初海戦 中
「命中!」
「今度は間違いないだろうな?」
「はい、本艦の砲弾に間違いありません」
「よしよし」
「石狩」の砲弾の命中から1分ほど遅れて、ようやく「山彦」も敵艦に命中弾を与えられた。先に発砲したにも関わらず、命中弾を先に撃ちこまれたことへの溜飲を、ようやく戸高は少しばかりではあるが、下げることが出来た。
「艦長、敵艦の速力落ちません。既に距離は7000以上離されています」
「振り切られるのも時間の問題か」
敵艦と「山彦」には、どうやら10ノット(18,5km)程度の速度差があるらしく、徐々に距離を引き離されていく。辛うじて命中弾を出せたものの、致命的な損傷は与えられなかったらしく、敵艦の速度は衰えを見せない。
「山彦」と「石狩」は相変わらず砲撃を続けているが、これ以上命中弾を出せるか微妙な状況であった。
このまま高速で走り続けても、追いつけない。それどころか、貴重な燃料と砲弾だけを浪費していく可能性の方が高いだろう。
「追跡中止も止むを得ないか」
その時、伝令兵が艦橋に駆け込んできた。
「艦長、「麗鳳」の坂本艦長からです。航空隊発進につき、追跡を中止せよとのことです」
「ようやくお出ましか……仕方あるまい。本艦は不明艦追跡を中止する。速度を20まで落とせ。主砲、撃ち方止めだ」
戸高は断腸の想いで、原則を命じた。
「ヨーソロー」
「了解」
機関長と砲術長から返答が来るが、やはり二人も口惜しいのか、どこか言葉に元気がない。
それまで全速を出していた「山彦」の速力が徐々に落ち始める。それまで発砲していた一番砲塔も発砲を止め、仰角が掛かっていた砲身が水平位置に固定される。
戸高は、離れ行く敵艦の姿が徐々に小さくなっていくのを、少しばかり口惜しげに見送るしかなかった。
そんな彼の口惜しさを汲み取るかのごとく、上空に爆音が轟き始めた。
「味方機8機、上空を通過します!」
見れば、魚雷を抱えた97艦攻が8機、敵艦の方へと飛び去っていく。
「頼むぞ、航空隊!沈められなかったら、タダじゃ置かないからな!」
戸高は上空の艦攻隊に、腕を振り上げた。
その艦攻隊は、戸高たちに言われるまでもなく、敵艦の必沈を目指していた。
「あれが敵艦か」
「石狩」と「山彦」上空をパスした青木中尉率いる艦攻隊は、すぐに目標艦を捉えた。艦艇にとってそれなりの距離でも、航空機では指呼の距離としかならない。
「よし。第一中隊は敵艦右舷から。第二中隊は敵艦左舷から攻撃を掛けるぞ」
「麗鳳」の艦攻隊は編成表上では3機で1個小隊。これを3つ併せて1個中隊を編成しているが、今回は1機が故障で脱落したので、青木は臨時に2機編成での小隊編成にして、それを2個ずつで臨時中隊を編成した。
この内第一中隊は青木が率いる4機で、第二中隊は立松伊吹飛曹長率いる4機だ。青木はその立松機に、無線電話で命令を出した。
すぐに小松から「了解」の返事が来た。
「出撃前に新型を積み込めて良かったな」
今回97艦攻には、出撃前に編隊内通話用の新型の一式空三号無線電話が搭載されていた。以前から装備している九六式無線電信機は電信のみ可能であり、当然ながら無線電話のように急を要する連絡には使えなかった。
これまでパイロットたちは、無線がない。或いは搭載していても使い物にならないという時代が長く続いたために、手信号や、黒板に文字を書く方法、そして以心伝心で互いに連携していた。
その時代を知っているだけに、青木は新型無線電話のありがたみが身に沁みるほど良く分かる。
「ようし、石見。敵艦の右舷に回り込め」
「了解」
操縦の石見二飛曹に命令を出すと、今度は電信の毛利二飛曹に確認を取る。
「毛利、後続機は付いて来てるな?」
「もちろんです」
「よし」
青木率いる第一中隊の97艦攻4機は、敵を左に見ながら右旋回して、一端距離を取る。これは雷撃のために低空へ降りる前準備だ。
航空機は全ての機体が急降下できるわけではない。高速で、しかも重量物である爆弾や魚雷を抱いた状態で急降下するとなれば、機体構造を特殊な物として強化しないといけない。そうしないと、バラバラに空中分解してしまうのだ。
97艦攻には急降下能力がない。そのため、高度を落とすためには緩い角度での降下、緩降下しなければならない。もちろん、角度が緩いとなれば、高度を落とす間に進行する距離は、急降下よりも遥かに長い距離となる。
通常雷撃時の降下は、高度2000mから始める場合、目標の1万m手前からするのが基本だ。今回は発艦してすぐの攻撃であるため、高度は低めであるが、それでも降下のための距離は取らなくてはならない。
敵艦から6000m以上離れた所で。
「よし、左旋回。雷撃態勢に入れ!」
「ヨーソロー」
97艦攻は一気に左旋回し、降下を始める。
「低く飛べよ、高度10mだ!」
「はい!」
魚雷を抱いた雷撃機は低空から攻撃するのが鉄則だ。これは敵の対空砲火を避けるためもあるが、高度が高すぎると、投下した魚雷が作動しなかったり、水面で跳ね上がってしまったりするためだ。
この低空飛行時が、対空砲火の命中し易い最も危険な時間である。敵の対空機銃の圏内であるし、操縦を間違えると、そのまま海面に突っ込んでしまう。
今回が初陣の石見は、緊張しながら操縦桿をしっかりと握り、前方を注視していた。高度10mになると、高度計は役に立たず、あとは勘頼りで飛行するしかない。経験の浅いパイロットには、至難のことだ。
一方、機長でベテランの青木は、不思議な点に気付いた。
「敵艦、全く撃ってこないな?」
彼はこれまでに、数度艦攻での雷撃の経験がある。そのたびに、米艦艇の熾烈な対空砲火の雨を潜ってきた。目の前で運悪く被弾し、爆散したり、海面に激突した機体を見た回数も1機や2機ではない。
そんな経験があるだけに、現在置かれている状況は不自然すぎた。周囲には対空機銃の火線も、対空砲の爆煙が一行にたつ気配がない。あまりにも静か過ぎだった。
「注意しろ、引きつけて撃つつもりかも知れんぞ」
「はい!」
と注意を促すものの、一行に対空砲火を撃ってこない。それどころか。
「機長、敵艦直進のままです!」
「回避運動を取ってないのか?」
「はい!」
これまた青木には首を傾げたくなる行動だった。通常艦船が航空機に狙われた場合、回避運動を取るのが普通だ。例えば雷撃の場合、航空機側は艦船の未来位置を予測して魚雷を放つ。しかし、目標が舵を切って旋回すると、当然未来位置はズレるから当たらなくなる。
もちろん、航空機は艦船の何倍ものスピードで動いているから、回避が遅れる場合だってある。それにしても、今狙っている敵艦は対空砲火も撃たないし、回避運動を行う素振りさえ見せない。ただ40ノット近い高速で直線航行を続けている。
「まあいい。相手が回避しないなら回避しないでそれでいい。距離1000で撃つぞ。敵速40。射角45」
「ヨーソロー」
雷撃の照準と発射を行うのは、操縦手の仕事だ。青木は機長として、後席から指示を出すだけだ。
「ヨーイ……て!」
投下レバーを引くと、胴体の下に吊り下げられている魚雷が投下される。800kgもの重量が一気に消えるため、機体が浮くような感じを覚える。
「よし、左回避!」
魚雷投下後は、敵艦との激突を避けるために回避運動行う。今頃は敵艦越しに第二中隊も雷撃を行っている筈た。
「石見、第二中隊の動きに注意!……毛利、魚雷は?」
「はい!走ってます。後続機も順次投下!」
後席の毛利が魚雷と後続機の様子を報告してくる。どうやら後続機も魚雷もしっかりと仕事をしてくれているらしい。
「機長、前方右舷に第二中隊」
「おう」
反対側から雷撃を仕掛けた第二中隊も無事に投雷したらしく、彼らは敵艦前方を抜けていく。
「あの艦。雷跡は見えている筈なのに、何で回避運動をしない……死ぬ気か?」
二個中隊合わせて8機8本の魚雷は、順調に敵艦目掛けて走っている。しかしながら、その敵艦は一行に回避運動を取る様子がない。これでは自殺行為だ。
「バカ野朗!何考えてるんだ!?」
まるで魚雷を当ててくださいと思わんばかりの行動に、青木はそう言わずにはいられなかった。
その直後。
「命中!」
毛利の報告を聞くまでもなく、敵艦に高々と水柱が上がった。それも1本だけではない。2本、3本、4本……最終的に6本と立て続けに上がる。
魚雷の威力は凄まじい。航空魚雷は帝国海軍がほこる酸素魚雷ではなく、空気魚雷である。それでも炸薬量は200kg以上もあり、駆逐艦なら1本でも致命傷になりかねない。それを、敵艦は6本も一度に浴びたのだから、持つ筈がなかった。
魚雷による水柱と、その炸薬による爆炎、さらには敵艦自身の弾薬や、ボイラーが急速に冷やされて起きる水蒸気爆発などが合わさり、敵艦の姿は瞬時に掻き消えた。文字通りの轟沈である。
「敵艦轟沈!」
「了解……あれでは誰も生き残っていまい」
青木は、轟沈した敵艦の乗員に、哀れみを感じずにはいられなかった。
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