遭遇 5
「こちらです。閣下」
「うむ」
トラ4032船団船団指揮官寺田少将は、参謀の大石中佐とともに、昨日特設砲艦「音無丸」によって曳航されてきた漁船らしき小船を、同船を最初に調査した273航空隊所属の中野中尉と「音無丸」の航海士である尾崎予備中尉に案内されながら見回っていた。
「この船倉に、びっしりと難民らしき仏さんが死んでいました」
中野が見せるのは、難民と思しき遺体がぎっしりと詰まっていた船倉である。寺田が覗き込んでみると、既に遺体は片付けられているが、暗く狭い空間であることはよくわかった。
「人数は最終的に何人だったんだ?」
大石の問いに、尾崎が答える。
「この船倉の中で発見されたのは、生存者1名を含む45名です。他に船内の通路や機関室で、船員らしき遺体が4名」
「つまり、この中に50名近く入っていたわけか。さぞ窮屈だったろうな」
見たところ、船倉は大人が20名も入れば満杯になりそうな位の容積しかない。多少小さい体の老人や婦人、子供が含まれているにしろ、この中に50名近い人間を詰め込めば、相当窮屈であることは、容易にわかることであった。
この狭い空間に押し込められ死んでいったと思うと、寺田は気の毒に思えてならなかった。
「軍医の話では、仏さんの死因として窒息死も考えられるそうです」
中野の言葉に、寺が怪訝な顔をする。彼はこの船が銃撃を受けたらしいと言う報告と、自分自身の目で見た船体の銃痕から、全員機銃掃射が原因で死んだと思っていた。
しかし、どうやらそうではないらしい。
「機銃による攻撃でなくてか?」
「船員と思しき死体には銃弾を受けた跡がありましたが、この船倉内の人間に関しては、ほとんど外傷がなかったそうです。また所々に石油式のランプも確認されています。それに換気も不十分なこの空間ですので」
中野の答えに、寺田は頷く。
「なるほど・・・で、仏さんたちはどうした?」
「現在「音無丸」の甲板などに収容しています。ですがこの暑さですし、既に腐敗が進んでいる遺体もあります。早急に、火葬にするべきだと軍医は言っていました」
尾崎の言葉に、大石が素早く口を開く。
「指揮官、衛生面を考えますと、早速遺体の処理に取り掛からせるべきです」
「そうだな。仏さんたちには悪いが、そうしよう」
「では早速、死体を焼く準備をさせましょう。貴重な燃料を使いますが、衛生面を考えますとやむをえません」
死体を処理する方法は、火葬以外にも水葬や土葬と言う方法がある。しかし、水葬の場合は燃やし尽くす火葬に対して、衛生的な問題が発生しないとも限らない。土葬にしても、衛生的な問題もあるが、そもそも埋めるスペースがない。燃やして骨にする火葬が、衛生的にもスペース的にも理想的であった。
火葬のデメリットとしては、大石の言うとおり燃やすために燃料を使わなければならないことだが、これは甘受するべきことであった。
「で、生存者の方はどうだ?」
寺田は話題を死者から生存者に変えた。
「救助した少女につきましては、現在本船の医務室で治療中ですが、まだ意識は戻っていません」
尾崎が答える。
「軍医の見立てはどうなんだね?」
「極度の栄養失調と脱水症状により衰弱状態にあり、現在点滴などを行っています。ただ処置さえ間違えなければ、いずれ目を覚ますだろうとのことです」
「それは結構……その少女を「駿鷹」に移すことは出来るかな?目覚めたら直ぐにでも話を聞きたいからね」
「軍医に伝えておきます」
「それから、中野中尉」
寺田は中野の方に向き直る。
「はい?」
「この船は使えそうかな?」
「はい。調べたところ、船体の上構は穴だらけですが、船体その物の被害は軽微です。また機関も、特に損傷はなかったとのことです」
「うちの乗組員が調べましたが、機関はわが国でも良くある焼玉機関でした。ですので、修理と洗浄さえ済めば、すぐにでも使えると思います」
中野と尾崎の言葉に、寺田は満足そうに頷く。
「よし。大石参謀、早速この船を使う手立てを考えよう。せっかく使える漁船が手に入ったんだ。使わないと勿体無い」
「船団内からは、死体を満載していたので幽霊船だの呪われてるだの、そうした噂が出ていますが?」
「噂は噂さ。それに、そんなこと言っていられるほどに、我々には余裕があるのかな?」
大石の問いに、寺田は逆に問いで返した。これには、その場にいた全員苦笑いするしかない。
「それもそうですね。適任者を見つけて、船の修理と修理完了後の運用を考えましょう」
「それでいい」
寺田も大石も表面上は笑ったが、内心では現在の状況に焦りを覚えている。現状将来に対する見通しが何一つ立っていないのだ。
「遠方への捜索を急がないとな」
「既に部隊の編成に入っています。こうなると、「駿鷹」が使えないのが痛いですな」
船団旗艦である「駿鷹」は航空母艦であり、普通に航空機を運用出来る状態であれば、索敵などお手の物だ。しかし、同艦は航空機輸送任務中であり、現在に至るまで飛行甲板と格納庫にぎっしりと飛行機を搭載している。なので、索敵任務に使うなど不可能であった。
「そうだね」
「あの指揮官、参謀。それについて、意見具申したいのですが?」
二人の横から、中野が口を挟む。士官とは言え、中尉が少将と中佐の会話に口を挟むなど、本来は許されることではない。
ただ、寺田も大石も現在の状況下で、そんな細事にこだわる人間でもなかった。
「何かな中尉?」
「はい。「駿鷹」に搭載している航空機を、他の艦や船、場合によっては紺碧島に移すことは出来ないでしょうか?」
「移す?」
「はい。元々搭載されている航空機はデリックと艀を使って降ろす予定でした。同じ要領で、溢れている分の機体を、他の艦や輸送船に移し変えると言うのはどうでしょうか?」
「ふむ」
「しかし中尉。それだと時間が掛からないか?」
「どうせすぐ出港できるわけでもないのですから、やれるだけはやってみては?」
「う~ん・・・参謀はどう思う」
「「駿鷹」を索敵任務に使う使わないにしても、空母として行動できるように出来るのならば、一考の余地はあると考えます。使える空母が2隻と3隻では大きく変わります」
「よし。岩野艦長や、他の艦や船の艦長たちを集めて早速協議しよう」
「はい」
寺田は中野の方に向き直る。
「中野中尉、喜べ。もしかしたらすぐに、飛べるようになるかもしれないぞ」
その言葉に、中野は顔を綻ばせずにはいられなかった。
この日行われた会議で、「駿鷹」搭載機を他の艦船への分散と陸揚げが各艦長と船長らに承認され、早速午後にはその作業が開始された。機体は主に「麗鳳」「瑞鷹」、それに輸送船の一部に分散され、翌日夕方までに、「駿鷹」は航空母艦としての機能を発揮できる状態となった。
こうして、トラ4032船団は3隻の空母を稼動状態に置くこととなった。それに合わせ、寺田は3つの捜索班を編成した。一つは軽空母「駿鷹」を中心に駆逐艦「高月」、一つは軽空母「瑞鷹」に駆逐艦「天風」、そして最後に重巡洋艦「蔵王」に海防艦「日間賀」であった。
これらの空母+護衛艦1隻の偵察隊は順に甲乙丙挺身捜索隊と呼称した。
護衛艦が1隻ずつと少ないのは、紺碧島に残る船団の守備を手薄にしないためと、現状のところ脅威と思われるのが水上艦船だけなので、航空機を搭載する各艦であればこれで充分と大石が判断したためだ。また、万が一敵の襲撃を受けた場合でも、最小限度の被害で済まそうと言う意図もあった。
「しかし、指揮官自らお出にならなくても」
航空機の積み替えが終了した翌日、3つの挺身隊は「紺碧島」を中心にそれぞれ60度ずつの間隔をとった索敵線を捜索することとなり、甲乙丙がそれぞれ30度(北西)、90度(西)、150度(南西)に針路をとった。
そして、甲部隊の旗艦である「駿鷹」の艦橋には、船団指揮官の寺田の姿もあった。彼は大石の島への残留意見を断り、敢えてこの任務に従事した。
「指揮官が何時までもふんぞり返っていてはまずかろう、士気に関わる」
「ですが、万が一指揮官に何かあれば、船団が瓦解してしまいますよ。それに、残った船団が敵襲を受ける可能性だってありますし」
「なあに、島の方は坂本大佐と長谷川中佐に任せたから大丈夫さ」
「そうでしょうか?あの二人は最初の会議でも嫌悪な仲でしたから」
空母「麗鳳」艦長の坂本と、「東郷丸」船長の長谷川は最初の会議で互いに罵声を浴びせた仲だ。万が一が起きた時に、大丈夫なのか大石は心配していた。
ただし、寺田は何もしていないわけではなく、出発前に二人を呼び出して、残る船団のことをしっかりと頼むと共に、長谷川には坂本の指示に従うこと、坂本には商船員らの意思も尊重するよう言い含め、互いにその約束を履行するよう、一種の紳士協定を結ばせていた。
本来は軍の指揮系統上、こうした行為は不必要なのだが、寺田は万が一を考えて予防策を打っておいたのだ。
大石もそのことは知っている。だが、それでも不安を拭いきれずにいた。
「まあ、万が一君の心配するような事態になれば、どの道我が船団は生き残れないさ。この異郷で内部分裂して終わるだけだよ」
寺田はこの話題を、そう締めくくった。
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