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03



「兄ちゃんは少し、麦がだらけていると思う」

「なん…だと……」



既に成人をし、大学生である兄。バイトが終わり帰ってきたのは夜の11時過ぎであった。

たまたまお笑い番組を見ていて起きていた私は、上着を脱いだ兄に冷えたビールを渡してあげたところだった。それだけなのに、何故。

夜更かしだってたまにするし珍しいことじゃないし。ビールまで運んだのにだらけているとは心外である。



「具体的には」

私が聞けば、ぐいっとビールを飲んだ兄は、私のそばに座り込み、


「ズバリ、モサイ。」

そう言った。


「モサイ…?いやそれ今に始まった事じゃないし」


自分でも重々理解しているつもりだ。あだ名モブ倉だし。私は結構根に持つタイプだ。


「確かに今に始まった事じゃないけど。最近は拍車がかかってると、兄ちゃんは思う。そしていつかは影でモブと呼ばれる日が来ると兄ちゃんは思う」

「もう来てる」

「遅かったか……」


いやいやいや、そんな悲しそうに言わないでくれ。余計惨めになる。


「それで開き直って、モブに磨きをかけたと…そういうことか」

「どういうことだよ。モブに磨きなんか好き好んでかけるやついるかよ」

「だって麦さ、母さんに聞いたけど最近やたら中年の主婦みたいじゃん。それに寝間着はジャージだし。髪は女子高生とは思えない二つしばりだろ。ヤバイよマジヤバイ」



確かにそうだ。

実は前世の記憶が少し戻ってから(乙女ゲーム関連のみ)、モブはモブでも私生活は美しいモブだったのに、どうでもよく、正しく言えば前世の性格からのだらけが戻ってきてしまったのだ。


部活に入ることに悩んで未だ帰宅部(心の中では花ちゃんを見守る会)の私は家に直帰、その後ゴールデンタイムの韓国ドラマをみながらせんべいを食う日々with母。

いまだって着ているのは中学時代のジャージ。いやぁ、使いやすいんだなこれが。…落ちたな、私も。

髪は…だって、モブのくせに髪の量多いし(?)むわ〜って広がっちゃうから結ぶしかないじゃん?みたいな?


だから仕方ないんだ!という悔やんだ視線を兄に向ければ首を左右に振られた。



「俺を見ろ」

「目が澄んでいる」

「そうじゃない、なんて言うか、全体的に」

「なんて言うか、ビールの泡が口回りにつきっぱでださいです」

「ん、ティッシュとって」

「はい」

「ありがと」


兄はティッシュで口回りを拭いてから、「気づかない?」と言う。


え、なんだろう。特に変わったところはないと思う。言っておくと、兄はそこまでモブではない。

ていうか全然モブじゃない。髪は大学生になってから染めて、ワックスとかつけてよくわかんないけどいい感じだし、太ってないし、運動できるし、顔も悪くないし、ていうかむしろ人気者だしモテるし意味わかんねえふざけんな私たち兄妹だろーがどういうことだ。


唸る私に兄はふふん、と得意げな顔をした。


「兄ちゃんは今、金がある」

「んなこと気づくか!」

「麦、甘いぞ!」

「財布を透視しろと?」


兄は万札を繰り出した!

麦は怯えた!

兄は得意げな顔をしている!

麦は恐る恐る確かめた!



「モノホンの諭吉だ…」


しかも8枚、だと…?

あの貧乏人で通ってる、兄が?


諭吉と兄を交互に見れば、


「麦、これでモブ脱をするんだ」

「モブ、脱…」


やはり得意げに微笑む、兄の姿。


「兄ちゃんもな、一歩踏み出すのは大変だった。人間はじめはみんなモブなんだ。それからお洒落な服屋に踏み出す勇気が、素敵な美容院に入る勇気が、人を変えるんだ」

「勇気…」

「俺の諭吉が、麦に勇気を与えてくれる」



じっと私が諭吉を見つめれば、そばで兄が深く頷いた。

私がモブ脱…?そんなことがあっていいのか…。まだ始まって3ページ目なのに早速題名変えなきゃいけないのか?それは正直考えるのめんどくさい。


というかそもそもモブであることはあまり気にしていなかったんだってば。

お兄がモブモブいうから少し気になっちゃったじゃないか。いいじゃないか、モブ。

小学校の時の佐藤久美子先生だって、「麦ちゃんはほんとにいいこね。ただ、たまに見失っちゃうのが毒だけど、それでも麦ちゃんは列に沿ったとてもいいこだわ」ってべた褒めされたことは胸に刻まれてる。


でも、でも…!


花ちゃんを見守り、もうすぐ一ヶ月。たまに羽瀬川夏希と近づいても雅様という番犬のおかげでいい人どまり。姫神はじめもまったくもって問題ない。雅様さまである。


…え?私?椎名脩と結城真白、2人と同じクラスで何もないのかって?

アハハハハ!!!あるわけない…。

あいつらやっぱりさ、私アニメの画面はしにも出てこなかったから眼中にないよ…。それ以前に存在多分認識されてないと思う…。

私としてはやっぱり、好きなゲームのキャラクターだから、そりゃあ凝視もするわさ!二次元では見れなかった私生活とか知れたら嬉しいじゃん?

でもいくら私が凝視したところで、あいつら気づかねえもん…。気づくの前の席の女の子くらいだもん…。「私、椎名くんいいなぁ」ってそれ何回も聞いてる…。知らねえよそんなの…どうでもいいわ…。



「麦、大丈夫だ、諭吉がついてる」



せめて兄ちゃんがついてるって言ってよ、泣けるわ。なにその金にしがみつく喪女。


でも、そう。


モブ脱すれば、多少は花ちゃんの近くに行けるかもしれない。いもしないエア友だちに会いに行くふりをして偵察に行かなくても大丈夫かもしれない。

もう誤魔化すために飾り付けていた掲示板も華やかになって限界が来てるし。

ここは一歩ステップアップするべき時がきたのかもしれない。


私は意を決して、ぎゅっと閉じていた目を開けた。


ーーが。



「あ、あれ?」


諭吉、ない…。

と思えばいつ来たのか、母さんがひらひらと、諭吉を扇子のようにして仰いでいた。

お兄はそれを見て絶句。



(あき)、バイト代入ったら家に少しいれてって母さんいったのに〜。もう!なにこの放り出された万札!母さんにくれるの!」

「え、母さんそれは…」


お兄が、と言おうとしたら母さんに「皆まで言うな…」と。え、誰よ。諭吉手にしてテンションが上がっておるわ。

ちなみに秋とはお兄の名前。秋に生まれたからって母さんがつけた。単純すぎる。


「わかってる…、すべてわかってるよ麦ちゃん…」



お兄は相変わらず絶句中。おーい、生き返って。お兄の勇気の諭吉が扇子だよ。

そして何がわかってるのかと言うのか。ついにアルツハイマーにでもかかったのだろうか。介護はお兄に任せます。



「秋はこれで、母さんに韓国に行けといってるのね!」

「8万で韓国に行けるの?」

「ん?調べないと知らないけど」



どこまでも適当な母だった。何もわかっていなかった。


「ハッ…!その8万はっ……、麦の、麦のモブ脱のために俺が…!ご褒美の、冷凍枝豆を我慢してためた貴重な…」



復活した兄が息も絶え絶えに言った。

え…。そうなの…。てかそれじゃあ貯めるの大変だったねいつから貯めてたの…。それにご褒美冷凍枝豆ってなかなかシュールだよお兄…。


しかし、母さんは究極の一言を放った。



「麦ちゃんのモブ脱?麦ちゃん全然モブじゃないじゃん」



麦ちゃん全然モブじゃないじゃん

麦ちゃん全然モブじゃないじゃん

麦ちゃん全然モブじゃないじゃん



麦ちゃん、全然、モブじゃないじゃん!




「か、母さん!」

「むしろ母さん、このくらいのほうが浮かれてなくてとてもいいと思う」

「か、母さん!」



私はがっしりと母さんに抱きついた。

母さんもがっしりと受け止めてくれた。

そして母のズボンのポケットに静かに諭吉が吸い込まれて行くのを、兄はただただ見ていたのである。



かくして、私のモブ脱はまぬがれたのであった。

…いいことなのか悪いことなのかは置いといて。





「秋、心配しなくても年頃がきたら自分からなんとかしようとするよ」

「でももう高1…」

「うん」

「高1って年頃、だよな」

「うん」


私は兄と仲が悪いので、仲がよかったらいいなって思いながら書いていました。

途中で暴走してますが(笑)

読んでくださりありがとうございます。ブクマもありがとうございます。

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