新天地 ➃
熱田島に上陸して3週間あまり。賢人たちは相変わらずパイロットとしては悶々とした日々を送っていた。と言うのも、この島は厳しい天候は相変わらずで、飛行機に乗って空を飛べる時間が中々確保できなかったからだ。
もっとも、これはパイロットに限った話ではない。整備兵や歩兵にしても、霧に包まれた極寒地での勤務は、堪えるものがあった。
ただし、幸いと言えたのは補給物資だけはちゃん届いていた。かつてアッツ島やキスカ島で戦った兵士たちは、兵站線が破壊されて物資の補給が滞り、辛酸を舐めさせられた。
しかしこの島の周辺や、瑞穂島やメカルクからの航路上において、今のところマシャナ軍が出現したことはなかった。悪天候により遅延こそあったが、輸送船が未着と言うことはなく、物資は予定通り運び込まれていた。
そのため将兵が飢えることもなく、暖房の燃料が無いことで凍えることもなく、飛行場をはじめとする島内の主要設備の工事も、悪天候により遅々とはしているものの、完全に止まることもなかった。
だがそうは言っても、士気の低下はやむを得ないことであった。そのため、門後をはじめとする指揮官たちは、下士官兵の士気を維持するための、レクレーションの開催に勤しんでいた。
「今日の賞品は俺のものだな」
発動機音を響かせて熱田島の湾内を長閑に進む小型発動艇(小発)の艇上で、賢人は自慢気に言った。
「ちぇ~。俺もあと一匹釣りあげてれば同点だったのに」
そんな2人の足元に、それぞれ魚が泳ぐバケツが置かれていた。今日の2人の釣果である。
2人が何をしているのかと言えば、レクレーションの一環である釣り大会に参加していたのである。非番の将兵を対象に、1日の釣果を競うもので、一番多い者には賞品が与えられる。賞品と言っても、よくて酒か菓子、タバコと言った嗜好品程度であるが、人間何がしかの景品を与えられて競争を煽られると、やる気を出すものである。
2人は他に大会参加した者たちと一緒に、小発で半日の釣りをしたのであるが、この日一番多く釣り上げたのは賢人であった。
ちなみに、釣った魚そのものは夕食の食卓に刺身や焼き魚、煮つけに変身してのぼることになる。
野菜が育たない極寒の地であるから、自然から手に入るのは魚と、海藻、あとはせいぜい海鳥くらいであった。
そのためか、他に海藻採り競争とか、海鳥狩り大会なんていうのも開かれている。もちろん、採り過ぎて絶滅という、ウェーク島でやったようなことをするわけにもいかないので、回数や採る数は制限されているが。
「「ただいま~」」
「あ、お帰りなさい。どうだった?」
「へへん!」
兵舎で出迎えたルリアに、賢人が釣果を見せる。
「うわ~!大漁だね!」
「ちぇ。イチャイチャしやがって」
そんな様子を、武が後ろから面白くなさそうに言う。実際、新婚と言うこともあってか、2人の仲は良好でイチャついてるようにしか見えなかった。
ちなみに、賢人とルリアは兵舎では別の部屋を宛がわれている。さすがに基地内で四六時中イチャイチャされてはかなわないということだ。
「だったらお前もとっとと結婚して嫁さん連れてこればいいだろ」
「うるせ~」
「まあまあ。ほら、武にもこれあげるから」
とルリアが武に、毛糸で編まれたマフラーをプレゼントする。
「お、ありがとうな。こりゃ、暖かそうだ」
「賢人にも、はい」
「ありがとう。これは、今日他の奥さん方と作ったのか?」
「そうだよ」
ルリアは釣りはせず、他の軍属の女性たちと編み物をしていたらしい。
人口比はだいぶ男性側に偏っているが、それでも日本国には女性の国民もそれなりにいる。それは樺太からの避難民の中にいた女性とか、瑞穂島の住民から日本人と結婚するなどして帰化した者、或いはルリアのようにエルトラントから入籍した者もいる。
そしてこうした女性たちも、日本国にとっては大事な人的資源である。軍属、あるいは正式に階級を与えられた者も極少数だがいた。この熱田島にも、10名程だが女性が来ていた。一部には赴任した将兵の奥さんもいるが、ほとんどは基地内の炊事洗濯などの仕事のために募集され、応募してきた人たちだった。
ルリアは非番の日になると、彼女たちと一緒に過ごしていることが多い。なんでも今日のように編み物や料理などを習っているとのことだった。
「ここまで平和だと逆に怖くなるよな」
武がそんなことを口にする。確かに、今のところ敵襲もない。加えて島の海象が悪いために、そうでなくとも出動回数が少ない。かと言って現状物資も足りており、戦場にいるという緊張感が抜けてしまいそうになるのも、やむを得ぬことであった。
「ほ~う。佐々本は退屈しているようだな」
背後からの声に、3人は慌てて敬礼する。声を掛けてきたのは航空隊司令の門後大佐であった。
門後は3人に手で楽にしろといなしながら、自分は手近な椅子に座った。
「お前たちの気持ちはよくわかるぞ。ワシも、まるで久しぶりの休暇を楽しんでいる気になるからな。確かに今のところこの周辺で敵の行動が確認されているわけではないし、友好国もこの周辺は手付かずの地域だ。敵どころか味方もおらん」
しかし門後はそこで一端言葉を切り、咳払いして続ける。
「だが、一方で敵がおらん。或いは近づいてこないという確証もない。この基地からは電波も出しておるから、敵が気づいで何らかの行動をするかもしれん。そのことだけは、頭の隅に置いておけよ」
「「「はい!」」」
とは言え、そのように戒めの言葉を受けても、人間やはり時間が経てばそんな心構えも忘れ始める。
そんなタイミングで、熱田湾に1隻の潜水艦が入港してきた。
「アレが「コッド・クラブ」か」
「だな」
その潜水艦を、賢人たちも暇なので見に来ていた。明らかに伊号潜水艦とは異なるスタイルの潜水艦だ。艦橋には数字の407と、いかにも急いで描いた風の旭日旗が描き込まれていた。
門後によれば、この潜水艦はトラック環礁で回収された艦艇の1隻だという。
瑞穂島の遥か南方に出現したトラック環礁で発見された各国艦艇は、順番に回航や曳航が進められており、そして日本国が特に求める艦艇や、運用可能と判断された艦艇については、再稼働のための作業も進められていた。
「コッド・クラブ」もその1隻だという。日本国では稼働潜水艦がこれまでに2隻しかなく、その2隻もドック入りなどになれば戦線離脱するので、早急に常時稼働艦を確保するためにも、3隻体制にすることが望まれていた。
幸いと言おうか、トラック環礁には各国の潜水艦(日米独伊)の潜水艦が合わせて8隻ほどあった。このうち状態の良い艦の整備が進められた。それが「コッド・クラブ」であった。
ちなみに、この艦もアメリカ時代の艦名を日本読みにしたのみで使用されていた。
「あの後部の出っ張りはなんだろう?」
賢人は「コッド・クラブ」の艦橋後部に、不自然な出っ張りを見つけた。
「さあな。潜水艦のことはあんまりわからん」
2人とも潜水艦に乗せてもらったことはあるが、本職は飛行兵。そこまで詳しいわけでもないので、その装備が何であるかわからなかった。
「確かアメリカの艦にはアイスクリーム製造機が付いているんだよな。あの艦にも付いているのかね?」
「付いていても、こんな寒い場所じゃアイス食う気なんか起きないし」
「それもそうだ。ま、どっちにしろ陸上基地勤務の俺たちには関係ないしな」
他愛もない会話をして時間を潰す2人。
そもそも潜水艦にパイロットは必要ない。だから「コッド・クラブ」も外から見るだけ。賢人も武もこの時はそう考えていた。
ところが、この翌日2人は突然門後に呼び出された。
「俺たちだけ呼び出しってなんだろうな?」
「さあ?」
怪訝に思いつつも、2人が司令官室に入ると。
「おう、来たか。松中少佐。こいつらが平田、佐々本両飛曹長です」
司令官室には門後ともう一人、少佐の階級章を付けた男が座っていた。もちろん、上官相手なので2人はすぐに敬礼する」
「平田飛曹長です」
「佐々本飛曹長です」
「潜水艦「コッド・クラブ」艦長の松中少佐だ。門後大佐に聞かせてもらったが、2人は腕のいいパイロットらしいな」
「過分な評価ありがとうございます」
「光栄であります」
「で、だ。2人は水上機の操縦経験はあるか?」
「霞ヶ浦時代に赤とんぼの水上機型を。それから、瑞穂島で数回あります」
「自分もです」
通常帝国海軍のパイロットは、基本的に機種毎に専攻となり、陸上機のパイロットが水上機を操縦する機会は普通はそうそうない。
しかし日本国ではパイロットが慢性的に不足しているため、色々な機体の操縦訓練する機会があった。賢人と武の2人も、数回程度ではあったが零式水上偵察機や零式水上観測機を操縦させてもらう機会があった。
「だったらちょうどいい。実はうちの艦に試験的に零式小型水上機を搭載したんだが、パイロットの手当てがつかなくてな。お前たち、1週間ほど俺の艦に乗ってもらうぞ。大佐の許可は得ている」
「「ええ!」」
いきなりの潜水艦同乗命令に、2人とも仰天してしまうのであった。
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