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初海戦 下

「こりゃ、一体どこの文字だい?」


 駆逐艦「山彦」艦長の戸高は、手にした木製品の欠片に書かれた文字を目にして、首を傾げる。


「さあ、私にもわかりません」


 一緒に見ていた先任士官も首を傾げる。


 艦攻隊が敵艦を撃沈したとの報告を受けて、戸高の「山彦」は敵艦の撃沈地点まで引き返してきた。その目的は、敵艦の乗員救助と遺留物の回収のためだ。


 もっとも、戸高は前者に関しては期待していなかった。敵艦が轟沈する様子は、数千m離れていた「山彦」からでも望見できた。その様子から、生存者がいなさそうだとは言うのは、察しが付いた。


 案の定、敵艦の撃沈地点までやって来て、カッターを降ろし、さらには艦上からも捜索して生存者がいないか探して見たが、既に捜索を開始して30分以上は経っているにも関わらず、生存者発見の方は入っていない。


 一方、遺留品の捜索の方はそこそこ進んでいた。


 船が沈没すると、どんな形であれ遺留物が浮かんでくる。船舶には水に浮かぶ木製品が搭載されている可能性があり、また甲板などに木材などが使用されているからだ。


 轟沈の場合、艦が吹き飛んでいるので、こうした物は原型を留めていない。特に悲惨なのは、人間の体だが……それでも、ベテランの下士官や水兵は手馴れたもので、そうした物が浮かんでいる海域を顔色変えず捜索している。カギのついた竹竿や木の棒で、次々と遺留品を回収して言った。


 そんな中、引き上げられた遺留品の中には、文字が書かれた木箱の切れ端らしきものがあり、早速艦橋に届けられた。


 その文字を戸高は他の士官らと一緒に見てみたが、生憎と記憶にある文字の中にはなかった。戸高は海兵は出ているが、海大は出ていない。だから、インテリと言う自覚はなく、逆に海大まで出たエリートの同期生に比べれば、浅学であることはわかっている。


 そんな彼でも、英語やドイツ語、ロシア語や支那語位なら見覚えがあるので、見分けが付く。


「見たこともない艦型に、旗。そして見たこともない文字……まるで別の世界にでも来たみたいだな」


「まさか、そんな押川春浪や平田晋策、海野十三みたいなことがあるわけないでしょ艦長」


 先任士官が日本を代表する空想科学作家の名前を挙げる。


「だわな。だが、本当にそうでもないと説明できないこと続きだからな」


「それはそうですけど……てか、艦長そんな本を読んだんですね?」


 戸髙は生粋の車引きで、スマートな海軍士官というよりも、厳つい海の男と言うイメージのほうが近い。そんな彼が、空想科学小説を読んでいることに、先任士官は驚きを隠せなかった。


「そりゃまあ、ガキの時にな……実を言うとな、最近のも息子のをこっそり読ませてもらったりしてたんだよ」


「艦長~」


「いいじゃないか。そりゃあ、荒唐無稽な話ばっかりだけど、読んでみると、これがどうして。中々面白いもんだぞ」


「いや、それはいいですけど。息子さんのを隠し読みするなんて、艦長も中々お茶目な所がありますな」


「うるせい」


 と先任士官とそんなことをしゃべっている間に、新たな遺留品が持ち込まれた。それは衣服の一部だった。これまで回収した物に比べて、比較的原型を保っているらしい。しかも、持ってきた下士官は、気を利かして制帽らしいものもセットにしていた。


 持ち込まれた制服らしきものは黒色で、ソ連あたりの海軍を思い浮かべさせるものだ。しかし、帽子の方は同じ色ながら、形はニュース映画で見たドイツ軍の略帽のような形で、またエンブレムも恐らく龍と思しき動物と、剣をあしらったデザインとなっている。もちろん、そんな紋章を戸髙たちは見たことない。


「この制服も見たことないな……生存者がいれば、情報を聞き出せたかもしれんが。しまったな、やはり砲撃で撃沈するんだった」


 敵艦が轟沈して生存者はゼロ、さらに遺留品もバラバラになってしまい、断片的な物しか手に入らない。これでは入手できる情報は限られる。今更ながら、戸髙は敵艦を自分たちの手で撃沈しておくんだったと後悔した。砲撃なら多少なりと生存者があったかもしれない。


 もちろん、後の祭りだ。


「今更手遅れですよ艦長」


「わかっとるわ」


 先任士官の突っ込みに、戸髙は苛立たしげに答えた。


 結局、戸髙らは敵の正体を確かめられるような有力な証拠を収集するには至らず、1時間後に捜索を打ち切って「麗鳳」ならびに「石狩」と合流した。




「艦攻隊はよくやってくれたようだが、敵艦轟沈とは……8機だけだったから、空振りかもしれないと思っていたのに、予想外の戦果になったな」


「申し訳ありません、艦長」


「麗鳳」の艦橋で、艦攻隊を率いた青木中尉は、艦長の坂本大佐に頭を下げた。自分たちの行いで、せっかく収集できたかもしれない敵の情報をふいにしたと、責任を感じているのだ。


 もちろん、坂本は手を振って彼に説く。


「いや、隊長が謝ることじゃない。命令は敵艦の撃沈だったんだ。敵に関する情報が集められなかったことは、結果に過ぎない。むしろ、初陣の(じゃく)ばかりの編隊で、見事やってくれた」


 坂本は艦攻隊が戻ると、その隊長であった青木中尉を早速艦橋へと呼び出した。出撃機全機帰還で、1機の被弾機すらない。パーフェクトな勝利であり、しかも全員が生還したのだから敵艦に関する情報も集まる。坂本は彼から、敵艦に関する情報を収集しようとした。


 とは言え、上官としてまず行うべきは、帰ってきた搭乗員たちを労い、その戦果を賞賛することであった。坂本は青木の飛行服の肩をたたく。


「ありがとうございます。しかし、敵艦は回避運動もしませんでしたし。戦果についても、あまり誇れるようなものではありません」


 青木からしてみれば、今回の出撃は戦闘というより、一方的に攻撃するだけの虐殺に近いもので、あまり後味のよいものではなかった。


「いやいや。あそこで艦攻隊が駆けつけなければ、「石狩」や「山彦」も危なかったかもしれない。お前たちは味方を救ったんだ。充分誇っていいぞ……で、だ隊長。気になるのは敵艦の行動についてだ。普通雷撃機が向かってくるのを見れば、回避運動くらい商船や漁船だってする。どうして敵艦がそれをしなかったかだ」


「自分もそれは同じです。付け加えますと、敵は一切の対空戦闘も行いませんでした。我々はそれこそ、静止目標を狙う位に簡単に敵に接近し、雷撃できました。それこそ、まるで敵艦が航空機の攻撃を予測できなかったようでした」


「航空攻撃を知らなかったとでも言うのか?」


「自分には、少なくともそう見えました」


「むう」

 

 航空機による対艦攻撃は、第一次世界大戦の頃から既に行われており、それに対する対抗手段の研究も、同戦争の頃にはスタートしている。帝国海軍でも最初の実用的な高角砲(海軍の高射砲の呼称)は大正11年(1922年)採用の十年式12cm高角砲と、既に20年以上前の話だ。航空母艦や艦載用航空機にしても、それと前後して完成している。


 もちろん、その頃の航空機は木製帆布張りの複葉機で、現代の金属製航空機の性能とは比べ物にならない。それでも、航空機が艦艇への攻撃手段となったことには間違いなかった。


 その航空攻撃を防ぐための火器の開発や、回避運動に関する研究も、当然ながらその頃より行われている。そして航空機が主役となった現代では、中立国や小国の艦艇ですら高角砲や対空火器を多数搭載していると、坂本は聞いていた。


 そんな時代に、航空攻撃を予測できない。言い換えれば、航空攻撃を知らない者がいるなど信じられなかった。


 だが坂本は逆に考える。


(いや、ここ数日の異様な事態を考えれば、ありえないことでもないか)


「艦長、どうかされましたか?」


 青木の言葉に、ハッと意識を戻す。


「いや、なんでもない中尉。御苦労だった。戻っていい。よく休んでおいてくれ」


「はい、失礼します」


「うん」


 坂本は青木に戻るように命令し、艦橋の前方の海を見る。どこまでも続く紺碧の大海原。しかし、その先に一体何が待ち受けているのか。坂本は出港後初めて、漠然とした不安を覚えた。


「艦長、「山彦」と「石狩」が合流しました」


 しばし思考に耽っていた彼に、航海長が報告してきた。沈没した敵艦捜索のために、一度沈没地点へ引き返していた2隻が再合流したらしい。


 艦橋の窓から覗くと、確かに「麗鳳」の両横に並んだ2隻の姿が見えた。


「おお、そうか。それじゃあ、船団と再合流しようか。針路を南に」


「ヨーソロー!」


「麗鳳」以下3隻の小船団は、結局日本本土を見出せぬまま、船団との再合流のために南下を開始した。


 こうして、トラ4032船団が出港後初めて行った海戦は終わった。最終的に、軽空母「麗鳳」を中心とする小戦隊は、接触した敵駆逐艦(らしき物)1隻を、ほとんど味方の損害なく撃沈することに成功したものの、同艦の所属などの有益な情報を収集するに至らなかった。


 しかし、この小さな海戦の結果は、トラ4032船団の今後に、徐々に関わっていくこととなる。


 



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