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不明艦接近!

 軽空母「麗鳳」以下の戦隊が反転、南下を開始してから半日以上が経過した。既に朝日が東の海上へと昇りはじめ、それまで漆黒の闇に包まれていた海上は急速に明るくなり、どこまでも続く大海原が現われる。


 戦隊は軽空母「麗鳳」を真ん中に、「麗鳳」の右舷側に軽巡「石狩」が、左舷側に駆逐艦「山彦」が展開して横陣を組んでいる。これは万が一潜水艦の襲撃を受けても、「麗鳳」の被害を極限に抑える陣形だ。


 戦隊は速力18ノットで、船団との合流を図るべく走っている。


 昨日水偵が謎の艦隊を発見し、もしかしたら接触するのではと心配され、見張りの兵士は夜通し暗い海原を見張っていた。


 結局のところ、夜の間には何も起きず、取り越し苦労だったかと皆胸を撫で下ろした。このまま朝食を食って、後は南下して船団に合流するだけ。誰しもがそう思っていた。


 しかしながら、夜が明けてから2時間ほどして、「麗鳳」左舷に展開する駆逐艦「山彦」の見張り員がそれを発見した。


「あれは……」


 その兵士が見張っていたのは、戦隊の左舷斜め後方であった。水平線上に、微かな艦影らしき物を見出した彼は、すぐに伝声管に取りついた。


「左舷後方に艦影見ユ!方位350!距離10000から12000!」


 電探を持たなかった帝国海軍では、見張りの兵士の目を重視してきた。駆逐艦は甲板の高さが低く、遠くの敵を発見するには条件が悪い。それでも、晴れ渡っていたこともあり、この兵士は1万m以上離れた敵を、その優れた視力で捉えた。


「艦影だと!?艦種知らせ!」


 伝声管越しに報告を聞いた「山彦」艦長の戸高雅道中佐は即座に問いただした。


「艦種は……巡洋艦もしくは駆逐艦!高速で接近中の模様!」


「総員戦闘配置!「麗鳳」と「石狩」にも伝達!」


 戸高は躊躇することなく、戦闘配置を命じた。


「ヨーソロー!総員戦闘配置!!」


 戦闘配置を告げる命令とラッパが艦内に鳴り響き、乗員たちが一斉に持ち場へと走る。主砲では砲口栓が抜かれ、何時でも砲弾の装填に取り掛かれるようにされ、魚雷発射管では取り付いた水雷科の下士官や兵が、魚雷を抱いた発射管を何時でも旋回させられるよう待機する。


 不明艦見ユの報は、時を置かず「麗鳳」と「石狩」にも伝わる。もちろん、両艦とも戦闘配置につく。


 「麗鳳」の艦橋では、艦長の坂本が舌打ちする。


「追いかけてきていたのか……飛行長!艦攻隊は出せるか?」


 不明艦接近を聞き、坂本が一番気にしたのはそこであった。水上戦闘になれば「麗鳳」に出る幕はない。一方的に的になるだけだ。しかし、その必殺兵器たる航空機を発艦させれば話は別だ。発艦させればさえすれば、水上艦に大きな打撃を与えられる。


「甲板に上げて暖機運転さえ完了すれば」


「ではすぐに上げろ!……目標との距離は!?」


 航空機を発進させるには、まず格納庫内の航空機を発艦用の飛行甲板へエレベーターで上げなければならない。そして、エンジンを始動させてもすぐには飛び上がれない。幾らか暖機運転を行ってエンジンを温めなければならないからだ。どんなに早くても15分は掛かるだろう。


 こうなると、目標との距離が大きな意味合いを持つ。


「9500から10000程度!向こうの方が高速です!距離が縮まっています!」


「こっちも速度を上げよう。速力30に増速!」


「麗鳳」の最高速力まで増速するように、坂本は命じた。これで少しは時間が稼げる筈だ。


「艦長、無線室より連絡。接近中の艦艇からと思しき信号を受信したとのことです!」


「内容は!?」


「それが、全く信号として体を成しておらず、解読不能とのこと」


「そうか……こっちからも電文を送ってみてくれ」


「内容は?」


 副長の問いに、坂本はしばし考えてから答える。


「そうだな……まずは国籍を確認しろ。それから、こっちが帝国海軍であることと、戦闘の意志はないと言え……向こうから撃ってこなければだがな」


「了解」


「あとそれから、同じ内容を発光信号でもやってみろ」


「はい」


「艦長!」


 別の水兵が坂本を呼ぶ。


「何だ!?」


「「山彦」と「石狩」が突撃許可を求めています」


「突撃許可か……」


 これには坂本も決断を躊躇する。2艦を突撃させれば、接近中の不明艦への牽制になるし、万が一戦闘に突入しても有利な位置をとれる。しかしながら、そうなると「麗鳳」の護衛はいなくなり、万が一攻撃を受ければ自衛の手段がほとんどなくなってしまう。


「周囲に他に艦影はないな?」


「今の所発見の報告ありません!」


「よし。「山彦」と「石狩」に突撃を許可しろ。ついでに、貴艦らの奮戦を祈ると伝えておいてくれ」


「は!」




「麗鳳」からの発光信号を読んだ水兵が叫ぶ。


「許可出ました!」


 待っていましたとばかりに、「山彦」艦長戸高は口を開いて叫ぶ。


「よし。反転180度!砲雷撃戦用意!」


「取り舵一杯!」


 舵手が舵を左へと一杯に回す。それより少し遅れて、舵が利き出して「山彦」の艦体が左に大きく傾斜する。


「目標との距離は?」


「距離7000!方位010!」


 相手の方が高速であり、しかも舵を切ったために距離がさらに縮まっていた。


「艦長、「石狩」は面舵を取りました。本艦に追従するには、しばし時間が掛かります」


「山彦」と「麗鳳」を挟んで反対側にいた軽巡「石狩」は、「麗鳳」とは逆の右へ、つまり面舵に舵を切っていた。もちろん、それは「麗鳳」と衝突しないためだが、当然の如く反対に舵を切った「山彦」とは距離が離れてしまう。


 先任士官の言葉には、「石狩」と共同戦線を張ることがしばし出来ない。自分たちだけで戦闘を行う必要があると言うことを、暗に込められていた。


 しかし、その報を聞いた戸高は、不敵な笑みを作る。


「だったら俺たちが一番槍だ!良いか、「石狩」や「麗鳳」の連中に俺たちの実力を思い知らせてやれ!」


「「「おう!」」」」


 どこからともなく起こる乗員たちの力の篭った返答に、戸高は満足そうに頷く。


 駆逐艦は帝国海軍において、軍艦ではない艦艇となっている。当然ながら菊の御紋章は付いていないし、艦長の呼称も正式には駆逐艦艦長と、戦艦や空母と言った菊の御紋章をいただく軍艦の艦長とは一線を引かれている。


 艦自体も小さく脆弱だ。排水量は2000tあまり。帝国海軍が誇る世界最大の戦艦「大和」の32分の1しかない。武装も主砲は12,7cm砲に過ぎず、装甲はない。敵弾を1発喰らうだけで大きな被害を生じる。もちろん、艦が小さい分設備も大型の軍艦に比べ粗末だ。


 しかし小さいからと言って、決して戦力にならないわけではない。最高速力は35ノットと高速であり、さらに戦艦すら葬れる必殺の魚雷を搭載している。


 そして艦が小さいために、大型艦にありがちな堅苦しい階級の壁も薄い。艦長から末端の水兵までが、団結して敵に突撃し、一撃を放つ。死ぬ時は死なば諸共。


 共に戦い、共に死ぬ。その意識が高いのが、駆逐艦であった。


「目標との距離6000!方位変わらず!」


「速いな。相対速度はどれくらいだ?」


 見張りの叫びを聞いた戸高が、航海士に尋ねる。


「こちらは現在30ノットまで増速しています。向こうはこちらと同等か、それ以上のようなので。おそらく、60から70ノットにはなっているかと」


 海里を基準とする海図を使う船乗りは、基本的に速度をノット(約1,85km)で表す。


 速度60ノットから70ノットと言えば、約111kmから129kmとなる。これは1分で2000m近い距離が縮まることを意味する。つまり、約3分後には「山彦」は不明艦とすれ違うわけだ。


「旗は掲げているな?」


 今度は先任士官に尋ねる。


「はい、しっかりと」


 戸高の言う旗とは、マストに掲げた国際信号旗のことだ。この旗はAからZまでの26の旗や数字を表す旗等からなり、海上において船舶同士の意思疎通を行うために使われる旗だ。


 日本海海戦で連合艦隊司令長官東郷平八郎が掲げたZ旗もこの一つで、本来の意味は「曳き舟を要求する」となる。


 今回「山彦」がマストに掲げたのは「汝停船せよ!」を意味するLの旗と、「汝と通信求む」のKの旗だ。


 しかし、それが見えているのかいないのか、不明艦は速度を落とす気配を見せない。


「発光信号もやってるよな?」


「はい!やってます!」


「こっちの信号に反応を見せない所を見ると……」


 相手は話す気がない。戸高はそう思った。しかし、それは新たな報告で間違いであることがわかる。


「不明艦に発光信号らしきもの!」


「らしきものとは何だ!?」


「それが、全く信号の体をなしていません。解読不能」


「わかった……面舵一杯!」


「面舵ですか?艦長」


 航海士が問い直す。面舵一杯と言うことは、正対する不明艦に対して右舷側を見せながら、その針路上に立ちふさがることとなる。衝突の危険性が高いし、的として大きくなる。


 だが、戸高は躊躇せず叫ぶ。


「そうだ!聞き返さず、すぐにやらんか!」


「は!面舵一杯!」


 今度は舵が一杯に右へと切られた。「山彦」の艦体が右へ傾く。その傾斜に耐えながら、戸高は接近する不明艦を凝視した。




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