索敵 5
「あの娘が目覚めたのはいいが、話が全く出来ないんじゃな」
艦橋に戻ってきた寺田は、頭を抱えていた。保護した少女が目を覚まし、食事を摂らせる所までは上手く行ったのだが、言葉がわからないのであるから、コミュニケーションの取りようがなかった。
「それでも、糸口をつかめただけでも儲け物でしょう」
と慰めるのは、大石だ。彼の言う糸口とは、言葉がわからないのであれば、知るしかない。そこで、艦内で少数言語に詳しい者、もしくは言語研究をしていた者がいないか探してみた。
すると、探せばいるものである。通信科に大学時代に南洋諸島の原住民の言語を研究した川島と言う予備学生出身者が1名いた。
予備学生と言うのは、大学や専門学校を出て士官になった者のことである。有名な学徒出陣で海軍士官になった者は、この予備学生のことであるが、制度自体は戦前からあるものだ。
寺田はとりあえず、その川島中尉に少女が話す言語の研究を命じた。通信科から任務に支障を来たすと文句を言われたが、それ以上に重要な任務だと説き伏せ、そちらを優先させた。
「とにかく、焦らず行くしかありませんね」
「そうだね」
自分たちには何も出来ないのであるから、あとは彼に任せるだけだ。もどかしいが、仕方がない。
これ以上考えてもどうにもならないので、寺田は思考の矛先を変えることにした。
「ところで、今日の索敵機からは報告がまだないな」
「ええ。そろそろ折り返し地点に差し掛かる筈ですが」
索敵機が発進して1時間半あまり。順調に行けば、そろそろ予定した索敵線の先端にたどり着いている筈だ。
「何も見つけられなかったのかな?」
「昨日の水上機の発見を考えますと、何か見つけてもいいと思うのですがね」
今日の索敵範囲は、昨日よりも250海里(約462km)北方を捜索している。昨日水上機と遭遇したことを考えると、何かを見つけられるのではと二人は考えていた。
そして、その予想は当たることとなった。それから程なくして、伝令の兵士が通信室からの報告を上げてきた。
「指揮官、参謀。2番索敵機より入電。我島影らしきもの見ゆ。北緯30度21分、東経130度31分」
「うん?その位置だと……航海長!」
「はい……その位置ですと、屋久島近傍ですね。しかしながら、屋久島かまでは今の情報だけではわかりませんが」
「伝令。続報は?」
「入り次第、順次持って参ります」
「よし、頼むぞ」
ついに期待していた情報が入ってきた。寺田や大石らの表情に、笑みが零れる。
「わざわざ出向いた甲斐があったな、参謀」
「ええ。なるべく多くの収穫が得られれば、なお結構です」
「うむ」
だがそんなこと口にするまでもなく、続々と情報がもたらされた。
「索敵機より続報。発見せる陸地は屋久島にあらず。それよりも大きな島、もしくは大陸と思われる」
「続いて入電。内陸部において集落らしきもの発見せり」
この報告には、聞いた誰もが色めき立った。
「どうやら人間がいるらしいね」
「敵になるか味方になるかわかりませんが、交渉次第で燃料や食料を買い付けられる相手なら、希望が見えてきますよ」
ところが、程なく入ってきた情報に、寺田や大石は一転して厳しい表情をせざるを得なかった。
「1番索敵機より入電。戦艦らしき大型艦1、巡洋艦らしき中型艦3、駆逐艦らしき小型艦5、速力30ノット以上の高速で南下中。位置、方位北緯30度25分。東経130度33分」
「何だと!?」
「その位置だと、我が部隊から130海里(約240km)と言う所ですね。30ノットの高速だと、5時間もしない内に追いつかれてしまいます」
「むう」
寺田は呻き声を漏らす。今発見されたのが先日「麗鳳」が接触した国の軍艦であるなら、恐ろしく足が速い可能性がある。そうなると「駿鷹」は鈍足の軽空母であるから、追いつかれる可能性が高い。しかも相手の艦数はこちらの5倍近い数と来ている。
「偵察機は国籍は知らせて来てないな?」
「今のところは。しかし、昨日の水上機の件を考えると、それらが例の国旗の艦艇であると考えた方が懸命だと自分は考えます」
「そうなれば、撤退するべきか」
「駆逐艦1隻だけならともかく、戦艦も含むとなりますと」
こちらには、水上戦で戦える艦艇は「高月」しかいない。無論「駿鷹」から艦載機を出すと言う手もあるが、30機程度では戦艦に立ち向かえるかわからない。
「そうか。発見した陸地についてもう少し調べたかったんだがな。やむを得ない。艦載機を収容しつつ、後退しよう」
せっかくの希望を完全に打ち砕く決断ではあるが、沈められるようなことがあっては元も子もない。寺田は躊躇なく、後退することを決断した。
「指揮官。敵……と呼んでいいかはわかりませんが。発見した艦隊が我が隊を追ってくる可能性もありますので。引き続き索敵機を出し、加えて万が一に備えて対艦攻撃の準備をするべきだと思います」
大石がさらに意見具申する。
「うん。そうしてくれ」
寺田には、それを断る理由など何もなかった。
こうして、最も北を捜索する甲挺身捜索隊は、未知の陸地を発見するも、艦隊の接近のため後退した。また同日、乙挺身捜索隊も2日間に渡る索敵活動を行うも、何ら収穫を得なかったために後退に移った。
甲乙、二つの部隊の索敵は、成果不十分で終わったのである。
甲乙挺身捜索隊が索敵を打ち切る中、重巡洋艦「蔵王」と海防艦「日間賀」からなる丙挺身索敵隊は、3つの部隊の中で一番北の海域の捜索を任されていた。
「蔵王」は水上機6機を搭載可能な一種の航空巡洋艦である。搭載機は全機下駄履きの水上機ではあるが、その索敵能力は高い。しかしながら、「蔵王」の水上機発進は他の2部隊より丸1日近く遅れて行われた。
原因の一つは搭載機の故障であった。「蔵王」は航空巡洋艦と呼べる艦ではあったが、それはあくまで搭載機を多く搭載しているからに過ぎない。その搭載機自体は、飛行甲板に露天繋止されているに過ぎない。だからカバーを掛けてはいるものの、吹きさらし状態である。潮風に当てられれば、当然機体にとってはよろしくない。
それに加えて、格納庫はついていないから整備するためのスペースや機材なども限られてくる。空母のような充分な整備体制は望むべくもない。
このため、6機全てを稼動状態にするのに時間を食ってしまったのだ。
さらに、「蔵王」と相棒を組んだ海防艦「日間賀」にも問題があった。
海防艦とは、字面だけ見ると随分立派な軍艦を思い浮かべそうだ。現に、日米開戦前は退役した旧式戦艦や巡洋艦を転籍させた艦とした時代もあった。しかし、現在は船団護衛用のフリゲートを指すものとなっている。
「日間賀」も「択捉」改型海防艦の1隻で、排水量はわずかに870t。最高速力は20ノットしか出ない。当然ながら、波の荒い外洋での航洋性能は低い。
これで波がそう高くなければ、予定通りのスピードで航行できたのだが、生憎とこの2日間波が高く、「日間賀」は速力を上げられなかった。だから、予定地点に到達したのが半日以上も遅くなってしまった。
それでもって、水上機の故障による索敵の遅れと来ている。当然ながら、「蔵王」艦長の田島樹大佐は、心穏やかにはいられなかった。
「全く、こんな時に故障とは。整備科に発破を掛けておけ!」
そんな彼の元に、ようやく航空隊発進可能の報告が上げられたのは、予定を丸1日過ぎた頃であった。
「早く発艦させろ!」
と、一刻も早い索敵機の発進を命じた。飛行甲板では、パイロットたちが言われるまでもなく、機体へ次々と乗り込んだ。
「艦長も人使い荒いですね。何とか整備終わらせて、こっちも疲れてるって言うのに」
「仕方がないさ、予定よりも丸1日も遅れてるんだ。艦長が焦るのもわかるさ」
「風間に少尉も早く乗った乗った。射出機の衝撃で飛んでも責任とりませんよ」
紺碧島の発見の功労者、本郷少尉を機長に左文字上飛曹、風間一飛曹のペアも、軽口を叩きあいながら、愛器である零式水偵に乗り込んだ。機体は既に射出機に載っている。
そのカタパルトも、機体を打ち出すために海上へ向けられている。後は整備兵がカタパルトに点火(巡洋艦のカタパルトは火薬式)するだけだ。
「発進準備よし!」
「よし、行くぞ……お!?」
射出を待つだけの段に来て、突如風防横の主翼に整備兵がよじ登ってきた。
「どうした!?」
「発進中止です!」
エンジン音が凄まじいので、互いに大声で叫ぶ。
「ああ!?何があった!?」
「わかりませんけど!とにかく、艦長命令です!発進一時待て、そのまま機上待機していろとのことです!」
「わかった!」
腑に落ちないことではあったが、艦長命令では致し方ない。
「左文字、発動機出力を下げろ。発進待てだ」
「何か問題でも?」
「わからん」
本郷にしても、理由が全くわからない。
とりあえず、発進に備えて上げていた発動機の出力を落とし、そのまま次の命令を待つ。
待つこと数分。再び整備兵がよじ登ってきた。
「艦長よりです。この海域を捜索しろとのことです!」
そう言うと、整備兵は座標が記された紙を手渡してきた。
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