たった3機の攻撃隊 ③
「2人がやったわね・・・私たちも行くわよ!」
「姫様、くれぐれも無茶「無茶をしないで戦争ができるわけないでしょ!それにせっかくあの2人が絶好の機会を作ってくれたんだし!突っ込むわよ!!」
ルリアの助言もなんのその。トエルはフルスロットルで、炎上する敵空母目がけて突っ込んでいく。
不思議なことに、2人の乗るT6型機に向かってくる弾幕は薄い。
「妙に敵の反撃が弱いですね」
「本当、何でかしら?まあ、こっちには好都合よ!!」
T6型機はロケット弾を装備してきたものの、本来は練習機。最高速度は本来の戦闘用の機体に比べて遥かに遅い。薄い弾幕は儲けものであった。
一方、攻撃を終えて上昇と旋回を終えた賢人と武の2人は、上空から2人が突撃する様子を見ていた。
「どうやら敵さん、まだあの2人に気づいていないみたいだな」
「みたいだな」
高速を利して先に零戦で突撃した2機に比べて、ルリアたちのT6型機は遥かに遅れての攻撃である。そのため敵の対空砲火は賢人たちの零戦に向けられていた。
加えて、炎上した敵空母から発せられる火災と煙によって、敵の対空砲火の一部は射撃中止を余儀なくされているようであった。
「よし、だったらお嬢さん方を援護してやろう!敵艦に銃撃をするぞ!対空火器を潰すんだ!」
「ヨーソロー!」
2人は再び急降下する。目標は敵空母を護衛する巡洋艦や駆逐艦だ。
「喰らえ!」
7,7mmと20mm機銃を惜しげもなく発射する。直線飛行すれば敵の対空火器のイイ目標になるので、射撃は短時間で命中の確認もしない。あくまで牽制のための射撃だ。
2人はとにかく手近な巡洋艦や駆逐艦に射撃を加えて、その対空射撃を妨害する。さらに、敵艦の中には派手に転舵して回避するものもあった。
「いいぞ!」
敵に陣形が崩れれば、対空火器の狙いはさらに逸らされるし、弾幕の密度も薄くなる。
その2人の援護を受けて、トエルの操縦するT6型機は敵空母目掛けて突撃する。先に賢人らが被害を与えたからか、彼女らの機体に向かってくる弾幕は薄く、低速な練習機でも容易に接近することができた。
ルリアは照準器を除きながら、ロケット弾の発射スイッチに手を掛ける。彼女にとって初めてのロケット弾射撃だ。
ロケット弾はフリーランドの軍需企業に複製を依頼しているが、今のところ在庫が現物しかないため、訓練で撃ったことはなく、1回だけ教官が地上の目標目掛けて撃ったのを見学させたもらっただけだ。彼女自身は地上での座学と、模擬動作までしかしていない。
(お願い当たって!)
自信満々で出撃してきた彼女であったが、やはり内心では祈らずいられなかった。
「撃て!」
トエルがボタンを押すと、ロケット弾が発火し、主翼下に設けられた発射機から猛スピードで飛び出す。白煙を引き敵艦目掛けて、3発のロケット弾が飛んでいくのがルリアにも見えた。
「!?」
すぐに1発が故障で飛び出さなかったか、或いは明後日の方向に飛んで行ったのに気付くが、もうどうにもならない。
それよりも、急接近する敵艦を避けなければならない。トエルは咄嗟に操縦桿とフットバーを操作して回避する。
その直後、背後から轟音と凄まじい衝撃を受ける。
「わ!?」
「キャ!?」
機体がガクッと揺れ、破片が機体やガラスを叩く音が響く。
「ルリア大丈夫!?」
「はい、なんともありません」
「今の何!?」
「それが・・・」
「それが?」
「・・・敵艦が大爆発しました」
「嘘だろ・・・」
無線越しに聞こえてくる声から、武の呆然とした表情を賢人は容易に脳裏に浮かべることができた。そして彼自身も、やはり一瞬声が出なかった。
敵空母が爆発して大炎上している。飛行甲板も、艦体も一面火達磨だ。おそらく、敵艦の乗員は火焔地獄にまかれ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっているはずだ。
それは多分、先輩から聞いたミッドウェーで沈んだ四空母と同じはずだ。
「燃料か弾薬かに誘爆したんだろうな。にしても、ロケット弾だけでああなるもんか?」
空母は基本的に脆弱な艦種だ。搭載する航空機の燃料は可燃性のガソリンであり、さらにそれらに搭載するための魚雷や爆弾を搭載しているのだ。もしそれらに誘爆するようなことがあれば、終わりである。
昭和17年6月のミッドウェー海戦で撃沈された「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」の四空母も、敵艦に向けて発進する筈だった攻撃隊の燃料や弾薬に、敵の爆弾が直撃した結果大炎上している。
そうでなくても、重心や航空機搭載の関係上空母は装甲を厚くできないと言う防御力に大きなハンディがあるのだ。つまりは沈みやすい軍艦と言うことだ。
とは言え、さすがに小型のロケット弾でここまで大炎上するのは、予想外過ぎた。
敵艦は艦全体が炎に包まれ、どす黒い煙を天高く立ち昇らせている。既に行き脚も止まっており、命運が尽きているのは誰の目にも明らかであった。
「あれならトドメを刺すまでもないな・・・こちら平田。こちら平田。トエル中佐、聞こえますか?」
賢人は無線でトエルを呼び出す。
「こちらトエル。良く聞こえている」
「敵空母1隻撃沈確実です。そして我々はもう燃料も弾薬の余裕もありません。撤退しましょう」
「あ、ああ。わかった。撤退する」
3機とも搭載してきた爆弾もロケット弾も使い切り、賢人や武の零戦は敵艦への機銃掃射で機銃弾すら枯渇していた。また燃料も大幅に消費している。
この上でこの場に留まる理由などなかった。
「あ!?ちょっと待って!」
「どうしました?」
機首を翻そうとした時、突然トエルが声を上げた。
「このまま口で言うだけじゃ公式の戦果にならないかもしれないじゃない?だから戦果確認に写真を撮っておきましょう。カメラあったでしょ?」
「ありますけど。私上手に使う自信ありませんよ」
練習機であるT6型機には、訓練用の航空写真機も搭載されていた。それも、旧米艦艇から手に入れたアメリカ製のものだ。ルリアも座学で使い方は習っていたが、やはりこちらも使用経験はなかった。
「でも使えないことないでしょ?だったらやっておきなさい。これは命令よ」
「はあ~。わかりました」
ルリアは渋々カメラを取り出し、座学の内容を思い出しながらシャッターを切った。
一方賢人たちとの合流が叶わなかった二見大佐率いる攻撃隊本隊(と言ってもたったの8機)は、戦艦2隻を含む敵艦隊を発見、戦艦の1隻に集中攻撃を掛けた。
だが。
「クソ!敵も学んでいるな」
巧妙な回避運動と、以前より明らかに増強されている対空砲火によって狙いを逸らされ、二見の艦攻が放った魚雷1本を命中させるに留まった。小規模な火災の発生は認められたが、もちろん撃沈には程遠い。残る1隻は無傷であり、辰島を艦砲射撃する力は十分に残していた。
「こりゃ急いで辰島に戻って、再爆装するしかないな」
時間的に夜間攻撃になる可能性が高いが、ここは無理をしてでも再攻撃するしかない。二見がそう結論付け、攻撃隊に帰還命令を出そうとしたとき。
「こちら瑞穂島基地所属大脇中尉。間もなく現場海域に到着。敵艦隊の状況報せ!」
無線機に味方の声が飛び込んできた。どうやら瑞穂島から派遣された攻撃隊が、攻撃開始後二見らの出した電波を辿って、ようやく到着したらしい。
ただし、二見には少しばかり疑問が湧いた。
(辰島を経由したにしては早いな)
瑞穂島からの援軍の情報は受けていたが、こんなに早く戦場に到着したのは、予想外のことであった。
首を傾げつつも、彼は攻撃隊指揮官として返信した。
「こちら辰島基地司令二見大佐。援軍感謝する。敵艦隊には戦艦2隻が含まれている。この内1隻は魚雷本の命中を確認するも依然健在なり。とにかく、戦艦を潰してくれ!本機は貴隊の誘導を継続する。よろしく頼む!」
「了解!」
二見は敵艦隊上空を、対空砲の射程圏外で旋回しながら瑞穂島からの応援の到着を待った。
そして10分ほどして。
「司令!右上方!」
「おう・・・あれは!?」
その機体を双眼鏡で眺めた二見は歓喜の声を上げた。
彼が見たのは、スマートな機影も印象的な双発機であった。
「そうか、「銀河」か!」
現れたのは、帝国海軍が開発した双発陸上爆撃機の「銀河」であった。大型の800kg爆弾や魚雷も搭載可能ながら、空力抵抗を抑えるために絞りに絞ったフォルムを持つ小柄な3人乗りの機体だ。強力な「誉」エンジンと大容量の燃料タンクによって高速かつ大航続力を有し、さらに特筆する点としては急降下爆撃能力を有していた。
日本国では「勇鷹」に搭載されていたものも含め、全部で4機の「銀河」を現在有していた。二見も戦力として加えるために整備中とまでは聞いていたが、その内の2機がついに戦場にその雄姿を現したのであった。
二見自身は実戦配備前に転移したため、話にしか聞いていないが、配備時期が遅すぎたために大戦ではその実力を発揮できなかったとのことだった。
その「銀河」が秘めたる実力を、図らずも異世界で披露しようとしていた。
「頼むぞ!」
二見は拳を振り上げて、新鋭機の活躍を祈った。
そんな二見らの期待に応えるように、2機の「銀河」は敵戦艦目指して急降下を開始した。
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