ワレ奇襲ヲ受ク! ①
「よし、回すぞ!」
「頼む」
賢人がエンジンの始動クランクを回す。その回転数が充分に上がったところで、運転席に座った武がエンジンを始動させる。
エンジンは最初不整音を立てたが、しばらくすると無事に動き始めた。
「やった!」
「よし、早く乗れ!二見大佐がカンカンだぞ」
「ああ」
賢人は荷台に乗り込む。
「よし、行くぞ」
立ち往生すること約半日。空が白み始め、視界が確保できる時間になった所で、賢人たちは出発することに決めた。
賢人と武はまだ運転席で眠っているお嬢様方を起こさないように、出来るだけ音を立てないように注意しながら作業を進め、無事にエンジンを始動することができた。
エンジンが始動し、トラックが動き始めたことで、ルリア達も目を覚ました。
「もう、動かすなら起こしてくれれば良かったのに」
「女だからと言って、気遣う必要はない」
「可愛い寝顔をしてたから、起こしちゃ悪いと思って。それよりも、ちょっと急ぎますよ。大分遅れてますからね」
2人の声を軽くあしらって、武はアクセルを吹かしてトラックを第一飛行場方面へと急がせた。
走ること数十分。ようやく街が見えてきた。
「やっと着いた」
「お!?おい武、あそこの駐在所でちょっと止まれよ」
「あん?どうした?」
市街地の一番外れに当たる場所、そこには島内警察の駐在所があった。急ごしらえの掘立小屋に近いものだったが、それとは不釣り合いな光景として、傍の電信柱からしっかりと電線と電話線が引き込まれていた。
「とりあえず、第一飛行場に電話しとこうぜ。一晩も行方不明だったから、もしかしたら二見大佐たち、探しっからかしてるかもしれないし」
本来であれば、昨日の夕方には到着していなければならなかった。それが丸半日も遅れている。普通であれば何かあったと、探しているはずだ。
「にしては、一晩中誰もこなかったわね?」
トエルが疑問を口にする。賢人もすぐに。
「確かに」
第一飛行場からトラックが停止した地点までは約15km。それなりに離れてはいるが、自動車を出せば、どんなに掛かっても2~3時間もあれば来れる距離だ。
「なあ賢人。そう言えばさ、俺たち出発したこと二見大佐たちに連絡したっけ?」
「あ!?」
昨日電話口で、賢人は二見からトエルたちを今すぐ連れてこいと命令され、すぐに第二飛行場を出発した。しかしながら、出発したという連絡そのものはしていない。となると、二見がこちらはまだ第二飛行場を出ていないと認識している可能性もなくはない。
確かに今すぐ出ろと向こうは命令したが、それで昨日中に着かなかったにしても、「移動手段が確保できなかったかな?」くらいで済ませた可能性もある。
「そうなると、なおのこと連絡しなきゃいかんな」
「二見大佐絶対に怒るぞ」
武の言葉に、賢人は一瞬「連絡せずに行くか?」とも考えたが。
「いや、どっちにしろ隠してもバレる。ここは素直に報告しよう」
「賢人正直だね」
「さすがは日本海軍の軍人だな」
「ハハハ」
と女の子2人に褒めてはもらえたが、どちらにしろ雷を落とされるの、嫌なことに違いなかった。
トラックが止まると、賢人は駐在所の中に入る。
「すいません。おはようございます」
「は~い・・・おや、どうしました?」
出てきたのは初老の警官だった。
「すいません。自分は平田上等兵曹です。第一飛行場に至急連絡を取りたいので、電話をお貸しいただきたいのですが」
「ああ、いいですよ。ただ繋がるかはわかりませんが。昨日の夜から不調なんですよ」
「故障ですか?」
「みたいで。まあ、とりあえずどうぞ」
警官が机の上に置かれた電話機を示す。
「じゃあ、遠慮なく」
賢人は受話器を上げると、始動ハンドルを回した。そしてしばらくすると。
「はい、電話交換所」
女性の電話交換手が出た。
「もしもし。私は航空隊の平田上等飛行兵曹です。すみません。第一飛行場に繋いでいただけますか?」
「申し訳ありません。現在第一飛行場周辺の電話線に異常が発生しておりまして、お繋ぎすることができません」
「え!?第一飛行場に繋げないの?」
「はい、申し訳ありません」
交換手の恐縮した声に、賢人は溜息を吐く。
「じゃあ、仕方がない。だったら第二・・・」
と言いかけた時。
「うん?」
賢人は妙な地響きを足元から感じ、さらに遠くから爆音が聞こえた気がした。
「何だ?」
「何でしょう?」
受話器の向こうの交換手も同じような言葉を口にする。どうやら向こうも感じ取れたようだ。
その時。
「大変だ賢人!」
外のトラックで待っている筈の武が、血相を変えて飛んできた。
そのただならぬ様子に、賢人は受話器を放り投げると慌てて駐在所の外へと飛び出す。
「あ!?」
まだ距離があるが第一飛行場、市街地の端の方から黒煙が上がっていた。さらに、その上空にはゴマ粒のような影。賢人はそれが機影であることはすぐ理解できた。彼はすぐに駐在所の中へと入り、先ほど投げ捨てた受話器を取る。
「交換手!第二飛行場!第二飛行場に急いで繋いでくれ!」
そして武に向かっても叫ぶ。
「おい!トラックをUターンさせろ!第二飛行場の零戦にエンジン掛けさせておくから、全速で引き返すぞ!」
「わかった!」
武が飛び出すのを見ながら、賢人は苛立ち気に回線が繋がるのを待つ。
「・・・まだか」
「・・・繋がりました。どうぞ」
「こちら第二飛行場です」
誰かがわからないが、繋がった。整備兵の誰かだろう。すぐに賢人はまくしたてる。
「平田上等兵曹だ!空襲だ!零戦の発動機を掛けて、すぐに出せるようにしておいてくれ!俺たちはすぐにそっちに行く!」
「え!?あ!はい!」
肯定の返事を聞くや否や、賢人は乱暴に受話器を置く。
「今の本当ですか?空襲って!」
「本当です!駐在さんはすぐに街へ向かってください!俺たちは第二飛行場に引き返します」
「了解!」
賢人は外に飛び出した。そこにはUターンしたトラックの姿があったが、その運転席に乗っている人影に驚いた。
「え!?少佐!」
何と乗っていたのは武ではなく、トエルだった。
「何で!?」
「いや、それが俺が乗る前にもう乗ってて」
「2人ともグダグダ言ってないで、早く乗りなさい!と言うか、乗れ!!」
有無を言わせないトエルの言葉に言い返せないまま、2人は助手席と荷台に飛び乗る。
「飛ばすわよ!捕まって!!」
2人が乗った途端、トラックが猛スピードでスタートした。
「うわあ!?」
「うおおお!」
「キャア!」
3人とも悲鳴を上げる。スピードもさることながら、デコボコ道なので振動もスゴイ。上へ下へ、左へ右へトラックが激しく揺れる。横転しないか心配するくらいだ。
「ちょ、少佐!」
「大丈夫!事故は起こさないから!それよりも、喋るとした噛むかもしれないから、黙っていた方が身のためよ!」
しっかり前を見据え、凄まじく揺れるトラックのハンドルを握りながら、しっかりと受け答えをするトエル。しかしその表情は、何故か笑っていた。
(ひえええ!?この人猫被ってたのか!?)
(トンデモないジャジャ馬だ!)
賢人も武も内心でさらなる悲鳴をあげていた。
そうしている間にも、トラックは凄まじいエンジン音と砂煙を上げながら、時速60km以上のスピードでひた走った。
そして走ること20分あまり、トラックは第二飛行場に辿り着いた。衛兵が突っ込んでくるトラックに仰天しているが、それを気にすることなくトエルは構内へと突っ込み、そのまま滑走路まで驀進した。
滑走路に入ると、さらに駐機場まで走り、そこで急停止した。
「ふう。死ぬかと思った」
「全くだぜ」
「ちょっと!ありがとうくらい、言いなさいよ!」
「はいはい」
「帰ってきたら幾らでも言ってあげますから!」
と言うトエルの文句を完全に無視し、2人は整備兵の手によって発動機が始動されている零戦に向かって走った。
トエルの無茶な運転には冷や冷やしっ放しの2人であったが、愛機である零戦を見た途端に頭を完全に切り替えられるあたり、生粋の戦闘機パイロットであった。
一瞬2人はこの基地の上空にも敵機が飛来していないか気にして頭上を見たが、幸いにもこの基地にはまだ敵機は飛来していなかった。
今がチャンスと踏み、2人は主翼を伝ってコクピットへと駆け上がる。
操縦席に収まると、整備兵の手を借りて飛行帽子に救命胴衣、そしてベルトを装着しつつ、操縦桿とフットバーを手足で動かし各舵の、そして目で計器類を確認して異常がないか確認する。
「よし!」
異常がないことを確認すると、隣の零戦に乗る武を見やる。すると、武がビシッと親指を立てた。
車輪止めが既に外されているのは、乗り込む直前に見ていた。整備兵が緊急発進のために気を利かしてくれたのだ。
賢人は武に見えるように、手を大きく前に振った。
途端に2機の零戦が栄エンジンから発する爆音を大きくし、加速し始める。未舗装の滑走路から濛々と土煙を立てながら、急加速した2機は、短時間で揚力を稼いで浮き上がった。
地面を離れるや、2機は車輪を格納する。
機体に受ける朝陽に翼と胴体の日の丸を輝かせながら、2機はグングン上昇していった。
そして2機を送り出した第二飛行場では。
「私たちのも回せ!」
「ひ、姫様!?」
御意見・御感想お待ちしています。
今回の賢人の電話のシーンと、零戦の発進シーンは某戦争映画のシーンのパロディです。




