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瑞穂島 3

「ケント。タケシ。ナニコレ?」


「こいつは飛行機。空を飛ぶ乗り物だよ」


「ア、フィーキ」


「フィーキって言うのが、飛行機のことなのかな?」


「ルリアをあんまり近づけるなよ。危ないからな」


 ようやく飛行機の運用が可能なレベルまで建設工事が進んだ瑞穂島の第一飛行場(拡張計画があるので一応第一)の隅に造られた駐機場の近くで、飛行服に身を包んだ3人のパイロットと、ダブダブのセーラー服を着込んだ少女が一人、そして士官が一人。


 平田賢人に佐々本剛、二人の上官である中野中尉の273空パイロットと、現在彼らが見ている少女ルリアと、彼女の言語を研究中の川島中尉の4人だ。


 この4人の一行は、完成したばかりの飛行場へとやって来ていた。彼女と過ごすこと早2週間。片言ではあるが、彼女と意思疎通が大分出来てきたこともあり、今日3人は彼女を軽空母「駿鷹」から陸へと連れ出していた。


 この日から航空機の運用へ向けての準備作業が始まった。その進捗状況を見るついでに、3人はこれまで艦から出られなかった彼女を外に連れ出したのであった。

 

 賢人ら3人の所属は、今に至るも海軍第273航空隊だ。しかし、それはほとんど書類上のことであって、最近では3人だけで色々な仕事をやらされている。その一つが、救助した少女ルリアの相手だ。


 これは指揮官である寺田から直々に命じられたことであり、3人には断りようがなかった。とは言え、他のパイロットたちが飛行場建設工事の手伝いをしていることを考えれば、恵まれた仕事とは言える。


 さらに、3人にとって都合が良かったのは、寺田に直訴できる立場にあるため、様々な行動がしやすくなったことであった。


 今3人は飛行場にいるが、これもルリアを外に連れ出すことが理由だが、そのついでに完成した飛行場で飛行機に乗る許可も寺田直々にもらっていた。


「ルリアちゃんに、俺の颯爽と飛ぶ姿を見せ付けてやるぜ」


「??」


 格好つけて武が言うが、ルリアは首を傾げるだけだ。


「まだ彼女にはそんなこと言っても通じないよ」


 と落胆する武を見て笑うのは、通訳としてついて来た川島だ。


「いや、それにしても飛行機は間近で見ると迫力が違いますな。力強いだけでなく、美しさも感じます」


「でしょ。我が軍の戦闘機は皆美しい。あっちにある、ビア樽やカーチスなんかとは大違いでしょ」


「確かに。あれは「バッファロー」とか言う戦闘機でしたよね。でも、この機体より近代的に見えますが」


 川島が見上げる戦闘機は、芸術品のような美しさを湛えてはいるが、固定脚にむき出しのコクピットなど、古臭さも目立つ。対して、少し離れた場所に置かれている機体は、ビア樽のようなシルエットや、機首の尖ったどこか大雑把な外観をした機体、さらに如何にも安物の小柄な機体の3機だ。


「たく。九六艦戦に「バッファロー」に、「カーチス」。よくもまあ、こんな旧式機なんか載せてたもんだよ」


「整備兵の話だと、どうやら練習機や連絡機としての補充機だったらしいですよ。前線じゃ1機でも飛行機は貴重ですから」


「だからって、展覧会じゃないんだからな」


 賢人の言葉にも、中野は苦虫を潰したような表情のままだ。


 5人の目の前に置かれている機体は、いずれも日の丸をつけているが、明らかに日本製ではない。中野の言う九六艦戦とは、九六式艦上戦闘機のことで、現在帝国海軍の主力となっている零式艦上戦闘機の前世代の機体だ。既に前線からは下げられているが、練習用や雑用機として本土では普通に見ることが出来るし、前線基地でも全く見られないことはない。


 ビア樽と呼ばれた機体は米国製のF2A「バッファロー」戦闘機。引き込み脚なので、九六より多少近代的に見えるが、ビール用の樽のごとく太った胴体は、どうみても高性能機に見えない。実際開戦直後の空戦では陸海軍航空隊の前に良いように撃墜され、さらに英国やオランダ空軍に配備されていた機体が多数鹵獲されている。


「カーチス」も同様に緒戦で捕獲された機体で、二機種あるうちの一つはP40戦闘機で、これは改良を続けつつも現在も使われている一線級の機体だからまだいい。しかし、もう一つのCW22「デーモン」は、同じカーチス社の製品でも、廉価機として開発された機体だ。当然ながら価格が安い分、性能も今ひとつだ。


「そんな壊しても惜しくない機体だから、試験飛行に使うことにしたんでしょうね」


「だろうな」


 武の言葉に、中野はぞんざいな返事をする。実際そうなのだろう。型落ちの鹵獲機なら、万が一喪ってもまだ被害が小さくて済む。


 今回の飛行は、単なる試験飛行ではない。飛行場が完成してから初めての飛行と言う、記念かつ危険な仕事であった。


 四人の周囲には数名の整備兵や警備兵しかいないが、今回の飛行を見るために離れた場所にはお偉いさん方や他のパイロットや整備兵、さらに野次馬根性よろしい島民たちまで詰め掛けていた。


「それに、アメさんの飛行機なら手が掛からなくて済みますし」


「それは言わないお約束だぞ」


「イワナイオヤクソク?」


「ルリアにはまだ早いよ」


「?」


 賢人たちは意味が分からずキョトンとしているルリアを見て、苦笑した。


「とにかく、早く飛ばしてましょうや」


「よし、じゃあ一番槍は俺がもらうぞ」


 中野が階級の上でも妥当なので、彼の言葉に賢人も武も異議はなかった。


「どの機体に乗りますか?」


「そうだな」


 賢人の問に、中野は3機を見比べる。


「滑走路の状態もまだ何とも言えないから、一番頑丈なP40にするよ。エンジンを掛ける手間もないし」


「わかりました」


 早速、中野がP40のコクピットに入る。


「コンターック!」


 そしてそのまま、機内のスタータースイッチを押す。搭載されたアリソンエンジンが、最初プスプスと不整音を発したが、しばらくするとゆっくりとプロペラが回り始め、そしてバリバリと甲高い発動機音を立て始めた。


「一発で掛かりましたね!」


 エンジンの爆音の中、川島が大声で賢人に言う。


「P40にはセルモーターがついてますから、スタータースイッチを押すだけで回りますよ!」


「へえ、さすがアメリカの戦闘機だけありますね!」


「全くです!」


 悔しいが、賢人も敵であるアメリカ製戦闘機の性能は認めざるを得なかった。特にエンジン周りや電装品と言った、直接カタログデータを出ない所にこそ、敵国アメリカの底力が感じられる。


 日本の場合、カタログデータの速度や航続力、武装こそアメリカ軍機と互角もしくは上回る部分がある。しかしながら、エンジン周りで言えばパイプからのオイル漏れは日常茶飯事。部品の耐久性や使い勝手の良さもアメリカのそれに一歩も二歩も遅れている。電装品も絶縁部分の加工不良や、使用する素材の劣悪さから、比べるべくもない。


 今のP40にしても、速度や旋回性能は零戦に及ぶべくもないが、エンジンなどの出来は非常によく、その始動に際しても日本のように始動用のエナーシャを、人力で回す必要もない。


「はい、機体から離れて!」


 賢人は川島とルリアを機体から遠ざける。プロペラに巻き込まれたり、機体に接触したりすれば大事だ。


 二人を遠ざけると、賢人は右主脚に。武は左主脚の下へと回り込む。そして、中野が両手を振って合図をしたのを確認すると、車輪止めを外し、身を屈める


 P40の機体が滑走を初め、駐機場から滑走路へと向かう。滑走路の端に来た所で一端停止し、発進前の最後の確認を行う。緊急発進であれば、こんな悠長なことはしていられないが、今回は滑走路のチェックも兼ねた試験飛行なので、中野は一つ一つの動作を慎重に進めていく。体をコクピットから一杯に出して、前方や機体周辺の確認も余念がない。


 数分して、ようやく確認を終えると、いよいよ発動機の爆音が一段と高くなる。そして、彼は前方へ向けて大きく手を振った。


「お!動き始めましたね」


「ディータ!ディータ!」


 動き始めたP40を見て、川島とルリアは興奮して騒いでいるが、賢人と武は固唾を飲んで見守る。と言うのも、完成したばかりの急造滑走路での離陸である。一応整備兵や他のパイロットたちが確認したとは言え、凸凹や細かいゴミなどが落ちていないとは限らない。


 凸凹にしろゴミにしろ、場合によっては機体のバランスを崩したり、タイヤをパンクさせたりと、思わぬ事故を呼び込む要因となりうる。だから発進を終えるまで、油断は禁物であった。


 実際中野の乗るP40は、滑走中に何度か小さくバウンドした。その度に、賢人も武も不安になったが、幸いなことに、機体が転覆するような悪夢は起きなかった。


 速度が上がり、揚力を得たP40はフワリと空中へ浮き上がった。そして素早く主脚を仕舞い込んで、上昇していく。


「飛んだ!」


「やった!」


「何とか飛んでくれたな」


「イエタ!」


 ルリアを含め、全員が喝采の声を上げた。


 この世界で初めての、帝国海軍による陸上の飛行場設営と、そこからの飛行機発進に成功した瞬間であった。


 

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