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ワレ奇襲ヲ受ク! ②

「敵機来襲!」


 見張りの兵士からの報告を聞かずとも、既に空を睨む高角砲や機銃配備の兵たちは、接近しつつある機影を目視で確認していた。既に電探室からの情報が艦内スピーカーで伝えられ、総員戦闘配置が掛かっていた。


 兵士たちは一様に空を見上げる。鉄兜を被り、皆撃ち方始めの命令を待っている。


 そして艦橋上部の防空指揮所に上がった艦長の春日大佐も、双眼鏡で接近してくる30機ばかりの機影を確認していた。


「来たな」


「艦長。全砲いつでも発砲可能です」


 スピーカー越しに、射撃指揮所に詰める砲術長からの報告が入る。「四万十」が前後に搭載する10cm連装高角砲は電探情報を元に、敵機が向かってくる右舷側に指向し、砲身も高々と仰角を掛けていた。


「射程に入り次第撃ち方始めだ。「スポケーン」と「日間賀」にも伝達。いいか、何としても「本末丸」と「第5大洋丸」を守るぞ」


 現在辰島には春日の「四万十」と「スポケーン」に加えて、瑞穂島から物資や人間を運んできた輸送船の「本末丸」と「第5大洋丸」、その護衛の海防艦「日間賀」が停泊していた。


 電探で敵機の接近を捉えてはいたが、敵味方の識別に時間を喰ってしまい、エンジンの始動に時間を要したことと相俟って、各艦ともにいまだ出港できていなかった。

 

 回避運動が出来ないために、実質的に各艦は静止目標となっている。航空機に特に狙われやすい状況と言える。


 それでも、タダでやられる気はなかった。各艦は搭載している武装で空に向けられるものは全て空に向け、接近する敵機を迎え撃とうとしていた。


「敵機、主砲の射程に入りました!」


「よろしい。主砲撃ち~方始め!」


 その直後、前部3基、後部2基の10cm連装高角砲が一斉に火を噴いた。小口径砲とは言え、発砲の衝撃が春日にも襲い掛かる。




「今度こそ頼みますよ、海軍さん」


 と砲撃を開始した「四万十」等の海軍艦艇をを眺めながら、不安と期待の声を混ぜつつ本音を吐露したのは、「第5大洋丸」船長の高畑正樹であった。


「第5大洋丸」はトラ船団がこの世界に出現して以降に、仲間に加わった貨物船の1隻である。小振りな船体にやたら直線的なデザインが目立つが、それもそのはず。この船は船員たちからは「ハチ公」や「ハチハチ」と俗称される総トン数880トンの2E型戦時標準型貨物船であった。


 アメリカのリバティー船と同じく、日本も大東亜戦争(太平洋戦争)中に規格型の戦時標準船を建造した。その中で最多の数を誇ったのが、「第5大洋丸」を含む2E型であった。形式の2Eとは、数字が第二次建造計画によるもの。アルファベットのEは排水量を示している。ちなみにAから順に軽くなる。


 この2E型はそれまで建造された平時標準船や第一次建造船に比べ、徹底的な省力化が図られたタイプで、二重底の廃止や直線的なデザインの採用、船内の居住用艤装の簡略化が行われた。また建造に際して大々的なブロック工法などが取り入れられるなど、とにかく1秒でも早く、1隻でも多く建造するために設計された船であった。


 そんな船であるのだから、乗船した船員たちの評判はよろしくなかった。特に、戦前建造の在来船から乗り込んだ乗員たちからは不評であった。二重底の廃止は防御力の低下を意味し、口さがない者は轟沈型などと揶揄した。直線デザインの多用は、戦前建造の優美な日本商船とはかけ離れたもので、また居住用艤装の簡略化は、すなわち船内における船員の居住環境を著しく悪化させたことを意味している。さらに船員たちを困らせたのが、船としての信頼性の低さであった。


 戦時下において短時間で揃えるということは、それだけ工事が雑になる可能性が高いことを意味していた。特に日本の場合は造船所の熟練工を徴兵し、その穴埋めに工員としては未熟な動員学徒や捕虜、囚人を入れたのだから、完成品の質は推して図るべしである。


 しかも戦争が進むと南方からの資源が途絶えがちとなり、粗悪な品質の材料を使わなければならないことと、欧米に比べて電気溶接の技術が遅れていたことも、粗製乱造に拍車をかけた。


 建造所である東京の豊洲にある東京造船所へ引き取りに行った際に、高畑ら乗船命令を受けた乗員たちが見たのは、囚人までを動員し、資材不足の中で急速建造される2E型の姿であった。


 そして「第5大洋丸」に乗り込み、領収前の受け取り検査をすると、出るは出るはのトラブル続出であった。溶接の不良による船体各部の漏水から始まり、粗悪エンジンの故障頻発、デリックなど各種装備品の不良など問題山積状態だった。生まれたばかりの「第5大洋丸」はトラブル持ちの腹痛船であったのだ。


 しかも、造船所での修理を求めた高畑にもたらされた返答は、領収期限が厳密に決められているので、東京造船所での修理は不可能と言う体たらくであった。


 やむなく、だましだまし航行させて東京湾をつっきり、横浜の造船所で修理を行ったが、それでもなんとか外洋を走らせられる状態にしたというのが正解で、乗組員は常に故障を恐れながら動かさなければならなかった。


 それでもって、船員居住区にはベッドも机もなく、ハンモックか床にゴザを敷いて寝て、手紙を書きたければ机代わりの板を膝に載せて使うという劣悪な居住環境であった。


 それでも、命令あらばどこへでも行かねばならないのが船員である。「第5大洋丸」もわずか880トンの粗悪な船体と故障頻発の劣悪な機関に鞭を打って、何度となく米潜水艦や爆撃機が跳梁跋扈する危険な海を渡った。僚船が魚雷や爆弾で吹き飛ぶ瞬間も見たし、「第5大洋丸」自身至近弾を受けて生きた心地がしないこともあった。


 そうした中、ついに触雷して乗組員の誰もが轟沈と死を覚悟したと思ったら、この世界に転移していた。


 日本国に合流した「第5大洋丸」はメカルクのドックで整備を受け、抜本的な改修は時間的に無理だったものの、溶接不良個所の修理やトラブル続きのエンジンのオーバーホール、デリックなど装備品の交換を受けることが出来た。


「こんな船でよく海に出られたもんだな」


 とは、修理を担当したメカルクのドックの技術者の言葉だが、高畑自身否定どころか大いに頷くしかないコメントであった。


 この修理によって居住区に簡易ながらベッドと椅子などが設けられ、さらに搭載武装が強化された。880トンの「第5大洋丸」の場合、小型ゆえに武装の強化と言っても限界があるが、それでも船首と船橋付近、船尾に40mm単装機関砲、20mm、12,7mm機銃が装備され、これらは乗組員を大いに喜ばせた。


 また日本国編入に際して、船員たちの身分が軍属から軍人同等に改められたことも、士気を上げる要因となった。


 異世界に来ても、また戦争をしなければならないことに、高畑ら戦前からの船乗りたちは少しばかり落胆したが、若い乗員たちは住環境と身分が大幅に向上しただけでも歓喜し、士気を大いに上げた。


 そんな中で迎えた予想外の実戦。既に船首と船尾、船橋周囲に設けられた砲座と機銃には、訓練を受けた船員が配置に就いている。


 本来であれば、商船の武装を動かすのは海軍の警戒隊か、陸軍の船舶砲兵である。しかし、異世界に飛ばされて人員不足の日本国には、そうした将兵を新たに分派する余裕はない。


 一部の職業軍人たちは「船員に武器が扱えるのか?」と懐疑的な目で見る者もいたが、高級士官であれば海軍予備士官であり、それ以下の船員にしても海軍予備員である者が多く、いずれも一定期間軍での教育や軍事教練を受けている。そうでなくても、船乗りであればある程度機械に習熟している。


 加えて、自ら操れる武装を得られた船員たちのやる気も充分だった。彼らは敵航空機や潜水艦の襲撃に際して、以前であればひたすら海上を見張って回避運動をするしかなく、武装の操作は同乗する兵隊たちに一任するしかなかった。目の前で自分たちの船を狙ってくる敵を、ただ見ているしかなく、悔しさを感じる船員もいた。


 しかし今は違う。自分たちの船を自分たちで守る武器を彼らは手にしていた。


「撃て!」


 射程に入り次第自由射撃を命令していたので、各銃座それぞれに敵機が射程に入ると各個に撃ち方を始めた。40mm機関砲の重々しい発射音や、20mmと12,7mmの軽快な発射音が船上に響き渡る。


 他艦船からの砲撃と合わせて、空を盛大な砲弾の爆炎と曳光弾の̠弾道が彩る。


 中々に派手な光景だが、高畑は経験則として派手な対空砲火も高速で空を動き回る航空機には中々当たらないことを知っている。


「とにかく、撃って撃ってうちまくるしかない・・・うん?」


 しかし眼前で起きた光景は予想外のものだった。高畑は敵機が急降下爆撃や雷撃など、艦船への効果が高い攻撃法をとり、突っ込んでくると思っていた。しかし来襲した敵機は接近はしてくるが、勢いが感じられない。一定の高度を巡航してくるだけだ。


 そのため、対空砲火の格好の的となった。


「あ!墜ちた!!」


「あっちでも2機!!」


 被弾したのか高度を下げるもの、或いは明らかに墜落していく機体が続出した。


「何がしたいんだ。あいつら?」


 と呆れはしたものの、編隊の半分にあたる15機ほどが船団上空に到達した。


「敵機爆弾投下!」


 双眼鏡を構える船員の叫び声が上がる。


「水平爆撃か!総員衝撃に備えよ!」


 敵機が投下した爆弾が風切り音とともに振ってくる。


 そして。何本もの水柱が立ち昇った。

  


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