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平穏の間で ⑤

「「ふう~」」


 賢人と武の2人は、真っ暗な路上でタバコを吸っていた。周辺は完全に夜の闇の中に沈み込み、月明かりと星明りだけがほんのりと地上を照らし出している。


「長閑なもんだな」


「ああ」


 2人は夜の闇と、その中で聞こえる虫やカエルの鳴き声を耳にしながら、平和な空間に想いを馳せる。


「軍隊入ってアメリカとの戦争始まって、こんなのんびりした時間過ごせるとは思わなかったな」


「そもそも異世界に来るなんて誰も考えないだろ?」


 武の言葉に、賢人はフットと小さく笑う。


「それもそうだ・・・ついでに、同年代の女の子と野外で一晩一緒に過ごすことになるなんてな」


「ああ」


 二人から少し離れた場所に泊まっているトラック、その運転席では2人の美少女が肩を寄せ合って眠っているはずだ。


「さてと、俺たちも寝るか」


「トラックの荷台だけどな」


「地面よかマシだろ」


「だわな」


 空には煌く満点の星空。その星を眺めながら、2人はトラックの荷台で横になる。外が寒くないのが救いである。


 どうしてこんな状況に彼らがあるのか?それは時計を遡ること半日前。


「ルリア!何でお前がT6に乗ってるんだよ!それに・・・」


 不時着したT6型機に乗っていた知り合いの女の子に、賢人はいの一番に声を掛けた。


「ええと、これはね」


「初めまして、あなたが平田兵曹ね」


 まだどこかたどたどしさが残るが、しっかりと聞き取れる日本語。その言葉を口にしたのは、T6の操縦席に座っていた少女だった。立ち上がった彼女は、どこか優雅な動作で操縦席から這い出ると、賢人の前まで歩いてきた。


 後席のルリアも慌ててその後を追う。


「お!スゲエ美人!」


 突如出現した美少女に、武が小声で言う。実際美人なのは間違いないが、賢人は平静を装う。


「バカ、そんなこと言ってる場合かよ・・・自分は平田賢人上等兵曹です。官姓名をお願いしたい」


 賢人は相手の身分を聞いた。敬語で話したのは、場合によっては上官であることがありえたからだ。現在第一飛行場で訓練中のエルトラント軍人の中には、士官も混じっていると賢人は聞いていた。


「エルトラント海軍少佐、リミ・トエル」


「「少佐!?失礼しました!」」


 相手の階級が予想以上に高かったので、賢人に武だけでなく、他の整備兵たちも一斉に彼女に向かって敬礼する。この飛行場には現在彼女より上の階級の人間はいなかった。


「こちらこそ、失礼しました。エンジンの調子が悪かったので、やむなく不時着しました。御迷惑をお掛けして申し訳ありません」


「訓練中だったということですか?ルリアも一緒に?」


「そうです。私が同郷の女の子なので、彼女を指名しました」


「そうなのか?」


「うん、ひ・・・少佐がどうしてもって言うから」


「ルリアは飛行機慣れしてるからな・・・ああ、失礼しました。自分はこいつ(賢人)の同僚の佐々木武上等兵曹であります」


「よろしく」


 横から賢人が口を挟むが、トエル少佐は特に気にすることもなく、彼にも気さくに挨拶した。


 ルリアの飛行機好きは、日本国海軍航空隊の中でも有名だ。何せいつか自分も操縦すると公言していて、基地で軍属として働いていた際も、暇を見てはパイロットや整備兵と交流し、機体や発動機の仕組みを教えられたり、操縦席に入れてもらったり、時には試験飛行する機体の後席に乗ってたりもした。


 ただそうした活動はあくまで非公認。正式なパイロットになるのであれば、やはり最低限のカリキュラムはこなさなければならない。だから現在は座学中心の筈だが、トエル少佐はそんな彼女の適性を知ってか知らずか、自分の機体に乗せたようだ。


「発動機の故障か。この基地にはT6の部品も取説もあるから、修理は出来ますよ」


 整備班長がトエルに進言する。


「よろしく、お願いする」


「よし、掛かれ!」


 整備班長の指示で、一斉に整備兵たちがトエルたちのT6型機に向かう。彼らは機体を駐機場に持っていき、そこで整備を行うのだ。


「しかし、不時着となると第一飛行場に連絡しないといけないな」


「そちらもお任せします」


 施設は粗末な第二飛行場だが、第一飛行場をはじめとして島内に張られている電話線はしっかりと引き込まれ、電話による連絡が可能となっている。逸早く戦闘が行えるよう、こうしたインフラは最優先で整備されていた。


「もしもし?交換台?第二飛行場の平田上等兵曹なんだけど、第一飛行場に繋いでくれる?うん、早くね」


 この時代、当たり前のことだが電話の回線は交換台で手動で繋ぐ方式だ。賢人は交換台を呼び出して、第一飛行場を呼び出してもらう。


 しばらくして、交換台より繋がったと連絡が入る。


「こちら第一飛行場、二見だ」


「え!?大佐!」


 いきなり基地司令の二見が出たことに、賢人はたじろぐ。普通ならありえないことだ。


「あ、失礼しました。第一飛行場の平田です。実は先ほどそちらの飛行場の練習機がこちらに不時着しまして」


「おお!そうか!搭乗員は無事か!?」


 妙に切羽詰まった二見の声に、賢人は一瞬受話器から耳を放すが、気を取り直して会話を続ける。


「はい。トエル少佐もルリアも無事ですよ」


「そうかそうか。じゃあ、悪いが彼女たちを急ぎ第一飛行場に送り届けてくれ。今すぐにだ」


「はあ?今すぐですか?」


「そうだ!今すぐだ!!」


 その二見の声は、どこか切迫しているように感じられた。何故そこまでになるのか、賢人には理解できないがそこは彼も軍人である。無用な詮索はしない。


「わかりました」


「あと平田」


「はい?」


「くれぐれも丁重にな。特にトエル少佐には粗相のないようにな」


「それは一体?」


「言ったまんまだ。とにかく、無事にお連れしろ。いいな!」


 言うだけ言って、二見は電話を切った。ブチっと言う音が妙に耳に残る賢人であった。


「何なんだ?一体」


 受話器を置きながら、首を傾げる。


「何だって?」


 武が顔を覗き込むように聞いてくる。


「今すぐ二人を第一飛行場に送ってくれだって」


「ふ~ん。じゃあ、零戦で飛ぶか?」


「乗せれないことはないけど、士官様を無理やり詰め込むのもな」


 零戦は単座戦闘機。本来の定員は一人だ。無理すればあと2~3人くらい乗せれないことはないが、その場合座席後部か胴体内となり、どっちにしろ窮屈だ。ルリアはともかくとして、トエルの場合は「自分で操縦して行く」とか言い出しかねない。


「どっちにしろ、まだ整備と補給中だから無理だろ」


「あ、そうか。だとすると」


「トラックを使うしかないな」


 島に来た日、2人は自動車で第一飛行場まで移動したが、あれは第一飛行場から差し回された車であった。なので、今日はいない。となると、第二飛行場にある車両でなんとかするしかない。


 もちろん人を運ぶのだから、一番いいのは乗用車だ。しかしながら、陸海軍も含めて大日本帝国陸海軍の自動車の普及数は、お世辞にもよろしくはない。ましてや戦時中の前線部隊となれば、なおさらのことである。


 第二飛行場に自動車はなく、あるのはトラックとバイク、自転車だけだ。第一飛行場までの30kmの道のりを自転車で行くのは、もちろん論外。バイクは2人乗りすれば何とかならなくもないが、下士官が高級士官、しかも女性を後ろに乗せるのはやはり気が引ける。


 となると、一番余裕を持って行けるのはトラックしかない。第二飛行場には2台のトラックがあった。1台は国産の2式4輪自動貨車で、もう1台はおそらくどこかの戦場での鹵獲品であろう、アメリカ製のダイヤモンドトラックだった。


「整備班長に頼もうぜ」


「ああ」


 2台しかない貴重なトラックである。二見の命令とは言え、ここは丁寧に頼まないといけない。整備兵の臍を曲げれば、空中で恐ろしい目に遭いかねない。


「というわけで、どちらか1台をお貸し願いたいのだけど」


「二見大佐の命令なら仕方がないですな。ただダイヤモンドは今荷台に部品を載せているもので、使うなら2式でお願いします」


 と気前よくとまでは行かなかったが、とりあえず険悪な空気に陥ることなく、貴重なトラックを借りることが出来た。


「ところで、お二人はトラックの運転できるんですか?」


「はい」


「瑞穂島で習いました。まさかこんな形で運転するとは思いませんでしたけど」


 この時代自動車を運転出来る人間はまだ少ない。2人もこの世界に来る前は自動車の運転を習っていなかったが、瑞穂島で「いざと言う時に備えて、色々出来るようにしておけ」という中野からの指示で、自動車の運転も習っていた。


 とにかく、こうして乗り物も確保した2人は、トエルとルリアの2人を急いで第一飛行場へ送ることにした。


「早くしないと日が暮れちまう」


 実際時刻は黄昏時。不慣れな夜間の運転を嫌った2人はトエルとルリアの2人を助手席側に押し込むと、最初は賢人が運転で、荷台に武が乗り込んで出発した。


 しかしこの慌てての出発に、賢人と武は後悔することになる。



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