平穏は遠し ③
昼飯もそこそこに、第二飛行場を午前中と同じく緊急出撃した賢人は、辰島の北東部に向かっていた。
「ねえ賢人、その情報本当なの?」
午前中と同じ三式指揮連絡機の機内。隣の席に座るルリアが、少しばかり胡散臭そうに聞いて来る。午前中必死に探しても見つからなかっただけに、どこか疑り深くなっているようだ。
一方直に電話を取った賢人は、ルリアほどには疑っていなかった。
「中野大佐の言ってることだから、間違いないとは思うけどね。それにしても、島の北東部か」
今回情報がもたらされた辰島の北東部は、日本国割譲以前から開発が及んでいない森林地帯で、さらにそこから海岸線に出ると岩肌の多い地域となっている。
日本国では住宅用としての木材の伐採を計画しているが、市街地の開発や田園地帯の復旧を優先したのと、現状それを実行に移すための環境が整っていないため、相変わらず未開発地域となっている。
そのような地域であるから、当然人口はほとんどない。確かに、工作員が隠れるには悪い場所ではない。
「ルリア、発煙筒と機銃の用意を」
「うん!」
ルリアが積んできた箱から発煙筒を取り出し、いつでも落とせるように準備する。続いて、搭載している7,7mm機銃を再度撃てるようにした。
そこへ、先行したトンボ4ことT6型練習機に乗る武とトエルのペアから無線連絡が入る。
「こちらトンボ4。トンボ3、賢人聞こえるか?」
「うん、こちらトンボ3。良く聞こえてるぞ」
「工作員は現在、海岸線に出て南方向へ逃走中だ」
「了解。地上の追跡班はどうしてる?」
「追いかけてるけど、ドンドン引き離されてるみたいだ。このままじゃ振り切られるかもな」
「となると、責任重大だな」
地上からの追跡が出来ないとなれば、広く見渡せる空から追うしかない。
「ああ。だから早く来てくれ。威嚇射撃を加えてるが、このままじゃ森の中にまた逃げ込まれる。そうなったら、こいつじゃ追いきれん」
地上の小さな、脚の遅い目標を追うにはT6型機でも速すぎる。しかし、賢人たちの三式指揮連絡機なら低空における低速飛行も可能だ。その分、追跡も容易い。
「了解。エンジン全開で向かう・・・と言っても、スピードが出ないこいつじゃ限界あるけどな。ルリア、周囲への警戒を・・・て言う必要もないか」
言われるまでもなく、ルリアは持ち込んだ航空双眼鏡で周囲を目を皿のようにして警戒していた。
そして。しばらく飛ぶこと、島の北東部の海岸線近くに出た。
「賢人、1時方向!」
「うん?・・・お!いたいた」
ルリアの指さした方向に、賢人も機影を見つけた。間違いなく武とトエルの乗るT6型機だ。近づいていくと、機体を傾けて後部座席に座るトエルが機銃を発射しているのが見えた。
「トンボ4、こちらトンボ3。今追いついたぞ」
「こちらトンボ4。ありがてえ。そっちに任せていいか?」
「目標の位置を知らせてくれ」
「俺たちから見てきっかり3時方向だ」
「となると、こっちから見ると・・・ルリア、2時方向に注意!」
斜め後方から武たちのT6型機を追いかける賢人らの三式指揮連絡機からの角度を計算し、ルリアに指示した。
「う~ん・・・あ!見つけた!」
賢人は自分も見やすくするため、機体を傾けた。すると、岩場に動く工作員らしい人影をようやく捉えた。その人影は再び森の中に隠れようと、森林地帯方面へ逃げていた。
「このままじゃ逃げ込まれるな・・・よし、ルリア。あいつの逃げる方向に煙幕を投下するぞ!」
「わかった」
ルリアが箱から煙幕用の筒を取り出した。その内の1本を賢人も受け取る。
「よし!」
そして操縦席横の窓を開ける。途端に吹き込む上空の冷たい。その風圧に注意しながら、彼は片手で操縦桿を握り、もう片手で煙幕の導火線に手を掛ける。
見れば隣に座るルリアも、同じようにしていた。
「来い来い来い・・・ここだ!」
導火線を引き抜いて点火し、煙幕を地上目掛けて投げつけた。
ルリアも投下したらしく、振り返れば地上から2条の煙が派手に立ち昇る。
賢人はその周りをグルグルと旋回する。すると、煙に行く手を阻まれた人影が、逃げる方向を変えるのが見えた。
「やった!これで森に逃げ込めまい」
「でも賢人、煙幕が切れたらどうするの?」
「それなんだよな。捜索隊が到着するまで時間掛かりそうだし・・・ルリア、小銃撃てるか?」
「うん、撃てるよ」
今回の出動に際しては、煙幕と共に帝国陸海軍御用達の38式歩兵銃も後部座席に積み込んでいた。その後方には7,7mm機銃もあるが、これは地上銃撃用ではない。地上に向かって撃とうとするなら、銃架から降ろして両手で支えながら開け放った扉から撃つしかない。ハッキリ言って、狭い機内では無理だ。
となると、使えるのは小銃と2人が腰から提げている拳銃しかない。
「よし!当てなくていい。撃て撃て!」
「わかった」
ルリアが38式のレバーを引いて銃弾を装填し、撃つ態勢に入る。賢人は彼女が撃ちやすいように、左舷側が目標に面するよう、機体を少し斜めにして飛ぶ。もちろん、高度も速度もギリギリまで下げてだ。
パン!
ルリアが引き金を引くと、38式が発射音を立てて薬莢を輩出する。ルリアはさらにレバーを引いて再装填して射撃する。38式の装弾数は5発なので、その動作を4回すると弾を撃ち切ったことになる。
パン!・・・パン!・・・パン!・・・パン!
と全弾撃ち切ったのを耳で確認すると、賢人は機体の姿勢を斜めから水平に戻した直後。
「アアア!?」
ルリアが大声を上げた。
「どうした!?」
「当たった!」
「何!?」
「だから、当たったんだって!」
「嘘!?」
機上からの小銃射撃で、それも5発撃っただけで小さな目標の人間に当たるなんて、余程の確率である。しかし、その余程が現実になったらしい。
「ど、どうしよう!?」
「う~ん」
賢人は機体を低空旋回させて、ルリアの戦果を確認する。すると、地上に倒れている人影を見つけた。どうやら本当に当たり、しかも動けなくなるような傷を負わせたようだ。
「死んだのか?・・・確かめたいところだけど」
重要な情報源であるから、スパイは生け捕りが望ましい。もし今のルリアの弾で、動けない程のケガを負わせているのが、一番理想的な展開であるが、もちろん当たり所によっては致命傷となっている可能性もある。また治療が必要な傷であるなら、手当てをしなければならない。
だが今賢人たちは空を飛んでいて、相手は地面に倒れ込んでいる。そう簡単に確認するというわけにはいかない。
「どこか着陸できそうな場所は・・・」
着陸して確かめるのが一番手っ取り早い。そう考え、賢人は着陸できそうな場所を探す。
とはいえ、いくら着陸距離が短い三式指揮連絡機と言っても、場所が悪い。海側はゴツゴツした岩場であり、ちょっと陸に入ればすぐに森林地帯と来ている。そんな地域であるから、例えテニスコート大であっても平地を見つけ出すのは難しい。
「賢人、あそこなら大丈夫じゃない?」
とルリアが指さしたのは、工作員が倒れている場所から数百m海よりの場所。そこは岩場ではなく、砂浜だった。70~80m程の長さがある。
着陸後、ゴツゴツした岩場を歩かなければならないが、他に適当な場所はなさそうだった。
「よし。一度航過して確かめるぞ」
賢人は一度低空に降りて、その場所の状況を確かめることにした。いきなり着陸して砂地や岩に脚を取られて転覆では、笑い話にもならない。
昭和17年6月のアリューシャン作戦では、不時着を試みた零戦が脚を取られて転覆し、パイロットは死亡。機体を完全な形で敵に鹵獲され、研究されるという事件も起きている。
もちろん、この島で不時着した所でそんなこと起きるわけがないのだが、何にしろ飛行場外での着陸に慎重になり過ぎと言うことはない。今回は同乗者が隣席にいるのだから尚更だ。
ギリギリまで速度と高度を落とし、地面の様子を確認する。見たところ、障害物は殆どなさそうだ。そして機体がめり込む程の軟弱な砂地でもないようだった。
一航過した賢人は、エンジンを再び吹かして速度と高度を上げる。
「なんとかいけるか・・・ルリア、着陸するぞ」
「わかった」
「こちらトンボ3。トンボ4聞こえるか?」
「ああ、聞こえてる」
無線で武を呼び出す。
「目標が倒れた。安否確認のために着陸する。すまないが、上空援護を頼む」
「了解。くれぐれも無理するなよ」
「わかってるって」
無線通信を終えると再び旋回して、今度は着陸の態勢に入った。フラップを降ろし、再び発動機の出力を調整して高度と速度を落として行く。
「さすがに海風が強いな」
海側から吹き付ける風に対して、舵を当てて流されないように踏ん張る。
「ルリア、衝撃に備えろ!」
肉眼と高度計を見ながら、着陸点へと機体を降ろす。
「ここだ!」
機体を接地させる。途端に機体を衝撃が襲う。そしてそのままガクンガクンと機体が大きく揺れ続ける。
その揺れに耐えながら、賢人は機体を停止させようとする。
あまりに揺れが大きいので、ひっくり返らないかと冷や冷やしつつ、ようやく揺れが収まって機体が停止すると、さすがに安堵の息を漏らした。
「ふう・・・」
「死ぬかと思った」
隣のルリアも、生きた心地がしなかったようだ。顔を青くしてる。
賢人はエンジンを止めて、ベルトを外した。
「よし、じゃあ行こうか」
「う、うん」
「銃に発煙筒に、水筒。あと救急箱と・・・」
機体の後部座席から、必要になりそうなものを引っ張り出す。
それを2人で手分けして持つ。荷物を持ち終えると、機体の外に出る。途端に潮風の香が鼻につく。
「平和な時なら海水浴でも楽しめそうだな」
波が打ち寄せる海岸線を見て、賢人は場違いな感想を思い浮かべるが、すぐに頭を切り替えて、今やるべきことに戻る。
「よし、これでいいな。行くぞルリア」
機体に車輪止めを嵌めて、賢人は38式歩兵銃を手にする。
「うん」
ルリアも荷物の入った背嚢を背負った。
「ええと、あっちだな」
ありがたいことに、上空を武たちのT6型機がグルグル旋回していた。2人はその方角に向かって、歩き始めた。
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