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日本本土発見出来ず

 軽空母「麗鳳」艦長坂本大佐率いる小戦隊は、船団から分離した翌日、日本本土まで200海里の地点まで接近した所で、偵察機を3機発進させた。この偵察機は、北に飛べば日本本土のどこかに辿り着く筈であった。


 しかし、偵察機からもたらされたのは、日本本土のあるはずの場所に、陸地を見出せないと言う衝撃的な報告であった。


「偵察機が位置を間違えてるんじゃないのか!?」


 信じられない坂本は、報告に来た飛行長に問いただすが。


「1機だけならともかく、3機が全く同じ内容の電文を打って来ています。それに、この位置からなら北に飛びさえすれば、本土のどこかにぶち当たります。3機ともが陸地を見出せないなど、ありえないことです」


「う~ん……」


「どうしますか艦長?寺田指揮官に報告しますか?」


 副長の言葉に、坂本は力なく頷く。


「頼む。偵察機からの報告を転電してくれ」


「戦隊は引き返しますか?」


「いや、念のためだ。航空機の収容もあるし、伊豆大島までは行ってみよう。そこで確認できなければ、引き返して。船団に合流しよう」


「わかりました」


 こうして戦隊はそのまま北上を続けた。


 しかし、それから程なくして偵察機の内の1機が、艦艇らしき物を10隻以上発見したと報告してきた。


「艦艇らしきもの?もっと具体的な報告を寄越すように偵察機に伝えてくれ」


 艦艇らしき物と言うあいまいな表現では、本当に艦艇かどうかさえ疑わしい。目視に頼ると、岩礁や流木を艦艇に間違えたりなんていうことも起こる。また敵味方どちらかなのかも、今の報告からはわからない。


 坂本は無線室に命じて、偵察機により詳細な情報を送るよう命じた。自分たちの位置を秘匿する時は、このように偵察機に対してこちらから電波を出すことは少ないのだが、既に船団に無電を送っているので、今さら秘匿する意味もなかった。


 だから、偵察機に対しての質問電はすぐに発信され、ほどなくして偵察機からより詳細な電文が送られてきた。


 すると、先ほど発見した艦艇は戦艦2隻を含んでいると言う。さらに坂本を驚かせたのは識別表になし、国籍不明という文言が添えられていることだった。


「戦艦で国籍不明?」


「新型の敵戦艦でしょうか?」


「かもしれんな」


 坂本と周囲の人間たちは、偵察機から次々ともたされる衝撃的な報告に驚くと共に、推測するしかなかった。


 この時、坂本達は偵察機からの報告を誤解していた。実はこの時、偵察機は危険を冒して、超低空で対象に接近し、その国籍や艦型を確認しようと試みた。ところが、艦型どころか戦艦が掲げている国旗までもが、彼らの知りえるそれになかった。だから、識別不明の国籍不明となった。


 しかし坂本たちは、識別不明で国籍不明と言うのを、従来の識別表にない新型戦艦であるため、アメリカの戦艦なのか、イギリスの戦艦なのかわからない、と言う風に解釈した。


 まさか、それが自分たちの知らない未知の国家の戦闘艦であるなど、さすがに考えが及ばなかった。


「敵艦隊が出てきたのなら、攻撃を受けるかもしれんな……」


 偵察機は不明艦隊が南下しているとも伝えていた。現在坂本達の戦隊は北上中である。このままのコースで行くと、接触することもありえた。


「飛行長、艦攻隊に何時でも出られるよう待機させてくれ。それから艦戦隊は、交代で上空直掩につかせろ」


「お言葉ですが艦長。現在の時刻を考えますと、攻撃隊を出撃させても、薄暮か夜間攻撃になります。魚雷の調整時間も必要ですし。ここは無理に航空攻撃を考えず、偵察機を収容して退避した方が無難では?」


 飛行長の言葉に、坂本は時計を見る。既に2時半を回っている。


 攻撃機が爆装し、甲板に並べられ、さらに発動機の始動と暖機運転の時間を考えると、ゆうに2時間は見積もらなければならない。そうなると、発艦する頃には日没ギリギリか、日没を迎えている可能性が高い。


 飛行長の言う薄暮とは、夕方の薄暗い時間のことであり、夜間は言葉どおり夜間だ。どちらの時間帯も、航空攻撃を行うには難しい時間帯だ。もちろん出来ないことはないが、「麗鳳」が行うには荷が思い。


 以前夜間の対潜哨戒に航空機を使うことを提案した坂本だが、対艦攻撃となれば対潜哨戒よりさらに難しい。それは彼も良くわかっていた。


「しかし、ここで引き返せば大島の確認は出来ないぞ」


「偵察機からの報告は一致しています。この上無理して大島を確認するため北上する意味はないでしょう。貴重な燃料を浪費して、艦を危険にさらすだけです。万が一水上戦闘になったらどうしますか?」


「それは……」


 副長の言葉に、坂本は強く出られない。


 空母が水上戦闘に陥れば脆い。装甲はほとんどないし、それどころか航空燃料や航空爆弾、航空魚雷と言った可燃物を搭載しており、浮かぶ火薬庫も同然である。反撃するための火器も、主として対空戦闘を念頭に置いた高角砲や高角機銃だけであるから、駆逐艦さえ追い払うのは困難だ。


 大島を確認したいのは、あくまで坂本自身が本土消失を自身の目で見たいという、一種の我侭だ。艦隊を危険に晒してまでやることではなかった。


 坂本は折れるしかなかった。


「わかった。これ以上の北上は諦めよう。偵察機を収容次第、現海域を離脱して船団に再合流する。ただし、発見した謎の艦隊が敵でない保証はない。全艦対空ならびに対水上警戒を厳となし、何時でも戦闘に入れるよう準備させろ。航空隊も、発見した艦隊と戦闘になる可能性が高いから、何時でも対艦装備で出撃出来るように」


 船団への合流はするが、謎の艦隊との接触の可能性はゼロではないので、戦闘の準備だけはさせておく。


「わかりました」


 坂本が無茶をやめてくれたことに安堵した副長は、胸を撫で下ろして答える。


「寺田少将には、本土が確認できなかったこと。不明艦隊を発見し臨戦態勢に入ったこと。そして、船団への再合流を試みることを打電しておけ」


「はい」


 こうして、軽空母「麗鳳」を中心とする戦隊は偵察機を収容すると、船団と再合流するため南下を始めた。


 この時、寺田率いるトラ4032船団本隊への暗号電の発信も行われたが、不明艦隊発見と臨戦態勢移行まで打った所で偵察機が帰還してきた。これに伴い、「麗鳳」無線マストを倒したため、船団への再合流を告げる無電の発信が遅れて、寺田を慌てさせた。


 空母の無線マストは、大抵飛行甲板横の舷側に立っているが、航空機の離発着の際には当然ながら、邪魔になるので起倒式となっているのが特徴だ。もちろん、倒せば受信も送信も難しくなる。


 偵察機の収容が終了し、マストを再度起こした所で、船団への合流を告げる無電が発信され、遠く軽空母「駿鷹」で続報を待っていた寺田をホッとさせた。


 しかしながら、当の「麗鳳」内部、特に航空機格納庫は大変なことになっていた。原因は坂本の戦闘準備にある。


 航空機が出撃するためには、事前に様々な準備をしなければならない。「麗鳳」が現在搭載している航空機は、予備として分解されている補用機を除くと全部で30機。この内18機が零式艦上戦闘機(零戦)52型で、9機が97式艦上攻撃機(艦攻)。そして残る3機が二式艦上偵察機(艦偵)だ。


 帝国海軍の航空機分類で、艦戦は空母搭載可能な戦闘機。艦攻が魚雷搭載可能で空母上の運用が可能な攻撃機。そして艦偵が、艦上での運用が可能な偵察機となっている。また今回「麗鳳」は搭載していないが、艦上での運用可能な急降下爆撃機である艦爆がある。


「麗鳳」の航空隊で軍艦相手に戦えるのは、当然なことながら魚雷攻撃可能な艦攻のみだ。零戦はせいぜい60kg爆弾しか搭載出来ないので、使えない。艦偵も同様だ。


 そうなると、97艦攻に何時でも魚雷を搭載出来るように、魚雷の調整をしなければならないが、これが厄介な問題だった。この時代、魚雷はハイテク兵器と言って良い。信管、機関部、ジャイロ。こうした精密部品の調整を一つでも間違うと、早発や作動不良、明後日の方向への暴走などが起きる。


 これが爆弾だと、信管と爆薬を詰めた弾体の組み合わせなので仕組みは単純で、整備も簡単だ。海中を一定の深度で、なおかつ直線に航行させる魚雷ならではの問題だ。


 そのため、魚雷の調整にはベテランの調整係の人間が当たらなければならないが、今回の航海では魚雷を使うことなど想定していなかったから、そもそも調整をしていなかった。


 つまり、一から魚雷の調整を行う必要がある。さあ、大変だ。弾庫から重い魚雷を上げるだけでも大仕事なのに、さらに調整室に持ちこんで機関部のジャイロなどの細部の調整をする。


 たった9本の魚雷の整備でも、いきなりやるとなれば話は別だ。


 案の定、調整担当の兵士からは凄まじい不満の声が起きた。


「魚雷を使うなんて聞いてないぞ!」


「上の連中も好き勝手言ってくれるな!」


「こっちの身にもなれ!」


「つべこべ言わず、さっさと調整しろ!調整が終わらんと搭載も出来ないぞ!」


 不満を言う兵士たちを、ベテランの下士官が叱咤して、魚雷の調整作業を進めて行く。


 この調整作業は兵士たちに大きな負担を強いたが、これが後に彼らの命を救うこととなる。


 

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