索敵 1
紺碧島を進発した三つの挺身捜索隊は、それぞれ島から200海里地点にまで進出すると、さらにそこから航空機により250海里の索敵線を構築する予定になっていた。これまでは島から200海里の地点までにしか索敵を行っていなかったから、一気に250海里も索敵範囲を広げることとなる。
一番北の線を担当するのは甲部隊と名づけられた軽空母「駿鷹」と駆逐艦「高月」からなる部隊である。船団旗艦も兼ねる「駿鷹」は、船団の護衛空母であった「瑞鷹」と同じ商船改造空母で、最高速力22ノット、搭載機は分解した予備の補用機3機を含む30機となっている。
その護衛に付いている駆逐艦「高月」は、「秋月」型防空駆逐艦の1隻である。これまでの帝国海軍の駆逐艦が対艦戦闘を主軸にして、平射砲と多数の魚雷発射管を装備していたのに対して、「秋月」型では4基ある主砲全てが最新型の10cm連装高角砲である。魚雷発射管も4連装1基と、これまでの駆逐艦の半分しか搭載していない。
艦型も3000トン近くと、もはやサイズ的には軽巡洋艦に近い。速力も33ノットと、駆逐艦としては抑えられている。
「高月」は最近になって浦賀の造船所で竣工し、短期間の訓練の後にトラック島へ進出するためトラ4032船団へ護衛艦として編入された。
その「高月」を先頭に、「駿鷹」が並ぶ形で甲挺身捜索隊は進んでいく。既に出港から半日以上が経過しており、間もなく索敵機が発進する時刻であった。
「駿鷹」の飛行甲板上では、索敵に用いられる97式艦上攻撃機、99式艦上爆撃機、そして護衛を務める零戦がエレベーターによって甲板上へと上げられ、整備兵の手によって暖機運転を開始していた。その脇では、搭乗員たちが集合し、発進前の打ち合わせを開始している。
一方その頃、「駿鷹」の 艦橋では指揮官席に座る寺田船団指揮官が「高月」の後姿を見つめていた。
「指揮官、先ほどから「高月」を見つめていらっしゃいますが、どうかされましたか?」
「いやね、艦長。この間の不明艦が、航空機に対してなんら攻撃も回避運動もとらなかったと言うことを思い出してね。もしかしてこの世界には、航空機がないのかなと思ってしまってね」
既にここがトラ4032船団が元いた世界とは違うらしいと言うことは、船団の誰もが認識する所となっていた。そうなると、やはり気になるのは、ではここがどんな世界か?と言うことだ。
現在トラ4032船団が出会ったこの世界の住民らしきものは、軽空母「麗鳳」らが交戦した駆逐艦らしき艦と、先日紺碧島に流れついた漁船だけだ。この内漁船には生存者がいたが、未だに目を覚ましておらず、その口から情報を収集することは出来なかった。
となると、この世界に関しての事柄は、ほとんど推測するしかない。
「ああ、自分もそれを考えていました。しかし、回収した漁船の船体や機関に使われている技術は我々のそれとほぼ同等と聞きますし、また先日「麗鳳」が撃沈した不明艦は速力40ノット以上の高速で遁走を図ったと報告にありました。それだけの技術がありながら、航空機が全くないと言うのも解せない話です」
寺田たちの知る航空機、つまり動力を用いて揚力を起こして飛ぶ方式の航空機は、言うまでもなく1903年にアメリカのライト兄弟が試作に成功したものである。そして航空技術の進歩は、それから40年ほどしか経っていない現在までに凄まじいスピードで進んだ。
ライト兄弟が飛ばした飛行機は、50kmと言う自動車と同じレベルのスピードで、わずか267mと言う飛距離しかなかった。しかし、彼らの飛行からわずか10年ほどして始まった前大戦(第一次世界大戦)では、航空機の速度、飛距離共に大きく進歩し、それまでの飛ぶだけがやっとの飛行機から、空中で敵機を撃墜する戦闘機や、重い爆弾をぶら提げて敵を攻撃する爆撃機などが登場している。
そして現在では、航空機の速度は600kmを越えて700kmに手が届く所まで来ており、飛距離と言う概念を超えた航続距離は数千kmの飛行を可能としている。
飛行機を主戦力にするという時代に現役ではなかったものの、寺田も昨今の飛行機の発達ぶりくらいは知っている。日支事変直前に行われた「神風号」による東京~ロンドン間長距離飛行や、昭和14年に行われた「ニッポン号」による世界一周飛行は、新聞にも大きく書かれ、多くの日本人に近代航空機の性能と、それを造りだした日本技術陣の底力を印象付けた。
そんな航空機の発達を知っている側からすると、自分たちと同レベルの技術力を持ちながら、飛行機を持っていないと言うのは、少しばかり理解に苦しむことであった。
「だが、だったら何故不明艦は発砲も回避運動も取らなかったんだ?私としては、それ以外に考え付かん」
「それは、そうですが。だからと言って、航空機がないと決め付けるのは」
「決め付けはしないよ。ただそう言う可能性もあるんじゃないかってことさ。ここ数日の出来事を振り返るとね……と、喋っている間に予定の時刻が目前だ。飛行甲板に上がろうか、参謀」
艦橋内の時計の針が、航空隊の発進予定時刻直前を指しているのを見た寺田は、大石に促す。
「は!」
二人は艦橋を出ると、飛行甲板へと上がった。既に甲板では発進準備を済ませた航空機が轟々と発動機音を響かせ、整然と並べられたその姿は、まるで敵攻撃に進発する攻撃隊の如くであった。
「偵察機にここまでの機数を投じるなんて、我々は贅沢なことをしているな」
「それが主目的ですから、これでいいんですよ。指揮官」
「まあね」
今回編成した索敵機部隊は、「駿鷹」と「高月」の上空援護用の零戦6機と、万が一の敵艦攻撃の際に急降下爆撃を行う99式艦上爆撃機6機を除く15機である。つまり、搭載機の実に半分を索敵に投じることとなる。
「駿鷹」のもともとの搭載機数が少ないためとは言え、搭載機の半分を索敵任務に投じるなど、通常はありえない。本来であれば、敵への攻撃のために、索敵に割ける機数の比率はグッと落ちるからだ。しかし、今回の任務は敵を攻撃するわけではないし、そもそも未知の海域に何があるかを探索することこそ、主目的である。
任務を達成するために、投じ得る全ての戦力を投じることは、戦術原則であった。
「搭乗員、整列!」
寺田が飛行甲板に姿を現すと、それを見つけた臨時の飛行隊隊長である水野中尉が、搭乗員に整列を掛けた。弾けるように、飛行服姿の搭乗員たちが彼の前へと集まってくる。
寺田は、彼らの前に置かれた木箱の臨時の演説台へと上がる。
「指揮官に敬礼!」
搭乗員たちが敬礼を行うと、寺田も返礼として敬礼する。そして、これから飛び立とうとする搭乗員たちの顔を見る。
(若いな)
パイロットの多くは20代前半から10代後半だ。そしてその瞳には、力強さが漲っていた。
搭乗員一人一人の顔を見回したところで、寺田は訓示を始める。
「諸君、今日諸君らが行うのは索敵任務であるが、その重要性は既に聞いていると思う。諸君らが向かう先は、敵地であるのか、それとも安全な地であるのか、それすらもわからない未知なる地である。この任務はもしかしたら、敵艦隊を攻撃するよりも遥かに危険かもしれない。各員油断せず、任務を全うしてもらいたい……また、我々が為すべきことは、祖国日本へ帰り、日本のために戦うことである。であるから、1人も欠けることなく、帰ってきてもらいたい。終わり」
「敬礼!」
寺田の訓示が終わり、搭乗員たちが再度一斉に敬礼をする。
「掛かれ!」
「「「おう!」」」
水野の合図と共に、パイロットたちが一斉に愛機へ向かって走る。
主翼を伝って機体へよじ登ると、最後の整備を行っていた整備兵と交代する。平田賢人もその1人であった。彼の愛機である零戦52型は快調に発動機を回していた。
「異常なし!」
整備兵からの報告を受けると、彼に代わって操縦席に入る。直ぐにベルトを付け、計器盤を自分自身で確認する。発動機の回転数も、シリンダーの温度も、全て異常のない数値であった。
「よし!」
その直後、艦が旋回を始めた。航空機発進のために艦首を風上へ向けているのだ。「駿鷹」は軽空母であるため、滑走距離は当然短くなる。賢人は一応航空母艦の離発着艦訓練を、瀬戸内海似合った練習空母の「鳳翔」でやっていたが、実戦は初めてだ。
緊張の面持ちで、発進の時を待つ。
艦の旋回が終わり、速度が上がると、甲板前方に立つ士官が旗を振った。発艦開始の合図だ。それに従い、先頭の水野中尉機が走り始める。彼の機体は滑走距離が一番短いゆえに、多少沈み込んだが無事に空へと舞い上がる。
2番目、3番目の機体も無事に飛び立ち、いよいよ賢人の番だ。既に機体の車輪止めは外されている。ブレーキを解除し、スロットルを全開に入れる。
機の心臓の「栄」発動機が轟音を上げ、それと共に機体の速度が上がっていく。帽子を振って見送る乗員たちを横目に、あっという間に飛行甲板前端に到達する。車輪から伝わる甲板の感覚が消え、機体が浮き上がるのを感じた。
素早く車輪を仕舞い、風防を閉めて、機体を上昇させていく。
「ふう」
発艦を成功させて安堵の息を吐くと、そこには久々に見る蒼い果てしない大空が広がっていた。
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