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今日は終業式だった。
明日から、夏休みー!
お母さんと韓国ドラマみたり、お母さんと韓国ドラマみたり、お母さんと韓国ドラマみたりする約束がある。
あと、お兄には「兄ちゃんと夏休み美容院にいこう」と明らかにモブ脱のお誘いを受けている。
なんだか、この性格になってしまったせいか、高校では遊びに行くような友だちは出来てないし。
部活もない。中学時代は吹奏楽部だったので、夏は大分忙しかったのだけど。
今年は、ニートか…。
「麦ちゃん、夏休み暇!?どっか行こうよ!」
「それが超忙しいんです予備校行くし今年は帰省が長いし遊んでらんないんですほんとすみません」
「え〜」
麦ちゃんと海行きたかったのにぃ、とこぼす棚咲さん。
絶対行くかよ……。海とか危険いっぱいじゃないか…。そこが私の墓になるだろ…。
まだ死にたくない。千花ちゃんを拝むまでは死んでも死にきれねえ。だから篠森くんもキョロキョロこっちみるのやめてくれる。
あわよくば俺も誘ってくれみたいなのやめてくれる。男なら自分で誘えよ!
それに私行かないからね。絶対行かないからね。
なるべく篠森くんと目を合わさないように窓の外を、袖を引っ張る棚咲さんをシカトしながら見ていると、委員長に呼ばれた。
「呼んでるよ」
「私?」
「うん。ええっと、栗栖さん」
栗栖さん!?は、ははは花ちゃんが!?私を!?何故!?
廊下で待ってる、と委員長に言われて覗いてみたら本当に本物の花ちゃんがそこにいた。待ってた。
何がなんだかわからず、とりあえず髪を縛り直してから行く。余計ひどくなった。
「え、えっと、栗栖、さん?」
恐る恐る、声をかけてみれば、振り返ってパアァと微笑む花ちゃん。
ま、眩しい……!眩しすぎる…!!か、可愛い…。生花ちゃん距離わずか1m弱。so cute…。
「よかった!合ってた。佐々倉さん、以前美術室で会ったの、覚えてますか?」
私はしきりに頷く。
覚えてますとも覚えてますとも。忘れるわけがなかろう、だって花ちゃんだもの。
というか…花ちゃんが私のことを覚えてくれて、こうして名指しで会いにきてくれただけで……もう…死んでもいい。
花ちゃんはふふ、と微笑んでから制服のポケットから1枚の紙を取り出して私に渡した。
なんだろ、これ。
…美術展のチケット?
「あのね、あの時、私の絵を好きだっていってくれて嬉しかったんです。実は、夏休みに展覧会に参加させて頂けることになって。あの絵が完成したら、飾ってもらうんです。だから、おこがましいとも思ったんだけど、もしよかったら、ぜひ」
あ、やばい。
嬉しすぎて泣きそう。
ちょっと顔を背けてから唾を思い切り飲み込んで花ちゃんに向き直る。
「嬉しいです…。お誘いありがとうございます!絶対、絶対行きますから!」
花ちゃんはそれを聞いてホッとしたように、嬉しそうに笑うと、「あ、誰かお友だちの分も」ともう一枚くれた。
そしてそのまま教室に戻って行った。私は花ちゃんの背中が見えなくなっても、いつまでもいつまでもそのいなくなった先を見てーーーいたら、HRに来た担任の先生に「病院いく?」とガチ目に心配されたのでおとなしく私も自分の教室に戻った。
チケットは誰にもみられないように、すぐに鞄にしまった。
友だち誘うのに棚咲さん?いやいや、そんな自分から死にいくようなことはしないよ。お兄を誘いますね。
「いやです」
「なんで!?」
いつも通り夜に帰って来た兄に、話したら一刀両断された。
今日はビールだけでなく、冷凍枝豆も提供しているというのに。これ以上なにをのぞむというのか。
「枝豆で俺を釣れると思ったら、少しだけ間違いだぞ」
少しだけなんだ。
口の回りにビールの泡をくっつけながら兄は続ける。
「わかるか、兄ちゃんがなぜ、麦と出かけたくないのか」
「美術館とか博物館とか耐えられない?」
「兄ちゃんはオトナなのでそんな理由じゃありません」
「違うんだ」
「全然違う」
わざとらしくため息をついて、お兄はビールをぐいっと喉に流し込んだ。そんでむせた。ダサっ。かっこつけるからだ。
「それは麦がモサイからです!」
「母さーん、庭にコオロギきてるー」
「聞いて。麦さん聞いて。大事な話だから」
だって正直、またその話かよって感じなんだもん。お兄、最近その話ばっか。ことあればモサイモサイモサイ、お前はモブだぞ、そろそろ庭の石全部投げつけるよ。
「兄ちゃんモサイ族と街中歩きたくないです」
むすーん、とこれまたわざとらしく頬を膨らました兄。うわあ…、ブッサイク。
ていうかモサイ族って私のことか?バカにしてるの?恐らく語源のマサイ族って、彼ら立派な人たちだからな?
「麦がもさくなくなるまで、兄ちゃんは一緒にでかけてあげません。その日は暇だけど」
くっ…。母さんはその日に限って仕事が入っているから一緒にはいけない。
この後に及んでも棚咲さんを誘う度胸はないし、中学の友だちも自分からはなんとなく誘いづらい…。
かといって、このチケットがただゴミ箱に消えて行くのは絶対に見たくない。
どうしても兄にいってもらいたいのだ。
「だけど、俺は優しいので、今回は美容院に行くだけで許してあげようと提案します」
「び、美容院行ったら、一緒に行ってくれるの」
「おっ!もちろんだぜ妹よ!くるか?くるかくるか?」
「…お兄がそういう風に言うからまた行く気なくなったし」
「いいよ〜そしたら展覧会行かねえし」
ぐ、ぐぬぬ。
…背に腹は変えられまい。
「わ、わかったよ!」
とりあえずなんか悔しかったので、兄の自室の机に庭の石を並べて置いた。
次の日の朝、「お、俺の部屋に、結界が張られている!」と怯えながら母に抗議して病院送り直前まで追い込んだりしたのは、また別の話である。
次回!佐々倉麦、モブ脱します。嘘だろ…。