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瑞穂島 7

「全く、あまり面倒を掛けんで欲しいね」


 窮屈なブリッジの中でぼやくのは、駆潜艇101号艇長の成岩薫大尉だ。


「まあまあ艇長。おかげで久々にこいつを海に出す機会に恵まれたんですから」


 航海士の言葉に、成岩は「まあな」と苦笑いして返した。瑞穂島に着いて既に三週間近く経過しているが、その間駆潜艇101号は海上に出る機会がなく、乗員一同うずうずしていた所だ。


 燃料の不足から、トラ4032船団の艦船は艦の維持に必要最小限度の機関運転しか認められておらず、全ての艦船は湾内で時折機関を始動させたり、停泊位置を変える位でしか動けなかった。またそれに伴い、乗員も半分以上を陸に上げて、陸上の工事に協力させていた。


 そんな状況下、駆潜艇101号は久々に乗員全員が集合し、機関を始動させて湾外へと出ていた。理由は司令部から出された墜落航空機の捜索であった。


 この数時間前、瑞穂島近海に国籍不明機が来襲。それを陸上基地より発進した航空隊が追った。そして航空隊はその国籍不明の飛行艇の捕獲を試みたが、結局失敗。飛行艇は沖合い海上に墜落してしまい、機体は海中に没したとのことであった。


 しかしながら、生存者のいる可能性があるので、こうして101号が沖合いまで出張ることとなった。他の船でないのは、101号が船団内でも特に小型の駆潜艇であることだ。


 駆潜艇とは、文字通り潜水艦を駆る小型艇のことだ。排水量は500トン程で、本来は沿岸部の防御などに用いられる。しかし日本海軍では、こうした小型艇すら波の荒い外洋での護衛任務に投入しなければならないほど、護衛艦の数が不足していた。


 ただし、今回101号が船団に加わっていたのは、もちろん船団護衛も任務の一つであったが、それとともに配属予定先のトラック島へ向かうためでもあった。


「やっと改装と訓練が終わったと思ったら、いきなりのラバウル行き。その途中で神隠しにあったと思えば、今度は救難任務か。戦争って言うのは何が起こるかわからないもんだな」


 101号は元々香港の造船所で建造中だった英国製の大型トロール漁船を接収し、駆潜艇として改造した船だ。そのため、トラ4032船団に加わる前は尾道にあった造船所で改装を受け、乗員の習熟訓練を行っていた。


 武装は8cm高角砲に捕獲品である40mm単装機関銃一基、25mm単装機関銃二基に、爆雷投射機と投下軌条、48個の爆雷を搭載していた。


 母体が大型漁船とは言え、排水量は500トンほどしかない。元々が遠洋漁船であったから、ある程度凌波性は備えているものの、外洋での航海は色々と苦労の連続であった。


 それでも出港後外洋の高い波浪に苦しみながら、101号はなんとか脱落することもなく、船団とともに航行を続けていた。そして瑞穂島入港後は、他の艦船と同じく待機となり、暇な日々を過ごしていた。


 そこへ、降って湧いたような出動命令である。久々に海へ出られると思う者がいる反面、成岩のように面倒くさそうな顔をする者もいた。


「そりゃ、海に出られるのはいいけどさ。潜水艦追うわけでもないしさ」


「けど、上からは情報の収集は今何よりも重要だと」


「いやね、頭じゃわかるんだけどさ。やっぱりなんかこう、燃えるようなことでも起きないかなって」


「まあ、その気持ちは分かりますけど・・・・・・どうです?もし何も見つからなかったら、帰りに訓練名目で爆雷の一発でも落としてみるって言うのは?上手い魚がとれるかもしれませんよ」


 先任士官の言葉に、成岩は苦笑いした。


「ああ、やれればいいんだけどな。でもそれやると、絶対に上からどやされるぞ。補給の目処が絶たない時に、何無駄弾使ってるんだって」


 現在トラ4032船団が孤立し、燃料や弾薬の補給の目処が絶たず、その節約を行うようにと言う通達は、上は佐官から下は新米の少年兵や少年船員にまで徹底されていた。そんな状況下で魚をとるために爆雷を使うなど、無駄遣い以外の何物でもなかった。


「けどそれが一番手っ取り早いじゃないですか」


「まあ、そうだけどさ」


 爆雷を海中に投げ込んで爆発させると、爆圧でその周囲の魚は失神するか死んでしまい、海上に浮き上がってくる。そのため、爆雷の実弾演習後にカッターを降ろすなどして、そうした魚を回収するのは演習後の一つの楽しみであった。また南方では余った手榴弾や爆雷を使って、同じ方法で魚をとることもあるという。


「とにかく、今は目の前の救難任務に専念しよう」


 成岩は一端その話題を打ち切った。そして航行することしばらく。


「前方に発炎筒視認!」


 マストの上にある見張り塔よりの報告に、成岩たちは一斉に双眼鏡で前方海面を見る。確かに、薄っすらとだが白い煙が確認できた。味方機が落とした発炎筒に違いない。


「接近するぞ。速度落とせ。微速前進!」


「微速前進」


 成岩の命令と共にテレグラフが回され、機関室に速度を落とすように伝達される。しばらくすると、主機であるディーゼルエンジンの唸り声が少しばかり小さくなり、艇の速度が落ちる。ちなみに微速はこの101号の場合6ノットを意味する。


「溺者救助用意!短艇(カッター)降ろし方用意!」


 甲板上に手すきの乗員が出る。その手には竹竿や浮き輪が握られている。生存者、あるいは漂流物や遺体をそれらで引き上げるためだ。また生存者救助に備えて、ボートを降ろす準備もされる。


「対空!対潜、対水上警戒を厳となせ」


「ようそろう」


 成岩は反射的にそう命じた。彼はこの艇の艇長になる前は、ラバウル近海で行動する駆潜艇の航海士をしていた。空襲ならびに敵潜水艦の恐ろしさは骨身に沁みてわかっていた。だからほとんど襲撃の可能性などないこの場においても、そう命令を下していた。


「最微速!」


「最微速」


 海面上に漂流物が見えてきた所で、さらに速度を落とす。


「機関停止!」


「機関停止」


 ついに機関を止め、惰性で海上を進む。


 速度を落とした所で、甲板上に出ていた乗員たちが、先端に鉤のついた竹竿で漂流物の回収を始める。海面に浮いているのは金属片や布の類のようだ。


「どうだ?生存者はいそうか?」


「今の所見当たりません!」


 艦橋の窓から顔を出し、作業中の兵士に問いかけてみるが、生存者がいる気配はなさそうであった。


「あんまり期待できそうにないな」


 不明機が海上に上手く不時着出来ていれば、生存者のいる可能性も高い。しかし、引き揚げられる不明機の一部らしい漂流物を見るに、海上に激しく叩きつけられたように見えた。無論、墜落前に乗員がパラシュートで脱出していれば話は別だが、不明機は墜落したとしか情報は受け取っていない。状況を見るに、その可能性は低そうだ。


 あとは、奇跡的に機外へ放り出されている場合だが、それは本当に奇跡的な可能性だ。


「とにかく目ぼしい物は全部引き揚げろ」


 成岩に言われるまでもなく、乗員たちは引き揚げられそうなものは皆引き揚げていく。


 その間に、カッターを用意していた乗員たちは、降ろす準備を終わらせた。


「カッター降ろし方準備よし!」


「カッター降ろせ!」


 救命胴衣を着けた水兵の乗るカッターが海上に降ろされ、手漕ぎで海上の捜索を始めた。


 それから20分ほど救助活動は続いたが、集められるのは航空機の破片と思しき布片や金属片ばかりで、目ぼしいものはほとんどなかった。他に飛行帽子や手袋など、衣服の破片も引き揚げられたが、もちろんそれらだけでは有力な情報を得るのは難しい。


「あんまいいもんはないな」


 引き揚げられたものを手にして見ながら、成岩は呟いた。回収された物の中には、敵について有益な情報を提供してくれそうなものはほとんどなかった。


「せいぜい敵も金属を加工できるって事くらいだな」


 成岩はぞんざいな態度で、ジュラルミンの破片を投げ捨てる。


「ようし、捜索はあと30分したら打ち切るぞ。カッターにも報せておけ」


「ようそろう」


 信号兵はすぐに赤白の手旗信号で、艇から少し離れた場所で捜索中のカッターにも報せた。


 そのカッターはと言えば、101号と同じく特に目ぼしい収穫はなく、どうでもよさそうな布片や金属片しか回収できないでいた。


「兵曹長、何も見つかりそうにありませんよ」


 ガラクタしか回収できない状況に飽き飽きした水兵が面倒くさそうに言う。そしてカッターを指揮していた兵曹長も、それを怒るどころか頷いて答える。


「そうだな。艇からもあと30分で終了って言って来てるし、15分だけ探したら帰るか」


 すると、途端に水兵たちの顔に笑みがこぼれる。


 しかし、それからほどなくして。


「うん?」


 オールを漕いでいた水兵が首を傾げた。


「どうした?」


「いえ、あの瓦礫のそばに人影が見えたような気がして」


「何?ようし、あの瓦礫のそばまで行け。万が一漂流者だったら引き揚げるぞ」


 水兵たちは呼吸を合わせてオールを漕ぐ。帝国海軍の水兵の教育機関たる海兵団で漕ぎ方はみっちりと教わっている。発動艇ほどではないが、しっかりと外洋を前へ前へと進んでいく。


「あの瓦礫だったな?」


 兵曹長は見つけた水兵に念押しの確認をとる。


「はい。反対側であります」


「よし、回り込め」


 カッターは漂流する瓦礫の反対側へと回り込んだ。


 パーン!


 乾いた銃声が轟いたのは、まさにその時であった。


 


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