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瑞穂島 2

お待たせしました。

「土方仕事から解放されたのはいいけど……何で俺たちが女の子のお守りしなきゃならんのですか!?」


「仕方がないだろう。上からの命令だ」


 文句を言う平田賢人一等飛行兵曹に、上司である中野中尉は言い切る。


「そりゃそうかもしれませんけど。俺たちパイロットなんですけど?」


「まあまあ賢人。いいじゃないか、女の子にお近づきになれるんだから」


 とニヤニヤ笑いながら言うのは、同僚の佐々木武だ。


 この日の朝、何時もどおりに朝食を摂り、飛行場建設へ向かおうとした3人は、いきなり艦隊指揮官の寺田少将に呼び出された。


 何事と思いながら出頭してみると、命じられたのは飛行場建設の工事を免除する代わりに、自分たちが助けた少女の 世話を手伝うことであった。


 土木仕事から解放されるには解放されたが、ある意味帝国海軍軍人としてこれ以上にない奇天烈な任務を、3人は任せられたわけだ。


「それに、民間人を保護するのだって、軍人の仕事の一つだぞ」


「そりゃ保護だったらわかりますけどね。けど、今回の仕事って保護って言っていいのかな?」


「とにかく決まったことだ。夕方までは川島少尉も一緒なんだかし、四六時中見張るわけでもないんだから、ちょっとした休暇をもらったと思って楽しむしかないだろうさ」


 こう言われると、さすがにそれ以上文句は言いにくかった。


「わかりましたよ。全く」


「それじゃあ、名誉ある一番手はお前に任せた」


「しっかりがんばりな」


 3人一緒に彼女の面倒を見るわけではない。3人がそれぞれにローテーションを組んで、彼女と時間を過ごすこととなる。ちなみに残る2人の内1人は格納庫で機体の整備、もう1人は休憩となる。


 そして案の定と言うべきか、一番手は賢人になってしまった。


「仕方がないな」


 不承不承ではあったが、賢人はルリアのいる士官室へと向かった。


 彼女の部屋の前に着くと、扉の前には小銃を持った歩哨が1人立っていた。


「今日からルリア嬢の世話をすることになった航空隊の平田だけど」


「平田兵曹ですね。お待ちしていました。自分は歩哨の海棠一等兵であります」


 海棠一等兵はピシッと敬礼する。賢人よりも若そうだ。海兵団を卒業したばかりかもしれない。


「御苦労さま。中に入れてもらえるかな?」


「はい、どうぞ」


 海棠が扉を開けたので、平田は中へと入る。


 すると。


「×○△□!」


 少女が驚く声が聞こえてきた。言葉はわからないが、聞き覚えのある声、そして賢人を指差して驚愕しているその顔も、彼には見覚えのあるそれだった。


「君が平田兵曹だね。川島少尉だ」


「平田です。よろしくお願いします」


 川島は平田から見ても、如何にもな学生出の眼鏡を掛けた士官だ。しかし、たとえ相手が学生での予備士官であっても、階級が上であることは間違いない。平田は先に敬礼して官姓名を名乗った。


 川島への挨拶が済むと、ベッドに腰掛けていた少女を見る。金髪に整った顔立ち。白人の美少女が、じっと賢人を見ていた。


「△□○ケント、ヒラタ」


 彼女と正対していすに腰掛ける川島が、賢人の名前を口にする。おそらく、紹介してくれているのだろう。すると。


「ケンテュ……フィラタ?」


 かなり怪しい発音で賢人の名前を口にした。すぐに、川島が訂正に掛かる。


「×△□ケント、ケ・ン・ト・ヒ・ラ・タ」


 今度はゆっくりと、一字一句はっきりと口にした。


「ケ・ン・ト?」


 彼女が大分マシな発音をしたので、川島がウンウンと頷く。そして彼女は、再び賢人を見る。


「ケント。アリュガト」


「ええと、お礼を言ってるのかな?」


 かなり怪しい発音であったが、ルリアはありがとうと言ったように賢人には聞こえた。


「多分ね。いくつか簡単なあいさつは教えたから、ありがとうって言ったんだと思うよ」


「いやあ、そりゃどうも」


 若い女の子、かなりの美少女から「ありがとう」と言われて、悪い気はしない。


「×××ケント○△□」


「今のは、なんて言ったのでしょうか?」


「ええとねえ、多分だけど。どうしてここにいるのか?……多分そんなようなことだと思うよ。僕もまだ彼女の話す言葉を覚えている最中だから」


 通訳になっている川島も、彼女の言葉を完全に解してるわけではない。


「そうですか」


「そう。だから、平田兵曹も彼女の言葉を覚えて、ついでに日本語を教えるように心がけてくれ」


「わかりました。て言っても、俺川島さんみたいに外国語上手くないですよ」


「大丈夫大丈夫。彼女の言葉で、何?て言うのと、ゆっくりを意味する単語はわかってるから。わからなければ、そう返せばいいよ。とにかく、彼女も話し相手が増えることに越したことはないだろうし」


 賢人がルリアを見ると、実に楽しそうな顔をしている。


(そんな無垢な笑顔でこっちを見ないで欲しい。眩しすぎる)


 ここ最近若い女の子とてんで縁がなかった賢人には、彼女の笑顔が滅茶苦茶眩しかった。


 こうして、彼にとっては楽しくも色々と戸惑いを覚える日々が始まるのであった。




 船団が瑞穂島に到着し、陸上施設の建設工事を開始してから1週間後、まず仮設ではあったが、陸上の司令部となる建物が完成した。


「これで、多少腰を据えて仕事が出来るな」


 寺田は粗末ではあったが、司令官室に設置された木製の椅子に腰掛けながら、一心地着いて言った。


 木製平屋建て、茅葺屋根であったが、少なくとも動かない地面の上に造られた建物である。狭く絶えず動く船の上よりは、確かに上等と言えば上等だ。


 司令部には司令官室や作戦室、会議室が設けられた。と言っても、そもそも臨時編成で寄せ集めに過ぎないトラ4032船団の司令部は小所帯だから、必然的に司令部の建物も小じんまりとした物だ。


 司令部の稼動と共に、寺田は司令部を再編成した。トラ4032船団は現在この世界で確認できる唯一の帝国海軍部隊であるから、今後どこかの国などと折衝する場合、彼ら自身が実質的に帝国海軍の代表となる。そうなった場合、さすがに指揮官一人と参謀一人では貧弱すぎた。


 まず副指揮官として「東郷丸」船長の長谷川を大佐待遇で任命した。本来高等商船学校卒業の予備海軍士官の階級は最高で予備中佐(制度上は予備大佐があるが、任命された人間はない)であるが、寺田は船団内の民間商船船長や予備士官たちに対するアピールと、彼らとの調整目的で彼を副指揮官に据えた。


 もちろん単に士気の問題だけではなく、長谷川が船長たちの中で一番老練であり、シーマンとして経験豊かであると言う点もあった。


 さらに新たに航空参謀を一人と、各部隊との連絡士官を一名、司令部直属とした。航空参謀は空母「翔鷹」飛行長であった安田智孝大尉。連絡士官は各部隊から士官もしくは下士官1名ずつを派遣させた。また徴庸船の中からも士官クラス2名を少佐と大尉待遇で司令部に編入した。


 こうして司令部機能を固めて、船団の結束と指揮を強くしつつ、寺田たちは今後の方針を決めに掛かった。


「我々の最終的な目的は、もちろんのこと祖国日本への帰還である。それだけは全員変わらぬものとしておいてもらいたい」


 最初の合同会議で、寺田は参加者全員にそれを確認した。


「しかしながら、現状その方法や手段が見つけられる目処は立っていない。だから我々は当座の目標を立てねばならない。幸いなことに、ここ瑞穂島と言う根拠地は見つけられた。しかし、根拠地を作り上げた後はどうするかだ」


 とりあえず、そう問いかけるものの、決めるべき方針などあってないも同じだった。


「この瑞穂島には幸いにも石油や鉄鉱石などの資源があります。これらの開発にしばらくは全力を傾け、根拠地としての機能を完全なものとして、船団の保全を図るべきです」


 大石先任参謀の意見が、全てであった。


「私も大石参謀の意見に同意ですな。今無闇に出撃などすれば、燃料や艦船を一方的に消耗するだけだ。今は自給自足体制を固めるべきだ」


 副指揮官の長谷川もそう言う。


 しかし、若い士官や下士官からはこんな意見も出た。


「一刻も早く日本に帰る手段を見つけるためには、数隻でもいいから偵察任務に就かせるべきでは?」


 だがこれはすぐに否定された。


「補給もままならない状況で、戦力を小出しするなど言語道断だ。それにこの世界には、未知の敵がいることを忘れてはいかん」


「幸いなことに、これまで接敵した相手は小物だったからなんとかなった。しかし、次もそうなるとは限らん。相手が戦艦や空母など出してきたら、防ぎようがない。瑞穂島が敵に気づかれた兆候はないし、基地設備が整えば持久戦も可能になる。今は自重するべきだ」


 こうした意見が上位者や年長者から出されては、若い下級者たちはグウの音も出ない。


「決まったな。我がトラ4032船団はしばらくは基地設備の整備に全力を投じる現状のままで行き、以後も補給体制が確立するまでは、積極的な行動は控えよう」


 トラ4032船団は、しばしの間行動を控えることになった。もちろん、哨戒の飛行隊や最低限の訓練などは続けられたが。


 そうして2週間の時が経過した。

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