新領土と新戦力 ⑪
架空の艦名のストックがそろそろ尽きてきました。
「この霧の中じゃ目は役に立たん。耳と鼻を頼りにしろ!」
「泰北丸」船長の小柴は、見張りを増員して甲板上に立たせた。付近に無数の艦船がいるとなれば、それだけ衝突の可能性が高まる。霧によって目視は絶望的だか、それでもエンジン音や波切音、煙の匂いなどで少しでもその存在を察知しようとする。
「汽笛の吹鳴と、空砲の撃ち方を続けよ。とにかく、ぶつけるな!」
「泰北丸」は総トン数が2000トン代の、決して小型とは言わないが、さりとて大型でもない。万が一巡洋艦クラスより大型の艦艇にでもぶつかれば、大損傷を被るのは必至だ。
そのため、小柴としてはなんとしても衝突事故だけは起こしたくなかった。汽笛と空砲を定期的に鳴らして、自分の位置を報せる。
しかしながら、運命の女神は彼の願いを聞き届けてはくれなかった。霧の中で悪戦苦闘すること1時間ほど経った時、右舷の見張りが叫んだ。
「波切音がします!」
「いかん!微速前進!取舵一杯!」
右舷から音がしたということは、右に何かがいる。小柴は距離を取るべく、左に舵を取る。
が、直後に右舷一杯に巨大な艦影があらわれた。
「ウワアア!」
ブリッジ内の要員があまりのことに、声を上げた。それほどまでに接近していた。
「全員衝撃に備えよ!」
そう小柴が叫んだ直後、船体の右側から凄まじいまでの金属の擦れる音が響き、火花が散る。もちろんスゴイ衝撃も伝わる。
ただし、それも短時間のことですぐに収まった。船橋の窓から見ると、「泰北丸」より遥かに巨大な艦体が船体右舷を掠めるようにして前へ進んでいく。
どうやら真面にぶち当たることだけは、避けられたようだった。とは言え、それで大丈夫などという保証はもちろんない。
「バカ野郎が!各部状況報告!」
小柴は今ぶつかった船に悪態を吐きつつ、伝声管に向かって叫ぶ。見たところ船に大きな損傷はないように見えるが、自分からは見えないところが大損傷を被っている可能性は十分にありえた。特に船体に穴が開いて進水したり、機関部や舵と言った推進系に打撃を被っていたりすれば、一大事である。
「船体右舷側が傷だらけですが、穴は開いてないようです!」
「こちら機関室。転倒者が何名か出て負傷しましたが、エンジンには異常ありません!」
「舵は利いてます!」
「無線室。激しく揺れましたが、機器に異常なし!」
「見張りが2名、転倒により軽傷です!」
ケガ人が出てしまったようだが、幸いにも船に大きな損傷はないらしい。
「停止!負傷者を医務室へ。たく、なんて危なっかしい」
掠っただけで済んだが、もしまともにぶつかっていたらと考えると、ゾッとする。
「一等運転士、今ぶつかった船は大分大きかったが」
「自分には空母のように見えましたけど」
「う~ん。確かに、チラッと飛行甲板のような物が見えたな」
「マシャナの空母でしょうか?」
今の所マシャナが本格的な空母を保有したという情報は得ていないが、敵とてバカではない。改造空母なりなんなりで、そろそろ空母を投入してきてもおかしくなかった。
しかし、その意見に小柴はどうも釈然としない想いだった。
「それなんだがな。どうも見覚えのある、何というか日本の艦のような気がしたぞ」
衝突した際に見えた相手の姿は、霧の中もあり断片的であったが、それでも船体のラインはしっかりと見えた。そこに小柴は、どこか日本的なものを感じていた。
艦尾の旗竿を見れば一目瞭然の筈(この世界でも艦船の軍艦旗や国旗は艦尾に揚げる)なのだが、衝突を回避することで精一杯で、そこまで見ている余裕がなかった。
「まさか、我々と同じ?」
トラ船団がこの世界に転移して既に1年半余り。その後も断続的に地球からこの世界に日本の艦船や人間がやって来ている。彼ら自身、そうしてこの世界にやって来た人間である。
そしてこの現象、どうして起こるのか。どこで起こるのか。いつ起こるのか。何時まで起こるのか。全く見当がつかない。わかっているのは、やって来ているのは基本的に日本人と日本人が乗り込む船であるということだ。
だから今後も、同様の現象が大なり小なり起こりえる可能性は十分あった。
「だが同じ日本人だったとしても、この状況は危険すぎる」
「どうしましょう?また衝突するかもしれませんよ」
周囲は相変わらず深い霧で、いつ衝突事故が再発してもおかしくなかった。
「止むを得ん。電波を出そう」
「いいんですか?」
「どっちにしろ、またぶつかったら終わりだ。それに、どうせ我々は宗谷海峡で一度は死んだ身だ。それで死んだら死んだ時さ」
小柴は危険を承知で、弱いながら電波を出させる。内容は『我泰北丸。貴艦ノ所属ヲ返答サレタシ』であった。ちなみに、これは平文で発信されている。
余談だが現在の日本国海軍には、トラ船団をはじめ、時期もバラバラにやって来た艦船が集まっている。そのため、帝国陸海軍が使用していた時期によって違う何種類かの暗号を手にしていた。ただし、戦後から来た海上自衛官たちからどうやら暗号はほとんど米軍に解読されていたらしいという報告に、海軍の関係者は全員青ざめていたが。
とは言うものの、ここは異世界。敵はアメリカではないということで、日本国では基本的に旧陸海軍の暗号を定期的に変更しながら使用し続けているのだが。
それはさておき、「泰北丸」が発信した電文に対して、しばらくは返答がなかった。そのため小柴も、「失敗か?」と心配したが、1時間ほどしてようやく返電を受信した。かなり弱い出力で発信されたそれを、「泰北丸」の無線機は何とか拾えたのだ。
『ワレ、ユウヨウ』
と弱い出力で短い内容の電文であった。
「ユウヨウ?軍艦のことはわからんな。すまん、艦艇識別表を持ってきてくれ」
有名な軍艦や北方海域でも見かける艦艇なら小柴にもわからないことはなかったが、ユウヨウという名前には聞き覚えがなかった。そこで、日本国の全艦船に配布された第二次大戦終了時までの艦船識別表を使って、該当艦艇を探す。
この表は当初、海軍の機密を漏洩する物として制作に反対意見が出されたが、トラ船団後も相次ぐ日本艦船の出現に際し、事態を早期収拾出来るようにと、特に海軍艦艇に不慣れな商船乗組員サイドからの声に押されて制作・配布された。
最近ではこれに、海上自衛隊艦艇(判明分)を掲載した改訂版の制作も行われていた。
識別表を持ってきた一等運転士が、パラパラとページをめくり該当艦艇を探す。帝国陸海軍の艦艇を網羅しているだけに、ものすごく分厚いその中から1隻を探すのは大変・・・かと思いきや。巻末にちゃんと50音順引きの索引が付いているので、意外と簡単であった。
「ありました。「勇鷹」は航空母艦です。全長220m。排水量2万5000トン。速力26ノット。搭載機55機。未完成客船の「鹿島丸」を改造した艦です・・・昭和20年6月に舞鶴近海で触雷により戦没となっていますが」
「何だ。俺たちと同じ死人か?」
トラ船団を筆頭に、この世界にやってきた艦船の乗組員や同乗者は、元の世界ではいずれも行方不明や戦死扱いとなっているらしい。そのため、それを知った多くの人間は自分たちは日本に戻れば死人だと、自嘲気味に言っていた。
「かもしれません」
すると、無線室から新たな連絡が入る。
「こちら無線室。新たな無電を傍受。かなり弱かったので、危うく聴き損ねるところでした」
「内容は?」
「ワレ ヒカリです」
「ヒカリ?」
一等運転士が識別表を捲る。
「ありました!駆逐艦「光」。「吹雪」型駆逐艦の1隻です。昭和20年4月に触雷大破し、そのまま除籍となっています」
さらに無線室から情報が入る。
「続いて受信。ワレ ニヨド」
「ニヨド?」
一等運転士が再び識別表を捲る。
「「大淀」型軽巡洋艦の二番艦ですね。やはり昭和20年6月に、津軽海峡付近で敵潜水艦の攻撃によって轟沈となっています」
さらに立て続けに、数隻の艦艇名で発信された無電が入った。その中には「山波」や「高城丸」の名前もあったが、日本国に属していない艦船の名前も混じっている。しかもその中に、大物の戦艦の名前を見つけた。
「戦艦がいるのか!?」
これには小柴もビックリである。本当であれば、この世界にやって来た艦艇で最大規模の艦と言うことになる。
一方で状況はあまり変わらない。外は相変わらず濃い霧だ。そして現在までにわかったのは、少なくとも周辺の霧の中に、戦艦や空母を含む10隻近い艦船がひしめいているという、かなり危険な状況だった。
「こりゃ溜まらん。無線室、各艦に向け発信してくれ。出来るだけ簡潔に・・・そうだな、ノウムニツキウゴクナ、そう打ってくれ」
「いいんですか?そんな電文打って」
内容はともかく、言葉の使い方がメチャクチャである。確かに小柴は今回の調査団の代表だが、階級的には日本国海軍中佐でしかない。相手が気分を害したらどうするかだ。
「仕方がないよ。そうでもしないと、皆好き勝手に動いて衝突するぞ」
結局、この簡潔だが乱暴な電文が発信された。
そして、小柴達は「泰北丸」を停止させ、周囲の艦船も不用意な行動に出ないことを祈りつつ、霧が晴れるのを待った。
御意見・御感想よろしくお願いします。
追記・・・登場した艦艇などの一覧表を作って欲しいとの声が複数ありました。作者としても作らねばと思いますが、考えているだけだと何時まで経っても後回ししてしまうので、キリのいい110話あたりで1回目をやろうと思います。現在の更新スピードから行くとまだ先ですが、よろしくお願いします。




