索敵 7
重巡「蔵王」と海防艦「日間賀」からなる丙挺身捜索隊が、駆逐艦「海棠」と会合できたのは、発見の翌日のことであった。
「ほう。こりゃいい。紺碧島以上の良港だぞ」
「海棠」がいる湾に入った「蔵王」艦長の田島は、その地理的好条件に笑みを浮かべる。彼らが今入った湾は、広い楕円形をしており、穏やかな海面を見せていた。海図がないので暗礁などに注意する必要はあるが、見たところトラ4032船団に属する艦船なら、問題なく入れそうだ。
広さは紺碧島の湾以上で、さらに何といっても紺碧島とは比べ物にならないほどの、大きな陸地を背後に持っている。その陸地が島なのかそれとも大陸なのかはまだわからないが、開発さえすれば船団の拠点に出来そうだ。
とは言え、それは後の話だ。今はそれよりも先に「海棠」と会合することの方が重要だ。
「前方3500に駆逐艦確認!」
見張りの水兵の声に、田島は双眼鏡を向けた。
「確かに、「若竹」型の駆逐艦だな」
見えてきた駆逐艦のシルエットは、田島もよく知る帝国海軍のそれであった。
しかし、見えてきたものはそれだけではなかった。
「左30度、距離4000の沿岸部に旧式の巡洋艦らしきもの見ゆ!」
「何!?」
そちらに双眼鏡を向けるが。田島たちには見つけられない。
「見えんぞ!」
「擬装しています!注意して探してください!」
「擬装?」
擬装と言うのは、言うまでもなく艦が敵に発見されないように、工作を行うことだ。よくある方法としては、迷彩が知られているが、それ以外に停泊中の姿を隠して陸地に溶け込ませるため、網を張ったり木々を付けたりする方法がある。
田島はよく目を凝らして見る。そして、ようやく後方の木々に溶け込むように、擬装した1隻の船を見つけ出すことが出来た。
「おお、おったおった……ありゃ、ずいぶんと古臭い船だな。日清戦争か、それよりも前の形じゃないか?」
見えてきたのは、大きさこそ巡洋艦並だが、帆柱を立て舷門に大砲を搭載した古臭い軍艦の姿であった。このスタイルの軍艦は、田島の言うとおり日清戦争(1894~1895)の前後までの艦のそれであった。
「何であっちはあんなに厳重な擬装をしているんでしょうかね?」
「そんなの俺が知るか。まあ、会ってみればわかるだろうさ……駆逐艦と距離1000に達したら投錨。内火艇、降ろし方用意!「海棠」には30分後に行くと発光信号で伝えろ」
「了解!」
部下の問いを聞き流した田島は、艦を止めて駆逐艦に向かう準備をさせる。
「どうしますか?何時でも撃てるようにしておきますか?」
「そうだな……いや、味方だ。それはやめておこう」
部下の提案を、田島は却下した。
「しかし、相手が味方とまだ決まったわけでは」
「敵だった時はその時だ。それに、変に警戒する方が相手を刺激する可能性もある。とにかく、戦闘配置は待て」
「わかりました」
20分後、内火艇が甲板から降ろされ、それに艦長の田島と護衛として1名ずつの下士官と水兵が乗り込んだ。内火艇はエンジン音を響かせながら、駆逐艦「海棠」に接近する。
「ああ。手入れは充分じゃないみたいだな」
「海棠」に近づくと、その上部構造物や艦体の様子がわかってきた。遠目ではわからなかったが、汚れや錆の浮き上がりが目立っている。
当たり前だが船も工業製品である以上、定期的なメンテナンスは必要だ。船の場合は潮風にあたり、塩水に直接漬かるために、デリケートである。
そのメンテナンスの方法は、それこそ艦に搭載できるような簡単な工具や装備で行えるものから、水を抜いた造船所の乾ドックでしか出来ないような大掛かりなものまで色々だが、どれにしても必要である。特にドックでの点検は、数年に1回は行わなければならない。
しかし、ここは泊地としては適しているが、どう見ても無人島か、少なくとも近代的な文明とは縁遠そうな地である。当然艦艇を修理できるドックも工場も見当たらない。
そうなると、艦の補修は搭載しているわずかな工具などで行える範囲でしか出来ないであろう。目の前のくたびれ具合も仕方がない。
(「蔵王」もいずれこうなるのか……)
と自分の艦にも訪れるであろう暗澹たる未来を一瞬頭に思い浮かべ、直ぐに振り払う。
「いや、今は目の前のことに集中しよう」
「何かおっしゃりましたか?艦長」
後ろに控えていた千川千秋一等兵曹が、田島の呟きを聞いて怪訝な表情をする。
「何でもない……さ、行くぞ」
「海棠」のタラップの下に内火艇が着いたので、田島は先頭を切ってそのタラップを上がった。
駆逐艦の艦体は小さいから、海面から甲板までの距離も必然的に短くなり、タラップを上がりきるのも早い。田島は歩いてゆっくりと上がったつもりだったが、すぐに甲板へと出た。
甲板には、小銃を持っている水兵が2名いた。すぐに、田島の後ろに続く千川兵曹と桐野水兵長が身構えるが、田島はそれを制止する。
「巡洋艦「蔵王」艦長の田島樹大佐だ。乗艦許可願う」
「乗艦を許可いたします」
田島が乗艦許可を求めると、水兵が敬礼をして通す。何のことはない、通常の舷門に立つ衛兵であった。
駆逐艦の狭い上甲板には、彼を出迎えるためだろう。多少くたびれてはいるが、間違いなく帝国海軍の第二種軍装に身を固めた士官が立っていた。
「駆逐艦「海棠」へようこそ。艦長の春日幹夫中佐であります」
「田島だ……念のため聞くが、この艦は本当に「海棠」なんだな?」
「は!本艦は間違いなく、帝国海軍駆逐艦「海棠」です」
「ふむ。「海棠」は昭和9年に、日本海で嵐の中行方不明となったと聞いていたが」
すると、明らかに周囲から落胆の空気が伝わってきた。
「そうでしたか。我々はやはり、そのように扱われたのですね。覚悟はしていましたが、実際にそうなっていると、やはり堪えますな」
「「海棠」はどうしてここに?」
「我々は4年前のあの日、僚艦ととともに荒天下での演習中、艦が横波に当てられひっくり返りました。その瞬間、脳内にまるで爆発が起きたような、とにかく強い衝撃でした。乗員全員が一時気絶し、気づいたら見知らぬ海を漂っていたのです。最初は舞鶴への寄港を目指しましたが、発見できず。その後南下して、ここを見つけて錨を降ろしたわけです」
「ふむ。ここに来た時の様子は俺たちと一緒だな……しかし、4年前と言ったな?「海棠」が行方不明になったのは9年前の筈だぞ?」
田島は今聞いていた話で、それだけが腑に落ちなかった。しかし、春日艦長の方は特に驚く様子もなく返す。
「確かにおかしな話です。しかし、よくわかりませんが、どうもここでは時間の流れがおかしいようなんです」
「どう言うことだ?」
「田島大佐は、あちらの巡洋艦には気づきましたか?」
春日は、先ほど田島たちが見つけるのに苦労した、旧式の巡洋艦を指差す。
「ああ。随分旧い型の艦だが」
「大佐は巡洋艦「耳成」を御存知ですか?」
「ああ、確か日清戦争前にフランスに注文した防護巡洋艦だったな。あれも、行方不明になったと聞いたが……ま、まさか!?」
そこまで言って、田島は呆然となった。
「ええ、そのまさかです。アレが行方不明になった「耳成」です」
「耳成」は今をさかのぼること60年近く前の明治19年に、フランスに注文した防護巡洋艦である。防護巡洋艦とは、艦体内部の主機上に装甲を施した軽防御の巡洋艦のことだ。
当時の日本は、開国から日が浅かったものの、隣国清国への備えから海軍力を増強していた。「耳成」はそんな中でフランスに発注された艦であったが、フランスから日本への回航中に南シナ海で消息を絶った。
一切の痕跡を残さず消えたことから、その後小説の題材などにもなり、よく知られている。その「耳成」が目の前にいると言われれば、誰だって驚くだろう。
「バカな……「耳成」に生存者はいるのか!?」
「ええ。5人だけですが」
「5人だけ?あの大きさの巡洋艦なら、回航するだけでも数十人はいるはずだぞ。事故か何かでか?」
「それは、後で直接本人たちから聞くとよろしいでしょう……で、田島大佐。こちらからもよろしいでしょうか?」
「ああ。何だ?」
「田島大佐たちは、一体どこから?」
「我々は、昭和18年の11月に東京からサイパンを経由し、トラック島とラバウルに向けて船団を組んで出港したんだが、小笠原近海で海底火山の爆発に巻き込まれてな。それからはそちらと同じだ。気づいたらこの世界にいた。今は発見した無人島を拠点に、航空機と艦艇を使って周囲の海域を捜索中だ」
「昭和18年ですか。我々からしたら10年も未来の話ですね……トラックはわかりますが、ラバウルはどこでしょうか?」
「元オーストラリア領の島だ」
「と言うことは、我が国はオーストラリアに宣戦布告したのですか?」
「昭和16年12月8日にな。我が国は米英蘭豪などに宣戦布告した」
「やはりやりましたか。いずれ米国とは戦争になると思ったましたが……しかし英蘭豪は意外ですな。何故そのようなことに?」
「それについて話すには時間がいる。また後にしよう。それよりも、本隊に電文を送りたいが、いいか?」
「もちろんです」
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