に集まってもらっていた。その席で、彼は自分たちは漂流者であり、原住民の生活を脅かす意思はないことを伝えると共に、隣人として協力を要請していた。


 ちなみに瑞穂島の原住民の生活は、寺田が見たところ、南洋や南東方面の原住民の生活を思わせるものであった。ただ「海棠」や「耳成」の乗員たちの影響らしく、紙を作ってその紙で紙巻タバコを作っていたり、風呂に入る習慣があったりと、変なところに日本人くささがあった。


 そんな原住民たちは全部合わせても2000人程度で、10ほどの村にばらけて暮らしている。今の所船団との関係は良好だ。時折物々交換などで食料を買い付けたりもしている。


 しかし、緊急と言うのであるから余程のことかもしれない。もし船団側将兵の不手際(考えたくないが女がらみ)だったりしたら、今後の活動にダメージが出る。


「よし、とにかく会おう。連れて来てくれ」


 とりもなおさず、寺田はシュー村長に会うことにした。


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