表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/139

遭遇 3

 漁船の船橋で見つけた男の死体。臨検班を率いる中野は、慎重にその死体を検分する。


「こりゃ銃撃でやられたみたいだな」


 男の死体は暑さで腐り始めているが、中野は死体の銃創や粉々に割れた窓ガラス、無数の弾痕からそう見立てた。


 一方、彼の部下である賢人と武は顔を蒼くしながら、死体を見ていた。


「二人とも死体は初めてか?」


「いえ、練習航空隊で事故死した友人の遺体は見たことありますが……」


「あの時はバラバラで……」


 二人とも吐き気を堪えて答える。


「まあ、誰だって最初はそんなもんだ。戦場にいれば、すぐに慣れるだけさ」


 顔を蒼くする二人を尻目に、中野は倒れている死体を起こす。


「白人っぽいな」


「例の、「麗鳳」を攻撃してきた国の船でしょうか?」


 賢人が思わず聞くが、もちろん中野にわかるはずもない。


「そりゃまだわからん。よし、もっとよく調べるぞ」


 中野は船橋内を見回して。


「ここが船内へ通じる扉みたいだな」


 中野が船橋内に別の扉を見つけ、開く。案の定、その先には下へ向かう階段があった。


「入るんですか?」


 武の言葉に。


「じゃなきゃ調査にならないだろ。付いて来い」


 二人は不承不承ながらも、上官命令に逆らうこともできず、中野について船内へと降りていく。通路は所々銃撃で開いた穴によって光が漏れているが、それでも暗い。3人は持ってきた懐中電灯を点灯するが、入るなり賢人は気づく。


「なんか臭いません?」


 船の中に入ったとたん鼻についた不快な臭い。


「腐乱臭だな……二人とも、手ぬぐいでも手拭でもなんでもいい。顔に巻いておけ」


 言われるまま、二人は持っていた布地のものを顔に巻く。


「こんなことなら、マフラーを持ってくるんだったな」


 日本海軍の航空兵はマフラーを付けるのが慣わしだ。ちなみに、これは官給品ではなく自前で購入し付けるもので、だから本来色の指定もない。


 普段は賢人は白いマフラーを付けているが、武はしゃれっ気を出して赤いマフラーを付けていた。しかし、今日は三種軍装を着ているため、マフラーは二人とも持っていなかった。


「バカ、佐々本。マフラーが汚れるだけだぞ。死体の臭いは付いたら中々取れないぞ」


 武の言葉に、中野が突っ込む。


 3人は慎重に船内の通路を進んでいった。そして、大して歩かないうちに。


「またあったぞ」


 中野の持つ懐中電灯が、通路に倒れこむ死体を見つけた。


「やっぱり銃撃でやられたみたいだな……お!部屋があるぞ」


 死体を映し出した懐中電灯の灯りが、さらに部屋の入り口らしき物を、その光の中に捉える。


「2人とも援護しろ」


 中野は拳銃を構え、部屋の入り口に立つ。その後ろから、賢人と武の2人は小銃を構え、万が一敵が現れた場合に援護できるようにする。


 部屋にはドアがあったが、その扉は半ばまで開いていた。


「行くぞ」


 中野はそう言うと、足で扉を完全に蹴飛ばして開け、部屋の中へ飛び込む。賢人と武も続く。


 だが、恐れていたような事態は起きなかった。船内は相変わらず静けさを保ち、彼らの動きを邪魔する者の気配はない。


「なんだよ、脅かしやがって」


 賢人はホッと息を吐きながら、部屋の中を懐中電灯で照らしてみる。かなり大きな部屋だ。ベッドがあり、執務用と思われる机があり、さらに銃撃で痛んでいたが、壁に掛けられた服やカレンダーらしき物も見える。


「どうやら、高級士官の船室みたいだな……お!?」


 部屋の中を見ていた中野が、何かを見つけた。


「どうしました?中尉」


 武の言葉にかまわず、中野は見つけたそれ、ノートらしきものをパラパラと捲る。


「いい物見つけたぞ、佐々本。こいつは多分航海日誌だ」


「読めるんですか?」


「いや。しかし、ここが高級士官、なかんずく船長室ならその可能性が高い。ま、とりあえずいい証拠だ。持って帰ろう」


 中野はその航海日誌らしきノートを、脇に挟んだ。


「船長室ですか……なんか、怪獣に食われたかなんかして、液体になった乗組員が襲い掛かってくるような雰囲気ですね」


 賢人が不吉なのか、ふざけているのかわからないことを口走る。


「おいおい平田。お前どんな本読んでるんだよ!?」


「いや、何か以前読んだ怪奇小説にそんな内容があったことを思い出しまして」


「いらんこと思い出さんくていいわ!バカなこと言ってないで、とっとと先進むぞ」


「「へ~い」」


 その後、3人はいくつか部屋を見つけた。調理室、無電室、そしておそらく下級船員の寝室と思われる部屋など。しかし、どの部屋にも人っ子一人見当たらなかった。


「これじゃあ本当に幽霊船だな……ようし、甲板に上がるぞ。上の連中と合流して、船倉を捜索しよう」


 船室内の捜索を終えて、3人は一端船内から船橋を通り、甲板へと上がる。


「あ、中尉」


 そこには、甲板上を捜索していた2名が待っていた。


「おう、そっちはどうだった?」


「甲板上には、数点の漁具らしきもの以外、何も見つかりませんでした」


「わかった。じゃあ、お前たちは機関室を調べてきてくれ。俺たちは船倉を調べてみる」


「「は!」」


 中野は2名に指示を出すと、自分は賢人と武を引き連れて前部の船倉に向かう。


 船体の前部も、銃撃を受けた跡があり、そこかしこに弾痕があった。その光景を見て、賢人は今更ながらあることに気づいた。


「そう言えば中尉。この船はひどく銃撃を受けている割には、浸水がないみたいですよね?どうしてでしょう?」


 これまで3人が見てきたところ、この船は外部も内部も銃撃でヒドイ有様だ。それにもかかわらず、船は浸水していないらしく、沈むどころか傾く兆しさえない。


「うん?そりゃあ、喫水線より下に被弾しなかったからだろ?」


「いえ、どうして喫水線下に被弾しなかったと言うことです」


 船体と海面が接するところが喫水線だ。当たり前のことだが、船と言うのは船体の一部分が水に沈みこんでいる。だから、喫水線より下に船体の一部が隠れていると言うことだ。そのため、この喫水線より下、或いは喫水線ギリギリのあたりで船体が損傷すると、船は浸水して沈没の危機に瀕する。


 砲撃や銃撃で上手構造物を叩いても、船体自体が無傷であれば船は何度でも再生できる。しかし、喫水線近くへの被弾や、喫水線下に打撃を与える魚雷を受ければ、船はたちまち沈没に危機に瀕してしまう。


 と言うことは、この船は喫水線より下の部分になんら打撃を受けていないことになる。つまり、それの示すところは。


「だとすると、撃った奴が意図的に狙いをそらしたってことだな……沈めるわけでもなくこれだけの銃撃か。確かに、ちょっと気になるな」


 この船は小型の漁船だ。沈めるだけなら容易(たやすい)いし、銃撃でも容易に沈むのは目に見えている。となれば、敢えて沈没させない程度に損傷させたと言うことは、それなりの意図があったかもしれない。


「まあ、今俺たちが考えても詮無いことだ。それよりも、船倉を調べるぞ」


「「はい」」


 3人は甲板にある船倉への扉まで移動する。漁船の場合、ここに搭載されるのは当然ながら魚だ。


 しかし、3人が船倉の扉を開けてみると。


「なんじゃこりゃ?」


「塞がれてますね」


 3人とも扉を開ければ、船の底まで続く巨大な船倉が見えてくると思っていたのに、あったのは大分浅い位置にある木の床らしきものだ。


「うっ!?」


「臭!?」


「うぇ!」


 船倉内の光景に驚いた直後、そこから漏れ出すヒドイ臭気に、3人とも顔をしかめた。その臭いは、船橋で見た腐乱死体のそれを、さらに煮詰めたくらいに強烈なものだった。


「中尉、これって?」


 武の問いに、中野は静かに頷いた。


「ああ・・・二人とも覚悟しておけ」


「まさか入るんですか?」


 賢人が素っ頓狂な声を上げる。


「当たり前だよ。じゃなきゃ、捜索にならないだろ」


「でも、この臭いじゃ」


「さっきみたいにマスクをして、それから鼻に何か詰めておけ……それでも心配なら、機関室にいった連中を呼び戻せ。命綱を付けて、いざとなったら引っ張ってだしてもらえばいい」


 中野の選択肢には、別の人間にやってもらうはないらしい。


 仕方がないので、二人とも先ほど以上に厳重な装備(と言っても、マスクに加えて鼻に鼻栓代わりにちり紙をつめただけ)をして、中に入る準備をする。


「よし。行くぞ」


 中野が最初に飛び込む。気乗りしないが、二人もそれに続いた。


 降りてみると、船倉に設えられた床は頑丈に出来ていて、3人が乗っても抜ける様子はない。さらに、奥のほうに穴が開いていた。近づいてみると、梯子が掛かっているのが見えた。


「あの下に何かあるみたいだな」


 中野が穴に近づき、懐中電灯でその下を照らした。すると、彼は目を見開いて沈黙した。


「どうしましたか?」


「・・・腹に力込めて見てみろ」


「「・・・」」


 二人とも中野の真剣な表情と言葉に、恐る恐る穴の中を照らして見てみる。


「「おえ~!」」


 今度こそ二人とも吐いた。


「こ、これは何ですか!?」


 賢人の問いに、中野は静かに答えた。


「見ての通り死体の山だよ・・・いわゆる地獄絵図って奴だ」


 中野はそれだけ言うと、押し黙った。

 御意見・御感想お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ