新天地 ②
「さっむ~!!」
「寒い寒い!」
「だいぶ北に来たからな」
空は晴れ渡っているが、波はそれなりにあり、船体は大きく動揺している。幸い波しぶきが飛んでくる程では無いが、それでも防寒着を着ていても大分寒い。
その北の海を、日本国所属の空母「勇鷹」が北進していた。同艦の前方には軽巡「石狩」が、後方には駆逐艦「山彦」が護衛として付き従っている。
そして「勇鷹」のスポンソンで寒い寒いと言ってるのは、お馴染み賢人、ルリア、武の3人組だ。
「でも新しい任地の熱田島はもっと寒いだろ?」
「そりゃ、キスカやアッツとほぼ同じ位置だからな・・・今更ながら転属願い出したのを後悔するぜ。まあ、ルリアと一緒に来られたのは救いだけどな」
賢人はわざとらしくルリアを抱き寄せた。ルリアの方も顔を赤くするが、嫌ではないようだ。
「へいへい、惚気ありがとさん。でもルリアも勇気あるよな。いくらこいつが好きだからって、こんなところまで一緒に来るなんてな」
出港直前、2人は民生局に婚姻届けを出して正式に夫婦となっていた。つまり、ルリアは平田ルリアになったわけだ。なお、ルリアはほぼ同時に正式に軍籍に入って、現在は飛行兵長になっている。
さて、そんな無事に結婚した2人であるが、大きな懸念があった。それはルリアと言う恋人がいるにもかかわらず、「まだよ!私は負けない!」等と言って、あきらめずに賢人に猛アタックし続けていたメカルク人女性士官のラシアである。その彼女をルリアが出し抜いて、賢人と結婚したとなれば、下手すると賢人が背後から刺されかねない。
そこで、ほとぼりが醒めるまで安全そうな任地を上司の中野に相談した結果が、北限の熱田島への転属であった。
熱田島は地球で言えばキスカ・アッツと同等に位置する島だ。無人島であることが確認された後は、日本国に編入され、北方開発の拠点として整備が進められていた。
もちろん、その拠点の中には航空機を運用する飛行場も含まれている。今のところマシャナやフリーランドからも距離がある熱田島周辺に、脅威となる国家はないと見られているが油断はできない。
マシャナが南だけでなく、北でも領土拡張の野心を持っていたら、そうでなくとも北洋海域での活動を企てているのならば、脅威となる。
大規模な航空隊は不必要であるが、島の周囲を探る偵察用の機体や、最低限の防空用の機体は必要だ。もちろん、それを操るパイロットもだ。
賢人、武、ルリアの3人組は、うまいことそのパイロット枠にはまったということだ。書類上その配置先は、熱田島臨時派遣航空隊配備となっている。
ちなみに、3人は後から知ったがこの熱田島派遣航空隊は事前の人気がほとんどなく、日本国海軍では転属者のリスト作成に取り掛かろうとしているところであった。そこへ、3人が志願してきたのだから、その転属願いが即効で受理されたのは言うまでもない。
賢人も武もルリアも、ラシアから逃げることや、連続の戦闘に疲れていて頭が一杯だったのかもしれないが、実際にその寒さの洗礼を浴びて、中野の安易な言葉に乗ったのを軽く後悔していた。
もっとも、賢人とルリアの場合は新婚気分であることと、今回の移動では同室(意味深)を宛がわれたので、まだマシであった。
一方の武はと言えば、同室となったのが軍属技師の男で、特に喋ることもなく暇でしかたがなかった。だからこそ、こうして2人を誘うという名の道連れにして、寒風吹きすさぶスポンソンへと連れ出しているのであった。
「うん、私もちょっと後悔してる」
手をさすりながら、賢人にずっと寄り添ったままのルリア。これは彼女が彼を好きと言うのもあるのだが、それとともに寒さゆえであった。何せ、彼女が生まれたエルトラントにおいて、このような寒さなど経験できるものではなかった。
パイロットとして高空の低温下での飛行訓練は経験していたが、それとはまた違った北洋の寒さに、さすがに安易に北行きを決めたことに関しては、後悔しているようであった。
「ルリア、無理せず部屋に戻っていいんだぞ」
「だ、大丈夫。これから寒い所でしばらく暮らすんだから、慣れないと!」
と賢人の手前強がりをいうものの、すぐに盛大にくしゃみをした。
「ほら、言わんこっちゃない」
と、賢人はルリアと艦内に戻る。もちろん、武も一緒だ。
「しかし、キスカやアッツの話は聞いてたけど、まったく寒くてたまらないな」
部屋に戻った3人は、水兵に温かいコーヒーを持って来させると、お喋りを再開した。そしてその内容は、自然と新たな赴任先についてのものとなる。
「確かにな。アリューシャンや千島で飛んだ経験のある先輩たちは、飛行機を飛ばすのも大変な場所って言ってたしな」
日本軍が展開した戦線はかなりひろい。限定的なものまで含めれば、西は大西洋から東は米大陸西海岸、南は豪州にまで進出した。そして北はと言えば、高緯度で気象条件の厳しいアリューシャン列島に戦力を送り込んだ。特に北千島より北の地域は、強烈である。何せ北海道が生易しいくらいに、寒く霧に包まれるような地域なのだ。
賢人と武は、この世界に来る前から千島やアリューシャンの戦闘に参加した先輩たちの言葉を聞く機会が、幾度かあった。
そこで聞かされたのは、強力で圧倒的な物量を持つ敵の空軍以上に恐ろしい、北方の厳しい海象の話であった。頻繁に霧が立ち込め、そもそも晴れ渡っている日の方が少ない。空を飛ぶのは、他の地域よりもはるかに危険がつきまとう。地上においても襲い掛かる吹雪によって、駐機中の機体が固定用のワイヤーを切られ、横転や転覆する。
「今さらだけど、そんなところで飛行機を飛べるのかね?」
「パイロットを配置するんだから、使えるようにはしてあるんじゃないの?」
ここは異世界。地球と同じとは限らない。とは言え、一方で地球と同じことだって充分にありうる。
あらためて、俺たちもしかしてスゴイ所に向かってるのか?と心の中で思う2人であった。
そんな2人を他所に、何も知らないルリアはキョトンと首を傾げていた。
それからさらに航行すること丸1日、3隻の小艦隊は熱田島の熱田湾へと到着した。
「うわ~、スゴイ!」
目の前に広がる光景に、吐く息を白くしながらルリアが感嘆の声をあげていた。
熱田湾に入港するまでは、北洋の激しい海象ゆえに波が高く、2万トンを超える「勇鷹」でもそれなりに揺れを感じるものであったが、対照的に熱田湾内は穏やかで、航行中の揺れが嘘のようであった。
そしてその静かな湾に錨を降ろして周囲を見れば、湾の北側から東側に掛けて高い山が聳え立ち、その8割方を雪が覆っていた。南国育ちで雪さえ見たこともないルリアには、雪を被った山と言うのは中々に新鮮な光景であった。
空は曇っているものの、雪は降っておらず、風も穏やかであった。
「ようし、今のうちに荷物降ろすぞ!」
嵐が来ないうちにとばかりに「勇鷹」の乗員たちは、格納庫内に搭載されてきた物資を降ろし始めた。直接接舷できる桟橋などないために、それらの物資は一端飛行甲板に上げられ、そこからクレーンで艀や内火艇、上陸用舟艇に降ろすという、面倒な作業が彼らには待っているのだ。
「よし、降りるぞ!」
一方3人は、ラッタルを降りて接舷した内火艇に乗り込む。賢人が船になれていないルリアの手をとり、エスコートした。
もちろん、彼らだけでなく赴任した軍人や民間人たちも共に乗り込む。内火艇の乗客用スペースはあっという間に満員になった。そして艇はエンジン音を立てながら、静かに進んで行く。
「やっぱりエライところに来たみたいだな」
「ああ」
外に広がる光景に、賢人と武がそんな言葉を交わす。
程なくして、艇は小さな浮桟橋へと接舷した。3人は浮桟橋を通って、久々の地面を踏んだ。
「ああ、動かない大地って素晴らしいな」
「だよな・・・そう言えば、ルリアは船酔いしないよな」
「うん、ぜんぜん」
数日間の航海であったにもかかわらず、ルリアは特に酔うこともなくケロッとしていた。
「最初に会った時もそうだったし、きっと酔いに強い体質なんだよ」
「みたいだね」
「そういうものかしら?」
と話していると。
「おい!貴様らが派遣航空隊のパイロットか!?」
やたら髭面の男が近づいてきた。
「そうですが」
「御苦労。派遣航空隊司令の門後中佐だ」
「「失礼しました!」」
相手が中佐であるとわかり、生粋の軍人である賢人と武は慌てて敬礼する。それを見て、ルリアも遅ればせながら敬礼した。
「ほ~う。本当に女のパイロットが来たんだな・・・まあいい。今日から俺がお前らの直属上官だ。よろしく頼むぞ!早速だが、基地まで行くぞ」
「歩いてですか?」
「安心しろ、ちゃんと車がある」
賢人の質問に、門後は親指である方向を指さす。3人がそちらを見ると、確かに自動車の姿があった。賢人たちも見たことがある。米国製のジープだ。ただし、白い星は消されて、日の丸が塗られていたが。
「さ、とにかく乗れ乗れ!話は基地へ移動してからだ」
そう言いながら、なんと門後自身が運転席に乗り込んだ。
士官に運転してもらうという事態に戸惑いつつも乗れと言われた以上乗らないわけにもいかない。
3人は顔を見合わせながら、ジープに乗り込んだ。
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