ワレ奇襲ヲ受ク! ③
「下手くそめ!」
コンクリート製の防空壕を兼ねた指揮所の窓から、その様子を見ていた二見は半分呆れ、半分バカにした声を漏らす。
今まさに、ていた彼の視線の先で、マシャナ機から投下された爆弾がさく裂し、爆音と爆炎と破片、そして強烈な振動を辺り一面に振りまいた。敵は明らかに、この辰島第一飛行場の滑走路を狙っている。
そんなのは二見でなくても誰でもわかるものなのだが、しかしながら敵の努力はその目標に程遠い結果して出せていなかった。
「滑走路なんてデカイ標的相手にこれじゃあな」
辰島第一飛行場は、突貫工事ながらエルトラント方面の重要な戦略拠点として整備された基地だ。もともと占領中のマシャナ軍が使用していた滑走路をさらに拡大し、元いた世界で言えば1式陸攻のような双発機でも運用可能なレベルの広さと強度を持っている。
来襲した敵機30機余りは、その巨大で重厚な滑走路を狙って爆撃を繰り返している。二見が見たところでは、戦闘機と爆撃機の比率は半々で、単葉ながら古臭い外見の戦闘機と、複葉の爆撃機で混成されていた。もちろんそれらには二等辺三角形の上部を赤、下部を金色に塗りつぶし、中心部に紋章があしらわれたマシャナ帝国の国籍マークが堂々と記入されていた。
そして戦闘機は地上への機銃掃射で、爆撃機は水平爆撃で飛行場周辺を攻撃していた。
日本国側は完全に奇襲を許し、戦闘機の発進は間に合わないまま基地周辺の対空火器だけの反撃に終始していた。
元の世界の米軍による空襲であれば、これはやられたい放題の状況に他ならない。滑走路は穴だらけにされ、地上の目ぼしい施設はことごとく焼き払われて終わりだろう。
しかしながら、現在の所敵の投下した爆弾で滑走路を直撃したものは3発ほどで、その他は滑走路周辺に落ちたものの、命中弾、至近弾ともに致命傷ではなかった。
「あいつら本気でやる気あるのか?昨晩の破壊工作は見事だったのに、航空攻撃がこれじゃあ、画竜点睛を欠くもいいところだ」
二見は昨晩から行われた敵の破壊工作とは対照的な敵航空隊の不甲斐なさに、怒りを通り越して呆れていた。
昨日の日没から、第一飛行場周辺で異変が発生した。まず電話が不通となり、続いて基地内の電気設備が次々と機能を停止してしまった。
最初は良くある故障が疑われたが、同時多発的な出来事であったため、二見はすぐに周辺の調査を行わせた。すると、基地内と基地周辺の電話線や電線が人為的に切断されているのが確認された。
その時点で、敵による破壊工作であると気づいた二見らは、すぐに基地内を徹底捜索するとともに、島内警察とともに工作員の捜索に入った。
しかしながら、基地勤務の軍人にしろ島内警察にしろ何しろ人数が少ない。限られた人的資源をやりくりしているのだから、最低限の人数しかいない。その少ない人数を基地内の捜索、復旧作業、再襲撃に備えての警備などに割いていくと、広い島内の捜索に割ける人数は自然と少人数になった。
そしてそんな彼らの努力をあざ笑うように、今度は警察なども使用する市街地の電話線が不通となった。もちろん、意図的に工作員が切断したものであった。
市街地の方は電気設備は無事で、市民たちにパニックが発生するような事態は起こらなかったが、逆にこれが軍や警察の人間の活動を制限した。もし軍や警察が大袈裟に動き、工作活動や工作員の事実が市民内に広がれば、より大きなパニックを起こしかねない。さらに、島の一般人の多くにはエルトラント人が混ざっており、彼らはマシャナ軍を追い返した日本国を信頼していた。だから余計にその信頼を失墜させるのは目に見えていた。
そのため、二見らとしてはこれ以上の破壊活動を防ぐことと、市民に感づかれない範囲での捜索という、かなり消極的な動きしかとれなかった。
そうしている間に時間は経過し、ついに夜明けを迎えてしまった。基地内の電気設備は早期に復旧したが、電話線に関しては市街地を中心に広範囲に切断されたため、復旧に手間取った。
そして日出からしばらくして、湾内停泊中の艦艇から電探に北方洋上から急接近する航空機の大編隊を探知したという報告が電信で入った時には、既に敵機は目と鼻の先に迫っており、とても迎撃機を上げる余裕などなかった。
二見にできたのは、対空陣地への戦闘配置と、それ以外の基地将兵の防空壕への避難だけであった。
もちろん、二見は悔しがった。
「畜生!電探基地との連絡が復旧していれば!」
電探基地との電話はこの時点でも不通であり、敵機の接近を探知していたものの、即座に第一飛行場にその報を届けられなかった。また艦艇からの電信も、モールス信号である以上ある程度時間にロスが発生してしまい、間に合わなかった。
電探基地からのオートバイに乗った伝令が到着したのと、艦艇からの緊急電が入電したのはほぼ同時であった。
空襲が始まった直後、二見は基地設備と駐機中の機体に甚大な被害が出ることを覚悟した。
しかしながら、現実には被害は確かに出ているが大したものではなく、短時間で修理補修が出来る範囲のものであった。
確かに敵の破壊工作は見事の一言に尽きるもので、海上から来襲した敵機の奇襲を成功させていた。
ところが、来襲した敵機の方はと言えば、パイロットである二見の目から見ても稚拙な技量しか有していないようだった。
「この島に来襲したということは、空母艦載機なんだろうが、にしてもあれはないだろう」
「もしかしたら敵のパイロットはは、離発着艦が出来る程度のパイロットなのかもしれません。でなければ、こんな短時間で空母艦載機を投入できた理由が説明できません」
二見の言葉に、隣に立つ副官が応じる。
この辰島の近くにマシャナの領土はなく、彼らが保有する機体の航続距離から考えて、陸上機が来襲することはあり得ない。ましてやどう考えても航続距離が短い単発機なら尚更である。となれば、その正体が空母艦載機であることは容易に推し量れる。
マシャナがこの短期間で空母を実戦配備し、さらには空母艦載機まで投入したのは驚くべきことだ。帝国海軍でもその実用化には長時間を要し、兵器として使えるレベルにするまで途方もない苦労を経験している。
一方この世界に元々空母という艦種はなく、当然空母艦載機もなかった。現在日本国の同盟国たるエルトラントやフリーランドは空母を有しているが、いずれも日本側の技術供与ゆえに完成したもので、この世界にそうした兵器を産み出す下地は乏しかった。
もちろん、マシャナが日本側の空母の技術をこれまでの戦闘やスパイから盗み取らせるなどして吸収することで、短時間で空母とその艦載機を造りあげることは出来たであろうが、それでも脅威の短時間での実戦投入である。
だが、やはり無理をしているのか明らかにパイロットの練度が低い。通常艦載機のパイロットは空母への離発着艦という難易度の高い航空技術を有しているので、かなりの練達者で編成されているはずだ。しかし今目の前で飛び回っている敵機のパイロットは、どう割り引いて見ても腕が良くない。
開戦時の南雲機動部隊並は論外としても、二見が昭和18年の春頃に見た。い号作戦のために、ラバウルに進出していた第三艦隊のパイロットたちよりも明らかに低い。
「それに、もしかしたらですけど。彼らは実験台かもしれませんよ」
「大いにありえるな」
副官の言葉に、二見は苦々しい顔をする。
マシャナは自国民は元より、植民地や占領地などから兵隊を募っている。というより、強制的に徴兵して使役しているのは、捕虜たちの証言で判明している。そしてそうした兵隊たちの中には、危険な任務にワザと投じられる者も多いらしい。
今回来襲した敵のパイロットもそうかもしれない。航空母艦への離発着だけとりあえず覚えさせて、空母機動部隊の戦訓を得るために、危険な敵地へと飛び込ませる。攻撃が成功すれば儲けもの、失敗しても植民地兵だから痛くも痒くもない。
何とも荒い人の使い方である。
とは言え、虜囚の辱めを受けずというプロパガンダもあって、自爆を推奨して多くのパイロットを消耗品の如く死なせていた帝国海軍のパイロットであった二見としては、マシャナに怒りを覚えつつも、自分たちが所属していた組織についても考え直してしまう。
「まあ、敵が下手ならそれもよし。こっちの被害は抑えられるからな」
「ええ、機体のほとんどは避難済みですし」
「苦労して掩体壕を整備した甲斐があったよ」
第一飛行場には、現在展開している機体を避難させられるだけの掩体壕や退避豪が備えられていた。これは終戦間際の戦闘を体験した者から、米軍の空襲によって飛行場に駐機中の機体の退避が不十分で、無意味に撃破される事例があったという報告を受けて、整備されたものだった。
スクランブル用の機体にしても、手近に土嚢を積んだ退避豪が備えられていた。これらは整備兵がすぐにでも退避豪に押し込める位置にあった。
そのため敵の奇襲によって迎撃には失敗したが、一方で地上撃破される機体はほとんどなかった。敵の爆撃も機銃掃射も、掩体壕や退避豪に有効な打撃与えられなかったからだ。
「だが、こちらにも被害はないが敵にも打撃を与えられん。これじゃあ、とにかく飛び去るのを待つだけだな」
上空に敵機がいる以上、迎撃機は飛ばせない。被害は極限されているが、一方で積極的な反撃も不可能であった。
そんな中。
「司令!無線を受信!」
伝令の兵が吉報を伝えた。
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