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瑞穂島 8

「うわ!」


 突然の銃声が轟いたと思いきや、オールを漕いでいた水兵の一人が悲鳴を上げる。


「大丈夫か!?」


「腕をやられました!」


 見ると、その水兵の右腕は出血で真っ赤になっていた。


「応急処置をしておけ!総員戦闘用意!」


 いざと言う時に備えて持ってきた九九式小銃を、無事な水兵たちが構える。また再度の発砲に備えて、身を屈める。カッターの艇体は木造であるから、銃弾は用意に貫通する。だから気休めと言えば言えば気休めだが、それでもやらないよりマシだ。


 指揮を執る兵曹長も、14年式拳銃を構える。そして、瓦礫の周辺を窺う。


「音を立てるな!」


 状況から考えて相手は水の中にいるはずだ。水音で位置がわかるかもしれない。水兵たちはその場で固まり、オールを漕ぐ手を止めた。


「どこだ・・・・・・」


 全員が目を皿にして、瓦礫の周辺を窺う。


 しばしの間、不気味な沈黙が周囲を支配する。聞こえるのは波と、その波がカッターの艇体を叩く音だけだ。カッターの全員に緊張が漲る。


「おかしいな?」


 瓦礫の反対側に回り込んだが、不審な影は見えない。


「もしかして、潜ったのでは?」


「かもしれんな」


 水兵の言葉以外に、敵が消えた理由が見つからなかった。そしてそれはすぐに証明された。突然艇の後方から、水を裂く音が聞こえてきた。


「いたぞ!」 


 そこには、二人の人影が見えた。


「回せ!回せ!最大船速!」


 カッターを急いで回らせ、そちらへ走らせる。だが、次の瞬間。浮かび上がってきた人影の内、一人が拳銃らしきものをこちらに向けるのが見えた。


「う、撃て!」


 間髪いれず、水兵たちが九九式小銃を発砲する。もちろん兵曹長も拳銃を抜いて連続発砲した。たちまち狙った人影の周辺に水柱が立ち、その影が悲鳴を上げて仰け反った。


 一人を打ち倒すと、当然狙いはもう一人へ。だが。


「手を上げてるぞ!撃ち方止め!撃ち方止め!!」


 兵曹長の命令で、水兵たちは射撃を止めた。ただし、銃は構えたままだ。


「ようし。こっちへ来い!ただし下手な動きをしたら撃つからね」


 銃を向けつつ、兵曹長は手を上げて浮いている人物にこっちへ来いと腕を振って支持する。それを見たその人物は、大人しくカッターの方へとよって来た。


「ようし。引き揚げてやれ」


 銃口に囲まれているせいか、その顔は怯えきっていた。


「せーの」


 そんな表情に構うことなく、水兵たちは敵兵をカッター上に引き上げた。すると、敵兵はゴホゴホと海水交じりの咳をした。


 咳が止み、落ち着いた所を見計らって兵曹長は命令する。


「ようし、手を上げてそこに座れ」


 言葉が通じているかはわからないので、拳銃を降って場所の移動と着席を指示する。敵兵は最初震えて固まっていたが、数度やった所で理解したらしく、明らかに恐る恐るな態度で座り込んだ。


 兵曹長はこの時になって、ようやく引き上げた敵兵の顔をしっかりと見れた。そして驚いた。


「なんだ。まだガキじゃないか」


 引き上げた敵兵は、浅黒い肌に沖縄や南洋諸島出身者のような如何にもな顔立ちをしていた。そしてなにより、どう贔屓目に見ても15~16歳程度の子供にしか見えなかった。


「この世界でも子供を兵隊に仕立ててやがるのか」


 兵曹長は忌々しげに言う。戦争になればどこもかしこも人手不足だ。特に軍隊は顕著となる。それまでは徴兵、あるいは志願の対象外であった者までも兵隊にする必要が出てくる。


 そうした対象にはまだ子供と言ってもいい少年兵も数多く含まれている。あどけなさが残り、大人の世界どころか恋すらも知らない。それでもって、その養成時間もどんどん短縮されている。


 兵隊を指揮する立場にある下士官は、そうした現実を肌身で理解できた。


 ちなみに、元の世界の後の世では帝国陸海軍内部での私的制裁の悪名が轟くこととなるが、これは元々海軍創設期にまだまだ乱れていた海軍内部の統率を正し、兵に規律を覚えさせる手段として導入された。


 それまで戦闘を行うことのなかった民間人を短期間で上官に命令に従い、乱れることなく戦闘に従事する精強な兵を作り出すために、日本軍では私的制裁と言う名で上官による暴力を正当化した。


 なお、法規的には軍内部における暴力行為は禁じられており、また暴力を一切禁じる下士官や士官がいたのも事実である。ただし、私的制裁は兵隊を短期間で養成するのに有用な手段と現在でも信じられており、例え法的に問題があり、上層部より禁止の通達が出ても払拭されることはなかった。本来取り締まるべき上官や憲兵なども必要手段として見てみぬフリをしていた。


 戦局が悪化し、兵員の養成数が鰻上りに増えるのに反比例するように、使える人間の数と養成の時間だけは減っていく。平時であれば、徴兵され軍に現役として送り込まれる人間は甲種合格の内の数人に一人であるのが、現在では丙種まで含めてもまだ足りない。以前の基準で言えば兵隊になれないような人間が部隊に送り込まれてくる。しかも養成時間は短縮されて。こうなると、教える側の規律も乱れてしまうし士気も下がる。


 兵曹長の苦い表情は、こうした様々な嫌な現実を思い返させると同時に、異世界にもその現実があるのかと思ったゆえだ。


「ようし。捕虜も収容したし、帰るぞ。オール構え!」


 敵兵を収容し、漂流物の調査も充分と判断した兵曹長は部下たちに引き上げを命じた。水兵たちは行きと同様、今度は101号に向かってオールを懸命に漕ぎ始めた。


 彼らが101号に収容されたのはそれから10分後のことであった。


「おう、こいつが捕虜か・・・・・・て、子供じゃないか」


 捕まえた敵兵を見に来た成岩も、捕虜を見て兵曹長と同じセリフを口にした。それほどまでに、捕まえた兵士は小柄であどけない顔をしていた。


「とりあえず服着替えさせて、適当に縄で縛っておけ。自決されたり逃げられるわけにはいかないからな」


「了解」


「ようし。じゃあ、帰るぞ。半速前進!」


「ようそろう。半速前進」


 捕虜を得て漂流物の回収も大体終わった所で、成岩は帰港することにした。101号は再度エンジンを始動し、針路を反転して瑞穂島へと向かい走り始めた。


 しかし、その直後事件が起きた。


「キャアアアア!!??」


 突然艦内から悲鳴が。


「何だ?」


 お茶を飲んでいた成岩は、突然の悲鳴に危うく口に含んだお茶を噴出しそうになった。


「女の子の悲鳴みたいですけど」


「女の子だ?この艇のどこに女の子がいるって言うんだよ。原住民の若い娘が何時の間にか密航したとでも言うのか?」


 瑞穂島には原住民がおり、当然若い娘も確認されている。しかしながら、今の所原住民との接触の機会はそうそうなく、成岩は女の子どころか原住民さえ見たことがなかった。


「まさか。でも、間違いなく女の子の悲鳴に聞こえたんですけどね」


「う~ん。よし、ちょっくら見てくるから、操艇の方頼むぞ」


「ようそろう」


 部下に操艇は任せて、成岩は艇内へ。船の中と言うのは狭い。小さな駆潜艇ではなお更だ。すぐに何名かの下士官兵が人だかりを作っている部屋を見つけた。


「おお、どうした?」


「あ、艇長!」


「敬礼はいい。何があった?」


 敬礼しようとした部下を手であしらい、質問する。すると、その場で一番階級が最上級の二等兵曹が前に出た。


「実は捕まえた敵兵の服が濡れているので、着替えさせようとしたのですが」


「何だ。まさか、敵兵が女だったとか言うんじゃないんだろうな?」


「はい。そのまさかです。あそこを見たわけじゃないですが、どうやら女のようです」


「どれどれ」


 成岩は部屋の中を覗き込んでみる。収容したときは、それほど近くからじっくり見たわけではないので、女だとは全く気づかなかった。しかしながら、今部屋の中で震えながら座り込んでいる彼女を見ると、なるほど男にしては線が細いし、脚を内股にし目立たないが胸に膨らみもある。顔立ちも若いから中性的だと思ったが、女だと言われればしっくり来る。


「言われてみれば、女だな」


「どうしましょう?」


 二等兵曹は狼狽していた。帝国海軍内部に女などいないのだから、当然と言えば当然だろう。だが、成岩はあっさりと答える。


「どうするもなにも。女だろうが、なんだろうが。敵兵なんだから連れて帰るだけだよ」


 相手は敵兵。そして貴重な情報源になるかもしれない存在だ。女だろうが子供だろうが、連れ帰って尋問するのが正しい。


「着替えはどうします?」


「とりあえず、一番小さい大きさのやつを置いておいてやれ。新品の服がありゃ、自分で着替えるだろうさ。もちろん、部屋の扉は閉めてだぞ。男に見られながらじゃ、可哀想だ」


 彼女が悲鳴を上げたのは、無理やり服を剥がされそうになったからだろう。男に女、しかも少女がそんなことされそうになれば、悲鳴を上げるのは当然だろう。


「部屋は外から鍵を掛けて逃げられないようにはしておけよ。ついでに、衛兵もちゃんとおいておけ。逃げ出さないように・・・・・・・ついでに、襲われない様にな」


 成岩は冗談めかして言うが、男所帯の軍隊では冗談が現実になりかねないから、笑うに笑えない言葉でもあった。


 とにかく、指示するだけ指示すると、成岩は艦橋へと戻った。そして、頭の中で捕虜の女の子を司令部にどう報告するか、少しばかり考え込むのであった。



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