ワレ奇襲ヲ受ク! ⑦
「増援第一陣出撃いたします!」
「おう!」
日本国瑞穂島第一飛行場。この日日本国代表であり軍総司令官でもある寺田は、基地司令の安田中佐の報告に頷くと、被っていた制帽を右手にとり、ゆっくりと頭上で回す。帝国海軍の伝統である帽振れだ。
彼だけではない。多くの士官に下士官兵、さらに基地内には入れない民間人たちもが、敷地外から武運や無事を祈る声と共に、手や帽子を振っている。
彼らの視線の先では、エンジンの音を轟々と響かせ、プロペラを回す3機の零式艦上戦闘機と2機の「天山」艦上攻撃機の姿があった。既に誘導路から滑走路に入り、後は発進するだけの態勢に入ってる。
いずれも操縦席の風防を開けて、パイロットや搭乗員が立ち上がっている。ある者は見送りの者に敬礼し、ある者は手を振っている。
零戦には落下増槽が懸吊され、「天山」は爆弾も魚雷も搭載せず、やはり落下増槽を装備していた。見る者が見れば、5機が長距離飛行に飛び立とうとしているのがわかる。
そして発進よろしを示す旗が振られると、5機は順番にエンジンの出力を上げて加速し、飛び上がっていく。
「頼んだぞ!」
「しっかりやって来いよ!」
「生きて帰ってきて!」
「いってらっしゃい!」
思い思いの歓声を受けつつ、5機は高度を取ると編隊を組み、西の空へと向かって言った。
「第二陣出撃します!」
第一陣の5機が西の空へと消えて行った頃、誘導路から滑走路に次の集団が進入していた。こちらは海軍風の塗装を施した1式戦闘機「隼」4機に、零式輸送機1機、100式輸送機1機と言う組み合わせだった。
そしてこの6機も、発進の旗とともに大空へと舞い上がる。そしてエンジン音も高らかに、見送りの人々の声援を受けて西の空へと旅立っていった。
「もっと多くの機体を送りだせてやれれば良かったんだがな」
「止むをえません。瑞穂島を空っぽにするわけにはいきませんので」
寺田の言葉を聞いた安田が、申し訳なさそうに言う。
この日早朝、辰島から敵機来襲と増援要請の緊急電が入電し、瑞穂島の日本軍司令部ではただちに艦隊の派遣と航空機の増援を決定した。
しかし瑞穂島から辰島までは約2000km。艦隊では急行するのに丸二日は掛かってしまう。そして航空機に関しても、本来であれば敵艦隊を撃退できるだけの大編隊を送り出したいところであった。
だが距離2000kmの海上を飛び越えるのは容易なことではない。単に航続距離の関係だけでなく、何の目印もない海上を、迷うことなく飛んでいく航法技術が必要となる。もちろん、その途中に機が不時着せぬように、万全な整備が求められる。
また瑞穂島自体の防衛も必要となる。現在日本国は自衛艦隊や「勇鷹」艦隊、そして南方で発見した艦艇群などから回収した航空機を編入し、帳簿上だけ見ればそれなりの機数を有している。しかしそれはあくまで帳簿上の話で、ほとんどは整備中もしくは、整備にすら手が付けられていない。
加えてパイロットの数そのものは、機体ほど劇的に増えていない。内外からの志願者や各国からの留学生、捕虜からの帰順兵への教育が続けられてはいるが、どんなに急いでも2~3年は掛かるのがパイロットの育成だ。一朝一夕でどうにかなるものではない。
こんな状況であるから、いきおい出せる機数は限られてくる。それがわずか11機の増援であった。
ちなみに今回発進した第一陣と第二陣では、課せられた任務に違いがあった。第一陣は辰島に着陸後、現地で直ちに整備と爆装を施して、予想されている敵艦隊攻撃を行う予定であり、海軍機だけで構成されていた。
一方第二陣は主に辰島での防空と、辰島への警備戦力の派遣が主任務であった。すなわち、戦闘機は着陸後補給を行うと、主に辰島の防空のみを受け持つ。そして随伴する輸送機には、陸戦隊隊員と警察官が乗り込み、基地警備や島内に侵入していると思われる敵スパイの摘発を行うこととなっていた。このためほとんどが陸軍機で固められていた。
「基地司令、辰島からその後続報はないかね?特に敵に関するものは?」
「はい、空襲の被害に関しては何件か報告がきておりますが、敵艦隊に関してはまだ・・・」
「そうか」
辰島からの敵発見に関する報告の有無を聞かれた安田であったが、この時点でそうした報告は入電していなかった。
敵艦隊から発進したと思しきマシャナ軍機の空襲を受けつつあること、島内に潜入工作員がいること、そしてそれら掃討のための増援戦力を要求する電文を、辰島の司令部より受信してから3時間。
寺田たちはその電文に基づいて、急遽増援可能な戦力を選抜して送り出した。
辰島からはその後、敵艦隊を索敵中と言う電文も受信しており、寺田らもその索敵結果の報告を待ちわびていた。
しかし未だにその報告は入っておらず、辰島を攻撃した犯人の位置も勢力も不明であった。
「敵艦隊の位置がわからんことには、アレも出せんな」
「ですね」
寺田の言葉に、安田も同意であった。
その頃、辰島から発進した索敵機は敵機が去った方向を中心に索敵線を敷き、その位置を掴もうとしていた。
その数は艦攻と艦爆、さらには港から発進した水偵合わせてわずか6機。これが今辰島の飛行場から出せる全戦力であった。
わずか6機、しかも機上電探を搭載した機体は水偵1機のみ。後の5機は、搭乗員の目と双眼鏡のみが捜索機器であった。
網の目には程遠い索敵網。このような状況であっても、搭乗員たちは辰島に手痛い一撃を放った敵を見つけようと、懸命に敵を探した。
そして発進から2時間後、その努力が実った。太田啓介少尉を機長とする99式艦上爆撃機が、ついにその尻尾を掴んだ。
「いたぞ!」
海上に延びる幾重もの航跡を発見した太田は、操縦士の見付浩二一飛曹に敵艦隊への接近を命じた。
99式艦爆は高度を落とし、敵艦隊の詳細を掴もうとする。
「空母は・・・アレか!」
敵艦隊は2列の縦陣を取っていたが、その列のちょうど真ん中付近に、平らな飛行甲板を持つ艦艇の姿があった。明らかに空母だ。その数2隻。前後の護衛艦艇と比べても、かなり大型に見えた。
「よし、至急辰島に・・・チッ!敵機後方!」
太田が電鍵を叩こうとした時、接近する機影が見えた。敵艦隊の直援機だ。
「見付!全速退避だ!一番近い雲の中へ逃げ込め!」
「宜候!退避します!」
太田の指示を受けて、見付はスロットルをフルに入れ退避に掛かった。99式艦上爆撃機の最高速度は380km強。対して敵戦闘機の性能の詳細は不明であったが、単葉の金属機であれば400kmオーバーの可能性は十分にあった。
つまり敵の方が優速だ。だから追いつかれる可能性がある。
そのことがわかっているだけに、太田は見付に退避を命じると同時に、無線機の発信を始めた。暗号に組むよりも、一刻も早い敵艦隊発見の方を報せなければならない。平文での緊急発信を行う。
『テキ カンタイ ミユ サクテキ サンバンキ・・・』
そこまで発進した時、機体の傍がパッと明るくなった。直後に機体がガクンと揺れる。見付が回避行動を取ったのだ。
太田が振り向くと、先ほどよりも敵機が接近していた。ただ機銃を。確実に命中させるには遠すぎる。かなりの遠距離で発砲したようだ。
「そんな距離で当たるか・・・見付、急降下して一気に海面まで降りろ!海面に到達後は低空にて退避運動!」
「はい!」
太田は急降下を命じた。99式艦爆は本来急降下爆撃を行う爆撃機だ。その本領を発揮させて海面近くまで急降下し、その後は超低空飛行をして敵機を撒くのだ。
機体が急降下を始める。速度計と高度計がグルグルと回り、加速と高度が低下していくことを報せてくる。
「高度1000・・・800・・・600・・・400引け!」
本来引き起こしに適する高度は600m程までだ。それ以上突っ込むと引き上げが間に合わず海面に突っ込んでしまう可能性があった。
しかしベテランの太田は、見付の技量を信じて敢えてその危険な行為をさせた。
機体を引き上げると同時に、Gが2人の体に襲い掛かる。足を踏ん張ってそれに耐えながら、目の前に迫る海面を凝視する。万が一突っ込めば、機も2人もバラバラだ。
だが危うく海面に突入かと思われた直前、2人の視線から海面が下方に移動した。機首が上がった証拠だ。
「よし!低空を飛べ!」
と太田が叫んだ直後。
後方から鈍い音が聞こえてきた。振り返れば、海面上に水柱が立っていた。
「引き起こしに失敗したな・・・」
恐らく敵機も太田らに続いて急降下したのだろう。しかし引き起こしのタイミングを誤ったか、もしくは機体かパイロットが耐え切れずに海に突っ込んでしまったのだ。
その運命が、自分たちに襲いかかったかもしれないだけに、太田は他人事ではいられなかった。敬礼を送り、不幸な敵機のパイロットの霊に敬意を示す。
だがそれも一瞬のことで、すぐに無線機に向き直ると、改めて辰島の司令部に対して、敵艦隊の報告打電するのであった。
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