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発見

「漁師小屋?」


「はい指揮官。島内にて小屋を発見しましたが、どうやら漁師小屋とのことです」


 陸戦隊を送り出して1時間もしない内に、その情報は通信室から伝令兵を介して寺田の元に届けられた。


「人はいたのかね?」


「いえ。そこまでは。今の所、小屋の発見の報しか入っていません」


「そうか。続報が入ったらすぐに持ってきてくれ。ああ、あとそれから出来れば証拠を持ってくるように、陸戦隊に伝えてくれ」


「は!」


 若い伝令兵は威勢よく返事をすると、艦橋から出て行った。


「人がいれば、色々と聞き出せたんだけどね」


「或いは、夏とか冬の限られた時期しか使わない小屋かもしれませんよ」


 寺田の言葉に、大石が推測を述べる。


「確かにな。こんな絶海の孤島じゃ、生活はちと難しいだろうな」


 この島自体は、艦隊を収容する能力のある環礁である。開発すれば航空基地や軍港にすることも可能だ。


 しかしながら、艦隊の泊地や基地として適しているのと、生活環境として適しているのはイコールとならない。人間が生きていくためには、飲料水や食べ物が最低限必要であるし、また近代的な生活を送るには、さらに服をはじめとする生活必需品が必要となってくる。


 近くに別の島や大陸があれば、そうした物も容易に手に入るであろうが、現在の所、この島周辺に別の陸地は発見できていない。絶海の孤島となれば、生活していくのは容易ではない。


 と、ここで寺田は気付いた。


「そう言えば参謀、偵察機はこの島の周囲までしか偵察していなかったな?」


「はい。索敵線は船団から200海里で折り返しましたから」


「じゃあ、この島からさらに西側の海域はまだ未確認と言うわけだな」


「そうなりますね。必要なら、再度偵察機を出しますか?」


「燃料に余裕はあるかな。今後のことを考えると、燃料のことを気にしなくちゃ行けないぞ」


 トラ4032船団は、現在外部から完全に孤立している。つまり、本来サイパンやトラックなどで受けられる筈だった物も含め、補給が全て絶たれたことを意味している。


 艦船を動かすための重油もそうだが、各種オイルに航空機用のガソリンに加えて、乗員の食料や飲料水も必要である。船団にはタンカーも付いてるし、輸送船には南洋の守備隊向けの食料が大量に搭載されているとはいえ、それらは別部隊への補給物資であるから、本来は手をつけるべき物ではない。


 仮にそうした物資に手を付けたとしても、将来的にはいずれ無くなるので、必ずどこかから調達してくる必要があった。


 最近のスローガンで、精神的資源は無限大などという物があるが、精神力で腹が満たされる訳がないし、軍艦の燃料タンクが満タンになる筈がない。


 海軍は常に艦艇に使う燃料に頭を悩まして来たのだから、こうした問題に関してはそれなりに敏感である。


「でしたら、全艦船に燃料など消耗品の節制を命じなければいけませんね。もっとも、既に皆やっているとは思いますが」


「まったく、頭の痛い問題だな」


 寺田の悩みを解消するように、伝令が新たな報告を届けに来た。


「指揮官、上陸した陸戦隊がこれから本艦に来るそうです」


「おう、そうか。じゃあ、出迎えよう。参謀も来るかね?」


「お供します」


「よし。艦長、何かあったらすぐ知らせてくれ。俺は上甲板へ行く」


「はい」


 寺田は大石を連れて、艦橋を出ると艦首よりの上甲板に向かう。ちょうど張り出した飛行甲板の下にあり、いい具合に日陰となっており、さらに広さもある。


 甲板からはタラップが海面に向けて降ろされているが、そこへ向かって内火艇がやってきた。島から証拠品を陸戦隊が運んで来たのだろう。


 緑色の三種軍装に身を固めた屈強な陸戦隊隊員たちが上がってくる。


「第111連合特別陸戦隊所属、小谷兵曹長であります」


「船団指揮官の寺田だ。早速だが小谷兵曹長、君たちが発見したものを見せてくれ」


「はい。おい、指揮官にお見せしろ」


「は!」


 彼らの部下たちが、甲板に島から持ち帰った物を並べていく。並べられたのは、漁師が使う各種網に釣竿、それからブイや浮き輪と言った類の物だ。


「ふむ。確かに漁の道具に間違いなさそうだな」


 寺田は網を手に取って見た。


「かなり使いこんであるな」


 網は新品とは程遠いぐらいに汚れ、所々に縫った跡がある。明らかに使いこまれ、人の手で修繕されたものだ。


 さらに、寺田は浮き輪をとってみる。すると。


「これは文字かな?」


 表面に何かが書かれているのが見える。しかし、それは寺田の記憶するどの文字とも違っていた。


「参謀はわかるかね?」


「さあ?英語でもロシア語でもなさそうですし。自分も専門家ではありませんから、なんとも」


 帝国海軍軍人は駐在武官などを務めることもある。この時代、軍人は外交官でもあったのだ。だから海軍であれば留学先である英語やドイツ語、フランス語などを、陸軍であれば支那語(中国語)や露語の一つ位は習得していた。特に実際に海外へ派遣、駐在していた人間は現地に住んだだけあって、上手い人間も多い。


 寺田は戦前の余裕ある時代の軍人だけあって、アメリカ大使館の駐在武官を務めた経験もあるし、欧米諸国を旅行した経験もある。


 その寺田からしても、今回見つけた文字は全く心当たりのない代物であった。


「船団内で語学に優れた者、或いは外国語に自信のある者を集めてみないといかんな」


「ですね」


 文字は現在の状況を推し量る上で重要な物だ。これがどこの文字かわかれば、現状を把握するのに大きな前進となる。


 ただし、わかればの話だが。


「これは本艦で預かろう。それから参謀、今言った外国語に堪能な者、出来れば英語や支那語と言った言葉以外が出来る者。それから、語学に精通している者が船団内におらんか、確認を。いたら直ちに「駿鷹」に寄越すように、各船に命令を出してくれ」


「わかりました」


 大石に命令を伝え終えると、寺田は小谷と向かい合う。


「小谷兵曹長、御苦労だが陸戦隊の方でこのまま島の捜索を続けてくれ。敵だけでなく、川や井戸、食物など、有益になりそうな情報があったら、直ちに報告するように」


「は!行くぞ、お前ら!」


 小谷は部下を引き連れ、ラッタルを降りて内火艇に乗り移り、再び島の方へと向かって行った。


「指揮官は、この島を基地として使う気ですか?」


「必要あらばな。まさか船団の人間を飢えさせるわけにもいかんし……まあ、それは最悪の場合だな。参謀、さっき言ってた偵察を実施しようと思う。どうやら燃料を惜しんでいる場合じゃなさそうだからな」


「でしたら、今日は止めた方がよろしいでしょう。今発進させても、帰還は夜になってしまいます。それでは偵察の効果は著しく減少しますし、搭乗員たちに無用な負担を掛けます」


 島に着いたのは今日の早朝で、湾内に入ったのは昼前。島の調査をスタートさせて、既に時刻は午後3時を回っていた。陽も大分傾き、あと2時間もすれば日没だ。


 この状況で偵察機を出した所で、彼らは真っ暗な海上を飛ぶ羽目になる。そんな時間に飛べば当然危険であるし、発見出来る物も発見できなくなる。


 もちろん、帰還しても夜間であるから危険がともなう。水上機であれば尚更だ。


「わかった。偵察機の発進は、明日の朝一にしよう」


「それが賢明でしょう」


 二人は歩きながら今後について話し合う。狭い艦内通路を抜けて、艦橋の扉を開けようとしたとき、扉が勢い良く開いた。


「あ、司令官!良かった。艦橋にいないと聞いて、上甲板へ行こうとした所でした」


 扉から顔を出したのは、明らかに焦った顔をしている伝令兵だった。


「おう、どうした?何か連絡でも入ったか」


「はい。「麗鳳」の坂本大佐から無電が入っています」


「うん?やはり本土は見つからなかったのか?」


「それもありますが、とにかく電文をどうぞ」


 伝令兵から渡された電文綴りに、寺田は目を通す。電文は3通あった。最初の1通は、寺田の言ったとおりの物だった。


『テイサツキ ホンドニ タッスルモ リクチミエズ ニホンホンド カクニンデキズ ハッシンイチ  ホクイ サンジュウゴド ヨンジュウロクフン トウケイ ヒャクサンジュウキュウド ヨンジュウハチフン』


―偵察機 本土に達するも 陸地見えず 日本本土 確認出来ず 発信位置  北緯35度46分 東経139度48分 ―


 (来るべき物が来たな)


 それが、寺田の心境であった。しかし、それも次の電文に目を通した瞬間に吹っ飛んでしまった。


「何だと!?」


『カンテイラシキモノ ジュウイジョウ ミユ ホクイ サンジュウゴド ゴジュウヨンフン トウケイ ヒャクサンジュウキュウド サンジュウナナフン 』


― 艦艇らしきもの 10以上 見ユ 北緯 35度 54分 東経 139度 37分 ―


 そして、三通目は。


『サキノ カンテイ センカンラシキモノ フタ ジュンヨウカンラシキモノ ヨン クチクカンラシキモノ ハチ ウチ スウセキハ ワガ センタイニ セッキンシツツアリ ワレ コウセンノ ジュンビチュウ』


― 先の艦艇 戦艦らしきもの 2 巡洋艦らしきもの 4 駆逐艦らしきもの 8 内 数隻は 我 戦隊に 接近しつつあり 我 交戦の 準備中 -


 3通目を読み終えたとき、寺田はさらなる厄介ごとの発生に、何も言葉を発せられなかった。



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