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遭遇 4

「な、何なんですか、この仏さんの集団は!?」


 吐き終えて呼吸が整った所で、賢人は今一番知りたい質問を中野にぶつけた。


「んなこと、俺にもわからんよ。調べてみないことにはな」


「すぐに応援を呼びましょう」


 賢人と同じく復活した武が、常識的な判断を口にする。彼らはあくまて特設の臨時臨検班に過ぎない。そもそも本業はパイロットであり、こんな猟奇じみた事を調査することなど、そもそも想定していない。


 ここは応援を呼び、しっかりと調査するのが筋と言うものだ。


「応援は呼ぶさ。いや、それよりもこの船ごと紺碧島に曳航するのが一番だな。上構(上部構造物)は大分やられているけど、船体が無事なら、使い道がある」


「中尉はこの船を使う気ですか!?」


「まあ、それを決めるのは上の連中だが、俺としてはそうするべきだと思う。漁船が1隻あるかないかで、採れる魚の数は雲泥の差になるからな」


 賢人と武は、この状況でこの船を使おうと言う中野の神経が理解できなかった。死体を大量に載せた船を使うなど、罰当たりと言うか、何か呪いでも起きそうだと、常人ならそう考えるのではないかと、思わずにはいられない。


「とにかく、ランチの尾崎予備中尉たちに「音無丸」まで戻ってもらって、応援とこの船の曳航を頼もう。俺たちはその間に、調べられるだけしらべるぞ」


「「ええ!?」」


 後は他人に任せると思っていた二人は、中野の言葉に顔が引きつった。


「何だ?不満か?」


「本当にこの中を調べるんですか!?」


「当たり前だろ平田。これ位怖がっていて、海軍軍人やってられるか。それに、もしかしたら生存者だっているかも知れんぞ」


「いや、いないでしょ」


 武の言葉に、賢人は激しく同意する。見たところ、船倉内の仏さんたちの中に、生存者がいる気配は微塵もなかった。


「そんなの、降りてみなけりゃわからないだろ。怖いなら、お前たちはそこで待っていろ。俺が調べてくるから」


 中野自ら入ると言われれば、二人は断りにくい。指揮官が部下だけ行かせるのも問題だが、部下かが指揮官を見捨てるのも問題だ。そんなことすれば、卑怯者の烙印決定である。


「わ、わかりました。中尉だけ行かせるわけにはいきません。自分たちも降ります」


「自分も行きます」


 こうして、大いに不本意ではあったが、二人も中野と共に死体だらけの船倉に降りることにした。


 中野が尾崎運転士に「音無丸」に救援と曳航を頼みに行かせると、いよいよ船倉へ入る。


 如何にも、とって付けたと言う感じの木の梯子が、3人が降りるたびにミシミシと不気味に音を立てる。賢人と武には、それが冥界へ誘う不吉な音である気がしてならない。


 対して、先頭を行く中野はまるで遺体の山などどこ吹く風とばかり、降りた途端から「ごめんよ」と軽口を死体に向けながら、その間を掻き分けていく。


「中尉は怖いもの知らずだな」


「本当だよ」


 船倉内へ降りた二人は、改めてその中を見回す。床一面ビッシリと倒れこんだ死体で埋まっている。一刻も早く抜け出したい光景であるが、二人はこみ上げて来る吐き気を抑え、中野と同じく死体の中を歩き始める。


 船倉内は密閉された空間で、灯りは今3人が降りてきた入り口からのみ入っていた。そのため、多少明るさはあるものの、暗い。だから。


「わっ!?」


 すぐに転んだ。そして、当たり前のことだが転んだ先には死体があった。


「ひいいい!?」


「バカ、足元に気をつけろ。じゃないと、その内死体と接吻する羽目になるぞ」


 もちろん、賢人はそんなこと御免だ。立ち上がると、先ほど以上に慎重になって、船倉内を窺う。


 目も闇に慣れ、徐々に見える光景が鮮明なものとなる。床に転がっている死体は、腐敗は始まっているようだが、船橋で見た物ほどではなかった。いずれも、顔立ちから白人であることは間違いない。


 だが、すぐに賢人はこの死体の山に違和感を覚えた。


「おい、女もいるぞ」


「こっちには老人だ」


「子供の死体もあります」


 死体は性別も年齢もマチマチだった。普通の漁船や機帆船であれば、乗組員は男中心で年齢も青年層から壮年層あたりまでだ。もちろん、それ以外の年齢や女性が乗らないこともないだろうが、常識的に見て考えにくい。


 そもそも、船倉内にまるで隠れるようにこれだけの人間がひしめき合っているなど、異常以外の何ものでもない。


「どうやら、こりゃ密航者か難民だな」


「密航者か難民ですか?」


「じゃなきゃ、ここまでバラバラじゃないだろう。それに、着ている服もかなりの襤褸だ。少なくとも正規の乗客とかそんな感じじゃない」


 確かに、密航者か難民と言われれば、こんな隠れるように船倉に、しかもギュウギュウ詰めだったのも納得できる。


「服といえば、白人なのに着物みたいな服を着てますね」


 武の言葉に、賢人は改めて死体を見た。死体の顔立ちや肌の色から見て、白人に間違いない。しかし、着ている服装を見てみると、確かにボロボロではあるが、見慣れた日本の着物に似ていた。


 この時代、洋服が普及したとは言え、家庭内で着物を着る日本人は多い。賢人も最後に実家に帰った時は、予科練の制服で帰ったものの、家の中では母が用意していた着物に着替えていた。そうして親しんだ着物を、見間違えるはずがない。


「白人に着物で難民ですか……一体何者なんでしょうね?」


 賢人にはもう訳がわからない。


「それがすぐにわかれば苦労しないよ」


「ですよね」


 中野の言葉に相槌を打つと、賢人は再び死体の中を歩き始める。


 死体の中に、幼い赤ん坊を抱いた母親の亡骸を見つけた。


「可哀想にな、こんな赤ん坊まで」


 深い同情の溜め息を吐くと、賢人はその親子の死体をしっかり見ようと、体を屈めた。


「うん!?」


 その後ろに、隠れるように倒れている別の死体らしきものを見つけた。死体が山をなしているのだから、そんな光景も珍しくもなかった。


 しかし、賢人はその死体が他の死体よりも綺麗に見えた。だから少しばかり気になり、懐中電灯の灯りをさらに近づける。


 すると、その死体が微かに、本当に微かにではあるが動いたように見えた。


「まさか」


 信じられなかったが、親子の死体を少しどけて、その死体に近づいてみた。それまで下半身しか見えていなかったが、ここでようやく上半身が見えた。


 金髪のブロンドに、さらに服越しでもわかる少し膨らんだ胸、そして人形のように美しい顔を見て、一瞬賢人はドキッとしたが、すぐにそれを振り払って手を首筋にやる。そして目を閉じて、神経を研ぎ澄ました。


「中尉!この女の子、脈があります!生きてます!!」


「何!?」


「本当かよ」


 すぐに中野と武が賢人のもとに、死体を掻き分けてやってきた。


 賢人が立ち上がって場所を空けると、入れ替わるように中野が屈みこみ、首筋に手を当てて脈があるか確認する。


「……確かに、生きてるな。だが、大分弱っているみたいだから、早く医務室へ運んだ方がいい。佐々本、お前はすぐに船上へ上がって、「音無丸」に病人の発見と、受け入れを求めるよう信号を送れ。手旗でも手信号でもいいから、一刻も早くやれ」


「わかりました」


 佐々本は敬礼すると、梯子をギシギシと音を立てながら船上へと先に上がっていった。


「平田」


「はい」


「お前はこの()を背負ってやれ」


「え!?自分がでありますか?」


「そうだ。お前が発見したんだから、お前にその役目譲ってやる。役得だと思ってしっかりやれ。俺は上で先に待ってる。落とすんじゃないぞ」


 中野が意地悪な笑みを浮かべる。その一言で、周り中死体だらけという状況にも関わらず、賢人は少女を意識して顔を赤くしてしまう。


「わ、わかってますよ」


 とは言うものの、賢人はこの時代の人間らしく、若い異性との交流というものをほとんど経験していない。この時代学校は男女別のクラスであるし、戦争が激しくなると若い男女が親しく交流することは、タブーとなっていた。


 賢人の場合、兄はいたが女の兄妹はいなかったので、女性との付き合いは母親や祖母以外ほとんどない。端的に言えば、女性に対して免疫がない。


 ましてや、見たこともない白人の美少女となれば、どうしたもんかと考えてしまいたくなるのは、当然と言えば当然だった。しかし目の前の娘は明らかに病人であるから、一刻も早く運び出さなければならない。


 賢人は少しばかり躊躇いを覚えながら、とりあえず普通に背負うことにした。


「えっと……失礼します」


 少女は完全に気を失っていて、賢人がかついでも目覚める様子は微塵もない。それにホッとしつつも、直に触れる少女の体と、耳元で小さく聞こえる息の音に、初心な賢人は心が乱れるのを感じずにはいられなかった。


 それでも、なんとか梯子を登って甲板へ上がる。


「おい平田。早く来い。既にランチが付いてるぞ!」


 眩い太陽の光に、視界が遮られるが、すぐに中野の呼ぶ声がした。


 目が慣れると、中野と先に上がった武が手招きしている。すぐに少女を背負ったまま、そこまで行く。海面を見れば、中野の言うとおり、既に「音無丸」のランチが付けられ、今度は縄梯子も掛けられていた。


「よし平田。俺と佐々本は残って曳航の準備を手伝う。お前はこの()に付き添ってやれ」


「わかりました」


 敬礼を交わすと、賢人は縄梯子に慎重に足を掛けた。

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