戦いに備えて 1
「また女かね」
「また女ですね」
目の前に座る少女を見て、トラ4032船団指揮官の寺田と参謀長の大石は溜め息を吐いた。
敵兵を捕虜に出来たのはいい。新しい情報が入るからだ。しかしながら、それが女と言うのは予想外すぎだ。
国籍不明の飛行艇来襲の報に引き続き、その飛行艇が不時着水し、さらにその後生存者が引き上げられたという報告が寺田の元へともとらされた。
そして、捕虜はとりあえず司令部へと連れて来られたわけであるが、その正体がまだ子供と言って差し支えない少女であることに、寺田は頭を抱えたくなった。
正体がほとんどわからぬ敵が女子供を兵隊にしていると言うのも理由であるし、それとともにどうして出会う異世界人がこうも女ばかりなのか。
「で、言葉は?」
「残念ですが、通じませんでした。なので今、飛行場から川島中尉らとルリア嬢を呼び出しています」
寺田たちが会う以前から、目の前の少女兵士に対しては簡単な質問や尋問が行われていたようだが、大石の言葉を聞く限りでは全く通じなかったようだ。
司令部の外で車のエンジン音と停車する音が聞こえてきた。
「どうやら着いたようです」
大石の言葉通り、間もなく廊下を数名の人間が歩いてくる音がした。
「中野中尉以下五名、入ります!」
「おう、入れ」
「失礼します」
扉が開き、今の今噂をしていた中野中尉に川島中尉、そして平田と佐々本の兵曹コンビに、ルリアたちが部屋の中に入ってきた。直ぐに来たためか、中野と平田、佐々本の三人は飛行服のままだ。
「御苦労。急に呼び立てて悪かったね」
「いえ、自分こそ。申し訳ありませんでした。敵機を上手く不時着させれば良かったのですが。全て私の責任です」
中野は敵機捕獲失敗をいの一番に詫びたが、今寺田たちが必要としているのはそんなことではない。
「それに関しては、また後で話を聞こう。それよりも、ルリア嬢」
「?・・・・・・ワタシ?」
一番後ろにいたルリアが、いきなり呼ばれたのでキョトンとした顔で、自分自身を指差す。
「君以外にいないだろう。こっち来なさい」
寺田に手招きされて、彼女は前に出た。
「この娘に、見覚えはあるかね?」
ルリアはそこで、初めて捕虜の少女の顔を見た。すると。
「マーレ!」
すると、捕虜の少女も。
「ハージン!?」
二人が素っ頓狂な声を上げるものだから、他の面々は怪訝な表情をする。
「なんだ。知り合いか?」
平田の問いに答えるように、ルリアが皆の方に向き直って口を開く。
「コノオンナ、マーレ。ハダ、チョット、クロイ!」
ルリアが片言の日本語でそう言う。
「マーレって言うのは、じゃあ人種のことか。白人とか黒人とかの」
大石が納得したように言う。
「で、ルリア嬢。彼女と話出来るかね?」
すると、ルリアは首を振って。
「ダメ。コトバ、ワカラナイ。ワタシ、マーレ コトバ ワカラナイ」
「だそうです」
「ルリア嬢の言葉とは違うわけか。それじゃあ、お手上げだな・・・・・・仕方がない。川島中尉、この娘の話す言語の研究も頼む」
寺田の言葉に、川島が目を剝く。
「ええ!?ルリアの言葉を調べるのだって苦労してるんですよ!」
「それでも何とか頼む。他に言語に詳しい人間などおらんのだ。それに敵の言葉がわからなければ、今後接触した際に問題が出る。場合によっては、我が部隊の今後の命運を握ることになる」
敵の言葉を少しでも知っておかないと、色々な部分で差し障りが出てくる。今後戦うにしろ、講和するにしろ相手の言語を知るか知らないかは死活問題だ。
船団の命運を握るとまで言われては、川島中尉に断れる道理などなかった。
「わかりました。微力を尽くします」
「よろしく頼む・・・・・・それから、この娘の世話だが」
寺田は顔を中野とその部下二人に向ける。
「自分たちでありますか?」
中野が心底嫌そうな顔をする。どうして栄えある帝国海軍の飛行兵である自分たちが、さらに子守をしなければならないのかと、ありありと顔に書いてある。
「飛行艇を撃墜した責任も含めてな。ルリア嬢同様、川島中尉や従軍看護婦たちと連携して世話を見たまえ。くれぐれも、帝国海軍軍人として粗相のないようにな」
飛行艇の捕獲失敗の責任は中野にある。その点を責められると、反論のしようがなかった。
「わかりました」
「うん、よろしい。必要な物があったらまた言いたまえ。それから、君たちの上官にはこちらから伝達しておく」
「はい」
「では、よろしく頼むぞ。彼女を連れて、戻りたまえ。尋問などは川島中尉含めて一任するが、くれぐれも国際法規に則り、丁重にな」
「わかっております。おい、平田に佐々本。彼女を連れて行ってくれ」
「「了解」」
と二人は少女を連れ出そうとするが、もちろん少女の方は怖がってしまう。すると、ルリアが笑顔で何事か言葉を掛ける。
それを見て少しは安心したのか、ようやく彼女は立ち上がり、部屋から出て行った。
「いいんですか、あの娘まで彼らに押し付けて?」
「何せ彼らが一番、我々の中で女と接しているからな」
寺田の冗談に、大石は苦笑いした。
「それもそうですな・・・・・・しかし指揮官。飛行艇が現れたとなれば」
「ああ。大石参謀、すぐに幹部陣を招集してくれ。対策会議を開くぞ」
「了解」
瑞穂島近海に航空機があらわれた。それが意味することは、重大であった。
一時間後、会議室にはトラ4032船団司令部の主だった幹部が集められた。
「問題は、その飛行艇がどこから飛んできたかです」
と言うのは、航空参謀の安田大尉だ。
「敵機が飛んできたということは、この島の近辺に敵の有力な基地があるか、もしくは敵の飛行艇母艦が近海に進出していることを意味します」
「報告によれば、敵機は我が軍の九七大艇に似た三発の大型飛行艇だったというぞ。長距離偵察機の可能性はないのかね?」
「もちろん、その可能性もあります。しかし、万が一近距離の範囲内で飛び立ったとすれば大問題です」
安田の言葉を受けて、大石が意見を口にする。
「瑞穂島周辺は、半径200海里の範囲内で索敵を行っており、その範囲内には敵の基地などは確認できませんでした。ただし、飛行場や飛行艇の拠点と出来る面積の島は幾つかありましたので、そこから飛び立ったと言う可能性も、なきにしもあらずです」
「一度索敵を行った方が良いと言うことだな」
「外に出て行くのは言いとして、守りは完璧なんでしょうな?敵の奇襲を許して全滅では話にならない」
と棘のある口調で言うのは、副司令官の長谷川大佐だ。
「それに関しては、既に電探も稼動していますし、飛行場も完成しています。ただそれだけでは不安なのも事実ですから、海防艦や駆潜艇を使っての監視活動や、島の各所に監視所を設置すると言うのも手です」
「どちらにしろ、手の掛かる話だな」
艦艇を使っての監視活動となれば、貴重な燃料を消費することになる。また監視所の設置は、監視所自体は木の櫓でも組めば事と足りる。しかしながら、そこから情報を伝達する仕組みを作らなければならない。すなわち無線を設置するか、それとも電話を引くかだ。もちろん、そうなれば無線機や電話線、さらにはそれを動かす発電機なども必要となる。
補給の望めないトラ4032船団にとっては、重い負担となる。
「確かに、負担としては重い物となりますが、ここは必要経費と割り切るしかないかと」
「そうしたことは専門家に任せるとして、指揮官。私としては徹底した擬装や停泊位置に工夫を凝らすべきではと思います」
「擬装かね」
「ええ。敵が少なくとも飛行機を持っているとなれば、一番恐ろしいのは空襲だ。しかし、擬装を施すことで、ある程度の効果は期待できる。それに、貴重な燃料は浪費しない」
「それはいささか、消極的では?もちろん、擬装の重要性はわかります。しかし、それに人手を割くならば、製油所や飛行場、陣地建設に割くべきだと思います」
安田が口にした設備は、いずれも先ほど彼が意見具申した策を補強するのに必要な物ばかりだ。長期的に見れば、それらが役に立つことは一目瞭然だ。
しかし、長谷川はやれやれと言う顔で言い返す。
「安田君、別に私はそうした作業に反対と言うわけではない。しかし、一朝一夕に出来ないそうした物の完成を待っていては間に合わん。今は即できることをするべきだと言ってるんだ」
「それはそうかもしれませんが」
安田の言った設備の泣き所は、実現までに時間が掛かることだ。飛行場は完成したが、大規模に部隊を動かそうと思えばさらなる整備が必要だし、油田や製油所も船団全体を満たそうと思えば、もっと大規模に拡張しなければ無理だ。
トラ4032船団の技術力を持ってすれば、それらは実現可能である。しかし、完成するまでの時間は長谷川の言うとおり一朝一夕とは行かない。一番早くに完成する飛行場に全力投球しても1週間は掛かる。
対して長谷川の言った擬装ならば、今日直ぐにでも始められる作業だ。例えば船首や船尾に波をペンキで描くだけで、敵の目を誤魔化せる。もちろん、凝ればこちらも時間や人出は食うが、少なくとも油田や製油所の整備よりは楽だ。
寺田は決した。
「今は時間が肝心だ。長谷川船長の意見を採ろう。大石参謀、至急各艦の艦長と船長を集めてくれ。それから、絵が描くのが上手いやつもだ」
「はい」
自分の意見が通らなかった安田は、黙って座り込んだ。そんな彼へのフォローを、寺田はやっておく。
「安田大尉。そう言う顔をするな。君は直ぐに現状の航空隊の状況を勘案しながら、防空ならびに索敵や航空攻撃の計画案を、航空隊関係者らと練りたまえ」
「わかりました。指揮官」
こうして、翌日からトラ4032船団の各艦船や地上設備では、主に空襲などに対応するための、擬装作業が急ピッチで進められた。
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