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新領土と新戦力 ⑫

「こりゃ大分傷んでるな」


 眼前に迫る空母「勇鷹」の艦体を見て、小柴は顔をしかめてそう口にした。


 遠目には特に問題なさそうな「勇鷹」であったが、接近して見れば塗装の剥げは著しく、そこかしこに急場しのぎの修理の跡や、錆が浮き出ていて、明らかに状態が悪そうであった。


 識別表によれば、「勇鷹」は「飛鷹」、「隼鷹」と同じく昭和15年(1940年)に開催が予定されつつも、戦争で中止となった東京オリンピックに備えて建造された大型客船を母体とした改造空母である。


 商船改造空母ゆえに防御力の低さと速力が遅いのが欠点であったが、大きさや航空機の運用能力としては、戦前に建造された正規空母「蒼龍」、「飛龍」に匹敵する性能を有していた。


 それゆえに昭和17年6月のミッドウェー海戦で主力空母4隻を喪失した後は、南太平洋海戦、マリアナ沖海戦に参加した歴戦の空母となっていた。


 しかし目の前の「勇鷹」の様子は、とても歴戦の空母と思えぬほど荒れていた。加えて、艦自体から覇気が感じられなかった。


 それは「泰北丸」の発動艇が、「勇鷹」のラッタルに接弦するとより強く感じられることとなった。


 霧が晴れ、小柴達は自分たちの周囲に現れた艦をようやく把握することが出来た。すなわち、自分たち以外の艦艇として戦艦「愛鷹」、空母「勇鷹」、重巡「磐梯」、軽巡「仁淀」、「四万十」、駆逐艦「光」、「榊」、そして二等輸送艦1隻に敷設艦「有馬」を確認した。


 小柴が指揮官と直に連絡をとりたいと信号を送ると、空母「勇鷹」に来るよう返信があった。このため小柴は急いで着替えると、発動艇を出して「勇鷹」に向かったのだが、近づくと遠目にはわからない荒れ様が見受けられた。他の艦艇も似たり寄ったりらしい。


 さらに乗り込んでみれば。


「何だこれは!?」


 艦上に上がると、そこで小柴達を出迎えたのは艦長らしき大佐の階級章を付けた男と、乗組員たちであった。しかし、その顔触れがどう考えてもおかしかった。


 艦長をはじめ士官にしろ下士官にしろ水兵にしろ、かなり老け込んだ男が多い。かと思えば、子供と呼んで差し支えない少年兵の姿も目立つ。一応最低限の訓練は受けているようだが、明らかに軍服慣れしていない乗員が過半数の様だった。


「日本国所属、貨物船「泰北丸」船長、小柴です。一応海軍予備中佐であります」


 相手が帝国海軍艦艇であるため、小柴はわざわざ予備中佐の制服を引っ張り出して着ていた。紺色の海軍士官服である。


 対して応対した海軍大佐は、緑色の陸戦隊制服を原形とした第三種軍装を着ていた。


「航空母艦「勇鷹」艦長の大園源治大佐だ」


「大園大佐。あなた方はどうしてこの海域に?」


「それよりも小柴船長。ここは一体どこかね?我々はソ連領ウラジオストクに向かっていたのだが、どう考えてもここは日本海とは明らかに違う海だ。一応天測もやらせたが、遥か北太平洋になってしまう」


「はあ、信じられないでしょうが」


 小柴は大園に、この海域が異世界の北太平洋海域であることを告げる。


「異世界だと!?小柴船長、本気で言ってるのかね?」


「もちろん、本気です。それに証拠もあります。各種電波を傍受すれば、本来受信できる日本をはじめ、地球にある各国の電波が一切入ってこないはずです。逆に我々が指定する周波数に合わせれば、この世界の国々の電波が入ってきます。一番いいのは我々の拠点である瑞穂島に来ていただくか、もしくは日本本土のあるはずの位置まで航行すれば、日本本土がないので信じていただけるはずです」


 小柴はここが異世界であるという証拠をいくつか列挙した。これらは万が一新たな闖入者が来た場合、ここが異世界だと示すわかりやすい例として、日本国内部で共有されている情報だった。


 ところが、大園の返答は小柴の予想外のものだった。


「小柴船長、事の真偽は別として、我々にはここから日本本土まで戻る燃料などないのだ」


「燃料がない!?」


「ああ。舞鶴からウラジオストクまでの片道分しか用意できなかったもんでな。残り燃料はその半分くらいで、このままでは早晩燃料が尽きる」


 これは緊急事態である。小柴達の調査部隊にしても燃料の余裕はそれほどない。いちおう随伴タンカーの「高城丸」は出港時、タンク内に重油を満タンにして入れてきたが、それでも戦艦や空母を含む複数の艦艇の腹を満たす燃料など持ち合わせていない。


「わかりました。瑞穂島の総司令部に、ただちにタンカーを手配するよう通信を送りましょう。場合によっては、我々の同盟国であるメカルクあたりのタンカーが助けに来てくれるかもしれません」


「何でもいい。燃料、それから食料と真水もだ。とにかく、ウラジオストク分までの在庫しかない。弾薬もほとんど搭載しておらず、乗員も回航に必要な最低限の人員しか乗り込んでおらん。これでは万が一の時、戦闘もまともにできん」


「わかりました。食料と真水も要求しましょう」


「よろしく頼む」


「しかし、どうしてこれだけの艦隊が戦争も・・・失礼、この時期にソ連の浦塩などに?」


 小柴は戦争も終わりといいそうになって、慌てて言い直した。


 小柴達日本国の面々は、大東亜戦争(太平洋戦争)が昭和20年8月15日に実質的に終わったことを知っていたが、彼らが昭和20年6月からやって来たなら、まだ戦争中だ。それどころか、沖縄の陥落前後の時期で、国内では本土決戦が声高に叫ばれているはず。そんな彼らに、戦争の終わりについて語るなど、無用な混乱を招くだけだろう。


 一方で、どうしてそんな時期にソ連に日本の艦隊が向かったのか理解できない。小柴らは昭和20年8月のソ連参戦を知っているどころか、その魔の手から逃げる途中でこの世界にやって来た口である。とは言え、まだその時点ではソ連は日本にとって中立国であるはずだ。


 よく理解できない話である。


 すると、大園は渋い顔になった。


「それは軍機なのでな。まだ今は言えない」


 小柴が民間船船長の予備士官であるためか、大園は言葉を濁した。


「わかりました。こちらも無理に聞きますまい。とにかく、補給艦を呼びましょう」


 小柴としてもそれ以上追及してトラブルになっても困るので、これ以上はやめた。


 そして彼は部下とともに「泰北丸」へ戻ると、急いで瑞穂島の本部に暗号で救援要請を出した。そして返電により、船団と艦隊は現海域でとりあえず待機し、味方の救援を待つことになった。


 小柴はとりあえず「高城丸」から最低限の燃料を各艦に補充し、停船して燃料の消費を抑えつつ、会合の日を待った。




 それから3日後、予想通りメカルクから同国の巡洋艦と補給艦2隻、さらにメカルクに停泊中だった日本国籍のタンカー「北亜丸」と駆逐艦「高月」が救援にやってきた。


 小柴達はこの会合までに、、マシャナの艦艇と遭遇しないか警戒したが、幸いそのようなことはなく、各艦は燃料と補給物資を受け取ってようやく一息付けた。


「いやあ、小柴船長。助かったよ。しかし、あのメカルクとか言う国の船は見たこともない旗を掲げている。本当にここは異世界なんだね」


「信じていただき光栄です」


 補給作業の合間を見計らって、小柴は再び大園と会談を持った。


「で、大園大佐。この艦隊がどうして浦塩を目指していたのか、お教え願えますか?」


「・・・わかった。実は、この艦隊はソ連に身売りする途中だったんだよ」


「は、身売り!?」


 大園大佐によると、話はこうである。昭和20年6月時点で、帝国海軍はもはや壊滅状態だった。戦える状態にある艦艇はまだあったが、いずれも燃料が欠乏しており、早晩米軍機の空襲で無為に喪われるのは目に見えている。特に瀬戸内海の艦艇は、既に入り口を機雷で封鎖されつつあり、どうにもならない。


 仮にこれらの艦艇が動けて無事に外洋に出られとしても、圧倒的な米艦隊の前に戦果を挙げられる目算など立たなかった。それは4月に沖縄へ向け出撃し、遥か手前で米軍の航空攻撃に呆気なく撃沈された「大和」の例を見ればわかる。


 そこで海軍上層部は日本政府と連携して、まだ機雷封鎖されず動かすことが可能な日本海側諸港に疎開していた艦艇をソ連に売却し、その見返りとして連合国との講和交渉の仲介、および本土決戦に必要となる石油の購入を画策したらしい。


 大園はその売却艦艇艦隊の指揮官として、「勇鷹」艦長兼任で急遽着任したそうだ。


「何を考えているんだ!?」


 小柴はそれ以外言えなかった。彼からしてみれば、条約を反故にして火事場泥棒的宣戦布告をしたソ連に講和条約の仲介や、燃料の購入を持ち掛けるなど、正気の沙汰とは思えなかった。


 加えて小柴にさらなる怒りを覚えさせたのは、売却予定の艦艇の乗員に関してであった。なんとそのほとんどは、正規の乗員ではなく、出航前に急遽集められた乗員で、短日間の航海のため定数を割り込んだのはともかくとして、多くが老兵や少年兵であった。しかもその多くが第一国民兵役者のような末期の徴兵者や、海兵団卒業直後の新米兵であった。


 戦争も終わりに近づき、追い詰められていた時期とは言え、あまりといえばあまりな帝国海軍の状況に、小柴が声を荒げるのも無理なかった。



 

御意見・御感想よろしくお願いします。


終戦間際のソ連への艦艇売却に関する話は、もちろん実行されたという事実はなく、計画どまりだったとか。その計画の有無に関しても、私自身は今の所ネット上でしか情報を見たことがないのですが、仮に行われたとしてもソ連に騙し取られて終わりそうです。

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