新天地 ➂
「これでようやく航空隊も始動できる。お前たちが来てくれて本当に助かったぞ」
ジープに乗り込むと、驚くべきことに門後中佐自らが運転をはじめた。通常自動車の運転などはそれを担当する下士官や兵がするものなのだが。
なので乗り込む前に「自分が運転しましょうか?」と賢人と武が申し出てみた。しかし。
「いいよいいよ。俺が運転したくて運転してるんだから。それにだ。雪道や凍った道は慣れないと危険だしな」
と笑いながら、門後はさっさと乗り込んでしまった。こうなると、3人には何も言えなかった。
「では、もう航空機の運用は可能なのでありますか?」
「ああ。悪天候とかで難儀したが、とりあえず滑走路と格納庫は完成しているし、機体も来てる。今は先に来た整備兵が整備に掛かってる。あとはパイロットだけだったから、それもお前たちが来て解決だ」
その言葉に、賢人らはホッとする気持ちだった。本当に飛行機が飛べるのか、飛行機があるのか不安だったからだ。
「もっとも、そのパイロットに女が含まれているのはビックリだがな」
「彼女以外にこの島に女性は?」
「ああ、安心しろ。他に軍属の女性が10人ばかりいるぞ。ただ5人は人妻だから、2人とも手を出すんじゃないぞ」
その言葉に、武は。
「しませんよ」
と反論した。一方賢人は。
「・・・あの大佐、ここにいるルリアは俺の女房なんですが。連絡行ってませんか?」
「おう、そうだったな。だったらお前の場合浮気するなよ」
「しませんよ!」
賢人はチラッとルリアを見る。ルリアは何のコメントもしなかったが、その頬は心なしか赤く見えた。
そんな感じで雑談をしている内に、ジープは飛行場に到着した。
「大分霧が出てきましたね」
4人がジープを降りる頃、霧が急速に広がってきた。ジープはライトを付けて何とか走ってこられたが、飛行場の様子はほとんど見えなくなってしまっていた。
「まあ、ここじゃ晴れてる方が珍しいからな」
「千島やアリューシャンの悪天候は聞いていましたけど、ここまでとは・・・」
武も辟易した声をあげる。この霧の中を飛行するのが難しいことであるのは、パイロットなら誰でもわかることだ。
「ま、とにかく入れよ」
「あ、はい・・・これが指揮所ですか?」
賢人たちの前に現れたのは、かまぼこ型の建物だった。
「おう。トラック環礁で見つけたアメリカさんの輸送船にシコタマ乗ってたからな。その内の幾つかをこっちに送ってもらった」
どうやら指揮所は、アメリカ軍が使用していた野戦用のカマボコ型兵舎を転用したようだ。
と言うより、その後案内された宿舎もカマボコ型兵舎。さらに食堂なども同じであった。
「こいつなら一から建物建てたり、天幕張ったりするよりかは100倍はいいからな」
門後はガハハと笑ったが、米軍の建物だらけと言う事実に、賢人と武は何とも言えない複雑な心境になった。
指揮所での申告の挨拶を終えると、門後が手配した水兵に案内されて基地内の設備を一通り確認した。
「へえ。短い間によくここまで整えたもんだな」
霧で全体像はわからないが、それでも一つ一つの建物を確認すると、意外にも整った設備を有していることがわかった。格納庫は2棟だけであったが、頑丈な鉄骨造りのものがあり、中には97式艦上攻撃機が2機と、零戦2機、そしてフリーランド製の三式指揮連絡機が駐機されていた。
門後の話では、現状この5機が熱田島の飛行機の全てだという。補充計画はあるそうだが、少なくとも次の補給船が到着する2週間後まではこのままだそうだ。
またこの格納庫も、主要なパーツはフリーランド製で、それをこの島で組み立てたという。
「アメリカさんの建設機材のおかげで、捗りましたよ」
と案内役の水兵が言う。実際、アメリカ製のブルドーザーやローダー、クレーン車などが格納された車庫も見せられた。いずれも白い星を赤い丸に塗りなおしただけで、使用されていた。
対空銃座に配置されている機銃も、よくみれば米国製の5インチ対空砲や40mm、20mm、12,7mm機銃であった。
ちなみに賢人は、こうした米国製の装備も使い勝手は良いものに関しては、フリーランドの企業にコピー生産を依頼したと聞いていた。
ただ電探に関しては、この飛行場にはないらしい。
「電探は貴重品だからな」
夕食時に門後に聞いたところでは、この島には対空と対水上の電探が1基ずつあるが、飛行場ではない別の場所にあるそうだ。
「しかし、食べ物まで米国製ですか」
「贅沢言うな。温かい食事が食べられるだけでも感謝しろ」
武がボソッと呟いた言葉に、門後がピシャリと注意する。
この日夕食として出されたのは、やはり米国製のレーションだった。缶詰は温められていたし、甘味やインスタントとはいえ粉末のジュースが添えられているのは悪いものではなかったが、それでも米の飯に慣れている賢人たちからすると、ビスケットがセットと言うのはいただけない。
ちなみに、現在日本国ではエルトラントやメカルクから米を輸入し、足りない分は瑞穂島で栽培したジャガイモやサツマイモで補っている。それでも、3食の内必ず1食は米飯が確保されていた。
しかしここは北の最果て。米を持ち込み、さらに貴重な水を大量消費する米飯は負担が大きく、門後が言うには現状2~3日に一食出すのが限度だとか。
主食だけでなく。
「こんな北の果てじゃ、野菜も育たないよな・・・」
生鮮野菜も不十分だった。あまりに寒いため、野菜を自給するのも難しいと見られていた。
「野菜は育たんが、調べた限りだと海中に昆布らしきものが生えてるらしいし、それに内火艇や大発を使って漁もしているから、近いうちに新鮮な海の幸にはありつけるぞ。今度操業するのは・・・三日後だな」
「じゃあ、それまではこの米国製レーション飯で我慢てことですか?」
「だから、食えるだけでも感謝しろって」
確かにその通り。兵站が破綻して飢えた兵隊が多かったという話を聞くに、味や質はともかくとして、とにかく量が確保されているのは、まだ幸せなことであった。
こんな感じで、熱田島1日目は過ぎて行った。
翌日、3人は早速飛行作業をしようとしたのだが。
「こりゃ無理だな」
「ああ・・・」
2日目も、朝から飛行場一帯は霧が出ていた。とても飛べそうにない。
「仕方がない。機体に乗って地上訓練だ」
霧が滞留しているということは、風もない。そこで、賢人たちは整備兵に頼んで97式艦攻を格納庫から出してもらい、とりあえず地上でのイメージトレーニングをすることにした。
「コンターック!」
発動機を発動し、操縦桿やフットバーを動かして感覚を確かめる。
「うん、悪くない。整備兵たちもがんばってくれてるな」
「わざわざ発動機温めてくれてたからな」
今日飛行作業をする予定は、前日の内に門後から許可をもらい、整備班にも引き継がれていた。そのため、整備班では機体の発動機を電熱器を使用して温めておいてくれていた。
こうした寒冷地では、発動機が冷え切って動かなくなることを防ぐため、こうした防寒策は必須であった。
3人は交代で操縦席に座り、パイロットとしての感覚を養う。
「でもいつ飛べるんだろう?腕なまっちゃうよ?」
ルリアが素朴な疑問を呈する。パイロットは空を飛んで訓練を続けないと、急速に腕がなまる。完全に飛べなくなるようなことはないにしても、感が鈍る。だからこそ、定期的な飛行訓練が欠かせない。
「そうは言っても、こればっかりはな」
何せ相手は大自然の天候だ。加えて日本国はこの島以外に観測拠点を持っていない。そのため、気象通報などあるはずもなかった。
「とにかく晴れるの待つしかないだろう」
という武も、自分たちを包み込む霧を恨めし気に見ていた。
しかしそれから3日間、霧は飛行に必要な視界まで晴れず、3人は無聊をかこつことになった。
その間は地上での訓練や座学、整備兵の手伝いや、地上車両の運転訓練、或いは食料調達も兼ねた釣りくらいしかすることがなく、本当に飛べるのか?と言う不安が募った。
そして上陸から5日目。
「「「晴れた!」」」
ついに待ちに待ったは晴れの日がやってきた。
「よし、今日こそ飛ぶぞ!」
「早くしないとな」
「また霧が出ちゃう!」
天気は変わりやすい。今は晴れていても、数時間後どうなるかわかったものではない。
事前に門後と打ち合わせていたとおり、3人は三式指揮連絡機を引っ張り出してもらい、久々の空の旅へと出発した。
「と言っても、あんまり遠くまでいけないんだよな」
「ぼやかないぼやかない」
「そうそう」
最初の飛行任務は、飛行場周辺の地形を空から把握することであった。これがわからなければ、計器飛行で飛行場に侵入することもままならない。
このため、飛行自体は飛行場上空をグルグル回るに終始した。もちろん、時々操縦を代わって飛行時間が3人で均等になるように心掛けながらだ。
やがて、予想通り昼頃には再び霧が発生したため飛行はそこで中断となった。
とは言え、久々の飛行に3人が笑顔になったのは言うまでもない。
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