銀河一閃
「まさかこんな形で戦艦を爆撃できる日が来るとはな」
「銀河」隊を指揮する大脇彦左衛門中尉は、今になって敵戦艦を攻撃するという事実に、複雑な心境であった。
大脇は「勇鷹」艦隊に加わっていた数少ないパイロットであった。彼は開戦時からの生え抜き陸攻乗りで、マレー沖、ソロモン、比島決戦など幾多の航空戦を生き延びてきた大ベテランである。
そんな彼は本来であれば、ソ連到着後にソ連軍に対して日本側機体の操縦法をレクチャーする筈であった。もちろん戦闘とは何ら関係ないし、それどころか共産主義者に帝国海軍の艦艇や飛行機を売り飛ばす任務の片棒を担がされたのは、不本意なものであった。
「いいじゃないですか。味方を守れるなら何でも」
後席の佐古木一等飛行兵曹の言葉に、大脇は気持ちを切り替える。
「ああ、行くぞ!」
どちらにしろ、戦艦を「銀河」で爆撃する願ってもないチャンスである。
「銀河」は海軍の航空開発機関である航空技術廠(空技廠)が設計した爆撃機だ。双発機としては極限まで絞り込まれた細長い胴体に、双発の強力な「誉」発動機、そして一式陸攻と同程度の爆装と長大な航続力を有しながら、圧倒的な高速力と運動性能を有している。加えて、可能な機種が限られている急降下爆撃も可能と来ている。
そのため、有力な基地航空隊の戦力になると目されていた。しかしながら、実際のところは「誉」発動機の不調や精緻な機体に絡む稼働率の低さに加えて、戦争後半に登場した機体の宿命である練度不足のパイロットに、強大な米軍に対抗するには圧倒的に不足する数、そして電探をはじめとする電子兵装の遅れが足を引っ張った。
もちろん、本来の性能を引き出して戦果を挙げた時もちゃんとある。しかしながら、それらは悪化する戦局を止めるのに何ら寄与することなく、終戦の日を迎えたのが現実であった。
大脇自身は、元の世界で終戦を迎えていないが、瑞穂島で出会った元海上自衛隊組から、終戦のことや「銀河」のことも聞いている。
戦時中挙げたとされた戦果の多くが誤報だったという事実も衝撃的であったが、それ以上に大脇を噴飯させたのは、戦後誰からともなく流れたというざれ歌「国破れて銀河在り」であった。
「銀河」の真の性能を知っているだけに、大脇としてはそれはヒドイ「銀河」への侮辱に感じられた。
そんな悪評を、今日こそ振り払って見せる。幸いなことに彼の乗る「銀河」は、ソ連への引き渡し用に選ばれた比較的状態の良い機体であった。そしてこの世界においては、経験豊富な日本国の整備兵の手により整備され、さらに瑞穂島で産油後フリーランドで精製された高品質の航空ガソリンを入れていた。
また訓練についても、燃料に余裕のある現在の日本国なら、充分に行うことが可能だった。つまり、戦時中はほとんど適わなかったベストコンディションでの出撃ができたのであった。
その結果「誉」エンジンは快調に回り、800kgの爆弾を腹に抱えても故障なく戦場に到着することができた。
あとは、大脇自身が敵艦に爆弾を命中させるだけである。そのために、転移後もこの世界で厳しい訓練を続けてきたのである。大橋は操縦桿を倒し、敵艦目掛けて機体をダイブさせる。
爆弾倉の扉は開いている。機体が急降下する。と、敵艦からも対空砲火が立ち昇る。しかし、米艦隊と死闘を経験し、その強力な対空砲火網の魔の手から逃れ続けてきた大橋にしてみると、それは弱く薄いものだった。
「その程度のチャチな対空砲火で、この「銀河」を止められるかものか!」
高度計の針がグルグル回り、敵艦との距離が急接近する。海上を対空砲火を撃ちながら、航跡を引く敵艦の姿が迫る。
「ヨーイ・・・テ!」
高度500mで爆弾の投下レバーを引き、800kg爆弾を投下した。と同時に操縦桿を引いて機体を引き起こす。
すさまじいGが大脇に襲い掛かる。もしこれに耐えられずに失神したりすれば、即墜落である。もちろん、これまで散々訓練で鍛えてきた大橋は耐えきり、機体を引き上げることに成功した。
しかしそれでホッと一息も吐けないのが戦場である。機の引き起こしに成功したら、次に敵の対空砲射程圏外に離脱するという仕事が待っている。
ただ米軍の猛烈な対空砲火を潜り抜けてきた大橋からすれば、引き上げた直後の光景は拍子抜けするものであった。何せ、視界内に対空砲火の炸裂がほとんど見えない。もちろん、至近弾が機体を叩き、猛烈な震動で機体を揺らすこともなかった。
「佐々木!戦果は!?」
「命中です!敵戦艦2隻とも炎上中!」
伝声管越しに、佐々木兵曹の歓喜に上ずった声が聞き取れた。しかも、2隻炎上中と言うことは、2番機も命中弾を出した証であった。
「そうか、佐竹のやつもやったか!」
2番機の佐竹兵曹長機も、きっちり命中弾を出していた。
「しかし惜しいな。もう3~4機いれば、敵艦にトドメを刺せたものを」
今回大脇機は800kg爆弾を、佐竹機は500kgのそれぞれ徹甲爆弾を搭載していた。いずれも、大戦中帝国海軍が多用した250kg爆弾より重く、強力であったが、さすがに戦艦を轟沈させるには力不足であった。
本来であれば、もっと多数の機体による雷爆撃を行うのであるが、現在日本国が稼働状態においている「銀河」はこの2機しかない。そして「銀河」以外に瑞穂島から直接攻撃を仕掛けられる機体は、今のところない。
「ですが、あれだけの打撃を与えたのですから、もはや辰島への攻撃は不可能では?」
佐々木の言葉通り、2隻の戦艦は沈んでこそいないが盛大に黒煙を噴き上げ、行き脚も落ちているように見える。あの損傷で辰島に接近し、艦砲射撃をするだけの余力があるようには見えない。
だが、戦場では何が起こるかわからない。特に、敵はいまだにその実情が不明な点の多いマシャナ帝国と言う異界の国なのだから。
「辰島に向かうぞ」
燃料残量の関係で直接瑞穂島に帰るのは難しい。そうなると、辰島に向かうしかない。
「無事に着陸できますかね?」
辰島の飛行場は爆撃を受けたという。滑走路の状態如何では、双発機の着陸が難しい可能性もあった。
「着陸できなかった時はその時だ。どっちにしろ、燃料がないからしかたがない」
2機の「銀河」は、爆撃した戦艦を背にして、辰島への針路をとった。
最後の帰還機である、トエルとルリアを乗せたT6型機が辰島第一飛行場に滑り込んだ。無事に着陸した同機は整備兵に誘導されて、指定された駐機場に移動し、そこでようやくエンジンを止めた。
機体が止まると、長距離飛行に疲れ切った2人が機体から這い出てくる。
這い出てくるという表現は決して誇張ではない。本当に2人ともよろよろで、脚は震えていた。整備兵に手伝ってもらって、ようやく地上に降りることができた。
「疲れた~」
「眠いです」
朝から夕方まで飛行機に乗りっ放し、そうでなくても出撃準備や何やらで休憩している暇などなかった。その上、慣れない洋上を進撃した上で、敵の対空砲火を潜り抜けての攻撃である。
戦闘中は高揚感もあって感じなかったが、着陸した途端にドッと疲れが2人に襲い掛かった。2人が想像する以上に、肉体と精神に負担を掛けていたのである。
「2人ともお疲れ様」
「大分お疲れだね」
座り込んだ2人のもとに、先に着陸した賢人と武がやってきた。2人も顔に疲労の色が濃く表れていたが、少なくともしっかり立っていた。
このあたりがプロの軍人で、パイロット歴が長いことの証かもしれない。
「中佐たち大丈夫ですか?二見大佐が、指揮所に来て報告するよう言ってますけど、俺から代わりに報告しておきます?」
相手は上官であり、王族である。そんな人物が疲れ切って座り込んでいるのだから、自然と賢人と武の姿勢も低くなる。
ただトエルには、それは逆効果だった。
「何を言ってるの?王族とは言え、私も軍人。ちゃんと自分の脚で行って報告する」
「姫様、私も行けます」
相手は王族。そしてその国の人間であるルリアも、目の前でその王族が立ち上がった以上、心を奮い立たされる。
とはいえ、体の方は正直で2人ともかなりふらついているが。
賢人と武は顔を見合わせ。
「わかりました。ただ無理はしないでくださいね」
トエルとルリアの足取りが覚束ないので、4人はゆっくりと指揮所へと向かった。
すると、その指揮所前に1台の車が走り込んできた。錨のマークの付いた乗用車で、中から飛行服姿の大尉が降りてきて、指揮所へと入って行った。
「あれって」
「確か「勇鷹」艦隊にいた大脇中尉だぞ」
敵戦艦に爆撃を成功させた大脇たち「銀河」隊は、途中で練習機を連れているがゆえに、巡航速度が遅かった賢人たちを追い越していた。ただし辰島の第一飛行場の復旧が不十分であったため、やむなく第二飛行場に降りたのであった。そして大脇は、戦果報告と今後の打ち合わせのため、自動車で駆け付けたわけだ。
そのことを、賢人ら4人は指揮所の中へと入り、知ることとなった。
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