新領土と新戦力 ⑬
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「泰北丸」を中心とする北方への調査船団が、多数の艦艇と遭遇したというニュースは、日本国上層部を大いに慌てさせた。それはもちろん、戦艦を含む多数の艦艇が出現したということと、新たな日本人の受け入れを行わねばならないということもあるが、それとともに「どうしてこうも今来るかね~!」という、困惑と今後の後始末を考えた時の憂鬱に拠るものだった。
この北方に出現した艦艇群は、出現時点で航行するのに燃料が不足していたため、やむなく日本国は現在同盟国となっているメカルクにタンカーの出動を要請した。距離的に近いということもあるが、日本国自身のタンカー不足もあった。
日本国に属する艦船群は、一番最初に出現したトラ4032船団を母体にしている。この船団に含まれていたタンカーは今回北方の船団に付き添った「高城丸」と「北城丸」、そして「宝丸」の3隻だけであった。しかも「宝丸」は総トン数3000トン程度しかない小型タンカーであった。
その後時折この世界に漂流してくる艦艇を編入しているものの、その中でタンカーはたった1隻だけであった。幸いだったのはそのタンカー、というより捕鯨母船の「第三図北丸」は、大型船であったことだ。
捕鯨母船とは、文字通り捕鯨船団の母船となる船のことである。戦前、捕鯨は貴重なたんぱく源である鯨肉や鯨から採れる鯨油を産出する産業であった。そしてこの捕鯨は、船団によって行われた。
船団は捕鯨母船とキャッチャーボートにより行われる。キャッチャーボートは、銛を装備して海上から鯨を獲る船のことで、おそらく世間一般に捕鯨船と言われてイメージされるのは、この種の船の筈だ。
しかしながらそうした捕鯨船は小型であり、捕まえた鯨を収容することが出来ない。生き物である以上、捕鯨で捕まえた鯨はただちに解体・加工して肉や鯨油などを分ける必要がある。
そこで登場するのが捕鯨母船で、キャッチャーボートから捕まえた鯨を受け取り、その解体・加工を行う船のことである。この捕鯨母船があることで、捕鯨船団が長期にわたり南氷洋などの海で捕鯨を行い、多数の鯨を捕獲、そして解体・加工できるのである。
その捕鯨母船がタンカーになりうるのは、本来は鯨油を搭載するタンクを、戦時にはそのまま石油タンクに流用できるためだ。ちなみに、その捕鯨母船に載せる鯨を取るキャッチャーボートは、海軍に徴庸されると手ごろなサイズから、特設駆潜艇として重宝されていた。
ただどちらにしろ、その捕鯨母船を加えても、小型船含めてタンカー4隻では日本国で消費する各種石油製品や、採掘がはじまった瑞穂島の石油輸送を、加工設備のあるフリーランド向けて送り出すのに全然足りない。
実はこのタンカーの不足。そもそも大日本帝国海軍、いや大日本帝国にとって大きなアキレス腱であった。大東亜戦争(太平洋戦争)中に日本が保有するタンカー、特に高速大型の船は元々数が少なかった。平時の経済状況や軍の燃料消費量を満たすには、その状況でも充分だったということである。
それが戦争が始まると、石油の消費量が一気に増える。民需においてはあらゆる兵器を増産せねばならないため、軍隊においては戦う戦わないに関わらず消費量が跳ねあがるためだ。
また海軍としては、それら高速大型タンカーを特設給油艦として徴庸して、艦隊給油艦として利用した。自前の給油艦が少ないため、太平洋広しと暴れ回ろうと思えば、それは絶対に必要なことであった。
当然ながら、戦時経済を支えるための南方資源地帯から日本本土への還送任務と、海軍が作戦を行う上での艦隊給油艦として、タンカーはあらゆる方面で取り合いになってしまった。
日本本土へ石油を送らねば、当然工業生産は大打撃を受け、戦時経済は成り立たなくなる。またパイロットをはじめ、石油を消費して行う将兵の訓練に大きな支障が出る。一方で、艦隊給油艦がなければ、太平洋広しと暴れ回る連合艦隊は、自由な行動が出来なくなってしまう。
これが日本のアキレス腱となった。実際この石油タンカーの不足は商船不足の問題の中でも特に深刻で、政府や軍部、陸海軍など様々な場所で軋轢を産む原因となり、また戦時経済や軍の作戦に大きな制限を加えていった。
その状況が、そっくりそのままこの日本国にも持ち込まれていた。日本国の場合、国内に産業がほとんどないから、戦時経済に影響を与えることはないが、今後のことを考えれば深刻な事態を引き起こす可能性は充分にあった。
そこで、日本国はフリーランドやメカルクの中古タンカーの購入や、傭船を行っていたがそれでもギリギリだ。
そんな状況でもこれまで馬脚を現さずに済んだのは、日本国の行った作戦が基本的に自国の防衛に専念しての瑞穂島近海での戦いや、遠方への航海では同盟国の支援が期待できる状況にあったためだ。
だから今回派遣船団へのタンカーの随伴は、ある意味日本国にとっては大博打だったわけである。それほどに、急激に膨らんだ国民を養う領土や資源確保も、また切実と言うことだ。
日本国のかじ取りを担う寺田たちとしては、マシャナとの戦いも一段落した今は、資源を消費するマネは避けて、エルトラントから割譲された島々の開発や、新領土の発見と獲得、そして各国との貿易で国力を蓄えたいところであった。それによって、日本国の基盤を固めたかった。
実際その計画の出だしは順調であった。エルトラントからは無事に領土が割譲されたし、それとともに軍事援助条約を締結して同国の国防の一部を担うことが正式に決定した。
他国のために血を流すのかと言われればそれまでだが、現状日本国の外貨を獲得できる手段が、軍隊による軍事力の提供か、こちらの世界にはない各種技術の供与、そして瑞穂島で採掘される資源の売却と手持ち商船による海運くらいしかないのでは、これは致し方ないことであった。
もちろん、よりマシャナに近いエルトラントに部隊を展開することで、日本国の防衛にも役立つというような事情も存在する。
その矢先にこれである。
「北と南で同時に来るんじゃない!」
と寺田ら幹部の誰もが悪態を吐かずにはいられなかった。
「またぞろ大変なことになったな」
「全く、エルトラントの奪回がなっても、全然休ませてもらえないな」
お馴染みの航空兵ペア、賢人と武の二人は、「泰北丸」船団が帝国海軍艦艇と接触した二日後、瑞穂島を出港した航空機搭載護衛艦の「つるぎ」に乗り込んでいた。
「つるぎ」の後方にはフリーランドから購入した中古のタンカーである「黒潮丸」がおり、そして2隻の前後を護衛艦の「ちくご」と駆逐艦「高月」が守っている。そしてその小さな戦隊は、一路針路を南に向けていた。
「つるぎ」は元米海軍の「サンガモン」級の護衛空母が前身であり、最高速度は18ノットしか出ない。そのため、高速艦艇だけで編成された部隊に比べると速度は遅い。ただ旧式のタンカーである「黒潮丸」を編入しているので、これでちょうどいいのであった。
「まあ、新しい機体に乗れるのは嬉しいけど」
賢人たちが今回乗り込む機体は、使い慣れた零戦ではない。それどころか、かつての敵であるアメリカ製のFM2「ワイルドキャット」戦闘機であった。この少し前、地球より飛ばされてきた米護衛空母「レンネル」に搭載されていた機体だ。
同じアメリカ製でF8F「ベアキャット」ではないのは、優秀な性能を持つ同機は、ここぞという時の決戦兵器として指定されたからだ。
それでも、賢人らはこの機体を悪くない機体だと思っていた。確かに零戦のような旋回性能はないし、形はお世辞にもスマートは言えない。しかし扱いやすく頑丈なのと、強力な12,7mm機銃を6挺、さらに稼働率の高さや無線の艤装なども優れている点が高評価された。
「にしてもさ、平田。小さいとはいえ、こんな空母をアメリカさんは週に1隻造ったって言うのは、本当に驚きだよな」
「俺も信じられないよ。水兵にまで一人一人寝台があるし、造りも「駿鷹」とかに比べて特段悪いわけでもないのにな」
「つるぎ」の前身である米護衛空母は、大戦中に数十隻単位で建造され、1週間に1隻竣工するそのスピードから、週刊空母と言う異名まである。
ちなみに日本国が入手した護衛空母はそれぞれに違う型で、「つるぎ」はタンカー改造の「サンガモン」級が前身である。一方「レンネル」と「インディゴ・ベイ」はそれぞれ、商船の構造を基に一から建造された「カサブランカ」級と「コメンスメント・ベイ」級である。そして「サスケハナ」は初期型と言うべき貨物船改造の「ボーク」級だ。
米海軍の護衛空母は全てが商船などの改造ではなく、むしろ新造艦の方が多い。特に「カサブランカ」級に至っては50隻以上も量産されている。
まさにアメリカの底力である。
「つくづくトンデモナイ国と戦争していたんだよな。俺たち」
「ああ。国民に愛想尽かされたのも、仕方がないかも」
二人は後からやってきた海上自衛官たちから、終戦直後の国民の軍に対する厳しい視線や、占領軍への掌の返し様を聞かされた。
御国のために精一杯戦った軍人への仕打ちに、憤慨の気持ちを覚えつつも、戦争の真実をかなり知らされているだけに、国民の軍への怨嗟の気持ちも分からないでもなかった。
「だから今度はしっかりと、国民と国を守らなきゃいけないよな」
「本当だよ」
この世界でも軍人を続けている二人であったが、新たなる祖国日本国を守ろうという気概は強いのであった。
そんな会話する二人を乗せて、「つるぎ」は南下する。先行している調査部隊の救援のために。
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