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遭遇 2

 特設砲艦「音無丸」はトラ4032船団に護衛艦として加えられていた船であるが、特設と言う文字と丸と言う名前が示すとおり、その正体は商船である。


 特設砲艦は、徴用され海軍の特設艦船籍に編入された船の中で、総トン数4000t未満程度の中小型貨物船に数門の砲や機銃を搭載した船のことだ。その主な任務は船団護衛や哨戒、基地防衛となっている。


 同じように徴用商船に大砲を載せて戦闘任務に投じる船に、特設巡洋艦があるがこちらは通商破壊などにも投入されるし、そもそも元となる船の多くが特設砲艦のそれよりも一回り以上サイズがデカイ。中にはインド洋の通商破壊作戦で名を馳せた「愛国丸」のように、1万t以上の船もある。


「音無丸」の場合は排水量3100t、最高速力16ノットで武装として旧式の12cm砲3門に25mm単装機銃2基に13mm連装機銃1基、さらに爆雷10個も搭載している。


 字面だけなら強力な武装に見えなくもないが、所詮は商船に武装を載せたに過ぎない。同船は元々、北陸から朝鮮半島、遼東半島、上海方面への航路に配船されていた貨客船である。それでも、帝国海軍にとってはこうした特設艦船は船団護衛や基地防衛などに欠かすことの出来ない戦力であった。


 その「音無丸」、現在紺碧島を抜錨して島の南南西へと舳先を向けていた。その任務は、島の周辺の捜索飛行に出ていた偵察機よりもたらされた漂流船の捜索であった。


 この任務に「音無丸」が選ばれた理由は、この船が小型で動きやすいこと、さらに発見されたのが小型船であるため、同船程度の武装でも充分と判断されたからであった。


 その「音無丸」船上には、臨検に備えて第三種軍装に身を包み、99式小銃を手にした海軍第273航空隊所属のパイロット、平田賢人、佐々本武の二人の姿もあった。


「久々の仕事かと思えば、臨検かよ。俺たちパイロットなのに」


「仕方がないさ。今無駄飯くらい状態なんだからな」


 装備の点検をしながらボヤク賢人に、同じく装備の点検をしている武はそう答えるが、彼の口調も不満が大分混じっていた。


 二人が今回臨検任務に引っ張られたのは、武の言葉通り、二人を含む273航空隊のパイロットたちが暇しているからであった。


 他の2空母の航空隊は、母艦飛行隊であるので哨戒などで出動する機会があった。しかし、基地航空隊所属で輸送されている途中の二人を含めたパイロットたちは、母艦から飛び立つ仕事を与えられるはずもなかった。そもそも、甲板上に所狭しと飛行機を並べているのだから、無理だ。


 一方他の空母の搭乗員は、何時でも戦闘が行えるような態勢に常時入っている。こうなると、273空のパイロットたちだけが、遊んでいる状態だ。だから、空も飛べず特に出撃予定もなく鬱屈している彼らの中から、今回の捜索・臨検任務に駆り出された人間がいたのも仕方がない。


 とは言え、彼らは空を飛ぶのが本業であるから、仕事を与えられてもあまりうれしくなかった。


「そこ、ボヤくな。俺だってこんな仕事は不本意なんだが、命令は命令だ。しっかりやれ!」


「「へ~い」」


 直属上官の中野亮中尉の言葉に、二人も黙るしかない。ちなみに、今回指揮を執るのも中野中尉だ。


 中野中尉は海兵出の士官パイロットであるが、ラバウルでの実戦経験もあり、面倒見も良い。二人にとっては兄貴分みたいな人間でもある。


 絶対的な階級と言う物もあるが、二人はそれ以上に人間として中野を尊敬していたし、信頼していた。だから、彼には頭が上がらない。


 一方で、中野の方も彼らを可愛がっていた。だからこそ、先ほどのような気のない返事にも笑うだけだった。


 そんな彼らに2名を加えた5名が今回の特設臨検班であった。


「見えたぞ!左前方!」


 島を出港して2時間あまり、見張りの船員の叫び声に、待機していた賢人と武の二人は船首側へと甲板を走り、前方が見える位置まで来ると船べりに手を掛けて身を乗り出した。


「どこだ?」


「肉眼じゃまだ見えないだろ」


 それからしばらくして。


「おお!あれか?」


「みたいだな」


 ようやく、肉眼でも見える距離まで接近した。そして二人の視線の先には、1隻の木造船の姿があった。確かにその形は、本土でも良く見かける漁船にそっくりであった。そして確かに、その船は漂流しているようであった。


 煙突からは煙も見えず、帆も張っておらず、人影も見当たらない。


「まさか幽霊船か?」


 武の言葉に、賢人は怪訝な表情をする。


「そんなことあるかよ」


「けどさ、人気が全然ないぜ」


 そんなことを言い合っていると。


「臨検班出動!」


 の呼び声が掛かった。


「そうら、お呼びだ」


「おう、行こうぜ」


 二人はボートデッキへと走る。この時代、商船の救命ボート置き場は、船橋(ブリッジ)後方のボートデッキというのが相場であった。通路を通り、ラッタルを駆け上がる。さすがに、慣れない小銃を担いでの状態なので、時々当てたり引っ掛けたりする。


「中尉に見つかったら大目玉だな」


 賢人がぼやく。


 日本の軍隊は建前上天皇の軍隊なので、武器などは天皇陛下から賜った、もしくは預けられた物となっている。このため、陸軍で小銃の扱いで上官ら私的制裁を受けるという話はつとに有名だ。


 普段小銃を取り回さない航空隊ではこのような事態早々ないが、今回二人が持っている銃は、本来「駿鷹」で万が一の際に使う陸戦用装備を借りてきたものだ。つまり借り物には変わりないので、下手に傷つけたりすれば、ビンタ確実である。


「遅いぞお前ら!」


 二人がボートデッキに着くと、既に中野を含む他の3名は集合していた。その後ろでは、「音無丸」の乗員たちが、救命艇を降ろす準備をしていた。


「申し訳ありません」


「遅くなりました」


 仁王立ちしている中野に向かい、二人は謝り頭を下げる。


「おう。次からは気をつけろよ。これより我々は、発見した不明船の捜索を行う。船の内部の状況がわからないから、不用意な行動を避け、慎重に動け。特に船内にガスとかが貯まっていたら事だからな。それと、単独行動はとるなよ。いいな」


「「「はい!」」」


 簡単な注意伝達と打ち合わせの後、ボートを降ろす準備も終わったので、賢人らはボートに乗り込んだ。そのまま海上に降ろされると。


「オール漕ぎ方始め!」


「「「セーノ!」」」


 船員たちとともに、掛け声を出してオールを漕ぎ始める。カッターのオール漕ぎは、海軍軍人や商船員ならばそれぞれ教育機関で受けているので、手馴れたものだ。


「よーし!その調子だ!」


 指揮官である中野は、艇の舵を握る「音無丸」の航海士であり、予備海軍中尉の尾崎と共に艇尾に陣取り、メガホンを手にしてオールを漕ぐ賢人らに声を張り上げる。


 救命艇は「音無丸」を離れ、不明船に接近する。すると。


「漕ぎ方止め!」


 号令が掛かり、それまでオールを漕いでいた全員が水からオールを引き上げる。


「中尉、どうしたんですか?まだ船までは距離がありますよ」


 目指す船の大分手前で漕ぐのを止めさせたのを怪訝に思った賢人が、思わず声を出す。


「バカ、船の船体を見てみろ!」


「はあ?」


 中野に怒鳴られ、賢人はしげしげと漁船の船体を眺める。遠くからは特に何もなかったように見えたが、距離が近づくにつれて、その船体に無数の黒穴が開いているの気づいた。


「中尉!?」


「うん。ただの漁船じゃないぞ……銃を持っている者は構えろ、残りはゆっくり艇を漁船に近づけろ」


 賢人らは、横に置いていた99式小銃をとり、初弾を装填する。見ると、中野も14年式拳銃を構えている。 


 救命艇はゆっくりと漁船に近づく。近づくと、さらに船の様子が詳細に見えてくる。船体やブリッジ、煙突やマストにも無数の弾痕が刻まれている。


「こりゃ、軽機関銃か何かにやられた感じだな」


「一体誰が?」


「それは調べてみんとわからん……尾崎さん、我々はこの漁船を調査します。艇の方をその間よろしくおねがいします」


「わかりました」


 これから中野は臨検班を率いて漁船に乗り込むので、その間は尾崎運転士が留守を任される。


「ようし、行くぞ。ロープ掛けろ!」


 予め用意しておいた鉤つきのロープを、船べり狙って掛ける。賢人も武も、一発で掛けることが出来た。


「上がれ!」


 中野の号令の下、小銃を背に担いだ臨検班の面々は、順にロープを伝って漁船の甲板へと上がる。賢人は慣れない動作に、1回足を滑らせたが、なんとか踏ん張り通して甲板へ上がることが出来た。


「こりゃヒドイな」


 甲板に上がった賢人の第一声である。船体だけでなく、甲板上も銃撃を受けたのか目茶苦茶であった。


「一体何があったんだろうな?」


「ただごとじゃないことだけは確かだろ」


 二人は小銃を手に、身構える。


「ようし、全員揃ったな。平田と佐々本は俺について来い。船橋(ブリッジ)を調べるぞ。他の二人は甲板を捜索しろ」


「「「は!」」」


 賢人と武は、中野と一緒に船橋へ回る。階段を上り、船橋へ通じる扉を見ると、扉は風に揺られて開いていた。


 3人は警戒しながら、扉まで寄る。


「罠はなさそうだな……開けるぞ」


 中野がノブに手を掛け、二人は小銃を構える。そして扉が開け放たれた。


「う!?」


「こりゃ!?」


「……こんなこったろうと思った」


 3人が見つめる先、扉を開けた船橋の中にはどす黒い血の跡で汚れた床と、その中に倒れる男の死体があった。



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