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07

体育祭終わります



体育祭はいよいよ大詰め。


最後は選抜リレーだ。

クラスから男女ひとりずつ、全学年クラス対抗リレーである。

以前言ったようにうちのクラスからは結城真白。花ちゃんのクラスからは羽瀬川夏希が出る。

羽瀬川夏希は小さい頃野球やってたらしいよ。ぽいよね。


私はハラえもんの姿でクラスのテントに居座っていた。着替えるのがめんどくさくて。…こういうのが、また兄にモサイとか言われる原因なんだろうなあ。


王子から着替えた椎名脩は、ついに女子に取り巻かれるようになった。

そして私をチラ見しながら、「あれ、何?」と王子スマイルで言えば、周りの女の子たちが口々に「ハラえもんだよ、椎名くん!」「未来から来たメタボリックロボだよ」「へえ…、だから腹…」って、そんな顔で見ないで。あからさまに馬鹿にした顔でみないで。ハラえもん泣く。化けの皮剥がれてるぞ兄ちゃん。


まあお坊ちゃんの椎名脩からしたら庶民で人気のアニメなんてよくわからないだろうね。ふん。


そしてまた隣にいる棚咲さんが「お、王子が見てるよ…!!麦ちゃん、変わって!!変わって中!!」とかいってありもしない背中のジッパーを探していた。 それだけで怖かった。



ちなみにハラえもん大人気だから。こうして横になってダラけてるだけでさっきから写真とられてるから。

サインとか頼まれてるから。椎名脩とは違って男女共に人気だから……って、椎名脩の周りには男子もいた……。憧れか…。何この負けた気持ち…。



感傷に浸っているうちに、リレーは始まっていた。

どのクラスも速い人を集めただけあって、いい勝負をしている。

しかし、バトンが回るにつれて、だんだんと差が出てきた。うちのクラスはビリだった。花ちゃんのクラスはその前だった。


が、その時だった。花ちゃんにバトンが渡ったのである。ボルト・栗栖。

花ちゃんはどんどん抜いて行き、1位に躍り出た。そしてそのままアンカー羽瀬川夏希へとバトンが回る。花ちゃんが他クラスを抜き、羽瀬川夏希がどんどん差を開く。

アンカーはグラウンド一周。羽瀬川夏希が半分ほどまわったところで、うちのクラスのアンカー、結城真白へようやくバトンが回り。


そして結城真白は速かった。

ドンケツから面白いほどに人を抜いて行くのである。騎馬戦の再来だ。


羽瀬川夏希、結城真白ともに歓声がヒートアップした。

そしてーーー。



1着は羽瀬川夏希だった。それから少し遅れて結城真白。


結城真白は悔しそうにしているけど、あんだけ開いていたトップからビリの距離をひとりでこれだけ縮めたのだ。一対一なら結城真白は誰よりも速い。

そう、これは花ちゃんと羽瀬川夏希、2人がいたからこその1着だった。



そして「やったね栗栖!」「うん!」のハイタッチ…。お、おじさんこれくらいは目をつぶるんだからね…。花ちゃんが笑顔だから見逃してやるんだからね…。


だからそれ以上近づくんじゃない、羽瀬川夏希ぃ!


私の怨念が届いたのか、羽瀬川夏希はぶるっ、と体を震わせて「な、なんか寒くない?」と言っていた。


私は隣でついに鼻血を出した棚咲さんをそのまま保健室に連れて行ったとさ。



体育祭は無事終わり。

四人はそのイケメンさを学園中に知れ渡らせた。

特に結城真白は女嫌いにも関わらず、一躍脚光を浴びていた。


そして花ちゃんには見事〝運動がすごいできる子〟のレッテルが貼られた。いい意味で。



さらに余談だが、ハラえもんは少しの間だけ学園でブームが起き、中の人が私だと知っていた棚咲さん以外、あのハラえもんは体育祭を盛り上げるために学園が呼んだものだとわけのわからない解釈とともに、私はひとり優越感に浸っていた。


が、同時に姫神はじめの着替えを覗いた変態がいたらしいと棚咲さんが言っていた。え〜?そこまでするう〜?やだ誰よそれ〜。



優勝したのはうちのクラスでもなく、花ちゃんのクラスでもなかった。花ちゃんのクラスは準優勝だったけど、うちのクラスは真ん中だった。やっぱり。





特にこれといってハラえもんぐらいしか目立ったことをしていないが、疲れていた私はクラスの打ち上げに参加しなかった。今まで中学時代は、当たり前のように打ち上げとかに行ってたよ。だけど前世の存在を知ってからやはり少し私は変わってしまったらしい。干物のほうに。

棚咲さんに泣きつかれたけど、本当に行きたくなかったので頭を下げたらはなしてくれた。


帰宅後、棚咲さんから、メアドを教えた覚えがないのに、打ち上げには椎名脩も結城真白も来なくて辛くて悲しくて泡になって消えてしまいそうだといった文面のメールが届いたが、無視した。

けれどそのあと。


麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん麦ちゃん


恐怖しかなかった。

怖すぎて携帯を投げたんだけど、ずっとなり続けて仕方ないから「ぜひ消えてください」と送った。


すると、「私…今…麦ちゃんちの前にいるの…」

驚いて家の外に出たが、棚咲さんはいなくて「嘘ぴょん☆探した?(^ー゜)」と、メールをみた瞬間に携帯を今度こそ本気で叩きつけた。画面が割れた。後で棚咲さんに料金を請求しようと思う。ここまで顔文字で殺意を沸かせることができるのは棚咲さんだけだと思う。



夜お笑い番組を見ている最中に帰って来た兄には、モブがどんなものかと力説された。

何が彼をそんなモブにこだわらせるのか…。






その日の夜。

私は一通の手紙を書いた。

相手は羽瀬川夏希である。


花ちゃんにあまり近づくなといった文面のものだ。

我ながら悪よのぉ…。でもそんなはっきりと書くわけではない。遠回しに、遠回しに…。もちろん匿名だ。

あと、言葉遣いは丁寧にね。呪いの手紙というよりは神からのお告げみたいな雰囲気を出したい。

今はまだ、早い…。待つのだ時を…。みたいな。


ふんふんふん。

私は鼻歌交じりに筆ペンを滑らせていた。体育祭で、少し危機感を抱いたのである。奴が花ちゃんに告白してしまえば、花ちゃんは羽瀬川夏希を意識せざるを得ない。

影で、「誰々くんがあなたのこと好きなんだって〜」と聞いただけでその人のことが気になり、気づいたらこっちが好きになってしまっているなんて乙女あるあるだ。それが直接だなんて。花ちゃんも例外ではないはずだ。

羽瀬川夏希にはわるいけど、それは私の野望故に少し困る。


だから、こんな手紙を書くのを許してくださいよー。

羽瀬川さん、頼みます。

うふふ。


そして私は学ぶのだ。

相手の幸せを願えない奴に、ろくなことはないと。





後日のことだ。

私はやはり機嫌良く、鼻歌交じりに登校し、たどり着くは羽瀬川夏希の下駄箱前。

そしてこの手紙をここに忍ばせるのだ。うひひひひ。


と、野心いっぱいに下駄箱を開けたところ。



バサバサッ、と手紙が大量に流れてきた。


「こ、これは…」


こんなことが、あるのか。

こんなベタなことが。

今時みんなメールとかそういうのあるじゃん。なんで、なんでこんなにラブレター。アニメでしか見たことないわ…。

なるほど、先日の体育祭効果だな?

いい笑顔してたもんなあ、羽瀬川夏希。笑顔大賞だったよ。明るくて接しやすいから、人気も急上昇だろうね。


でもこんな大量の手紙じゃあ、私の手紙(果たし状)は埋れてしまう。

そんなの困る。

わたしだって、この思い(怨念)を伝えたいのに!


どうする、これは。

教室の机にするか?いや、誰かに見られるリスクが高すぎる。

後日するという手もあるが、いつこれが冷めるのかもわからないし、それにこれは万時を急ぐ。



ウンウン、と唸っていた私は近寄る影に気づかなかった。



「ここでなにやってるの?」

「ーーーー!!」



王子スマイルの仮面を付けた、椎名脩だった。全身の穴という穴から冷や汗が流れるのがわかる。

そして何よりも、なんで!?という気持ちが大きい。モブでモブでモブな私に、なんで椎名脩が話しかけてきた!?


椎名脩はチラリと散らばった手紙を見、そして私の手にある手紙をみて、クスリと笑った。


恐らくこの状況、非常にまずい。

結城真白が羽瀬川夏希と親しそうな雰囲気を出していた以上、騎馬戦でやりあっていた仲だし、この時点で椎名脩が羽瀬川夏希と知り合いであるのは間違いがないのだ。

そしてラブレターに埋れて私が手紙を持って下駄箱の前にいる。

奴から見れば、羽瀬川夏希に恋する一人のモブである。やめてくれ、冗談じゃない。モブはモブらしく、モブっぽい人に恋したい。理想はマリアナ海溝より深い愛と太平洋より広い心を持つ優しい人です。


これが椎名脩の本性を知らなければ、クスリ、とは結構微笑みのような感じなので、女の子なんだなぁ、といったとくに意味のない、逆に椎名脩に落とされる笑みであろう。

だがしかし、私にとっては、こんなモブが夏希に?正気か?と思い切りバカにされているように見えてしまうのだ。


怖い。怖すぎる。



「名前は?俺が夏希に渡してあげようか?」


優しい言葉がホラーすぎて泣きそう。トイレ行きたい。

そして名前は?と聞いてくるあたり、こいつやっぱり私の存在知らないのね。わかってたよ。


「いいいいえ、結構です、ええ、ほんとに」

一刻も早くここを去りたくて散らばった手紙をかき集め、羽瀬川夏希の下駄箱になるべく丁寧に、だけど迅速に詰めて行く。が、ひらりと一通、手紙が椎名脩のほうへ流れてしまった。

ーーーそれは、私のだった。


まずい。


椎名脩はそれを拾うと、


「ラブレター…、にしては随分質素だけど」

「あああそれはですね!?なんていうかまず社交辞令みたいな!?そ、そうです、社交辞令を書いたんです!知り合いから始めましょうみたいな!?まずはお名前から!みたいな!?ええ!」


結城真白に釘を刺された私だ。

椎名脩に内容を知られたら、どうなることかわかったもんじゃない。


ゴクリ、と唾を飲み込む。

椎名脩は私を一瞥してから手紙に視線を落とした。


「…ねえ」


声のトーンが、落ちた。


「何にそんなに怯えてるの?」

「……っ」



気づいている。私が奴の本性を知っていることに気づいている。

そうだ、椎名脩は頭がいい。そして勘が鋭いのだ。主人公の顔色、微妙な表情の変化、それを見逃さない。それがいい時もあるし、悪い時もあった。


そして恐らく、私がよからぬことを考えていることも。

その証拠に目が笑っていなかった。


しかし、


「なんてね。はい、これ」

ぱっ、とすぐに王子スマイルに戻った。そして私のそれを差し出す。


「あ、ありがとう、ございます…」

「いいえ」



そして、じゃ、と手を上げ、「告白、成功するといいね」と言って去っていった。

私は落とした手紙をすべて入れ終えた下駄箱を閉め、自分の持ってきたそれは破いて丸めてポッケに突っ込んだ。



そして浮き出ていた鳥肌を見ながら


「怖ええ…」


と力なくつぶやいた。


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