平穏の間で ⑥
夕暮れ近づく黄昏時、舗装されていない田園地帯の一本道を、1台のトラックが派手に揺れながら、砂埃を巻き上げて走っていく。
「ちょっと賢人、もう少し慎重に運転してよ!」
ガクンと揺れた直後、ルリアが運転する賢人に、何度目かわからない悪態を吐く。そして賢人も、何度目かわからない言い訳をする。
「運転してるけど、道が凸凹してるから仕方がないって!・・・すいませんね少佐」
「構わない。この程度のこと、気にしないから」
賢人とルリアの2人とは対照的に、一緒に乗り込んだトエル少佐はどこ吹く風とばかりに、言葉通り全く気にしていない態度をとっていた。それどころか、ゆっくりと窓の外を流れていく風景を見ている。
(本当に何者なんだ?)
少佐と言う外見に比してやたら高い階級に、ルリアや二見大佐の態度、さらにはその立ち振る舞いから見て、ただの航空士官だとは思えない。ルリアも二見も彼女の素性を話してはくれなかったが、明らかにいい所の出だ。それでもって、単なるお嬢様とも思えない。厳しい状況さえも乗り切ったような、そんな力強さも感じられた。
「賢人!」
と物思いに耽っていた賢人に、窓の外から声が掛けられる。
「どうした?」
「運転大丈夫か?早めに交代するならしてやるぞ!!」
荷台に乗っている武が気を遣って声を掛けてくれたようだ。賢人は運転は習っているので出来るが、一方で慣れているわけではない。それでもって凸凹道での走行である。疲れると言えば疲れる状況だ。
「いや、約束通りなんとか半分は運転するよ」
現在運転席には賢人が座り、助手席側のスペースにルリアとトエルが座っている。これで座席は一杯になり、武はやむなく荷台に乗っていた。だから出発前に、行程の半分で交代することを2人は決めていた。
運転にストレスは感じるが、賢人はなんとか約束の地点までは運転したかった。
「にしても、日暮れまでに着けるかな」
既に日は大きく傾き、夕陽が眩しく彼らを照らし出していた。
陽が暮れてしまうと、まだ街灯の整備されていないこの島では、人口密集地帯を離れた街道上など、あっという間に闇に包まれてしまう。トラックにいちおうライトは付いているが、それでも不慣れな運転を闇の中で行うのは変わりない。もちろん、そうなれば事故の危険性は格段に高まる。
だから賢人としては、出来る限り日が暮れる前に到着できるよう急いでいた。
とは言え、舗装していない畦道を走るのだからそんなに高速では走れない。そもそも、今運転しているトラック自体、あまり車体に負担を掛けるような運転をしないように、出発前に整備班長に申し渡されていた。
「貴重なトラックですから、壊さんようにお願いします」
まだこの時代日本の自動車技術は、それほど発展していない。それゆえの信頼性の低さだろうか、とにかく無理はさせられない。
だから速度はそれほど出せない。そのため、普段飛行機に乗り慣れている賢人からすると、飛行機なら指呼の距離に過ぎない30kmを、全速で走っても1時間以上は掛かってしまうトラックが随分とノロノロと動いているように感じられた。
「でもなんとか日暮れまでに着けるかな」
「賢人。あんまりそういうこと言うものじゃないと思うよ」
賢人の発言を聞いたルリアが突っ込む。彼女は賢人の言葉に不吉なものを感じたようだ。
そして数分後、まるでその会話を体現するような事態が発生した。突然バン!という破裂音が響いた。
「げ!パンクだ!」
破裂音と直後に重くなったハンドルから、すぐに賢人は前輪のどちらかがパンクしたと築いた。ハンドルが取られないようにしっかりと持ちつつ、急にならないように慎重にブレーキを掛けて、安全にトラックを止める。
「おい賢人、右のパンクがぺしゃんこだぞ」
荷台から飛び降りた武が、先に状況を確認した。賢人も運転席から降りる。
「あっちゃ~!!ここでかよ!」
武の言う通り、右前輪のタイヤが完全にパンクしていた。速度が遅かったから良かったが、もし高速で走っていたらハンドルをとられて横転していたかもしれない。
「何か踏んだのかな?」
「そんなことよりも、早く交換しないと」
賢人は急いで車体に装備されたジャッキを取り出し、スペアタイヤへの交換に取り掛かる。
「賢人、手伝おうか?」
「我々も手伝った方がいいだろう」
「いえ、少佐はそのままで」
パンクの原因はどうあれ、お客さんである2人に作業を手伝わせるのは気が引けた。それにこれくらいなら、2人で出来るという自信もあった。
「すぐに交換しちゃいますよ」
と武も自信満々で答えた。
しかし、世の中そう思い通りにいかないことは、多々あるものである。
「えっと・・・ジャッキどこだ!?」
「噛ませるのここで良かったっけ?」
2人ともタイヤ交換作業は習ってはいたが、実際に作業をやるのは今回が初めて。まず備え付けのジャッキを探すのに時間を食い、さらにそれを噛ませて車体を持ち上げ、パンクしたタイヤを外すのにも思った以上に時間を浪費した。
「ちょっと本当に大丈夫!?」
「私たちも手伝おう」
ついに陽が暮れ、周囲が暗くなり始める。それまで心配気に見守っていたルリアとトエルも作業に加わる。
「悪い。ちょっと懐中電灯で手元照らしてくれ」
暗くなり、手元が見えにくくなったためにさらに作業が難航した。ルリアが懐中電灯の明かりで照らし出し、手伝う。
「どうする?時間が掛かりそうなら救援を呼ぶか?」
トエルの言葉に、武が仰天する。
「冗談言っちゃいけませんよ少佐。ここはちょうど中間あたりですよ。どっちに行くにしても、危険すぎますって!」
全く持って都合の悪いことに、トラックがパンクして停車したのは、ちょうど行程の半ばと言うところであった。つまり、第一と第二飛行場の30km区間の中間点。どちらに行くにしても15kmは離れていた。歩いて行くには遠すぎるし、何より街灯がほとんどない、月と星明りだけしかない夜の闇の中であるから、危険すぎた。
「タイヤの交換はあと30分もあれば済みますから」
「そうか」
そして周囲が完全に闇に包まれたころ。
「よし、付いた」
ようやく交換作業が終了した。
「よし、行こうぜ」
「やれやれ。真っ暗闇の中を走らなきゃいけないとはな」
汗まみれになりながら、作業を終えた賢人は再度運転席に乗り込んだ。
「それじゃあ、出発」
とエンジンを掛けようとするが。
ブルンブルン・・・プスン!
「あれ?」
再度鍵を回してエンジンを掛けようとする。
しかし、エンジンは先ほどと同じくちょっと音を立てるものの、すぐに止まってしまった。
「え!?マジかよ!」
今度はエンジンが臍を曲げた。
「ちょっとどうするの!?」
「とにかく、エンジン見てみよう」
と言う訳で、再度全員下車してエンジンカバーの蓋を開ける。と言うだけなら簡単だが、先ほどと同じく周囲は月明かりと星明りだけである。これまた先ほどと同じく、懐中電灯を照らしながら、慣れない手つきでの作業となった。
「おかしいな、見たところ壊れてるところはなさそうだけど」
「もしかしたらかなり狭い所に問題があるかもしれないぞ」
「う~ん・・・ルリア、もっと手元の近くを照らしてくれ」
「うん!」
と、ルリアが体を密着させて賢人の手元を照らす。もっとも、2人とも浮ついた様子はなく真剣にトラブルの原因を調べていた。
そして、あ~でもない、こ~でもないと格闘すること数十分。
「あ・・・これだな。バッテリーのコードだ」
ようやくバッテリー配線の接続部分が、工作時のミスなのか外れ掛けていた。
「じゃあ、始動クランクで回すしかないな」
「ああ・・・でもさ。疲れたんだけど」
慣れないタイヤの交換やエンジンの故障究明で、賢人は疲労困憊だった。
「そうだよな。とっくに日が変わってるし」
腕時計の針は、既に日付が変わっていることを示していた。
「じゃあ、私が運転しようか?」
「いや少佐。それはさすがに」
トエルの自動車運転の腕がどれほどなのかはわからないが、さすがにお客に運転させるのはマズイ。どちらにしろ、既に周囲は闇に包まれてるし、時間も時間である。万が一の事故など起こせばことである。
「もう遅いから、日の出まで仮眠して待った方がいいですよ」
「武の言う通りです」
「私も無理は良くないと思います」
「あ、そう・・・じゃあ仕方がないわね」
3人はトエルが物分かりの良い上官であることにホッとする。
「じゃあ、2人は運転台で寝なよ」
「え?賢人たちどうするの?」
「俺たちは荷台なり、地べたなり、寝られる所で寝るから」
「ええ、そんなの悪いよ」
「女の子と一緒に寝る方がマズいよ」
賢人も男だから、下心がないと言えば嘘だが、さすがに好意のある女の子の手前、さらには賓客である同盟国の上級士官の手前、理性を働かせて紳士に徹する。
武も隣でウンウンと頷いていた。
「ルリア。ここは2人の厚意に甘えましょう」
「え?・・・あ、はい」
「それに・・・万が一襲ってきても私がぶち・・・じゃなくてお仕置きするだけだから」
(((何か恐ろしいこと言おうとしなかった?この人)))
笑顔で言うトエルの言葉の裏に、何かヒヤッとしたものを感じる3人であった。
とにかく、日の出まで4人はトラックの中と外で仮眠して待機するのであった。
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