新天地 ①
敵工作員の捕捉と捕縛に成功し、その身柄の移送と報告のために、第一飛行場に向かっていた賢人とルリアが三式指揮連絡機に乗って帰ってきた。
「お疲れ~」
「お疲れさん。あのさ、武。ちょっといいか?」
武たちはいつも通りのつもりで、機体から降りてきた2人を出迎えた。そして出迎えられた賢人とルリアの表情も、いつもと同じであった。そのため、賢人にそう言われた武の方もいつもと同じように軽く返した。
ただし、その後の会話はいつも通りとは程遠いものとなってしまったが。
「おう、いいぞ。どうした?」
「ルリアと籍入れることにした」
気軽にそんなことを口にする賢人。だが、その言葉を聞いた武の方は口をあんぐりと開けて固まった。
ちなみに、機体を挟んだ反対側ではルリアとトエルの間で似たような光景が繰り広げられていたりする。
「・・・」
「・・・」
不気味な沈黙が1分ほど続いた。そしてその沈黙を、ようやく武が破った。
「・・・は?」
「だから、ルリアと結婚することにしたんだって」
「はあ!?お前、それ今言わなくちゃいけないことか!?」
あまりにも重大な報告を、こんなところで、しかもまるで事も無げに言う賢人に、武は声を荒げてしまう。
「いや、ルリアもいいよって言ってくれたから、その報告を・・・」
「そうじゃなくて、お前結婚だぞ!何で今、それもまるでそこら辺に買い物行くみたいに軽く言うんだよ!そう言うのってもっと深く考えてするもんじゃないのか!?」
「まあ、普通はそういうもんなんだろうけど・・・ルリアに「俺と結婚するか?」て聞いたら「いいよ」て言ってくれたから」
「軽いなそれ!お前もお前だけど、ルリア嬢もルリア嬢だな・・・まあ、いいけど」
あまりにもあまりな告白劇だが、一方でこれまで周囲が散々煽っていたのも事実である。結果的に2人がくっつくに越したことはない。
「ただもう少しロマンがあってもいいんじゃないの?」
と言うのが、武の正直な気持ちだった。
「ロマンね~」
一方言われた賢人からすると、ルリアが傍らにいるのはもう慣れっこで、結婚と言っても周囲に言われて、じゃあ籍入れておくかくらいにしか思えない。つまり、感慨があまりない。
賢人だって人である。他人の色恋沙汰には興味を持つのも理解できるし、そこにロマンを求めるのも理解できるが、そうは言っても自分自身がいざそういう立場になると、そうした場面を求められても困るのであった。
「まあいいや。何にしろ、おめでとう。戦いも終わったし、今日はパーッと飲もうぜ」
「ありがとな。と言っても、正式な結婚は瑞穂島の民生部に戻って届け出を出してからだけどな」
「堅いこと言うなよ・・・でも、瑞穂島に戻ったら戻ったで大変だな」
「アアン?」
「ラシアのことだよ」
「ああ・・・」
メカルクからの留学生パイロットであるラシア曹長は、来た直後から賢人への好意を隠そうとしない女性で、そのためにルリアと火花を散らしていた。
今回の辰島派遣時、彼女はメカルクからの命令で瑞穂島に残留となり、賢人と派遣されたルリアを邪険していた。ちなみに、出発時ルリアが勝ち誇った顔をして、その怒りに火を注いだりもしている。
そんなところへ帰るなんて、修羅場を起こしに行くようなもの。
「お前刺されるんじゃないか?」
「やめてくれ。本当になりそうで怖い」
「だわな。それが嫌だったら、ラシアも嫁にするしかないな」
「嫁さんを2人て、そんなのダメに決まってるだろ?」
「わからないぞ。案外裏技とか使えばありかもしれないぞ」
ちなみに、大日本帝国から引き続いている日本国は、その後加わった海上自衛隊員の意見なども参考に、新たな民法を制定しているが、婚姻は変わらず1人までで、一夫多妻は認めていない。そもそも、人口比から見ると圧倒的に男に偏っているのだから、一人の男が複数の嫁さんを囲うのは、問題が大きい。
とは言え、某連合艦隊司令長官のように愛人を持つ軍人がいる時代である。武としては、案外なんとかしてしまうのではと思ってしまった。
一方賢人のほうはそれはないだろうと思った。
「とにかく、明日中野大佐にも申告しないとな。許可をもらわないといけないし」
軍人の結婚には、上官の許可をもらなければいけない。
と、明日以降の算段をする賢人のもとに。
「平田兵曹」
「あ、トエル中佐」
トエルがルリアを伴ってやってきた。
「終に結婚することにしたらしいな」
「はい」
「そうか。では、どうか彼女を幸せにしてくれ。エルトラントを代表してお願いするぞ」
「ちょ、王女様が自分みたいな下士官に頭を下げるなんてやめてください」
「アハハハ。そう恐縮するな。だが、幸せにして欲しいという気持ちは本物だ。よろしく頼むぞ」
「はい!」
「ただ一つ気になるのは」
「?」
「あのメカルク人の下士官をどうする?」
「今それを言うのやめてください」
本気でその点に関しては、今触れてほしくないと思う賢人であった。
翌日、賢人は中野にルリアとの結婚許可を申請した。
「おう!全然構わんぞ。むしろ、ようやくだな。とにかく、おめでとう」
「はあ、ありがとうございます」
「ただどうする?瑞穂島に戻ればラシアがいるぞ」
「はい、そこなんですよね」
「刺されるかもしれんな」
と笑いながら言う中野。
「大佐までそんなこと言わんでください」
「すまんすまん。だけど、女の嫉妬は男のそれよりもスゴイからな。用心するに越したことはないだろ」
「脅かさないでくださいよ」
「決して脅してなんかいないぞ」
「・・・中野大佐は実体験がおありなんですか?」
「俺自身はないが、女で苦労した奴なんてそこら中にいるからな」
と笑いながら言う中野だが、今まさにその女の問題で悩んでいる賢人には、他人事とは思えなかった。
「そんなこと言われると、ますます瑞穂島に戻りにくいじゃないですか!」
すると、中野が不敵な笑みを浮かべる。
「だったら別の場所に行くか?」
「はい?」
「我が国は慢性的な人手不足だ。それでもってパイロットはその中でも引っ張りだこだ。瑞穂島以外に働き口はいくつでもあるぞ」
「はあ・・・いや、でも」
「ルリアとは一緒に移動できるようにしてやる。どうだ?」
「別にルリアと絶対に一緒の方がいいというわけでは・・・で、もし行くとしたらどこです?」
「北か南か西か東か、どこへでも行けるぞ」
「逆にそれ怖いです」
どこに飛ぶのか、全くわからないと言ってるようなものである。
「北だったら熱田島。南だったらトラック環礁。西か東はエルトラントかフリーランドに出張だな」
「エルトラントかフリーランドへの出張はわかりますが、熱田島とトラック環礁に仕事なんてあるんですか?」
熱田島は北方で発見された地球で言えば、アリューシャン列島に相当する位置にある島だ。日本国の北方進出になることが期待されていた。
トラック環礁は多数の艦艇が発見された南方にある大環礁のことだ。元々は無名の環礁であったが、その規模からかつて太平洋のジブラルタルと謳われた日本海軍の要所となった環礁と同じ名前が与えられた。
「両島とも飛行場の設置がもうすぐ完了するそうだ。そこで送り込む航空戦力の抽出に掛かっているが、それに志願してみないか?北か南の果てならラシアもさすがに追って来んぞ」
「はあ・・・だったら出来れば南がいいですね」
「よし、その旨上申しておく。追って正式に辞令が降りるはずだ。それまでは、これまで通りしておけ」
「了解です大佐」
賢人はとりあえず、結婚の許可がもらえたことと、そしてラシアから逃げるための転属願いを出して、中野の前を辞した。
そして1週間後。
「南に行くんじゃなかったのかよ?」
「仕方がないだろ。命令は熱田島への配置なんだから」
賢人と武の姿は、干支諸島に輸送任務でやってきた空母「勇鷹」の艦上にあった。そして辰島から出港した後、その艦首は北に向けられていた。目指すは、現在日本国が有する北端の領地である熱田島である。
賢人の南へ行きたいという願いは却下されたらしく、それとは真逆の北へ行かされることとなった。もちろん、武も同じであった。
とばっちりを喰う形になった武は、文句たらたらであった。
「お前はいいよな。可愛い嫁さんと一緒に行けるんだからな」
「この場合いいかどうかわからないけどな」
この2日前、賢人とルリアの入籍は民生局に正式に受理され、2人は晴れて夫婦となっていた。ただし、賢人としては極寒の地に嫁さんを連れて行くことに、果たしてこれで良かったのだろうかと思っていた。
「それに姫様も付いて来るし」
「何で許可されたんだろうな?」
「エルトラントの王室への御機嫌取りだろ?」
ルリアは練習生とはいえ、現在日本国に軍籍を置く身である。それが方便であるにしても、賢人たちと合わせて熱田島に行くのはまだ理解できる。
ところが、なぜかエルトラントの王族であるトエルまでもが一緒に付いてくるのかが、2人には理解できなかった。
中野が言うには、彼女の強い希望によるものらしい。エルトラント側も許可したというので、断るに断れなかったとのことだ。
ちなみにその中野自身は、今回辞令が出なかったので辰島に残留である。
そして今回、2人は階級を准士官である兵曹長(飛行兵曹長)へと進めていた。辰島での活躍を認められた結果とのことだが、それでも通常では考えられないスピード昇進であった。
本来であればそれにふさわしい教育を受けた上で任地に赴くべきところであるが、現状の日本国にそんな余裕はなく、教本を渡され、あとは航行中の「勇鷹」の士官から教育を受けろとのことであった。
ここにも、日本国の深刻な人材不足が垣間見えた。
「さてと、士官室に戻るか」
賢人が促す。これからその教育の時間であった。
「座学は眠くなるんだよな」
「寝るなよ、バッターは無くなったけど、代わりに腕立て100とか喰らうぞ」
「わかってるよ」
2人は憂鬱な気分を抱えつつ、座学を受けるために士官室へ向かうのであった。
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