平穏は遠し ➁
「コンターック!」
賢人がエンジンの始動スイッチを押すと、機体のエンジンが回りはじめた。
「よし。じゃあルリア、行こうか」
「うん」
両手を広げて整備兵に車輪止めを外させると、スロットルを押してエンジン出力を上げて滑走に入る。
と、大して時間も掛からないうちに機体がフワリと浮かび上がった。
「うわ~。あっと言う間に飛んだね。スゴイスゴイ」
乗り慣れたT6型機よりも短い距離で浮き上がったことに、驚きを隠せないルリア。
操縦する賢人も感嘆の声を上げる。
「テニスコートがあれば離陸できるって触れ込みだったけど、確かに大したもんだぜ。陸軍さんもいい機体作るじゃないか」
2人が今乗っているのは、日本陸軍の三式指揮連絡機・・・によく似ている機体。書類上は確かに三式指揮連絡機であるが、厳密には違う。日本国が保有する本物の三式指揮連絡機は、護衛空母「サスケハナ」に載せられていた接収機材の1機と、「勇鷹」に載せられていたソ連売却用の1機の、合計2機だけだ。
そもそも、三式指揮連絡機とは文字通り日本陸軍が最前線における指揮や連絡任務等に使用するために開発した機体のことである。小型の発動機に高揚力を生み出す高翼配置で大型の主翼など、機体のコンセプトやアウトラインはドイツ軍が使用したFi156「シュトルヒ」に良く似ている。そのため「シュトルヒ」のコピーなどと揶揄されることもあるが、実際は日本独自の機体で、同じようなコンセプトで設計されたがゆえに、似通ったのである。
それはともかくとして、この機体最高速度は200kmにも満たず、武装も7,7mmの機銃1挺のみ。戦闘で使う機体としては、貧弱な性能しか有していない。しかしながら、とにかく離着陸性能が高い。さすがに回転翼機のように垂直離着陸は無理にしても、テニスコート程度の土地さえあれば離着陸できるだけのキャパシティを有していた。
だから海戦に使うとか、空戦に使うとか、爆撃に使うという用途は無理にしても、とにかく場所をあまり選ぶことなく運用できるという特性を有している。
今日2人が乗っているのは、そんな三式指揮連絡機のコピー機であった。
「フリーランドには感謝だな。これで兵器の補充にある程度見通しがついた。上も大喜びだろうな」
「確か、戦闘機ももうすぐ届くんでしょ?」
「うん。ただそっちは「バッファロー」のコピー機だって聞くから、あんまり期待できないけどな。まあ、それでも今までみたいな使い潰しや共食いよりかは、遥かにマシだけど」
「賢人。せっかく造ってもらったのに、そんなこと言っちゃ罰が当たるよ」
「そうだな。それに軍人たるもの、与えられた武器で精一杯やるだけだしな」
2人は、耳にしたフリーランド製兵器の噂を言い合う。
2人が乗る三式指揮連絡機をはじめ、日本国ではフリーランドにあるいくつかの軍需企業に、各種兵器のコピー生産を依頼していた。しかしながら、地球よりも技術面で遅れているために、中々量産に移行できないものが多い。
そんな中、フリーランド中部にあるペヒコ社に発注された三式指揮連絡機は比較的早期に完成し、日本側の性能要求を満たしたため、現在までに6機が納入されていた。この内の3機が辰島に持ち込まれ、今まさに賢人がその内の1機の操縦をしていた。
その理由はと言えば。
「しかし、上も無茶言うよ。工作員を炙り出すって言ってもな」
「そもそも工作員がどんな姿しているかもわからないのにね」
隣に座るルリアも少々どころか、戸惑っている。
マシャナによる辰島への侵攻を撃退した日本国であったが、電探基地への破壊工作など、事前に敵の工作員が島に忍び込んでいるのは確実であった。攻撃直後は敵への対処や復旧作業のために、その捜索が出来なかったが、ようやく落ち着いたので、日本国は瑞穂島からの増援戦力を投じて、その炙り出しに躍起になっていた。
とは言え、どこぞの戦場や国家のように「疑わしきは罰する」というわけにもいかない。辰島には多くのエルトラント人が居住しており、敵の工作員はその中に紛れていると見られるからだ。
エルトラントは日本国の大事な同盟国。そして日本人は彼らから見ると、彼らの敵マシャナ人と似ている民族であった。
そのため、日本国としては行動で彼らの信頼を掴み続ける必要がある。いきおい、捜索も慎重にならざるをえない。
そんな中、逃走した敵が郊外の田園地帯や森林に潜んでいる可能性が出てきた。これらの場所を陸上から探す場合、多くの人員が必要となってしまう。
そこで、二見大佐や中野大佐らは低速の練習機や指揮連絡機を使用して、超低空からの捜索を思いついた。贅沢を言えば、海上自衛隊出身者が話している戦後本格的に運用されるようになった回転翼機が望ましい。
しかし現状、実物も設計図もない回転翼機をこの世界で生産することなど不可能だ。フリーランドの航空機メーカーに分かる限りの情報を提供してみたが、実験機すら完成する目途は立っていない。
そのため、こうして賢人が三式指揮連絡機を操縦する羽目に陥っていた。
「ま、零戦や艦攻でやれって言われるよりかは、100倍マシか」
高速で飛ぶそれらの機体では、超低空での陸地の捜索はかなり厳しい。それらの機体で同様の任務をやらされるよりかは、遥かにいい。
それに加えて。
「いろいろな飛行機に乗せてもらえるのも、役得と言えば役得だな」
もともと空を飛びたいから予科練に進んだ賢人からしてみれば、普段操縦しない機体を操縦できるのは、悪い話ではなかった。
「私はあの頭の上にプロペラが付いたの操縦してみたいな」
ルリアの言葉に、賢人も頷く。
「確かに。アレはアレで楽しそうだよな」
ルリアの言った頭の上にプロペラが付いた飛行機とは、純粋な回転翼機ではなくオートジャイロのカ号観測機のことだ。
カ号観測機も、三式指揮連絡機と同じで陸軍が開発した前線の弾着観測用の機体だ。こちらも日本国は2機だけ保有しているが、日本国では使いどころがあると判断されず、フリーランドにコピー生産の依頼もなされず、瑞穂島の飛行場の格納庫で予備機材になっていた。
賢人もルリアも、時々調整のためにエンジンを掛けている姿は見ていたが、飛ばしたことはなかった。
「と、お喋りはここまでにしておこうルリア。ちゃんと地上を見張らないと、二見大佐や中野大佐、姫様たちからどやされる」
ちなみにその内の姫様は、今頃武と一緒にT6型機で同じように地上捜索任務をしているはずだ。前回の空襲時と搭乗割が違うのは、固定ではなくローテーションを取るようにと言う指示が、二見大佐と中野大佐から出ていたからだ。
いつ何時、どんなペアであっても出撃できるように、日頃からコミュニケーションを取っておけということだった。
「わかってるって」
苦笑い成しながら、ルリアは首から提げている双眼鏡で地上を捜索し始めた。
今回2人に与えられた任務は、地上における不審人物や不審箇所を捜索することである。
とは言え、相手がどんなものかもわからないので、どう見つければ良いのかもわからない。二見大佐や瑞穂島から駆け付けた中野大佐は「とにかく飛べ。んで、怪しいやつ見つけたら報告しろ。あと、地上から無線連絡があったら協力しろ」というかなり大雑把な命令しかくれなかった。
そのため賢人は操縦と無線の傍受、隣のルリアは双眼鏡越しに地上の捜索を淡々とするしかない。
こうなると、暇で仕方がない。なので、無線機のチェックにかこつけて、佐々本・トエルペアに無線で連絡を試みた。
「あ~あ。こちらトンボ3トンボ3。トンボ4どうぞ」
ちなみに、トンボは今日捜索任務に飛び立っている飛行機に割り当てられた呼称だ。
「こちらトンボ4。どうぞ」
すぐに武が出た。無線機の質が上がったのに加えて、辰島の地形が比較的平坦で電波を遮るものがないだけに、ハッキリした音声だ。
「そっちは、何か発見できたか?」
「いいや。何もない。時々畑仕事してる農民を見るだけだ。とても平和そうで、スパイのスの字も見当たらないさ。そっちはどうだ?」
「おう。ルリア、何か見つかったか?」
すると、ルリアは片手をブンブンと振る。
「ダメだわ。何も見つからんな・・・ちょっと上にも聞いてみるか」
賢人は無線機の周波数を弄り、第一飛行場の指揮所を呼び出す。
「こちらトンボ3。トンボ3。指揮所、指揮所応答願います」
「こちら第一飛行場指揮所。トンボ3、どうぞ」
「陸上の捜索隊から情報ありや?」
「現在のところ情報なし。そのまま捜索任務を続行されたし」
「了解、了解・・・だってさ」
「ああ。ま、気長にやるしかないな」
「うん。交信終了」
結局、そんな感じで午前中一杯捜索任務を行ったが、何も見つからないまま航空時計の針は終了予定時刻を指した。
「時間だ。帰るよ」
「うん、わかった」
地面と睨めっこしていたルリアの声は、どこか弾んでいた。彼女も単調な捜索任務に飽きを覚えていたようだ。
三式指揮連絡機は第二飛行場に滑り込む。駐機場に止まると、午後の飛行に備えて整備兵が各部の確認と燃料の補給作業に入った。
2人が着陸すると、すぐに佐々本・トエルペアのT6型機も着陸してきた。
「こんなんで、本当に見つかるのかね?」
降りるなり武がそんなことをボヤいた。
「まあ、やらないよりはマシだし、工作員への抑止力にはなるだろうさ」
と言うトエルも、どことなく懐疑的な表情をしていた。
「とにかく。今はお昼御飯だ。今日の献立は何だろう?」
王女様が基地の昼飯のメニューを楽しそうに待つというのも、ある意味貴重な光景と言えるだろう。
ちなみにこの日のメニューは豚の生姜焼き定食で、日本国での生活が長いルリアはもとより、トエルも実に器用に箸を使って食べていた。
しかし、その昼食の最中であった。
「平田兵曹、第一飛行場より緊急の電話が!」
整備兵が食事している4人の元に駆け込んできた。
もちろん、呼び出された賢人はすぐに電話口に出た。そしてその内容を聞き取った後。
「全員出撃だ!」
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