索敵 2
極力4日に一度の更新を心がけていますが、先週から今週に掛けて予定が立て込み、更新が遅くなりました。申し訳ありません。
空母「駿鷹」を飛び立った平田賢人は、今回の索敵で相棒を組む多田飛曹長と三村飛兵長の九九式艦爆と足並みを揃えるのに苦労していた。
「艦爆と足並みを揃えるのって、意外と難しいんだな」
今回の索敵は、現状どのような事態が起きるかわからないことを鑑みて、通常なら艦爆と艦攻単独で行う索敵を、戦闘機とペアを組むと言う変則編成で行っていた。ちなみに今回出動したのは零戦が9機と艦爆と艦攻が3機ずつなので、戦闘機1機のペアと2機のペアがある。今回賢人が受け持ったのは前者の方だ。
九九式艦爆、正式な名は艦上爆撃機であるが、九九式とあるようにその採用年度は零戦より1年早い。名古屋にある愛知時計電機航空機部が設計、製造した同機は脚が出しっ放しの古めかしいスタイルをした機体であるが、緒戦の真珠湾奇襲以来帝国海軍の主力爆撃機として運用されている。しかしながら、開戦後は旧式化が目立っており、高い消耗率から「九九棺桶」などと呼ぶ口さがない者もいる。
九九艦爆が棺桶とまで揶揄されるのは、速度性能が低いことも一因であった。最新型の二二型でも、最大速度は420kmあまりで、零戦より100km以上遅い。もちろん、巡航速度にしても戦闘機より遥かに遅い。
このため、戦闘機が艦爆と編隊を組む際は通常バリカン運動と言う旋回動作を行いながら編隊を組む。直線飛行する艦爆に対して、戦闘機は機体を右に左に蛇行させて飛行距離を伸ばし、付かず離れずと言うわけだ。
賢人は今回が初陣、すなわち戦闘処女ではない。短期間であったが、実施部隊に配置されて戦闘も経験している。
しかしながら、賢人はこれまで配属された部隊などで迎撃任務に出たことはあっても、爆撃機等と編隊を組んで進攻をした経験はなっかった。だから、実際にこのバリカン運動を賢人がやるのは訓練以来であった。しかもその時は戦闘機も相手の爆撃機も、共に多数の機体の編隊同士での大規模な運動訓練であった。
今回は1対1で編隊を組んでやっているので、距離が離れてしまうと互いに見失いかねない。広い空中では、航空機1機など芥子粒同然だ。単機同士で離れ離れ、しかも目印のない大海原の上でそんなことになれば悲惨である。特に賢人が乗っているのは一人の零戦。二人乗りで、航法を行える搭乗員が乗り込む艦爆や艦攻に比べて、航法能力は遥かに劣る。万が一はぐれて迷子になれば、死に直結しかねない。
おまけときて、今回の任務はあくまで九九艦爆の護衛だ。だから、艦爆だけでなく、不意に襲ってくる脅威に対しても常に警戒しなければならない。
「中尉が攻撃の方が気が楽って言ってたけど、本当だよ全く」
九九艦爆と離れないように、それでもって周囲を警戒しつつ、賢人は操縦桿を握り続けた。
単調な飛行が続いていく内に、ふと腕時計を見た。
「出発して1時間半か。あと20分もしたら折り返しだな」
今回の進出地点は、母艦から250海里の地点である。2機は巡航速度を140ノットにとっているので、2時間もしない内に折り返し点となる。
「結局何も見つからないか。他の連中はどうかな?」
賢人たちが担当したのは、一番北の索敵線だ。他の機体は彼らよりも南の洋上を探索している。しかし、単座機である零戦では、そうした発見電を傍受するのは至難の業だ。かと言って、九九艦爆にわざわざ聞くことも出来ない。そんな下らない理由で無線封鎖を解除するなど、言語道断であった。
「ま、そんなこと考えても仕方がないか」
何もないまま引き返すことになりそうだ。賢人はそう確信に近い想いを抱いていた。
そして、それから程なくして九九艦爆が翼を振った。
「お!?」
賢人が速度を落として近づくと、後席搭乗員の三村飛長が通信用の黒板を出しているのが見えた。横にピタリと並んで、それを読む。
『コレヨリ帰還ス』
予想通りだ。賢人は風防を空ける。外の冷たい空気が吹き込むが、それに構わず了解の意を伝えるために手を振る。すると、三村飛長が黒板の文字を一度消し、書き直して賢人の方へと向けてきた。
『帰リ道モヨロシク』
それを見て、賢人は思わず笑みを零す。彼は操縦席内に備え付けられている、連絡用の黒板を取る。機体を安定させて、黒板にチョークで文字を書く。こういう時、安定性抜群の零戦は助かる。
『大船ニ乗ッタツモリデ』
賢人は自信満々にそう書いた。
九九艦爆と再び距離を取り、バリカン運動を再開する。九九艦爆に続いて機首を翻し、「駿鷹」へ針路をとる。
これで後は帰るだけ。警戒は続けつつも、賢人の心の中に油断がなかったと言えば噓である。
だから、九九艦爆にそれが接近した時、賢人は気づくのが一瞬遅れた。視線を前方から九九艦爆にやった時、彼は九九艦爆の左斜め後方に接近する黒い影にようやく気づいた。
「あ!クソッ!」
慌てて燃料コックを切り替え、増槽を落とす。
だが間に合わない。その影から機関銃の曳光弾による火線が、99艦爆に向かって伸びていく。
「アッ!?」
賢人の脳裏に、九九艦爆が被弾して炎上する最悪の光景が浮かび上がる。しかし、被弾したかに見えた九九艦爆は絶妙なタイミングを機を滑らせて、攻撃を交わしていた。ベテランの多田飛曹長が腕を見せた。
九九艦爆の見事な回避運動を見て安堵の息を漏らしつつ、賢人は99艦爆を追い越した影に目をやる。
「野郎!逃がさん!」
エンジンを吹かし、速度を上げてその影の後方に付こうとする。相手の速度はそれほど速くないらしく、追いつくのは容易であった。そして先ほどはチラッとした見えなかった影の正体が、ようやく判明する。
「複葉機だ」
複葉機とは、字面のとおり主翼が2枚ある形態の飛行機を指す。賢人の乗る零戦のような単葉機が主流となる前の古いスタイルだ。主翼面積が大きく揚力を稼げると言う利点がある一方で、抵抗も比例して大きくなり、機体の高速化を妨げるため、今では採用している機体は少ない。
上部の主翼には国籍らしい二等辺三角形の上部を赤、下部を金色に塗りつぶし、中心部に何かの物体を描き込んだマークを付けている。
賢人の脳裏に、出撃前に通達された「山彦」が目撃したと言う不明艦の掲げていた旗が思い浮かぶ。
さらに、賢人はその下部主翼にぶら下がる物体にも気づいた。
「水上機だ」
その機体には、水上に降りるための二つのフローとが取り付けられていた。帝国海軍でもこの形式の機体は幾つかあり、特に九四式水上偵察機は有名だ。
しかし、そんな機体賢人から見れば時代遅れの機体だ。
「そんなんでこの零戦に勝てると思うなよ」
スロットルを絞り、減速して狙いをつける。すると、敵機の胴体後部がチカチカと光るのが見えた。恐らく後部の搭乗員が、旋回機銃で反撃を試みているのだろう。またその水上機自体も、右へ左へ回避運動を取る。
しかし、速度でも運動性能でも勝る戦闘機である零戦の追尾を逃れられる術はない。しかも必死に反撃はしているものの、その狙いはかなり出鱈目だ。先ほどから曳光弾による火線は賢人の零戦にかする様子すらない。
「無駄な努力だ!」
賢人は敵機を照準の真ん中に捉えると、機銃の発射レバーを握る。出撃直後に銃の試射は済ませてあったので、すぐに機首の7,7mm機銃が発射音を奏でて飛び出した。そしてその曳光弾が作り出す火線は、まっすぐと敵機に伸びていく。
賢人は確かな手応えを感じた。
「どうだ!?」
しかし、水上機は急旋回を打って回避に掛かる。
「こいつ!」
一撃での撃墜は叶わなかったようだ。しかし、敵機に被害を与えたのは確実らしく、後部座席からの反撃が止んだ。どうやら射手を射殺するなどして戦闘不能にしたか、或いは機関銃を破壊したかもしれない。
こうなれば、もう敵機からの反撃を恐れることはない。賢人は機体をさらに接近させる。ここで速度を上げすぎると、敵機を追い越して(オーバーシュート)しまうので、発動機の出力と舵を上手く使って距離を適当な間隔に縮める。
敵機が近づき、その上下の主翼の間に張られた張線まで見分けられる所までになった所で、賢人は機銃の発射レバーに力を込めようとした。
その瞬間、敵機のパイロットが賢人の方を振り返るのが見えた。飛行眼鏡を被っていたが、その顔立ちはわかる。これまで散々敵としてきた白人とは似ても似つかない。
「!?」
一瞬驚愕したが、力を込めかけていた左手は発射レバーを引く。
7,7mmの機銃弾が敵機に吸い込まれる。主翼が破れ、桁が吹き飛び、それらの破片が宙に舞う。その直後、発動機付近から盛大に火炎を吹き、敵機は錐揉みを始めた。
黒煙を噴出した機体は、急降下して海上へと突っ込み、白い水柱を上げた。その間、パラシュートが開くことは終になかった。
「……」
賢人はこれまでに、戦闘を何回か経験してはいたが、いずれも味方機と編隊を組んでの迎撃で、今回のような1対1での空戦は初めてであった。そして、敵機のパイロットの顔を見たのも初めてであった。
見事な個人撃墜戦果ではあったが、なんとも言えない後味の悪さが彼の心の中に湧き上がる。
「……」
賢人は無言でスロットルを入れるて、空戦に夢中ではぐれてしまった九九艦爆と合流するべく、高度を上げた。
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