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索敵 3

「たく、散々だったな」


 深夜の軽空母「駿鷹」の格納庫内で、賢人は愚痴をこぼしながら搭載機の風防磨きを行っていた。今日の索敵の際に起こした失態の罰直であった。


 昼の索敵で、賢人は攻撃を仕掛けてきた国籍不明の水上機1機を撃墜した。しかしながら、敵の一撃を許したのと、さらにその後九九艦爆をほったらかしにして空戦に夢中になったのは、明らかな落ち度であった。彼の任務は敵機を撃墜することではなく、艦爆の護衛だったのだから。


 幸い艦爆に被害は無く、賢人も無事に再合流して母艦に帰ってこられた。しかしながら状況報告後、賢人は上官の中野中尉の猛烈な怒りを買うこととなった。


「貴様!そんなに敵機を追うのが楽しくて、爆撃機を守るのがつまらないか!?それに、敵機の捕獲を考えずにそのまま撃墜したのか!?もっと考えて行動せんか!バカモノ!!」


 寺田司令の見ている前であったので、鉄挙制裁(つまり殴られること)は免れたが、代わりに命じられたのが格納庫内の機体の風防磨きであった。


「罰として全機の風防を磨いて、ついでに自分の心魂も磨きなおしておけ!!」


 こう言うわけで、空戦を終えて多少疲れた身を労わる余裕も無いまま、夕食後賢人は一人で全機の風防磨きをしなければならなくなった。


「駿鷹」は軽空母とは言え、搭載機は30機近い。それだけの機数の風防をしっかり磨くとなれば、それなりに時間も労力も掛かる。


 そんな彼を、整備兵たちは半ば哀れみながら、半ば苦笑いしながら見ていた。


「まあ、自業自得なんだから、しっかりとやっておけよ」


 老練な整備兵曹が笑いながらそう言ってくるが、それが逆に賢人の心に応える。


「はあ~」


 溜め息を吐きながら、賢人はせっせと手を動かすのであった。




 空母「駿鷹」には他の軍艦と同じく医務室があり、その設備は元が客船だったこともあり、軍艦としては比較的ゆったりとしていた。ただ「駿鷹」自体が戦闘を行ったわけでもないので、現在その医務室を使っているのは、先日救助された少女一人だけであった。


 彼女は未だに意識不明であり、点滴で栄養を摂っている状態にあった。ただ軍医の見立てでは「顔色は良くなっているし、鼓動や体温も安定しているから、近日中には目を覚ますだろう」であった。


 とは言え、「駿鷹」に乗っていた軍医の数は2名だけで、他に看護兵数名がいるだけであった。このため、一応24時間医務室には誰かしらいる態勢が取られていたが、深夜のこの時間は当直の看護兵が一人だけ。そして、その看護兵も人間であるから、時折厠に立つことだってある。


 看護兵はベットの中の住民が、深い眠りについていると思い込んでいたし、実際に見た限りではそうであるように見えた。だから、医務室を無人にして部屋から出た。


 その一瞬を、少女は見逃さなかった。布団から這い出すと、彼女は覚束ない足取りで、医務室の扉へと向かった。そして、ドアノブに手を掛けると、辺りを窺いながらドアを開いた。


 少女はジッと耳を澄ます。艦内にはエンジンの音以外、物音はしない。人の話し声も、そして足音も。


 彼女は静かに通路へと出ると、そっと扉を閉めなおし、足を踏み出した。


 それから程なくして、看護兵は厠から戻ってきたが、彼は部屋に入るとそのままベットを確認することなく、執務机へと戻ってしまい、少女が病室から脱走したことにしばし気づかなかった。


 一方病室をまんまと抜け出した少女は、警戒しながら通路を進んでいた。長い眠りから覚めたばかりで、しかも栄養失調状態であったのだから、その足取りを覚束ない。見つかれば直ぐに捕まってしまうこと確定だろう。


 だがそれでも少女は真剣な、と言うよりまるで絶望から逃避するかのような差し迫った顔で歩いていた。


 しかし、道がわからなければ迷子になるだけである。なかんずく、軍艦と言う物の内部は細い通路によって細かく仕切られており、すぐに迷子になってしまう。


 新米の乗員が配置されると、艦内旅行と言う形で艦内の通路や配置を覚えさせるが、そうでもしないと迷ってしまうほどに複雑なのだ。歩いていればその内外に出られると言うわけでもない。


 それでも少女は、自分の勘だけを頼りに角を曲がり、ラッタルを苦労して登って、何とか船の外へ出ようともがいていた。そして苦闘することしばし、彼女はようやく明るく照らされた広い空間に出たが、直後に落胆の声を上げることとなった。




「ああ!?」


「うん?」


 最後の機体の風防磨きをしていた賢人は、突如聞こえてきた声に首を傾げた。


「何だ何だ?新手の妖怪か何かか?……今の声、女の声だったよな?……客船時代に自殺した乗客の霊でも出たのか?」


 確かに耳に入ったのは、「駿鷹」では娯楽用の映画フィルムかレコード以外では聞くことのない、女の声であった。船団を構成する徴庸船の1隻に赤十字の従軍看護婦が数名乗っているとは聞いていたが、少なくとも「駿鷹」に女は乗っていないはずだ。帝国海軍は、軍艦に女は乗せない主義だ。


 怪訝な表情をしつつも、賢人は主翼から降りて声のした方へと歩いた。すると、今度は人が走る音が聞こえてきた。


「?」


 賢人もそちらへ急ぐと、ほんのわずかではあったが、格納庫から艦内通路へ向かって逃げ去る何者かの影が見えた。先ほどの声と合わせて、明らかに不審だ。


「あ!待て!」


 賢人もその影が走った方へと走る。格納庫から通路へ出ると、距離はあったが今度はしっかりと後姿を捉えた。明らかに乗員ではない。


「こら待て!」


 賢人はその影を追って走る。夜の艦内に、賢人の叫びと二人分の足音が響き渡る。


 狭い艦内とは言え、通路自体は入り組んでいる。そして今は深夜で、特に戦闘配備と言うわけではない。だから通路を歩いている人間などほとんどいない。


 二人の追いかけっこは5分ほど続いたが、そうしている間に何時(いつ)()にか艦内を抜け、艦首側の上甲板へと出てしまった。


「はあ……はあ。どこ行った?」


 艦内には灯りがあったが、外は月明かりがあるとは言え闇の中。賢人は走って荒くなった息を整えつつ、目を闇に慣らして先ほどの影を探す。


 数十秒後、ようやく目が慣れて来たが。


「いないな」


 影は文字通り、影も形もなくなっていた。


「どこ行った?」


 賢人は周囲に注意しながら、慎重に歩いていく。艦首寄りの上甲板には、飛行甲板を支える支柱や錨鎖など、障害物になる物が至るところにある。下手に引っ掛けて転んだり、ぶつかったりするとひどく痛い想いをすることとなる。


「どうする。懐中電灯取りに戻るか?」


 そう考えもしたが、先ほどの影がその間に逃げてしまったら、それはそれで一大事である。それに、影が艦内へ戻る時間もなかった。そうなると、この上甲板のどこかに隠れている可能性が高い。


「探すしかないよな」


 賢人は闇の中ゆっくりと、歩いていく。甲板上にあるものに躓かないように、ぶつからないように慎重に歩を進めていく。


 そして、飛行甲板の支柱の所まで来ると、その影を恐る恐る覗き込む。だが、そこには何もなかった。


「ほっ」


 と安堵の息を吐いた瞬間。今見たのとは反対側の支柱の影から、飛び出す影が見えた。


「こらっ!待て!」


 影は一目散に、先ほど出てきた艦内通路への入り口目掛けて走っていく。


「待たんか!」


 こんどは慎重さもへったくれもなく、全力で走って追いかける賢人。相手の走るスピードは遅い。


「よし!」


 賢人は転ぶのも気にせず、全力で走ってその影を追い抜かした。そして、通路への扉の前に立ちはだかった。


「もう逃げられんぞ!」


 すると、影は。


「あ!?バカ!止めろ!」


 手すりから身を乗り出して、飛び降りを図った。もちろん、それを黙って見ているはずも無く。賢人は飛び掛って止めに入る。


「××××××!!」


 影は賢人も聞いたことの無い言葉で、盛大に悲鳴を上げ、力いっぱいに賢人を引き剥がそうとする。しかし、その力は弱弱しく、逆に手すりから引き剥がされ、甲板に倒された。


「×××!!!」


 さらに悲鳴を上げるが、賢人はそれに構わず、彼女の体を甲板の内側へと引きずり戻す。そしてそのまま服の襟を掴んで自分と対面させる。


「全く、手間かけさせやがって……て、お前は!?」


 賢人は月明かりにぼんやりと照らし出されたその顔に、驚愕の表情を浮かべずにはいられなかった。


「何やってるんだよバカ野郎!せっかく助けてやったのに、何勝手に死のうとしてるんだよ!」


 賢人がとっ捕まえたのは、見覚えのある顔。数日前臨検した漁船内で見つけた唯一の生存者である少女であった。


「拾った命を捨てようとするな!」


 しかし、少女はそのまま力が抜けるように倒れこんでしまった。


「お、おい!?大丈夫か?」


 少女の体を揺するが反応がない。


「何事だ!?」


「どうした!?」


 ようやく騒ぎを聞きつけたのか、艦内から乗員たちが次々と飛び出してきた。


「病人だ!急いで医務室へ!」


 賢人は少女を抱き上げると、出てきた乗員たちと一緒に医務室へと走った。

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