平穏の間で ④
「ヨーソロー・・・ヨーソロー・・・」
賢人は海面上を超低空で進んでいく。その視線の先では、2隻の艦艇が急速回頭を行いながら対空火器を盛んに撃ちあげている。対空火器の発射による硝煙が艦影を包み込んでいるが、賢人は後続の佐々本機と共にその艦影目指し驀進していく。
「ヨーイ・・・テ!」
照準器を覗き込みながら、有効射程に入った所で爆弾の投下レバーを引く。
ここで浮き上がる機体を抑えながら、そのまま高速で超低空を進み敵艦の対空砲の射程圏外へ離脱する。
「どうだ?命中したかな?」
「さあな。実際に投下した訳じゃないからわからんよ」
「だわな」
離脱後上昇したところで、賢人と武は無線で交信する。
下を見れば、回頭と対空砲火を止めて直進航行に移った「四万十」と「スポケーン」の姿が見える。
「よし、予定時間だ。最後にバンクして帰らせてもらおうぜ」
「おう」
2機は高度を落とし、海上を航行する2隻に出来る限り接近する。その艦上では、近づいてきた2機に向かって乗員たちが帽子や手を振っている。また艦橋の張り出し部では、高級士官らしい人影が敬礼しているのも見て取れた。
それに返答するように、二人はバンクして応える。
別れの挨拶を済ませると、そのまま帰投する。
30分後。干支諸島辰島に設けられた第二飛行場に、2機の零戦が連続して着陸する。もちろん、賢人と武が操縦している機体だ。
「お疲れさまでした!」
着陸した二人を、顔なじみになった整備兵たちが出迎える。彼らは2人が機から降りると、駐機用の退避豪へと機体を押していった。
「いやあ、やっぱり超低空は冷や汗もんだよな」
「ああ。反跳爆撃は命中率は上がるかもしれないけど、一歩間違えれば海に突入だからな」
「しかし、空戦訓練よりも爆撃訓練ばかりってのはな。俺たち戦闘機乗りなのに」
「仕方がないって。二見大佐からの命令なんだから」
二人が干支諸島に到着してから10日が経過した。第二飛行場の試験着陸の任務を終了した二人は、本来であればそのまま瑞穂島に帰還する筈であった。
ところが、二見大佐に依頼されて二人はその後も干支諸島の第二飛行場に留まっていた。理由は、干支諸島に駐留する部隊の演習への協力であった。
干支諸島は現在の日本国にとって戦略上の重要拠点となっている。そのため、艦艇、航空、陸上の各部隊が次々と送り込まれている。一方で、それらの中にはまだまだ練度面で不安を抱える部隊も多い。
そこで、経験が豊富な二人に対して、これらの部隊の演習への協力が依頼されたわけだ。命令でなくて依頼なのは、本来の2人の所属が瑞穂島の航空隊であって、辰島の航空隊ではないからだ。
ただし別にその依頼に対して、二人の直接の上司である中野が拒否することもなく、むしろ積極的に協力するよう二人に命じてきた。このため、二人は二見の依頼に従って干支諸島辰島第二飛行場に留まっていた。
主力が駐留する第一飛行場ではなく、第二飛行場を使っているのは二人が因数外であることに加えて、その後も各種設備の整備が続く第二飛行場の機能チェックを兼ねてのことだ。
それ以来、二人は天候が許す限り演習に協力していた。それは各種対空射撃の標的役や、訓練中の航空隊の敵機役、また飛行練習生たちの前で適正な姿勢や飛行動作などを実演する役などもした。それに合わせて、二人も戦闘機動や今日やったような反跳爆撃による対艦攻撃訓練も行っていた。
こうした訓練は瑞穂島でも行っていたが、攻撃機出身の二見が指令するするせいか、爆撃演習の割合が意外と多かった。
なお、二人の機体も胴体下の増槽搭載スペースに爆弾架を装着すれば250kg爆弾を搭載できるよう改修されていた。
もっとも、二人とも本職は戦闘機乗りなので、爆撃訓練は本来の仕事ではないし、神経を使うこともあって、あまり好きではなかった。
加えて。
「訓練終わっても毎日同じような飯に、ドラム缶風呂だもんな」
「風呂があるだけマシ・・・と言いたいけど、確かにちょっとぐらい娯楽は欲しいよな。第一の方はあんなに店もあるのに」
到着した当日の夜は、二見大佐たちから盛大に歓迎の宴を催してもらい、干支諸島産の新鮮な魚介を使った刺身や煮つけに舌鼓を打ったが、それ以降は第一飛行場に比べて遥かに寂しい人員しかいない第二飛行場でのテント生活である。
料理も交代で作るがさつな男の料理か、アメリカ製の缶詰やレーションが立て続けであった。
缶詰やレーションは、あの発見した原爆標的艦隊から大量に回収されたもので、特にレーションは主食に副食、コーヒーやタバコが、箱の中にセットになっているので最初は物珍しさもあってか、賢人たちも含めて皆「美味い美味い!」と食べていたが、さすがに短期間で何度も同じものを口にすれば飽きが来る。
おまけに娯楽もほとんどない。完成したばかりの基地なので、設備が何もかも貧弱である。兵舎はまだ完成しておらず、二人も空いた時間にその建築工事を手伝っている有様で、寝泊まりはテントだ。風呂もドラム缶風呂を交代で入るしかなく、そのお湯も近くの井戸から一回一回汲み上げた水を沸かすしかない。
第一飛行場周辺には、エルトラント人の行商らが店を出して、かなり賑やかななのに対して、より奥まった場所にある第二飛行場周辺は商売にならないと見たか、ほとんどやってこない。
だから娯楽と言えば相当読み込まれてボロボロになった雑誌や本を読むか、整備兵が暇つぶし用に自作した将棋や囲碁、花札なんかをする程度だ。人数がいればバレーなりなんなり、スポーツを楽しめるが、そんな人員も余裕もない。
そう言うわけで、二人はかなり無聊をかこっていた。
戦場であれば現在置かれている状況は相当恵まれたものだが、敵が襲来する気配もなく、二人ともここが戦場と言う感じがほとんどしていなかった。
ところが、そんなのんびりとしたことを考えていた彼らの頭上に、突如として。
バーン!バーン!
銃声が鳴り響いた。
「何だ!?」
「まさか敵機の来襲か!?」
この基地の見張り態勢は、急ごしらえの木造の見張り塔に、交代で整備兵か警備兵が見張りに立つという、大東亜戦争中の前線基地と変わりない状況にある。急造の基地だからということもあるが、それとともに日本国がまだそれほどの数を電探を有していないということもある。
この辰島にある電探も2基だけだ。日本国上層部では、サンプルを提供してフリーランドに製造を依頼しているが、完成品が登場するにはしばし時間が掛かりそうで、それまではトラ船団が搭載していたものや、その後この世界にやって来た艦艇から取り外したものを流用するなどするしかなかった。
それはさておき、見張りが敵機の来襲を報せる方法としては、一番簡単なのは声で叫ぶだが、それだと伝わり難いので、この基地では小銃を撃つ方法を取っていた。小銃はエルトラントを占領していたマシャナ軍のものが幾らでもあるので、それを利用していた。
「機影接近!着陸態勢に入る模様!」
見張りがメガホン越しに精一杯の声で叫んだので、何とか聞き取れた。さらに確かに爆音が近づいてくるのがわかった。
「着陸だって!?」
「俺たち以外の着陸予定なんかないはずだぞ」
二人は目を凝らし、接近してくる機影を見る。零戦と同じ低翼単葉で、着陸行程に入った所で脚を出したことから、明らかに引き込み脚の機体だ。ただシルエットは、見慣れた零戦とは違う。
「どうやらT6型みたいだぜ」
「じゃあ、第一飛行場の練習生か?」
練習機であるアメリカ製のT6型機は、現在日本国の練習機として瑞穂島と辰島双方に配置されている。練習機ゆえの低速などもあるが、使い勝手が良いので日本製の93式中間練習機と共に、フリーランドの航空機メーカーにサンプルが渡されて、コピー生産が試みられているくらいだ。
辰島には現在第一飛行場に配置された機体が、日本人に加えてエルトラント人やマシャナ人帰順兵の操縦練習に使われていた。
降りてきたのはその内の1機らしい。ただ着陸予定はないし、第一飛行場からの連絡もなかった。
「緊急着陸かもしれん!防火班!救護班用意!」
整備班長がどなり、慌てて整備兵が消火器や担架を持ち出して待機する。
そして、T6型機が滑走路に脚を付ける。一応形にはなっているが、どうもフラフラしている。というより、明らかにエンジン音がおかしかった。
「ありゃ故障だな」
「みたいだな」
エンジンの不整音を響かせつつも、そのT6型機はなんとか接地して、滑走していく。そして、滑走路半ばで停止した。
「急げ!」
ある者はまだ貴重なトラックで、ある者は自転車で、そしてほとんどの人間は走って機体へと向かっていく。
その間にT6型機のエンジンが止まり、前後の席の窓がスライドして開けられると、搭乗員たちが姿を見せた。
「あ!ルリアだ!何であいつがもう飛行機に乗ってるんだ!?」
後席から立ち上がり、飛行帽子を取った下から出てきた顔は、紛れもなく二人にとって顔なじみのルリアだった。
彼女が飛行練習生として現在辰島にいることは知っていたが、まだ座学の段階であるはずだった。その彼女が何故か既に飛行機に乗っている。
さらに前席から立ち上がったのは。
「おいおい」
「俺たちはつくづく女の子に縁があるみたいだな」
賢人と武は喜んでいいのか、それとも厄介ごとが転がり込んできたと嘆くべきか迷った。
前席から立ち上がった人物も、ルリアと同じく飛行帽子を脱いだ。その途端、流れるように美しい茶色の長髪が、滑走路を横切る風にたなびいた。
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