新領土と新戦力 ⑧
北緯40度をさらに北側へと越えた北太平洋(日本国による便宜上の海域名)を、3隻の艦艇がその荒い波に揉まれ、冷たい風を受けながら北上していた。
1隻は旭日旗をはためかせる駆逐艦。1隻は日の丸を掲げる小型貨物船、そして最後の1隻は油槽船だ。3隻とも激しく波を被り、その体を大きく揺らしながら必死に走っていた。
「いやあ、暑い南洋から北洋に来ると溜まらんな。もう少し南洋でのバカンスを楽しんでおくんだったかね」
雨合羽を来た男が、ブリッジの扉を開けて中へと入ってくる。
「船長、瑞穂島に行ったばかりの時は、こんな暑いところよりも、冬のオホーツクの方がマシだとか言ってませんでした?」
ブリッジ内で指揮を執っていた一等運転士が、呆れたように言う。
「はてさて、そんなこと言ったかね・・・北緯45度か。大分来たな」
現在位置を確認しながら、この貨物船「泰北丸」船長の小柴栄太郎は感慨深げに言う。
彼の指揮する「泰北丸」は、2500tの船体を北洋の荒波に揉まれつつも、護衛の駆逐艦「山波」と随伴する特設運送船(油槽船)「高城丸」とともに、ひたすら北へ向かって走っていた。
「先行の「山波」は異常ないな?」
「はい船長。前方距離1000にしっかりと捉えています」
「くれぐれも逸れないように注意しろ。未知の海域で迷子になったらことだぞ」
「ヨーソロー!」
「泰北丸」と駆逐艦「山波」が進むのは、日付変更線に近い北緯45度の海域であった。このまま北上すれば、本来であればアリューシャン列島に突き当たる海域である。
しかしながらここは異世界。文字通りここは未知の海であった。
「泰北丸」と「山波」、そして「高城丸」が日本国の拠点である瑞穂島からはるばる数千キロも北へ至るこの海域に、波頭を乗り越えてやって来たわけ、それはずばり領土拡張目的の調査であった。
日本国は現在、この世界において瑞穂島と紺碧島を実質的に領有しており、またエルトラント奪回作戦の返礼として、同国南東部の諸島の一部を割譲された。つまり、着々と領土を増やしているのであるが、それ以上に人口の急激な増加が課題となっている。
日本国の母体となったトラ4032船団を皮切りに、その後も度々起こる転移現象により、主に軍人や船員を中心に、当初は1万5千名ほどであったのだが、段階的に増えてきた。そして、3か月前の沖縄と樺太からの避難民流入によって、万単位で人口が増えてしまった。しかも、それら民間人には多くの子供が含まれていた。
この転移現象の原因は未だに不明であるが、年代はさまざまであるが日本人だけが飛ばされて来ているところに特徴があった。そしてこの現象が、最終的にどうなるか全く見当がつかない。今後一切起こらない可能性もあるが、逆に今後もどんどん続く可能性がある。そうなると日本国は、そうした日本人の受け入れの場として重要な位置を占めることとなる。
すなわち日本国は今後も長期間にわたって国家として維持するとともに、人口の増加など将来のことも考えなければならなくなった。
そうなると、瑞穂島など現有の領土だけではな心許ない。現に瑞穂島では飽和状態になりつつあり、元からいた住民とのトラブルが懸念されていた。
そこで、戦闘が一段落したということもあって、日本国では新領土獲得のために調査部隊を派遣することとした。
日本国がこのような行動に移ったのは、この異世界の情勢も関わっていた。
現在までに得られた情報によれば、日本国が戦争相手国としているマシャナ帝国。そのマシャナ帝国が存在するのが、中央大陸と呼ばれる地球で言えばユーラシア大陸に相当する唯一の人が住む大陸であった。
それ以外にはこの世界に大陸と呼べるものはなく、一番大きなものでも地球で言う所の島の定義を出ないものであるらしい。現に本来アメリカ大陸があるはずの場所に位置するフリーランドは、島同士の連邦国家である。他に南アメリカ、アフリカ、オーストラリア大陸もこの世界にはない。
そしてこの世界、確認できる国家の数も地球のそれに比べると圧倒的に少なかった。
例えば中央大陸には現在マシャナ帝国を含めても一桁ほどの国家しかなく、そのマシャナ以外の国家にしても、全てマシャナの従属国だという。
ちなみにマシャナ帝国自体は、もともと大陸の中西部にあった中堅の国家だったそうだが、石油や天然ガスと言った資源に恵まれ、この世界での産業革命以降急速に国力を高め、100年ほど前から周辺国の併呑をはじめ、50年ほど前にほぼ大陸を統一したという。
このマシャナがここ10年ほど大陸の外への侵攻を開始しており、エルトラントやメカルク、フリーランドと言った国々は、それに対抗するため同盟関係を組んでいるそうだ。
ただしこの世界では地球にあったような、欧米列強諸国による大航海時代とそれに続く世界中への進出がなかったため、それぞれの国同士の繋がりは深くないという。科学技術の発達レベルにも大きなバラツキがある。
そんな緩い世界であるから、実は正確な世界地図もいまだにないという。各国は己の支配領域と、近隣国程度までは把握しているが、それ以外の地域にはそもそも興味がないから、遠隔地にどんな島があり、どんな国があるかもわからない。
既に世界中の地理がおおよそ把握され、かっちりと領域が線引きされている地球から見れば、かなりいい加減である。
しかしながら、これは日本国によってチャンスであった。と言うのも、未開の地があるということは、自国の領土として編入できる土地がまだあるかもしれないということだ。現に瑞穂島も、以前はメカルクもエルトラントもその存在を把握しておらず、日本国の領土とすることをあっさりと認めている。
これまではマシャナからの防衛や、隣国となったエルトラントへの加勢で手一杯の日本国であったが、とりあえずはそれらも一段落した今、将来を見据えた行動を起こす必要があった。
それは現状の領土の維持であり開発であり、現在関係を持っている諸国との貿易を行うことであり、そして新領土の開拓であった。
実際に新領土が手に入るかは未知数であったが、どちらにしろ現状のところこの世界のどこの国も把握していない領域の調査は、有益なことであった。
こうして、日本国はエルトラントから割譲された諸島の開発や、同国と締結した安全保障条約の履行に伴う進駐などとともに、未知の海域への調査部隊派遣に動き始めた。
そして第一陣として、北方ならびに南方へとそれぞれ艦艇と商船、それにタンカーを付けた小規模船団が調査へと乗り出した。
艦艇は当然ながら万が一に備えての護衛であり、商船には調査機材や調査員が乗り込んでいる。そしてタンカーは2隻への補給艦として随伴する。調査団長は最先任となる「泰北丸」の小柴が務める。
今回「泰北丸」が比較的小型な船型でありながら、波の荒い北方への調査に向かわされたのは、船体に理由があった。
この「泰北丸」は樺太から北海道へ向かった避難民とともにやってきた船であるが、すなわち元は北のオホーツク海などでの活動をしていた船である。そのため、小型ながら強力な船内暖房設備を備えており、加えて耐氷構造を備えていた。
これが決め手となった、北方への調査には「泰北丸」が向かうことになった。ちなみに護衛が「山波」なのは、以前アリューシャン方面への出撃経験があったからだ。
こうして3隻はひたすら北上を続けていたが、もちろん海図も不完全な未知の海での航海であるし、どこからマシャナの艦艇が現れるかわからない。そのため、乗員たちにとっては非常に緊張する航海であった。
「う~ん。天候は落ち着くかね?あまりヒドイと給油ができん」
小柴が時計と天候を気にする。燃料が減ってこれば、当然給油が必要であるが、その場合はタンカーの「高城丸」から給油用のホースを渡してもらい給油する。だがそのためには、至近距離を並走するか、或いは2隻を前後に並べて走る必要がある。
波が荒すぎると、そうした作業は危険すぎて行えない。
「本船はまだいいですが、「山波」はちょっとつらいですよ」
「むう」
一等運転士の言葉に、小柴は顔をしかめる。
商船であるがゆえに、燃費がいい「泰北丸」は燃料補給が多少遅れてもまだ問題ないが、駆逐艦の「山波」は荒波を越えるためにエンジンの回転数を上げているなどで、燃料を消費している可能性がある。
燃料の不足は単にガス欠の危険だけでなく、艦内部の重量が減って重心が上がり、その分復元力の低下を招くという副作用もある。日本海軍は今の所そんなことはないそうだが、アメリカ海軍ではそれが原因でひっくり返った艦があるらしいと、小柴は海自隊員たちから聞いていた。
「場合によっては速度を落とすか、天候が落ち着くのを見計らって前倒す必要があるかもしれんな」
いまだに波風高い外の様子を窺いながら、小柴はなんとか予定通りに給油が出来ることを、心の中で祈るだけであった。
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