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異常事態発生

 軽空母「麗鳳」艦長坂本幸太大佐は、その時世界が爆発したかと思った。


 その直前まで、彼は「麗鳳」の艦橋で指揮を執りながら、航海長の水野少佐とコーヒーを飲みながら、搭載機による対潜哨戒について話し合っていた。


 夜間であるが、艦橋内は暗い。敵による発見を防ぐため、灯を消しているからだ。しかしながら、これで彼らが不自由するわけではない。こんなことするのは、海軍では当たり前のことだからだ。


 彼らは目を闇に慣らし、艦橋の外から入るわずかな自然の灯に頼り、夜光塗料が塗装された時計や各種機器を見て動くのである。


 むしろこの日は、月明かりと星明りが艦橋の窓から差し込んでいるおかげで、かなり明るい方であった。


「やっぱり夜間でも対潜哨戒機を出すべきだと、私は思うんだよ」


 この時話し合っていたのは、夜間における艦上機による対潜哨戒についてであった。


「しかし艦長。知ってのとおり夜間の航空機の運用は非常に困難なものです。ベテランパイロットであっても容易に出来るものではありません。ましてや、低空を飛行する対潜哨戒となれば。それに、夜間では敵を発見し攻撃する手段もないじゃないですか」


「そうなんだけどね。最近の敵潜水艦は電探を使って夜間に襲撃を仕掛けてくる。翻ってこちらには夜間の敵潜水艦を攻撃する手段に欠ける。対潜哨戒機が飛んでいるだけでも大きな効果があると思うんだけどね」


「そうかもしれませんが、パイロットの負担を考えると、やはり無理だと思いますよ」


 水野は坂本の言葉に理解を示しつつも、無理と断言し、コーヒーを啜る。


「う~ん。明日飛行長とも話し合ってみるかな」


 対する坂本は、未練がましくそう言って、コーヒーを啜る。


 まだまだ電子技術が未熟なこの時代、航空機による夜間飛行は危険なものであった。特に海上では平衡感覚を喪い、上下がわからなくなる空間識失調を起こし易い。後の時代の航空機と違い、簡易な計器しか装備せず、パイロットの腕や勘に頼る部分が大きいこの時代の機体では、尚更のことであった。


 おまけに、空母でやるとなれば危険な離発着艦の動作が加わる上に、母艦に誘導灯を点けさせる必要がある。これは闇夜で提灯を点し、自らの位置を暴露することに他ならない。


 とは言え、では決して出来ないかと言えばそうでもない。帝国海軍では夜間飛行の訓練は行っているし、航法員が乗り込んだ複座以上の機体ならやり易い。


 ただどちらにしても、パイロットに大きな負担を掛けるのと危険性が高いことは変わらないし、夜間に飛んでも目視でしか敵潜水艦を探せないのであるから、どこまで効果があるかわからない。


 水野の懸念はそこにある。一方で出来ないこともないという事実が、坂本をこの案に執着させていた。


 敵潜水艦の脅威は最近になって大きくなっている。今の所戦艦や正規空母のような大物で撃沈された艦はないが、日本海軍が誇る戦艦「大和」をはじめ、被雷を経験している艦はある。また巡洋艦以下に限れば、ポツポツと撃沈された艦が出て来ている。


 坂本の乗る空母「麗鳳」は給油艦からの改造空母で、搭載機は30機にしかならない。しかし、最高速力は30ノットを発揮できるので、今後の海戦では正規空母と肩を並べて戦うこととなっている。既に準姉妹艦である「瑞鳳」はソロモンの戦いで赫々たる戦果を上げている。


 「麗鳳」は7月に改装工事を終えたばかりで、先日まで内地での公試や兵員の訓練、艦上機の訓練を行っていたが、今回ようやく帝国海軍の中部太平洋の拠点たるトラック島への前進命令が出た。


 艦の竣工前に艤装委員長として着任し、そのまま艦長となった坂本にとって、「麗鳳」は愛着があり、当然のことながらこいつで戦果を上げることを夢見ていた。だから、戦場を前にして撃沈される事態は絶対に避けたい所であった。


 つまり、坂本の発想の根源は船団を守るためではなく、自艦の防衛であった。そもそも彼は今回船団と共にトラックへ向かうのは反対であった。船団と一緒では速力が遅くなり、動きも制限されるので、「麗鳳」が敵潜水艦に襲撃され易くなる。


 しかしながら、連合艦隊司令部からの直々の命令が出ており、さらに海軍の作戦を掌る最高機関たる軍令部の人間からも今回の船団の意義を懇々と説明された以上、拒否することも出来ない。


 坂本も船団の物資が無事に届くことの意味や、船団の護衛の重要性は理解できなくもなかったが、やはりどうして自分の艦がそんなことしなければならいなのかという、もやもやした気持ちがあった。


 帝国海軍は最前線で敵艦隊と戦ってこそナンボ。その思想が、彼の考え方の根底にあった。


 だが、坂本の悶々とした気持ちは、文字通り吹き飛ばされることとなった。突然、彼の目の前が眩く光った。


「何だ!?」


 思わず持っていたカップを放り投げてしまった。カップが床に落ちてバラバラに砕け散り、割れる音が響くが、それどころではなかった。


「前方海面に異常!」


 見張り兵の絶叫が響く。


「回避だ!機関全速後進!取り舵一杯!!後続する「山彦」にも信号!」


 と命令を出したものの、直後に頭の中に凄まじい爆音が響き、坂本は気を失った。




「指揮官!指揮官!」


 自分を呼ぶ声に、寺田は目を覚ます。まだ少しガンガンするが、目を開く。すると、そこには見知った若い水兵の顔があった。


「おう。山野田兵長か」


 声を掛けていたのは、寺田の従兵である山野田水兵長であった。


「御無事でありますか?」


「ああ、ちょっと頭が痛いがね。それよりも、どこをやられた?」


 先ほどの衝撃を魚雷によるものと、寺田は思い込んでいた。


 ところが、山野田の答えは意外なものであった。


「いえ指揮官。本艦はなんら被害を受けていません」


「何?じゃあ、さっきの衝撃は一体なんだったんだ?」


「それはなんとも。とにかく、参謀と艦長が艦橋へいらして欲しいとのことですが」


「わかった。すぐ行く」


 寺田は上着を羽織る。


「どうぞ」


 山野田が机の上に置きっぱなしにしていた制帽を何時の間にか手に取り、寺田の前に差し出していた。若いながら、従兵としてこうして中々気の利く彼を、寺田は気に入っていた。


「うむ、ありがとう」


 山野田から制帽を受け取って被ると、彼には自分の持ち場に戻るように行って、寺田自身は艦内通路を艦橋へと向かう。


 歩いて行くと、艦内のあちこちで昏倒した乗員を別の乗員が起こしに掛かっている。


「おい!しっかりしろ」


「大丈夫か?」


 その光景を見て、寺田は違和感を覚える。


「どう言うことだ?そこら中で乗員が気絶したのか?」


 その疑問に頭を捻りながら、寺田は艦橋へと入った。


「あ、指揮官」


 寺田に気付いた岩野艦長が敬礼しようとするのが見えた。


「敬礼はいい……それよりも、もう夜明けか」


 腕時計を見ると、間もなく6時を迎えようとしていた。


「一体何が起きたんだ?」


「それが、我々にも良くわからないのです」


 岩野も困ったように答える。


「わからないとは、どう言うことだね?」


「はい。0100(マルヒトマルマル(午前一時))に突然艦前方において、強烈な閃光を確認。本艦は回避運動を試みましたが、その直後に凄まじい爆音が響いて、それ以上のことは何もわかっていません」


「敵の襲撃かね?」


「いえ、どうもそうではないようです。あの閃光は雷撃や触雷、砲撃や爆撃とも思えませんので」


「そうかね。じゃあ、この辺りだと海底火山の噴火か?」


 小笠原近海は海底火山が多い。それが突如船団近辺で噴火したのであれば、岩野が見たという閃光や寺田自身も感じた衝撃も説明が付く。とは言え、寺田の推論でしかない。


「それもわかりません。今現在確認中ですが、船団内に大きな被害を受けた船はない模様です」


「本艦もか?来る途中、気絶している乗員は見たが」


 ただし、寺田は艦に損傷がないこと位すぐにわかった。火災による音や匂い、或いは浸水による艦の傾斜など、一切感じられなかったからだ。


「目下確認中ですが、今のところ艦への浸水や火災は確認されておりません。人的被害も軽傷者に関する報告はありますが、重傷についてはまだありません」


「わかった」


 岩野からの報告が終わってすぐ、他の艦船と連絡をとっていた大石参謀が艦橋にやって来た。


「あ、指揮官。いらっしゃっていたんですね」


「ああ。それよりも、船団に異常はないのか?」


「ないと言えばありません。現在の所確認できたのは半分程度ですが、全ての艦船が航行、ならびに戦闘に異常なしと報告してきています。また目視で特に異常を来たしている艦船は確認できませんので、残る連絡のついていない艦船も無事だと思われます」


「そうか。船団に被害がないなら、取りあえず一安心だな」


 船団の中に被害が出たのではと覚悟したが、それがなかったのは、寺田にとって何よりだった。


 しかし、大石のほうはそうは思わなかったらしい。


「はい。ですが、不可解な点もあります。現在船団は全艦海上に停止中です。あの爆発の前までは航行していたのですが。それに、これはまだ未確認ですが、どうやら全艦で乗員の気絶が発生したようです」


「参謀も気絶したのかね?」


「はい。私が目を覚ましたのは、1時間程前です。艦長もまだその時は目を覚まされていませんでしたので、私が独断で目を覚ましていた乗員に命令を出しました。艦の被害の確認を急いだので、指揮官を起こすのが遅れました。申し訳ありません」


「いや、非常事態では仕方があるまい。それよりも、引き続き君は船団各船の状況確認だ。無事が確認出来次第、船団は航行を再開する。このまま海上に止まっているのは危険だからね」


「わかりました指揮官」


 大石は敬礼すると、再び各船と連絡するため艦橋を出て行った。


「やれやれ」


 寺田は指揮官席に腰掛けながら、朝日に照らされだした海上を見つめた。

 



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