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瑞穂島 5

「ケント!スゴイ!スゴイ!!」


(まるで子供だな)


 後部座席ではしゃぐルリアの様子に、賢人は戦闘機に乗っていると言うのに微笑ましささえ感じられた。機内には発動機の音が容赦なく入ってくるので、伝声管なしには会話すら出来ない。ルリアのはしゃぐ声も、彼女の手に持たせた伝声管から途切れ途切れに聞こえてくるだけだ。


 それでも、彼女が喜んでいるのは十分に理解できた。


 最初は女の子を乗せて飛ぶことに不安しか覚えなかったが、単純な低空飛行にさえ喜びの声を上げてもらえると、悪い気分はしない。


 そんな温かい気持ちを感じつつ、賢人は腕時計を見た。既に離陸して30分は経過している。


「そろそろ時間だ。帰るぞ、ルリア」


「帰る?……もっと×××○○」


 何を言っているかわからないが、雰囲気的にもっと飛んでいたいか、空から地上を見ていたいあたりだろう。それ位は賢人にもわかる。しかし、今回は可愛い女の子の頼みでも受け入れるわけには行かない。


「ダメダメ。燃料の無駄遣いは出来ないんだから」


「む~」


 恐らく彼女はむくれているのだろうが、燃料が乏しい以上は無駄に使うわけには行かない。瑞穂島には油田があると聞いているが、それでガソリンを作れるようになるまでは、備蓄分で回すしかない。


 だから燃料は貴重だ。許可されている飛行とは言え、そう長いこと飛んでいるわけにもいかない。


「帰るぞ」


「む~」


 むくれるルリアを尻目に、賢人は「バッファロー」を降下させる。滑走路に機首を向け、脚を降ろして着陸態勢に入った。


 その直後だ。


「うん?……わあ!?」


 賢人は咄嗟にスロットルを全快にして高度を上げる。


「△△!?ナニ!?ナニ!?」


 ルリアが驚きの声を上げると、横を先ほど着陸したP40と九六艦戦が急上昇して行った。


「何だ?何が起こったんだ?」


 2機が急発進したとなれば、不測の事態が発生したと言うことだ。しかしながら、この「バッファロー」には無線機が搭載されていない。その無線機はルリアを乗せている後部座席を設置させるために撤去されていた。無理をすれば胴体後部などに設置できないこともないが、雑用機にそこまでは求められるはずもなく、この島に機体が陸揚げされてからも無線機は外しっぱなしであった。


「とにかく、着陸しないと」


 賢人は機体を立て直すと、再度着陸態勢に入った。




「一体何が起きたんだ?」


 着陸して、機体を停止させると、賢人は駆け寄ってきた整備兵に問いただした。


「それがな。電探が未確認の機影を捉えたらしい」


 古参の整備兵曹長の言葉に、賢人は目を剝く。


「敵機ですか?」


「そりゃまだわからんて。だから中野中尉と佐々本兵曹が上がったんだよ」


「そうだったのか……他の機体は?」


「生憎ほとんどの機体は水切りしたばかりで整備中だからな。あと今飛べるのはあのCWだけだな」


 整備兵曹長があごで示したCW21は、既に発動機を始動して暖機運転に入っていた。待機していたパイロットの誰かが乗り込んだのだろう。


「兵曹長。この機体の給油と弾薬の補給を。自分も出ます」


「ちょっと待ってろ。こいつの機銃がブローニングのままだと弾薬は使えないぞ」


 この機体がどこで鹵獲されたのかはわからないが、外国の機体であるのだから、当然元々装備していた武装はその国の物となる。そうなると、日本の機銃弾とは互換性がないために、使用できない。もちろん、そうであれば賢人は出撃を諦めるしかない。


 幾ら戦闘機であっても、武器がなければただの飛行機だ。敵機を撃ち落すことなど出来ない。


 直ぐに整備兵が機首と主翼の機銃のパネルを開けて、機関銃を調べる。すると。


「主翼は13mm、機首は7,7mmです。行けます!」


 賢人はしめたと思った。どうやら日本本土で交換されていたらしい。


「だったらすぐに給油と装弾をお願いします!それから、敵機に関する情報も」


「あいよ!補給急げ!!」


 弾帯を肩に背負った整備兵がすぐに駆けつけ、機銃の弾倉に弾丸を詰めていく。一方燃料の方は、走って来た給油車から補給される。貴重な燃料だが、今こそ使う時だ。


「と、いけない」


 賢人は後ろにお客さんが乗っていることを思い出した。彼女は周囲で起きていることを理解できないらしく、キョトンとしたまま作業を見守っていた。


「ルリア、これから出撃するから、お前は降りろ」


「……イヤ」


 彼女の答えは簡潔だった。


「え?……イヤって。そんなこと言ってもダメだよ。これから戦闘に出撃するんだから」


 すると、彼女は首を傾げる。理解できないと言いたいらしい。


 これでは埒が明かない。


「ルリア。降りるんだ!」


 賢人は語気を強めて言う。しかし。


「イヤ!」


 なおも彼女は降りるのを拒む。


「仕方がないな……おい!誰か手伝ってくれ」


 賢人は整備兵を呼んで、力ずくで彼女を降ろすことにした。


「イヤ!イヤ!ケント○△□!!」


 暴れながら叫ぶが、何を言っているかわからない。給油と弾薬の装弾が行われる予定で、女の子が叫ぶ。なんともカオスな光景だ。


 そこへ、ひょっこりと川島中尉が走って来た。


「どうしました?」


「ルリアが降りるのを嫌がるんです」


「はい?」


 川島は機体に上がり、ルリアと片言の彼女の使う言語で話す。しばらく会話すると、川島は賢人に向き直る。


「どうやら、平田兵曹が一人でどこかに行ってしまうのが嫌なようだ」


「何だって?」


「詳細はわかりませんが、あなたがいなくなるような事態を、怖がっているみたいですよ」


「そんなバカな」


 彼女との付き合いはそこそこしているとは言え、そこまで思われるほど深いとも思えない。ルリアが機体から降りるのを拒絶する理由が自分にあるなど、ちょっと考えにくい。


「どうする?」


「どうするも何も、まさか女の子を連れて戦闘するわけには行きません。彼女がなんと言おうと、降りてもらいます」


「だわね。ルリア。○□××!」


「イヤ!□*△○!」


 川島が説得を始めるが、明らかにルリアは聞く耳を持たない。


「平田兵曹。燃料の補給と装弾完了しました」


 そんなことをしている間に、補給のほうが終わってしまった。


「仕方がない。皆さん、手伝ってください」


 説得は無理と見た川島は、実力行使に出た。整備兵たちの手を借りて、ルリアを力ずくでコクピットから引き出した。


「イヤアア!」


 悲鳴を上げて抵抗したものの、整備兵や川島たち数名が抗える筈もなく、彼女は機体の外へ引きずり出されてしまった。


「ダメ!ダメ!」


 地面に降りてもなお、彼女は腕を伸ばしてコクピットに座る賢人に向かおうとする。


(どうしてそこまで?)


 と賢人としては腑に落ちない彼女の態度だが、下手するとトンデモナイことをしでかしそうなので、賢人は操縦席から身を乗り出してルリアに向かって叫ぶ。


「安心しなって!必ず帰って来るから!!」


 賢人は笑顔で言うが、彼女の表情は良くならない。


「仕方がないな」


 口だけではダメだと思って、賢人は機から降りる。


「ケント!」


「ルリア……大丈夫、ちゃんと戻ってくるから」


 彼女と向き合って、目を見て静かに声を掛ける。すると、途端にルリアが暴れるのを止めた。ただその顔は今にも泣きそうであったが。


「……ヤクソク」


「うん、約束する。なんなら指切りしてもいいぞ」


 彼女とコミュニケーションを図るために、日本の言葉と同時に遊びや風習も教えていた。


「「噓ついたら針千本飲~ます。指切った」」


 ルリアはたどたどしいが、それでも精一杯の日本語で指切りを賢人とした。


「よし、じゃあ行ってくる」


 ルリアが落ち着いたのを確認すると、賢人は再び機上へ。既に整備兵の手で発動機は回されている。賢人は彼らの手を借りて再びベルトを付ける。


 そこへ、情報がようやくもたらされた。


「平田兵曹。不明機についてですが、飛行場西方、50海里から60海里付近に航空機らしい反応を探知しているそうです。高度ならびに速度は不明」


「了解」


 日本の電探の性能では、これ位の情報で精一杯だ。とにかく賢人は、離陸したらあとはコンパスで方位を確認すると、西に機首を向けることにした。


「チョーク払え!」


 車輪止めを払わせた所で、すぐにスロットルを入れて機体を前へ出す。


 と、そこで置いてきたルリアの方へ視線を向ける。彼女はじっと彼の機体を、いやおそらく賢人を見つめていた。


 賢人は操縦席で立ち上がると、彼女やその周囲にいる人たちに向けて敬礼をする。そしてそれを終えると、再び操縦席に座りなおして機体をさらに加速させていく。


 発動機の回転数が上がり、機体の速度が離陸に充分な所まで上がった所で、操縦桿を引く。先ほどと同じく、「バッファロー」は何ら問題なく舞い上がった。


「よし」


 機体が無事に離陸した所で、賢人は天蓋を閉めて機速と高度を一気に上げた。無線機も電探もない単座戦闘機で、広大な空の中に機影を求めるのは容易なことではないが、飛び上がった以上はやるだけだった。


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