表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/139

索敵 4

「で、その少女は医務室へ連れ戻したわけかね?」


「はい。軍医長の報告では、脱水症状が見られるそうですが、命に別状はないとのことです。脱走を許した看護兵についての処分は、軍医長に一任いたしました」


 自室で寝ていた所を叩き起こされて艦橋に呼ばれた寺田は、医務室からの少女脱走についての報告を、当直で艦橋に詰めていた岩野艦長から受けた。


「看護兵の処分については、貴官の職務だからそれでいい。まあ、大事にならなくて良かったよ。彼女からは色々と聞きたいことがあるからね」


「わかっています。なので、医務室に衛兵も配置しておきました」


「また逃げられて、海にでも飛び込まれたらかなわんからな」


「駿鷹」に収容した少女は、この世界で接触した初めてのまともな人間だ。彼女の口から聞きたいことは山ほどあった。それなのに、飛び降り自殺されてはかなわない。


「しかし、飛び降りを未然に防いだのが発見したのと同じパイロットとは、世の中面白いものだね」


「事実は小説より奇なりと言う言葉もありますから」


「まあね。で、その殊勲の搭乗員はどうした?」


「眠たそうだったので、報告させたらそのまま部屋に返しましたよ。昼は索敵、夜は風防磨きをして、さらに深夜に追いかけっこですから。さすがにこれ以上、寝かさないのは可哀想だったので」


「ハハハ。せっかくお姫様を捕まえたのに、そりゃ御苦労だったな。発見した時といい、役得とは縁の無い奴だ」


「全くですね」


 二人は若いパイロットの境遇を笑う。ちなみに、当の本人は部屋で爆睡していたが。


「しかし、やはり彼女は紺碧島に残してくるべきではなかったのですか?」


「そうだな。もしかしたら戦闘になるかもしれんし、今さらながら少し後悔しているよ」


 収容した少女を、紺碧島に居残る商船か艦艇に移そうと言う意見も出たが、寺田は目覚めた際はいの一番に情報が欲しいので、その意見を却下して「駿鷹」の医務室にずっと収容していた。


 しかし、今回のような脱走事件を起こされると、広い外洋である。飛び込まれたりしたら、発見するのは困難だ。そうでなくても、「駿鷹」が戦闘を行う可能性も否定できない。


「昼間、索敵機が発見した水上機の件ですね」


「ああ」


 昼間賢人たちが遭遇し、撃墜した水上機については、もちろん寺田たちの耳にも入っていた。撃墜してしまったし、写真撮影をしたわけでもなかったので、聞き取りから得られる断片的情報しかなかったが、それでもその機体が先日「麗鳳」と遭遇した艦と同じ国の物らしいことはわかった。また、その機体の形状などから考えて、偵察機の可能性が高かった。


 このため、寺田は遭えて危険を承知で「駿鷹」をさらに100海里北上させて、明日の朝から索敵を行うことを決めていた。また電波を出すことは危険であったが、索敵用電探も作動させていた。


「今さら連れて来てしまったものを、どうしようも出来ないでしょう」


「そうだね……もしその()が目を覚ましたら、起こしてくれ。私はもう一眠りするよ」


 叩き起こされはしたものの、戦闘でもないし、件の少女が眠ってしまったのでは、起きている意味も無い。還暦を越えた寺田の体には、寝不足などはいろいろと答える。なので、もう一眠りすることにした。


「わかりました」


 寺田が睡眠を終えて起きるのは、さらに3時間後のことであった。




 朝陽が水平線の向こうに上り始めた頃、「駿鷹」の甲板上では、昨日に引き続き索敵を行うために艦上機が整列し、暖機運転を開始していた。昨日と同じで、艦爆と艦攻が艦戦とペアを組んで任務を行う。


 ただし、パイロットは昨日と違う。「駿鷹」に乗り込んでいた273空のパイロットは、予備の人員も含んでいたので、現在の「駿鷹」の艦載機の2倍近い数が載っていた。そのため、今日飛ぶパイロットは昨日とは違う面子になっていた。


 彼らは整列後起き抜けの寺田の訓示を聞いて、機体への搭乗へと掛かった。その内の一人、佐々本武に賢人は声を掛ける。


「しっかりやってこいよ」


「何だ。お前起きたのか?寝てりゃいいのに」


 昨日深夜まで機体の風防磨きをしていたことを知っている武は、少々疲れ顔の賢人に逆に言い返した。


 すると賢人も言い返す。


「おいおい。俺はそんな白状じゃないぜ。親友が出撃するって言うのに、寝てちゃさすがに悪いだろ」


「そりゃ、見送ってくれるのは嬉しいけど。睡眠はしっかり取っとけよ。パイロットの大敵は睡眠不足だって教官もいってただろ」


「わかった。わかったよ」


「じゃあ、行ってくる」


「おう!」


 気軽に挨拶を交わし、武は機上の人となる。それから程なくして、索敵機はそれぞれの受け持ち空域へ向けて飛び立っていった。




 蒼穹のかなたへ消えていく索敵機を帽振れで見送った寺田の元に、伝令がやってきた。


「うん?……そうか。わかった」


 寺田は帽子を被りなおすと、まず艦橋へと向かった。


「大石参謀」


「はい」


「医務室へ行くぞ」


 その言葉で、大石は何が起きたか瞬時に理解する。


「わかりました」


 二人は医務室へと向かった。


「指揮官だ、入るぞ」


 二人が医務室へ入ると、中にいた軍医長や看護兵が敬礼するが、寺田と大石には答礼することも、もどかしかった。


「敬礼はいい。で、彼女は?」


「は、あちらのベッドに。ですが」


 軍医長はちょっと困った顔をする。


「何かね?」


「見ていただければわかります」


「「?」」

 

 二人は医務室内へと入り、ベッドのある方へと向かう。すると、一つのベッドに毛布の団子が出来上がっていた。


「何だねあれは?」


「はあ。目を覚ましたんですが、我々の顔を見るなり声を上げて、それからあの有様です。強引に剥がそうかとも思いましたが、相手が少女ですと。その、我々としてもやりにくくて」


「軍艦に女を乗せたりはしないからな。しかし、果てさて」


 寺田はとりあえず、毛布団子。もとい、少女に近づいた。


「おはよう、お嬢さん。気分はどうかね?」


「……」


「昨晩は大立ち回りをしたみたいだが、疲れてないかね?」


「……」


 声を掛けても何の返答も無いし、反応を示さない。ただ息をしているのだけがわかる。


「こりゃダメだな」


「天岩戸はそう簡単に開かんようですな。しかし、なんとか開きませんと、情報が手に入りません」


「それもあるが、そもそも言葉が通じるかもわからんしな……まあいい。じっくり行こう」


 寺田はその後、英語やドイツ語、さらに他の言語が出来る者を呼んで声掛けを試みた。支那語、仏語、ロシア語、イタリア語などで声を掛けてみた。


 しかし、何の反応も示さない。


「ふむ。これは困ったね」


「やはり、引っぺがしますか?」


「引っぺがした所で同じじゃ困るしな……方法を変えよう。参謀、司厨長に連絡して、おかゆを作らせてくれ」


「おかゆ?大丈夫ですか、食べさせて?」


 大石は軍医長を見る。


「そうですね、しばらく何も食べてませんでしたから。ただ、少しくらいなら構わないと思います」


「腹が減っては戦は出来ぬ。この()だって、腹を空かせてたら話す気も起こらんだろうさ」


 寺田は笑うが、大石と軍医長は困惑の表情で顔を見合わせた。


 15分ほどして、食堂から主計課の水兵が盆に載せられたおかゆを持ってやってきた。鍋の中に白く湯気を立て、鍋の横には梅干と沢庵が載った小皿が付けられている。


「おい、お嬢さん。久しぶりの食いもんだぞ。遠慮なく食べなさい」


 すると、食べ物の匂いに吊られたのか、もぞもぞと布団が動き、少女が外を垣間見た。しかし、すぐに再び布団を被りなおしてしまった。


「う~ん。食べ物でもダメか?」


「もしかして、毒が入っているのか疑っているのでは?」


「ああ、なるほど。軍医長。すまんが、箸か何かあるかな?」


「薬を掬うのに使う、匙ならありますよ」


「よし、それでいい。貸してくれ」


 寺田は匙を受け取ると、盆を取る。そして、毛布団子に近づく。


「お嬢さん。毒なんか入ってないぞ。ほら」


 そう言って、匙でおかゆを少しばかりとり、口にする。


「かゆは冷めたらまずい。温かい内に食べなさい」


「……」


 しばらく、毛布団子は沈黙していたが、食欲に堪えきれなくなったのか、毛布から器用に腕だけ出して、盆を取った。そして、また器用に毛布に体を包んだまま、食べ始めた。


「やっと食べてくれたな」


「しかし、天岩戸いまだ開かずですよ」


「まあ、とりあえず食べ終わるのを待とう」


 15分ほどして、食べ終えたのか毛布の間から盆が差し出される。それを見て、寺田は毛布に手をやって中を覗き込む。


「!?」


 少女が驚きのあまり盆を落とすが、それを寺田が片手でなんとか受け止める。


「おっと。危なかったな、お嬢ちゃん。どうだい?美味かったか?」


 寺田は極力優しい声で、笑顔で問いかけた。それこそ、孫に接するかのように。


「……」


 少女はしばらく、寺田の方をジッと見たまま黙り込んでいたが、唐突に口を開いた。


「×△○×○△」


 少女が口にしたその言葉。寺田たちにはまったく分からない、未知の言語であった。

 御意見・御感想お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ